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43 潮かぶり席の少年

 ヒロシたちに巻き付いた鞭の先には髑髏のついたマイク……!

 死神の化身が持つような禍々しい武器……!

 それを駆るは深淵アイドル……N・D・Dネス・ダークネス・ダーク……!!


 再び現れた、骸骨たちの親玉……! しかしヒロシは見上げることすらしなかった。

 毒の川を渡りきったことで、すでに三途の川を渡り終えた亡者のような、生気の滓すら感じさせない顔でうつむいている。

 視界は暗く、太ももと鞭によってほとんど奪われていたが、もはや気にする余裕もない。


 意識は朦朧としていたが敵の出現を察知し、気付かれないように剣の柄に手をかける。

 しかし巻きついた鞭が意思をもったように動き、絡みつく大蛇のように締め上げて抜刀を阻止してきた。


 三人娘の柔肌に黒蛇のような鞭が食い込み、悲鳴が聞こえた。下腹部がヒロシの顔に密着したが、ヒロシは意識を手放さないようにするだけで精一杯で、他のことを感じている余裕はなかった。


 力の種による過剰なドーピングと、毒の激痛と幻覚……少年の肉体と精神はともに限界を迎えていた。

 もはや底のほうに僅かにのこった気力だけで辛うじて生命を繋ぎ止めているような状態だった。


 対照的にNDDはエネルギーが余ってしょうがないといった様子で、隣のリードギターのスケルトンを棒に見立てたポールダンスを踊ってる。

 精力を吸い尽くした淫夢(サキュバス)のような、艶のある身体を扇情的にくねらせていた。


「じっとしてなきゃダーメ! もし動いたらディーの鞭さばきでシメシメしたあと、ドッポーンってたたきこんじゃうよ?」


 踊り子はペロリと舌を出し、いたずらっぽく笑う。


 ヒロシたちの動きを封じたうえに締め上げるという鞭さばきを見せただけあり、鞭の腕前はかなりのもののようだ。

 抵抗したら毒の沼にたたきこむというのもハッタリではないことがわかる。


「あっ、あと、ドロボーはだめだよぉ~! ディーのグッズが欲しいのはわかるけど、ちゃんと並んで、ちゃんとお金を払って買って、ネッ!」


 NDDが突き立てた中指をこいこいと動かすと、サイドギターのスケルトンがヒロシたちの元まで歩いてきて、ブラウの持つ杖を回収していった。


「さぁ~て! いま目の前に失われゆく命があるワケだけど、それって死術士(ネクロマンサー)のディー的にはスッゴイときめいちゃうんだよねぇ~! だからアンコールの一曲目はそのときめきを表した曲、『鳥葬の最中に生き返っちゃった!』で……!」


 NDDがかけ声とともにオーバアクションでマイクを構えると、バックバンドがジャン! と演奏開始の構えをとった。

 もはや精根尽き果てた少年は無反応だった。このまま死刑を待つ囚人のように演奏を聞き、最後の時を迎えるのかと誰もが思った。


 しかし少年の乾いた口は、前奏に待ったをかけるかのように……静かに動いた。


「……まぁ、待ってよ、一曲目に行く前に聞かせてくれないかな……君、鞭さばきは確かにすごいけど……死霊術(ネクロマンシー)についてはどうなんだい?」


 死にそうな外見とは裏腹に、落ち着きはらった口調の質問が紡ぎ出される。

 いつもと声音が異なっていることに気づいた妖精は、急いでホームポジションである胸ポケットに潜り込んだ。


「骨しか操れないようだけど……死霊術(ネクロマンシー)はあまり得意じゃないのかな?」


 少年の不敵で、挑戦的な声。

 NDDはマイクを顔から外すと、額に手をかざす仕草をした。

 視線はアイマスクによって覆われているのでわからないが、ヒロシを覗き込んでいる。


「あれれぇ? 歌よりもトークのがいいのかな?」


「……ステージを激しく動き回ってシャウトして、火照った濡れ肌になった君はセクシーでいいんだけど……静かに佇み、白い玉の肌に青白い血管を浮かび上がらせている君のほうが好きかな。……もっとよく見せてくれるい?」


 先程からの少年の台詞は置かれた状況を鑑みない自由すぎるものだった。

 別人のようになってしまったヒロシにお気楽な妖精も気が気でないようで、光を失った瞳をハラハラした様子で見上げている。


 しかしNDDは気にとめる様子もなく、あっさりとヒロシの軽口を受け止めた。


「あー、判った、そういうことか……たまってる、ってやつなのかな? しょうがないにゃあ、いいよ……じゃあ少しだけトークしちゃいまぁ~すっ!」


 NDDが手をかざすと、バッグバンドは楽器を構える腕を降ろした。


「……話がわかるね、じゃあ、おしゃべりといこうか……。それで、骨以外は操れないのかい?」


「むぅーっ! ディーはね、キレイな死靈(アンデッド)しか興味ないの。ゾンビとかそういう汚いのは大っ嫌い! その点、スケルたんは白くてスッキリしてて、キレイでしょ? それをたくさん、たっくさん欲しいの! こんなにいっぱいスケルたんを出せるディーは死霊術(ネクロマンシー)でも一流なんだよ! わかってないなぁ!」


 慇懃無礼な質問に、NDDは頬をプクーと膨らませる。


「ディーはキレイなものしか欲しくないの、いらないの! そこにある毒も、毒のなかでは一番キレイなのなんだよ! キラキラしててキレイでしょ? そんなステキな所で最後の時を迎えられるんだから、うらやましいよぉ~! いーなぁ、いーなぁ、ズルい、ズルい、ズルいよぉ~っ!?」


 NDDは表情をコロコロ変えながら、最後はたまらない様子で地団駄を踏んだ。


「そうなんだ……僕はまだこっちに来て日が浅いからよくわからなかったけど……たしかに君の死霊術(ネクロマンシー)は一流のようだ。ごめんね、失礼をお詫びするよ」


 少年が申し訳なさそうにすると、NDDはフフンと鼻を高くして機嫌をなおした。


「せっかくだから、失礼ついでに……君の歌のほうはどうなんだい?」


「へっ?」


「会場を見たところ、骸骨しかいなかったようだけど」


 NDDは先の質問にはブリッコする余裕があったが、この質問に対しては不快そうに舌打ちをした。


「だっ、だからなんだっての? 生者だろうと死者だろうと、いい歌に集まるのは変わりはないんだよ!? わかってないなぁ!」


「でも……ここにいる骸骨は全部君が操ってるんだよね? だったら人気があるのは当然なんじゃ……?」


 言い返せないNDDに、少年はたたみかける。


「墓地の墓石には名前が彫り込まれてたね。偶然だけどマリーの墓を見つけたよ。最初はマリーが本当に死んじゃったのかと思ってびっくりしたけど……あの墓は君が作ったんだよね。そして中に入ってるのは本人のではなくて、別人の骨……」


 図星だったのか、NDDはギリッと歯噛みする。

 人を食ったような態度はなりをひそめ、声を荒げだした。


「あぁ、そうだよ! ディーはアイドルになりたくて、死霊術(ネクロマンシー)を使ってこの地下でライト・ノーヴル学園を再現したんだ! でも別にいいでしょ!? 何か文句あるの!?」


「そうなんだ、すごいね。……すごいけど……君はきっと学園ではひとりぼっちなんだね。だけど目立ちたい気持ちは人一倍あって……でも、うまくいかなくて……君は学園の生徒たちに見立てた骨を操って、チヤホヤされる空間を作って、そこでライブを始めたというわけだ。……地上の世界では誰からも相手にされないけど、地下の世界ではお人形を遊びをして、人気者のアイドルに浸っている……」


 少年の顔は血の気が完全に失われていたが、その口元には笑みが浮かんでいた。


「フッ……まるでスケルトンみたいだね。スッカスカで中身がない……それが君の正体ってわけだ……」


「だからぁ、さっきから何が言いたいの!? そんなこと今はどうでもいいでしょ!?」


 怒りを露わにするNDDは高いヒールを鳴らして少年の元に歩み寄り、鞭を引っ張って無理矢理立たせる。

 少年は苦しそうに顔を歪めるが、その口は止まらない。


「ううっ……わかるんだ、僕もそうだったから。でもたしかに、そんなことはどうでもいいよね。それよりも……やっと君は僕の側まで来てくれたね。嬉しいよ、最初はずっと警戒して、鞭で縛らないと話もできなかったのに……」


「だからなんだってのよ!? ゾンビみたいな顔して、もう死ぬことしかできない身体のクセして!!」


「ああ、僕はたしかに剣を振る力も残っていないよ、こうして口を動かすだけでやっとだ。あ、でも……『力の種』があったらまだチャンスはあったかもしれないなぁ」


「フン、知ってるわ。ディーもここから見てたもん」


 NDDがアゴで示した先にはバンドメンバーがいて、皆揃って柄の付いたオペラグラスを掲げていた。


「キモい顔で『仲間は共に歩むもの~!』なんて大声出して、いっぺんに三粒も飲んじゃうなんて……無茶するよね~……それでこんなになっちゃうなんて、フフッ、バッカみたい! アハハハハハハハッ!」


 奪われたペースを取り戻すかのように、わざと煽り口調になるNDD。

 しかしいくら嘲笑されても少年は無反応だった。動揺するという感情が失われたかのような虚ろな瞳のままだ。


「なんだ、全部見てたのか……やっぱり君は警戒心が相当強いみたいだね……でももう少し、他人に心を開いたほうがいいと思うな……」


「ああっ、もうっ! いちいちウザい奴っ!! 今ここで剥製にしてやろうか!!」


 ついにブチ切れたNDDは鞭を容赦なく締め上げる。

 すでに肌に食い込んでいたものがさらに骨まで達し、三人娘の身体から軋むような音がした。


 強制的に結束させられ、抱擁しあうような形になった三人は幼子が泣き出す直前のようなうめき声を絞り出す。

 鬱血するほど肌に埋没する鞭も辛かったが、それ以上に耐え難かったのは尿意のほうだった。

 締め上げられた結果、下腹部がヒロシの顔に押し当てられて膀胱を圧迫する形となり、強い外部刺激となる。

 それに加えて生命の危機に晒されたことで、生理現象のほうも突き上げるようなこみ上げを見せていた。


「「「ひいぃぃぃぃーーーっ!!!」」」


 肉体と精神、両方を同時責めされた少女たちはたまらずのけぞり、玉の汗を散らす。


「あううっ! も、もう……! 限界かも……! ううっ!」


「だ、ダメぇ、ロートちゃん、が、がまん、しなきゃ……下にテンプレ騎士(ナイト)様が……!」


「くうっ……!」


 三人の少女たちは熱でうなされるように苦しそうに吐息を漏らし、酸素の足りない金魚のように口をパクパクさせて喘いでいる。

 どんなことがあっても表情を崩すことがなかったブラウも髪を振り乱しながら「うっ」「ふっ」と切なそうに息を切らしている。


 少年も苦しさのあまり虫の息になりつつあったが、それでもNDDとのトークを続けた。


「お……怒って、そんなものかい? やっぱり君は自分の感情を表すのが苦手みたいだね」


「ウゼえっ! ウゼえウゼえウゼえウゼえ、ウゼーんだよぉーっ!!」


 NDDはヒステリックに叫びながら、怒りをぶつけるようにさらにきつく締め上げる。


「ああっ、ダメっ! ダメっ! ダメッ!」


「やっ、やめて……やめてくださいいぃぃっ!」


「いっ……いけな……いっ……!」


 三人娘はガクガク痙攣しはじめる。身体をくねらせ、よじらせるが逃げ場所はどこにもない。

 少年は頬に押し当てられたものが熱を帯びたのを感じていた。


「い、いいよ! その調子……!」


「マジ、ウゼえっ!! 二度とそんな口が聞けねぇようにしてやるよ……!!」


 もはやNDDは怒りに我を忘れ、締める手を緩めない。

 巨人の手に握り潰されるような痛みに絶叫の大合唱が起こる。


「ああああああっ! も、もうっ、許して! 許して、許してぇーーーっ!!」


「いやっ、いやっ、いやあっ!! いやああぁぁぁーっ!!」


「はあぁぁん……で、出るっ!!」


 命乞いするようにイヤイヤと顔を振る三人の少女。


「ぐああぁっ……! い、いいよ……! ぼ、僕のお願いを聞いてくれたお礼に、いいことを教えてあげるよ……僕が飲み込んだ力の種は……三粒じゃなくて……二粒だよ……」


「はあっ!? ディーは見てたって言っただろ! なにワケわかんないこと言ってんだ、バーカっ!!」


「うぅ……ん、口に入れたのはたしかに三粒なんだけど……飲み込んだのは二粒なんだよ」


「はぁ? イミフなんですけどー? 残った一粒はどこ行っちゃったんですかー? それともアタマおかしくなっちゃったんですかー?」


「の……残った……一粒かい……? それはいま……僕の喉に引っかかっているんだ」


「……え?」


 その一言に、呆気に取られるNDD。

 少年が鼻先でぐっ、と押し込むと……少女たちは断末魔の悲鳴とともに決壊した。






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