僕の日記帳
夏休みが終わりましたね。
一人暮らしをするための新居が見つかり、引っ越しの準備をすることになった。
押し入れから古い段ボール箱を引っ張り出し、中を確認していく。
その中に汚い字で「僕のもの」と書かれた段ボール箱を見つけた。
「僕」では誰のことをさしているのかわからないのに、子どもの頃の自分は何を思ったのかそう書いていた。
開けてみると、ホコリ臭い匂いが広がった。少しむせると中をあさる。
写真、標本、本が数冊、雑誌の切り抜き、などなど。
今見るとガラクタばっかりだが、あの頃はきっとキラキラとした宝物たちでさぞ大切に扱ったのだろう、あまり傷んでいない。
その宝物たちをかき分けてみると、奥のほうから日記帳が出てきた。青色の色褪せた日記帳。その中の思い出も色褪せているのだろうか。
そう思い、適当にページを開く。
9月11日
久しぶりにアイツと遊んだ。
どこか悩んでいるように見えたけど、大丈夫だろうか。
その日のことはたったの二行で終わっていた。
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9月12日
朝、アイツに「屋上へ来い」と呼び出された。
立ち入り禁止の屋上の扉はすんなりと開いた。
アイツが鍵を開けたのか。何を考えているのかわからない。
給水タンクのある上のスペースに繋がるはしごを登ると僕はそのまま寝ころんで寝てしまっていた。物音に気づいて目を開けるとアイツが目の前にいた。押し倒されたみたいに僕の上に覆い被さり腕を押さえつけているアイツは無表情でじっと僕を見ていた。
何をしているのか聞こうと口を開くとアイツの顔がグッと近づいてきて僕の口をその薄い唇で塞いできた。パニックで頭が真っ白で何も考えられなくてなんにもわからなくて
アイツの舌がゆっくりと絡みついてきて、体が熱い。頭が耳が目がお腹が全部がどんどん熱くなる。腕を押さえつけられて動けなかった。それが怖くて涙が出そうになって、それに感じて気持ちいいと思っている自分が悔しくて。今、思い出しただけで悔しさが湧いてくる。結局、気分が悪くなって今日は早退した。
9月13日
放課後、またアイツに呼び出された。
今度は体育館裏。屋上と同じで人気のない場所。
今度は何をするつもりなのか。怖い。
僕が着いた時、アイツはすでに来ていた。
昨日と同じ、無表情で何を考えているのかわからない。
恐怖で固まっていると、アイツが近づいてきた。びっくりして後退ろうとしたけど遅かった。僕の腕を掴んで体ごと壁に押さえつける。逃げようと思って体に力をこめるけどびくともしない。体格は同じくらいのはずなのに。顔を背けようと横を向くと耳元で「逃げないで」と少し低い甘ったるい声で言われて顔が熱くなった。黙って顔を前に向けた瞬間、また口を塞がれた。舌がゆっくり絡みついてきて、息が出来ない。目が熱くて涙が出そうになって、耳に残ったアイツの声が頭の中で反響して、余計に体が熱くなって、でも気持ちいいと思ってしまって
アイツの舌が僕の舌の付け根の辺りをなぞったとき腰が抜けて崩れ落ちた。息を整えているとアイツはその場を立ち去った。
数分してから、壁をつたって、教室に帰って扉を開けるとアイツが目の前に立っていた。目を見開くとアイツは少し口角をあげて僕を教室に引きづりこんだ。同じくらいの身長と体格なのにアイツのほうが力が強い。「今度は何をする気なんだ」と睨みながら言うと「なんだろうね」とニッコリと微笑みながら教室を出ていった。
わからない
アイツのことが 怖い
読み進めていくうちに思い出してきた遠い記憶の数々。
綺麗な顔立ちをしていたアイツは何故、異性ではなく同性の僕にキスをしてきたのか、その事ばかり疑問に思っていた日々。
今でも疑問ではあるけど。
9月14日
今日は学校が休みの日。アイツに会わなくて済むんだと心から喜んでいた。でもアイツは僕の前に現れた。本屋で好きな作家の小説を探していた時、「探し物?」と聞き覚えのある声で尋ねられた。
隣を見ると私服姿でニコニコと微笑んでいるアイツが立っていた。「なんで」と声が震えないように聞くと「たまたまだよ」と楽しそうに言った。本を買い終わったあと、公園に行った。何故かアイツもついてきた。ベンチに座るとアイツも隣に座った。
黙っているのが気まずくて、何故あんなことをするのか聞いてみた。「なんで僕にキスをするんだ」と聞くとアイツは「好きだから」とまっすぐに目を見て言った。
たぶんその時僕は目を見開いて顔を真っ青にさせていたと思う。
たとえ同性でも、好意を持ってくれていることに感謝しないといけないのに失礼なことをしてしまった。
僕の感情を読みとったのかアイツは顔を前に反らして「ごめんな」と言って公園から出ていった。謝った時の横顔はとても儚くて、酷く綺麗だった。
9月15日
昨日のことを謝ろうと学校に行ったけれど、熱を出して保健室でしばらく休んでいたとき。三時間目の終わりごろ、アイツが来た。
ぼんやりする頭でぼーっと見つめていたら、こちらの視線に気づいたのかアイツが近づいてきた。また、僕に覆い被さるようにしながらキスしようとしてきた。頭が働かない。何も考えられない。無抵抗のままキスを受け入れてしまった。この前とおなじように舌を入れてきて、また気持ち良くなってきて、熱のせいで前よりも体が熱くなって、頭がおかしくなったのかアイツの首に腕を回して睫毛があたる距離まで顔を近づけた。アイツは驚いたように目を真ん丸にさせて戸惑っていたけど、またすぐにキスに夢中になった。アイツは僕の腰と肩に手を回してぎゅうっと、体が離れないように、密着させた。
休み時間の終わりのチャイムがなる頃、手を離して教室に向かおうとしていたアイツは寂しそうに、最後に、触れるだけのキスをして保健室を出ていった。その後、学校を早退した僕は、家で保健室でのことを思い出して、気恥ずかしさに眠れなかった。
9月16日
どうやらアイツに風邪がうつったらしい。アイツも昨日の昼休み早退したようだ。担任に風邪の様子を見に行って欲しいと頼まれた。今、アイツの家には誰もいないと言っていた。
放課後、家を訪ねると、ふらふらと弱ったアイツが出てきた。顔が赤く、まだ熱があるようで、ぼーっとしていた。僕が来ていたことに驚いていたけど、少し嬉しそうな顔をしていたと思う。
玄関先で手短に済ませるつもりだったけど、少し強引に家に入れられた。ふらふらと中に入っていく後ろ姿は弱々しく、酷く華奢で綺麗だった。
ふと、今の状態なら今までの仕返しが出来るのではと思った。
でも同時に、病人に悪戯をしたところであんまり面白くないとも思った。
僕の考えていることがわかったのか急に立ち止まり、振り返って「何もしないの?今がチャンスなのに」と意地悪そうに笑いながら言ってきた。「俺はしてほしいよ」そう言いながら近寄り、僕を抱きしめた。熱のせいで変になってるんだろうなと思って、少し声を低くしながら「本当に?」と耳元で囁くように聞くと、抱きしめる力が強くなった。「創太」とアイツの名前を呟き、しばらく顔をじっと見つめた。白い肌にほんのり赤い頬、潤んでキラキラとした瞳、形の整った薄い唇。改めて見ると本当に綺麗な顔立ちだった。こんなに綺麗な人が僕に欲情しているのかと思うと興奮したけど、病人に手を出すほどの度胸はないから、と創太を引き剥がした。残念そうな顔をしたまま創太は僕を玄関まで見送ってくれた。「早く治せよ」とだけ言い残して家に帰った。
そこまで読んで日記帳を閉じる。
忘れていた記憶を一気に思い出して酷く頭が疲れてしまった。
幼なじみの創太。ずっと一緒に過ごしてきた彼が僕のことを性的な意味で意識し始めたのはいつからなんだろう。
結局あの後、創太とは特に関わることなく日常を過ごしたように思う。家は近いものの、別々の大学に進学した今、まったく会わなくなった。彼は元気だろうか。引っ越しのための荷物整理が終わったら彼の家に行ってみよう。
そう思い日記帳を段ボール箱の中へ戻した。
お久しぶりです。
行事や検定が一段落すれば戻ってこれそうです。




