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廃線列車の線路の上

作者: 風連

昔々、大恐慌が吹き荒れて、どんな仕事も無くなってしまった頃のお話です。

真面目に働いていた、ウサギの父さんはさっき首になったばかりです。

どうやって、家に帰りましょう。

ハムやステーキの味を覚えてしまっている、仔ウサギ達に、今更、草を食え、って、言えるでしょうか。

ネクタイも汗染みの出来たワイシャツも、手にした鞄も何もかもが、虚構になってしまったのです。

家も手放すのでしょう。

トボトボと歩いていると、頭の上から、価値の無くなってしまった証券や株式債券が、紙吹雪の様に降ってきます。

車に乗ってるものは、石を投げられ、火をつけられています。

争い事が嫌いなウサギの父さんは、振り返らずに、会社を後にしました。

それから、思いきって引越しをしました。

都会に居ては、5匹の仔ウサギを育てる事は出来ません。

10年ぶりのふるさとです。

住んでいた街では暴動が起き、あちこちで火の手が上がり、商業施設は強奪にあっています。

ウサギのかあさんも、引越しには賛成でしたが、街のあまりの変わりように、驚いていました。

何もかもが、止まってしまったのです。

7人は、古い納屋を改造して、寝泊まりをし、みんなで働きました。

都会を離れると、ハンバーグも焼肉もそれほど食べたいとは、思わなくなりました。

お水が美味しいと、草もコーンもとても美味しかったのです。

借りた土地を耕し、ウサギの父さんは、やがてトラクターを買いました。

廃線の土手のこっち側が、父さんの借りている畑です。

都会に居た頃とは比べ物にならないくらい、5匹は伸び伸びと育っていきました。

随分と家の手伝いもし、1番上は、父さんの右腕です。

やがて、土地も少しずつ買って行き、家を建てようかという、話が出始めましたが、5匹は納屋が良いと譲りません。

かあさんも、納屋が大好きです。

仕方なくウサギの父さんは、台所と風呂とトイレと小さなダイニングだけの平屋を納屋の横に建て、納屋と繋げました。

みんな、満足です。

ウサギのかあさんは、大きなオーブンで、鳥の丸焼きを作ります。

いつの間にか、お肉や魚や白いパンが、食卓に上がるようになっていました。

ウサギの父さんは、複雑な気分でしたが、5匹の仔ウサギ達は、大層、喜んでいました。

やがて、トウモロコシ畑を手伝っていた1番上の仔ウサギを残して、下の4匹はそれぞれの世界に飛び出して行きました。

世の中は、ウサギの父さんが都会で働いていた頃とは様変わりしていました。

ある日、見知らぬウサギが黒い車で、やって来て、ウサギの父さんのトウモロコシを信じられないぐらい高値で買うと言いました。

とても良い話でしたが、よく聞くと、それは食べる為ではなく、トラクターや自家用自動車の燃料になるというのです。

ウサギの父さんは、アッサリとこのお話を断りました。

誰も食べないトウモロコシを作りたくは、なかったのです。

1番上の仔ウサギも、ウサギのかあさんも、同じ考えでしたので、その儲かる話は、隣のトウモロコシ畑の持ち主のものになりました。

トウモロコシを油にする事業は拡大して行き、あちこちにそれ用の巨大タンクと運ぶ為のトレーラーが、往き来するようになりました。

お金が沢山入ってきた、トウモロコシ畑の持ち主達は、そのお金で遊び惚けました。

あまりに急にトウモロコシが油の原材料になったので、食べる為のトウモロコシが、不足してしまいました。

ウサギの父さんのトウモロコシはいつもより高く売買されましたが、ウサギの父さん達の暮らしは変わりません。

遠くに行った仔ウサギ達も、時々顔を見せに来ます。

4匹はそれぞれ、大好きな職業に就いていました。

2番目は、トラクターが好きで、大型車の整備士になりました。

3番目は、港でクレーンの仕事をしています。

4番目は、専門学校を出てから、靴のデザイナーに、なりました。

5番目は、自分で働きながら、上の学校に通ってます。

やがて、1番目の仔ウサギに、お嫁さんがやって来ました。

あの納屋を改装して暮らしています。

ウサギの父さんとかあさんは、あの建て増しした平家に寝室と居間を新たに作って、すぐ横で暮らしています。

雨でも、扉1枚で隣の納屋に行けるので、とても便利です。

いつの間にか、孫ウサギも増え、仔ウサギ達で、賑やかな日がやって来ました。

納屋に作った客間に、下の兄弟達も時々帰って来て、泊まったりもします。

バイオ燃料のブームは、いつの間にか終わってしまいましたが、お金を湯水の様に使っていた、隣のトウモロコシ畑の持ち主は、とうとう破産してしまいました。

高値でトウモロコシが売れなくなっても、生活を元に戻さなかったからです。

父さんウサギは、隣のトウモロコシ畑を買いました。

仔ウサギと孫ウサギが、良く手伝ってくれます。

値段の上がっていたトウモロコシも、なだらかに下がり、昔の値段になったのです。

ある日、ウサギの父さんとかあさんは、夕方の散歩に出ました。

今日までの事を2人で話すのが楽しみです。

ウサギの父さんのトウモロコシ畑をグルリと、廃線の線路の土手が、囲んでいます。

その上に、2人は上がりました。

森が途切れたところから、大きな川が見えます。

その川の向こうに、キラキラとした都会の高いビルが、光っています。

夕焼けに照らし出されて、誕生日のケーキの飾りの様です。

すぐ側を、スーッとコウモリが飛んで行きました。

あの、クリスマスカードの様な場所に住んでいたのが、夢の様です。

遠くから見ていると、高速道路の光の帯がクルクルと繋がって、パンケーキをリボンで結わえたプレゼントの様にも見えます。

都会の灯りは煌びやかさを増していきます。

ウサギの父さんとかあさんの立っている廃線の線路の上は、すっかり暗くなっていますし、森は濃い青に変わっていて、流れる川に夕陽の煌めきが、ほんの少し、こちらに手を振っている様でした。

ランタンを下げた孫ウサギ達が、2人を呼びに来ました。

納屋の二階から、トウモロコシ畑の先の廃線の上が良く見えたからです。

みんなでお祭りの唄を歌いながら、あの納屋に帰ることにしました。

ウサギの父さんは唄がとても上手で、毎年お祭りで唄っていたので、孫ウサギはとても喜びました。

ウサギのお嫁さんは、トウモロコシのパンを焼いて待っています。

都会で数字の並んだ紙切れに振り回されていた頃が嘘の様でした。

ウサギの父さんは、唄い終わると、後ろを振り向き、1番星の光り出した、土手の上を見ました。

あの時、あの都会の中に、飲み込まれなくて良かったと、ひとり頷きました。

刈り入れも終わって、もうすぐ秋祭りです。

それが終われば、冬支度をします。

季節が回る様に、暮らしも回っていきます。

ウサギの父さんとかあさんと孫ウサギ達は、若ウサギ夫婦の待つ、大きな納屋に吸い込まれて行きました。


今は、ここまで。

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