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50 ヒロコは男の娘

 嫌な予感を感じ取ったヒロシは脱兎のごとく逃げだした。

 持ち前の反射神経と素早さを遺憾なく発揮し、追っ手の三人娘が反応する頃にはすでに席を空けていた。机の間を縫うように疾駆する。

 圧倒的反応速度と脚力。敵はまだ着席しているというのにすでに教室の扉までたどり着いていた。


 あと少しで敵の魔手から完全に逃れることができる……とヒロシは半ば安堵しつつ扉を押し開こうとした。

 が、扉であるはずのそれは、まるで壁であるかのように抵抗してきた。


「あ……開かないっ!?」


 ドアノブをガチャガチャとやり、体当たりをしてみたが、びくともしなかった。


「鍵をかけておいた」


 と、背後から冷徹な声がした。

 そこでようやく、ヒロシは全てを理解した。


 すべては……計画通りのこと……!?

 ブラウは最初から「ヒロシを女装させる」つもりでいたのだ。


 しかし……ブラウはどうやってこの周到な計画を用意できたのだろうか?

 ヒロシの頭にはいくつもの疑問が残ったが、閉じ込められたこの状況ではそれを考えている余裕はなかった。


 そこからはあっという間だった。


 追い詰められたヒロシは三人娘によって縛りあげられる。脚力はあっても腕力のないヒロシは女子中学生の押さえつけすら跳ね返すことができず、あっさりと捕縛されてしまった。


 さらに裸に剥かれ床に転がされたあと、囲まれた女性陣によって見おろされていた。


「ヒロシくんの服、なににしようか? 女子会部の最初はお茶会にするんだよね? ならセーラー服かな?」


 学生が放課後にするティータイムをイメージするロート。


「お茶会なら、振袖を推奨する」


 ブラウはお茶ときいて和を連想したようだ。


「あ、あの……それだと茶道みたいだから、ドレスとかどうかな?」


 かわいらしい服を好むグリューは洋風のお茶会を提案する。

 ヒロシはスカートのほうが嫌だったので「それはちょっと……」と口を挟む。


「あっ、で、でも……ヒロシ様だけが恥ずかしくないように私も一緒に着ますから……」


 グリューはもじもじしながらヒロシをフォローするが、あまりフォローになっていなかった。


 ツキカが「お茶会ならエプロンドレスなんてどうかしら?」と提案し、それがツボに入ったのかヒロシ以外の全員が「それだ!」と賛同した。


 ブラウはどこかからフリフリのエプロンドレスを調達してきた。

 もちろんヒロシはあきらめず、ここで最後の抵抗をするつもりでいた。しかし着せ替えと聞いて異様にツキカが張り切りだしたので、ヒロシは着せ替え人形のようにされるがままになるしなかった。


 しばらくして、ツキカの手によるドレスアップが完了した。


 頭には大きな水色のリボン、水色のワンピースにフリフリの白いエプロン。スカートの裾からチラ見えするドロワーズと、足元には黒いエナメルのストラップシューズ。


 驚きだったのは、それらが本当によく似合っていたことだった。髪が金色でもっと長ければ、不思議の国のアリスのミュージカルのオファーが来てもおかしくない美少女っぷりだった。


「ううっ……お、お願い……も、もう……許して……」


 羞恥を必死にこらえるヒロシの顔は紅潮し半泣きになっていたのだが、もはやその表情は少年のそれではなかった。

 絵本の中から飛び出してきて、ここがどこかわからず怯えるアリスのようだった。


「わぁ、とってもかわいいわよヒロシちゃん! ホントの女の子みたい!」


 あまりの素晴らしい出来栄えに大満足のツキカは、拝むように手を合わせて喜んでいる。


「うーん、ギャグみたいになるかと思ったけど、これはマジだね……千年にひとりの美少女だよ、どう見ても……」


 スキの見当たらない女の子ぷりに、観察するようにまじまじと覗き込むロート。


「こ……こうしてベルちゃんと見比べると、姉妹みたいですね……」


 色違いのエプロンドレスを着ているヒロシとベルを交互に見つめ、違和感のなさに驚愕するグリュー。ベルも「お姉ちゃん……」とまんざらでもなさそうだ。


「スネ毛が生えてないのもお揃い」


 言いながらベルとヒロシのスカートをめくってみせるブラウ。ベルは無言でスカートを押さえ、ヒロシは女の子のような悲鳴をあげた。


「わあぁ、ホンマにこれがあのヒロシかいな!? ちょっと見ん間に呪泉郷にでも行ってきたんか!?」


 あのミームですら色めきたっている。


 ヒロシは男の子にしては線が細く、顔も中性的なので着ている服装で性別を主張しているようなところがあった。なので女性物の服を着ると女装という域を軽く飛び越えていき、性別をも転換してしまったような見目になるのだ。


「こんなん道歩いてたら絶対ハイエースされるやん! でも確かにこれならROTTK(ロック)も文句ナシやと思うで、なあっ!?」


 妖精の隣でヒロシを見おろしていた古文書は太鼓判を押すかのように、深く頷く仕草をしてみせる。

 その下をくぐるようにして、ツキカがティーワゴンを運んできた。


ROTTK(ロック)ちゃんのオッケーも出たことだし、さっそくお茶にしましょうか」


 この女子会部で意外な積極性を見せている彼女は、てきぱきとお茶会の準備を始める。

 ヒロシはロートとブラウの手によって両脇を抱えられ、捕まった宇宙人のように席に着かされた。ツキカが紅茶とクッキーを差し出すと、涙目になりながらもそれを受け取る。


「ヒロシちゃん、せっかくそんなに可愛いのに、泣いてちゃ台無しよ」


 とツキカはやさしくハンカチで涙を拭ってくれた。ヒロシは嬉しいような、嬉しくないような複雑な気分だった。


「うーん、ヒロシくんって呼ぶのもあれだから、女子会部のときだけはヒロコちゃんって呼ぶのどう?」


 ひたすら頬を染めるヒロシを眺めながら、サディスティックな程のニコニコ顔でロートが提案する。皆はその愛称を受け入れ、ヒロシももうどうにでもしてくれという気分になっていたので何も言わなかった。


 女子会部の風景は一見して、かわいらしい女の子たちが放課後にしている和やかなティータイムだった。

 しかし……それは間違いなく「変な部活」であった。


 ヒロシは今更ながらにひとり、後悔の念に苛まれていた。


 女子会部って決定したときは、僕自身あんまり変な部活じゃないなと思ってたけど……そこをブラウさんにつけこまれる形になるとは……!

 まさか僕が女の子の格好をするという点が「変」な要素になるとは思いもしなかった……!


 少年がなにやらうつむいていたので、妖精は励まそうとヒロシの肩に舞い降りた。


「なに落ち込んでんねんヒロシ! 変な部活はやればやるほどエエことあるんやからもっと気合い入れてやらんかい!」


 妖精の励ましは最後の追い打ちとなって少年の鼓膜に突き刺さった。

 ヒロシは晴天の霹靂が寝耳に入ってきたような悲痛な叫びをあげる。


「ええええっ!? こっ、この部活って、一回っきりじゃないの!?!?」


「当たり前やがな! 部活一回ごとにROTTK(ロック)にスタンプが押されるんやで。ホラ、こんな風に……」


 ミームは宙に浮いた本をめくってスタンプページを見せようとしたが、激しくページがめくれはじめて吹き飛ばされてしまった。


「わあっ!? あっ! み、見てみいヒロシ! クエスト発生や!!」


 空中で体勢を立て直しながら、ミームが叫ぶ。


 見開いたROTTK(ロック)には『クエスト発生!』の文字が。

 その下には『アップルミラーを倒せ!』とある。


「よぉーし、クエストだ! みんな、いくよ!」


 ロートはお茶を一気に飲み干し、その場にいる誰よりも早く立ち上がった。


虹色三重奏プリスマティック・トリコローラー……フォーメーションCっ!!」


 鋭い号令を受け、続いて起立するブラウとグリュー。


「……なぁ、お前らのそのフォーメーションって一体いくつあんねん?」


 妖精の疑問に「26種類」と即答するブラウ。


「フォーメーションZまであるんかい!? テレビゲームか!」


 突っ込みを受けながらも、三人の少女たちは揃いの前髪ぱっつんを揺らしフォーメーションを実行に移す。


 第三の陣形は変則的だった。いつもは後衛の役割のグリューとブラウがヒロシの手を引っ張って立ち上がらせ、ロートがヒロシの背中を押すという、ヒロシの移動をサポートするためのフォーメーションだった。


「えっ、ちょ、この格好まま行くの!?」


 ヒロシは必死に踏みとどまろうとする。女の子たちにグイグイと引きずられながらまごつく様は、事案で女子中学生に連行される痴女のようであった。

 しかし止めてくれる人は誰もいない。それどころか上空から妖精が檄を飛ばしてくる。


「甘えたことぬかすなや、討伐クエストは戦争と同じやで! これから戦争っちゅうときにノンキに着替えるアホがおるかい! たとえ裸であっても行くもんや! 終わったらウエディングドレスでも白無垢でも好きなだけ着させたるさかい、そのまま行けや!」


 なにか勘違いしているようだが、いずれにしても着替えさせてはくれなさそうだ。

 教室から出ていくヒロシ一行を「がんばってね~」とツキカとベルが呑気に見送った。


 しかし廊下に出た途端、ヒロシはやわからかいものにぶつかってはじき飛ばされてしまった。

 三人娘を散らしつつ、尻もちをついてしまうヒロシ。


 差し込む夕暮れを背にした体格のいい人影が、ヒロシを見下ろしていた。

 シルエットでもわかるほどの大きな胸を、ぶつかった衝撃でブルンブルン揺らしている。


「アナタ、大丈夫?」


 クッションのような大きな胸に振動を残しつつ、前かがみになって手を差し伸べてくれた。


「もう、いきなり飛び出しちゃ危ないわよ」


 手を取って助け起こされたヒロシは謝ろうとしたが、その声は「あっ」と驚きに変わった。

 助け起こしてくれたのは他でもない、今朝ヒロシをボコボコにした張本人だったのだ……!






唐突で申し訳ありませんが、このお話はこれにて完結とさせていただきます。

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