47 囚人番号Z1
「ヒロシちゃん? すごい音がしたようだけど、一体何が……」
重機が暴れたような轟音を聞きつけ、ツキカが何事かと様子を見に来た。
そこにはノックアウトされた元横綱のように倒れ伏すヒロシがいた。
「きゃっ!? ひ、ヒロシちゃん!? ひ、ひどいケガ……!」
慌てて抱き起こすと、ヒロシは白目を剝いており意識不明だった。
介抱していたツキカは、床に小さな人型の穴が開いていることにふと気付く。
「ああっ!? み、ミームちゃんまで!?」
大の字型の床の穴にはミームが埋まっていた。
深く埋没しており手を差し入れても届かなかったので、ベルに頼んで台所から菜箸を持ってきてもらい、挟んで引っ張り上げた。
「うう……た、助かったやで、ツキカ……」
助け出された妖精は完全にグロッキーだった。
ミームはしょっちゅう人間を怒らせているので、床や壁に叩きつけられるなどは日常茶飯事である。
頑丈な彼女はそれでもケロッとしているのだが今回はかなり強く叩きつけられたようで、飛ぶこともできずにツキカの手の中でグッタリとしていた。
「ミームちゃん、いったい何があったの!? モンスターにやられちゃったの!?」
怪獣が暴れた跡のような壁や床の穴、そして重傷のヒロシからツキカはモンスターの襲撃を受けたと勘違いしていた。
「うぅん……モンスターっちゅうか、指定暴力団系ヒロインちゅうか……」
しかしミームは曖昧な答えで言葉を濁した。
マリーの介抱の甲斐あって続けざまにヒロシも意識を取り戻す。一体何があったのかとツキカは尋ねたが、ヒロシは「マリーにやられた」とは言い出せず「ちょっと転んじゃって」と見え見えの嘘をついた。
ツキカはヒロシの身体を気づかって今日は休むことを提案したが、ヒロシは大丈夫です、と言って学校に行った。一刻も早くマリーに会って、謝っておきたかったのだ。
しかし教室に行ってもマリーの姿はなく、隣席は空席だった。
午後からの授業は科目選択のための見学なので、そのついでにヒロシはマリーを探そうとしたが、保健委員から呼び止められて校長室に行くよう言われた。
もしかしたら校長室にいるのかな? と淡い期待を抱きつつ校長室を尋ねたが、そこにはスジリエとポリティがいるだけだった。
落胆するヒロシにスジリエは体調不良かと気遣い、用件は後日にしましょうか、と言ってくれた。
しかしヒロシは大丈夫、と強がってスジリエの用件を聞いた。
小一時間後、ヒロシはスジリエとポリティに案内され、外壁の尖塔のひとつに来ていた。図書館とは違う別の尖塔だ。
滑車で動く個室エレベータのようなものに乗り、地下へ地下へと降りていた。
エレベータは人力のようで、速度が一定ではなく不規則で時折引っかかるように停止した。また振動も大きくて乗り心地は決していいとはいえなかった。
ヒロシはキョロキョロと落ち着かない様子であたりを見回す。そうしてみたところで室内なので置かれた状況は把握することはできなかった。
窓からは一応外の様子は伺えるのだが、ひたすら無機質な壁が続いているだけだった。
エレベーターとはいえ室内には家具やテーブルなどが揃っており、お茶も出された。
スジリエとポリティはアフタヌーンティーを楽しむようにくつろいでいるが、ヒロシはどこに連れていかれるのかわからないので不安でしょうがなかった。
こんな時でも能天気な空気を振りまきつつ説明してくれるはずの妖精はヒロシの胸ポケットで眠りこけたままだ。昼近くまで寝ておいて、なんでまた寝るのかとヒロシは呆れた。
しょうがないので沈黙を破って「ここは……どこなの?」と尋ねてみると、紅茶の入ったカップを上品な手つきで持つスジリエが答えた。
「ここは特殊刑務所です」
まるで一枚の絵画のような優雅なその姿からは想像もつかない物騒な言葉が飛び出す。
隣りのポリティがクッキーを放り込んだ口をもぐもぐ動かしながら続けて教えてくれた。
「収容分類級がZ級の犯罪者を収容するための場所だよ。えーっと、Z級ってのはこのライト・ノーヴルではもっとも重い犯罪……テンプレ騎士に対して犯罪行為を働いた者のことだ」
ポリティの制服はミニスカートだ。それなのに立膝で椅子に座り、その状態でヒロシのほうを向いているものだからパンツが丸見えになっている。
しかし本人は全く気にする様子もなく、パンツにプリントされた獰猛そうなクマと一緒になってヒロシを見つめながら説明を続ける。
「知っての通り、犯罪ってのはボクたち警察が捕まえて起訴やら裁判やらをしたあと刑務所に送られるんだが、テンプレ騎士への犯罪は問答無用、ダイレクトにここに送られるんだ」
「ふぅん……で、僕がなぜ、ここに呼ばれたの?」
ヒロシのさらなる疑問は、大きな揺れによって遮られた。エレベーターが停止したのだ。
椅子を引いて静かに立ち上がるスジリエと、勢いよく飛び跳ねるポリティ。
対象的なふたりは揃ってエレベーターの出口へと向かったのでヒロシはその後を追った。
出た先にはエレベーターと同じくらいの広さの小部屋があり、簡素なテーブルとベッド、そして便器があるだけだった。
エレベーターの扉の対面、部屋の一番奥にある壁には船の操舵輪がくっついており、側には力尽きたように倒れる少女の姿があった。どうやら彼女がこの部屋の住人らしい。
少女は白と黒のボーダーのワンピース……いわゆる昔ながらの「囚人服」姿で、首と名のつく部位には拘束具のような鉄輪をしていた。
さっきまで激しい運動をしていたのかのように虫の息で這いつくばっている。
部屋に置かれているモノと中にいる人物の格好、そしてエレベーター内での説明で、少年はここが何なのかをようやく理解した。
ここは……牢屋っ!?
アメリカのテレビドラマとかで出てくる刑務所にと似ている。
違うのは壁や床が打ちっぱなしのコンクリートではなく、石造りであるところくらいだ。
スジリエは花飾りが散りばめられた可愛らしいローヒールの靴を鳴らしながら、囚人の側に近づいた。
「起きてください。末蔵ヤミさん……いいえ、囚人番号Z1」
その声にゆっくりと顔をあげたのは、アイマスクをしていない素顔の末蔵ヤミであった。ヒロシはハッと息を呑む。
少年と、囚人番号Z1と呼ばれた少女の目が合う。どこかで見覚えのある、怯える小動物のような瞳だった。
ぜいぜいと肩で息をしていた彼女はぶたれるのを恐れる子供のように身体を縮こませた。
しかしスジリエはそんな反応を気にとめる様子もなく、ヒロシの方に向き直る。
「ヒロシ様、これからヒロシ様の命を危険に晒した囚人番号Z1の処分を決定したいと思います。ヒロシ様にはその最終承認をお願いいたします」
「えっ?」とヒロシは戸惑う。いきなり刑務所みたいな所に連れてこられて、同級生の処分を決定しろだなんて。
エレベーターの中では花のようであったスジリエの声も、死刑執行人のように冷徹に変わっていた。それでいて表情はいつもの華やかなままなので余計に不気味だった。




