48 少年による、少女への判決
「調査報告書によりますと……囚人番号Z1はライト・ノーヴル学園の地下の敷地を無断で使用しておりました。それだけでなく、そこに迷い込んだヒロシ様を、死靈術により操った木人形で襲い、あまつさえ無断で精製した毒のたまり場に追い込み、飛び込ませたという罪状です。同行した従者の聞き取り調査からも判断し、明らかなる殺意があったと判断して間違いありません。ですので……重い刑罰を処すべきだと考えております」
ヒロシは張り詰めた空気の中、真剣にスジリエの声に耳を傾けていた。
たしかに大筋で間違いはなかったが、一点だけ気になるところがあった。
「も……木人形?」
「はい。囚人番号Z1は自らの木工技術を用いてライト・ノーヴル学園の生徒を骸骨に見立てた木人形を作成しておりました。さらにそれぞれの墓まで作成し、さながら墓に埋葬された遺骨のごとく中に木人形を収納しておりました」
ヒロシは力が抜ける思いだった。
あの地下でマリーの骸骨があったのがずっと引っかかっていたのだが、その正体がわかってホッとする。
スジリエはヒロシの言葉を待っていたが、特に他の質問が出なかったので話を進めた。
「そして、囚人番号Z1への処分ですが、ライト・ノーヴルからの永久追放を求刑します」
「永久追放?」
「この島の北端にある処刑台から地上へと突き落とすことです」
あどけない顔してさらりと言うのでヒロシは背筋を寒いものを感じた。
「え? あの……そんなことしたら死んじゃうんじゃ……? えーっと、魔法かなにかかけてあげるんだよね?」
「はい。死刑囚には半分ほど効果のある落下耐性の魔法が与えられます。それでも死亡する場合がありますが、そうなるかどうかは本人の運と、落下する場所次第です」
スジリエの説明を聞いていたポリティが口を挟む。
「あ、ヒロシ、一応言っとくけどスジリエが提案してるのは、受刑者的には即死できるのが一番ラッキーな結末の刑罰だからな」
屈託のない笑顔でそんなことを言うのでヒロシの背筋に冷たいものが走った。
死ぬほうがラッキーってことは……もし生きていたらそれ以上の苦痛が待ってるってこと!?
僕がスジリエさんに「そんなことをしたら死んじゃうんじゃ……?」って聞いたのは「死んだら大変」って意味だったのに、スジリエさんは「死んじゃったら苦痛を与える間もなく刑が終わってつまらなくない?」みたいな意味で解釈したのか……!?
そんな想像するのも恐ろしいことを、小学生くらいの子たちが企画し、何の衒いもなく口にするのでヒロシは血が凍りつくほど戦慄した。
逆らったら自分も同じ目に遭わせられるんじゃないかと思ったが……さすがにこんな刑罰を承認するわけにはいかないと自分を奮い立たせる。
「あ、あのっ……僕が最終承認ってことは……刑罰の内容は変えてもいいんだよね?」
ヒロシが声を振り絞ると、スジリエは自らを責めるような、申し訳なさそうな顔をした。
「はい、やはりまだまだ軽いですか? もっと重いもののほうが……」
「い、いやいや、逆です。逆。逆」
これ以上重いのがあるのかとヒロシは震え上がるようにブルブルと顔を左右に振った。
やっぱり、スジリエさんは勘違いしている……!
僕は末蔵さんを苦しめたいわけじゃないんだ……!!
「こ……今回は許してあげてほしいんだ。彼女にはお咎めナシで、今までみたいに僕の前の席で一緒に授業を受けられるようにしてほしいんだ」
ヒロシの決定にスジリエは表情をなくすだけだったが、ポリティは猛然と詰め寄ってきた。
「おいおいおいおい、無罪放免するってのか!? 正気かよっ!? コイツはお前を殺そうとしたヤツだぞ!?」
「そ、そうかもしれないけど、僕はこうして生きてるし……なんていうか、うまく言えないけど、末蔵さんの気持ちもわかるっていうか……」
末蔵ヤミは人付き合いが苦手な女の子で、でもみんなと仲良くなりたくて……色々やってみたけどうまくいかずに空回りして、それでより一層みんなから孤立していたんだろう。
積もり積もった想いを友達に見立てた人形の前で発散していたところ、その現場ににヒロシが乱入してしまった。
自分のやっていることを言いふらされるのではないか、そうなるとさらにみんなから嫌われてしまうのではないか、という恐怖から証拠隠滅のために今回の凶行に及んだのだろう。
同級生にチヤホヤされる妄想なら、以前の世界のヒロシなら日常茶飯事のようにしていた。
文化祭のバンドでボーカルをやって、登場したときは否定的な野次ばかりが飛んでいたのが歌声を聞いて少しづつ歓声に変わり、最後は大歓声とともに胴上げされるまでに至るというシチュエーション。夏が終わるころになると毎日寝る前にベッドの中でそんな夢想をしていた気がする。
なので末蔵ヤミには共感というか、尊敬の念すら抱いていた。ヒロシが想像ですませていることを仮想とはいえ実行に移していたからだ。
しかしヒロシの言葉足らずな説明では納得させられなかったようで、
「なんだよ、それっ!?」
ポリティは衝動を抑えきれずヒロシに飛びついた。
前からしがみつかれて駅弁売りのような格好になってしまうヒロシ。
スジリエは一瞬、羨むような表情をしたがすぐに厳しい顔つきになると、静かに抜かれた刃物のような声でポリティを制した。
「おやめなさい、ポリティさん。テンプレ騎士であるヒロシ様にはライト・ノーヴルでの立法、行政、司法……すべてに絶対的な権限があるのはよくご存知のはずでしょう」
「うっ……そうだけど……だけど……だけど……!」
ポリティはしばらくグズっていたが、やがていじけるようにヒロシの胸に顔を埋めて「わかったよ……」と渋々承諾した。
その答えを聞いてひとり頷いたスジリエはヒロシをまっすぐ見つめた。
「かしこまりましたヒロシ様、仰せのとおりにいたします。ですが……何も処分を与えなければ再犯の恐れがあります。ここはひとつ、触媒の没収という処分を加えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「触媒の処分……?」
「はい。囚人番号Z1は高い死靈術の技術を持っています。今回の事件もそれにより引き起こされたといってよいでしょう。そのまま釈放すれば再犯の可能性もあり危険です。しかし触媒がなければ抑制できますので、現在彼女が所持している触媒を、心を入れ替えるまで低レベルのものに変えるという処置をとらせていただきたいのです」
「……うん、わかった。それくらいならいいと思う」
処分が今までのに比べるとヒロシの常識の範囲内だったので、安心して頷くことができた。
触媒というのはおそらく、NDDが愛用していた柄のところが頭蓋骨になった鞭のことだろうな……と思った。
「では、囚人番号Z1の処分はそのようにいたします……すぐに刑務官のほうに命じて即日、囚人番号Z1を釈放し、明日には授業に出席できるように取り計らいます」
それまであった少女の声音の厳しさが、まるで嘘であったかのようにふっと消え失せる。
「ご承認いただきありがとうございました。今日はこれで終わりです。もう放課後になってしまいましたが……教室までご案内いたしますね」
スジリエの声がいつもの穏やかなものに戻ったので、ヒロシの心は緊張から解き放たれた。
厳しいときの彼女の声は、怖いけど決して怒鳴らない体育教師のような、浮気した夫をあたたかい笑顔で刺殺する妻のような、相反する不気味なギャップがあって、ずっと身が引き締まるような思いだった。
それからヒロシたちはエレベーターに戻ったのだが、末蔵ヤミはずっと顔を伏せたまま動かなかった。
しかしスジリエがエレベーターのボタンを押した瞬間、声にならない悲鳴とともに起き上がり、壁につけられた操舵輪を狂ったように回しはじめた。
その回転にあわせて、エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと上昇をはじめる。
エレベーターは人力で、鞭で打たれ続けるように身体を痙攣させる囚人番号Z1の手によって動いていたのだ。
しかしヒロシはずっとポリティにしがみつかれていたせいで、その様子には一切気づかなかった。




