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42 初乗られ中学生

「「「「ああっ!?!?!?」」」」


 少年の突然の行動にその場にいた全員が、最後の食料である貴重な豆を鳩にかっさらわれたような……豆が鳩鉄砲を食らったような顔になった。


「なんやなんやなんや、なんやねんっ!?」


「どうしちゃったの、ヒロシくんっ!?」


「狂った」


「そ、そんなにいちどに飲んだら……!」


 ゴクン、と喉をならして『力の種』飲み下した瞬間、ヒロシの身体がカッと熱くなった。

 腹の中でボコンと小さな破裂が起こり、みなぎってくる力が全身に行き渡ったような感覚。


 思わずボディビルダーのようなポーズをとりたくなってしまうほど、身体中がパワーに満ちあふれる。


 種ひと粒であればここで初期効能が終わり、あとはしばらくのあいだ湧き出る力の恩恵を得られ続ける。

 だが……それ以上に飲んでしまった少年の身体にはさらなる変化に見舞われた。


 爆竹が爆ぜるような感覚が身体のあちこちでおこる。

 視界が閃光に覆われ、眉間のあたりがパンとはじけた。暴れ牛のように鼻息が荒くなり、荒ぶるあまり鼻血が噴出する。


「うっ……ううっ……!!」


 少年は目眩とともによろめいた。

 まわりでは悲鳴のような、なにか喚いているような声がしているが……耳抜きに失敗したみたいに遠くで聞こえる。


 カゲロウようのうなものが顔に何度か体当たりしてきて、うっとおしくなったので手で払いのける。


 熱いものが胃液のようにこみあげてきて、喉に達する。カラカラに乾ききった喉に強力な炭酸飲料を一気に流し込んだような……喉が焼夷するような感覚に、自然と雄叫びを絞り出していた。


「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」


 かつて少年であった者は、欲望を解放した野獣のような勢いで女の子たちの脚にタックルし、一気に持ち上げる。


「「キャアーーーっ!?!?」」


 発情期のゴリラにさらわれたような悲鳴をあげるロートとグリュー、遅れてブラウが「きゃー」と棒読みした。

 三人の少女をまとめて肩に担ぎ上げた少年は、毒沼に向かって跳ねる。


 どぷん! と着水すると粘度の高い液体が跳ね、銀色のミルククラウンが少年のまわりに起こった。

 毒の沼に突っ込んだ少年は寒中水泳で気合を入れるかのような息を吐きつつ、水中を走り出した。


「ひ、ヒロシくん……!?」


「私たちを抱えて毒の沼を渡るために、種を食べるだなんて……」


「……すごい」


 少年の右肩に乗ったロート、左肩に乗ったブラウ、頭の上に座るブラウ。

 三人の少女は身体を寄せ合ってしがみつき、また太ももで少年の顔を挟んで振り落とされないようにする。


 少年の顔のそばには無防備な少女たちの下腹部があった。スカートや太ももの間から辛うじて前方の視界が確保できているような状況だった。

 時折風に煽られたスカートがめくりあがり、視界の隅になにかがチラ見えしたりした。

 めくれたスカートは慌てたような、恥ずかしがるような、淡々としたような手つきで押さえられていた。なにか叫んでいたような気がするが、もはや少年はそれどころではなかった。


 さっきまで顔にへばりついていたカゲロウのようなものは、なにかわめきつつ周囲を飛びまわっていた。


「ヒロシ! なにやってんねんお前! 死ぬ気か!? 今なら許したるさかい戻れや! 特別にパフパフしたるさかい戻ってこんかい! ……なんで戻ってけえへんねん!? ああっ、もうええわ! ヒロシなんかもう知らんわ! お前なんか死んでまえ! アホっ! アホっ! アホーっ! ヒロシのアホーっ!! ……途中で倒れたりしたら許さへんで!! 地獄まで追いかけてって、もう一回殺したる!! だから死んだらあか

んで!! 走れ!! 走れ!! 走れっ!! 絶対に止まるんやないでぇーっ!!」


 全てはウォンウォンとなるサイレンのような音として少年の耳に届く。

 うるさくてたまらないが、気付けにはちょうどよかった。


 背後からはついに追いついてきたスケルトンたちが、行進する姿勢のまま毒の沼に次々と入水していた。

 たとえ水中でも列を乱すことなく、まるで軍隊の水中訓練のような風景で追撃してくる。


 少年はそんなまわりの様子など一瞥もすることなく、一心不乱に波を駆け散らしていた。

 毒の沼は少年の腰くらいまでの水位があり、かなり足を取られる。水中で姿の見えない死神がしがみついているような、嫌な感覚がまとわりついてくる。


 夕闇迫り、不気味な黒光りを含みつつある毒……死神の白虚銀(しろこがね)

 少年が生まれて初めて接した毒は、肌に触れた瞬間は痺れるような感覚にとらわれただけだったが、やがて鬱血したように肌がパンパンに張りだし、そして皮膚が弾けるような激しい痛みへと変わっていった。


「ぐ……ううっ!!」


 歯を食いしばると、薄弱とした意識が戻ってくる。

 『力の種』の爆発的エネルギーに我を忘れ、勢いに任せて少女たちをさらい毒に飛び込んだ。しばらく間はあまりの興奮に痛みも感じなかったが、じょじょに正気が戻りつつあり、それに伴い耐え難い痛みが下半身を襲っていた。


 痛い……! 痛い、痛い、痛い……!! こんなに痛いものが、この世にあっただなんて……!!

 それに、なんだか苦しい……魚の骨が丸ごと喉につっかえたみたいな苦しさがある。

 唾を飲み込んでも、飲み込んでも、詰まる苦しさは無くならない……!!


 ブラウさんはすぐに死は至らないと言っていたが、死にたくなるほど痛い。

 ブラウさんは渡りきるまで無事でいられるかは不明と言っていたが、まだ半分しか来てないのに倒れてしまいたくなるほどほど痛い。


 僕は痛みに強いほうじゃない、むしろ弱いほうだ。

 だけど耐えてみせる。僕がここで倒れたら、彼女たちも毒の沼に入ってしまう。

 こんなヤバ過ぎるものに彼女たちを浸けるわけにはいかない。


 彼女たちは従者(スレイブ)だ。だけど僕にとってはそれ以上にかけがえのない仲間だ。

 図書館の地下にあった石碑には『従者に心奪われることなかれ』と書かれていた。『友人のような、恋人のような、家族のような感情を抱くことなかれ』と書かれていた。


 今朝あったばかりだというのに、彼女たちがいなくなる世界など、もはや考えられない。


 あと少し、あと少しで、向こう岸にたどり着く。そしたらみんなで戻れる。

 誰一人失うことなく、揃って戻れるんだ。


 そして寮に帰って……ツキカさんの夕食をみんなで食べて……明日の学校に備えて寝るんだ。

 明日の朝はまた騒がしくなりそうだけど……僕はそれを望む。


 みんなで……生きて返るんだっ……!!


 ヒロシはその一心だけで意識を必死に繋ぎ止めていたが、あと数メートルというところで突然ガクンと身体が重くなった。


 思わずバランスを崩し、倒れそうになったが足を大きく開いて踏みとどまった。

 さっきまでほとんど重さを感じなかった女の子たちが、子泣きじじいかと思うほどに急にずっしりと肩に食い込んできたのだ。


「わあっ!? ヒロシくん!?」


 落ちそうになったロートがヒロシの顔にしがみついてきた。


「……力の種の効果が切れた」


 バブルヘッド人形のように首だけ揺らしてバランスをとるブラウ。


「ええっ!? 三粒も飲んでるのに、こんなに早く切れるだなんて……!?」


 落ちかけたグリューはロートとブラウによって助けられた。

 いつもなら真っ先にお礼を言うのだが、それよりも力の種が予想よりずっと早く切れたことが信じられない様子だった。


 立ち止まったヒロシに容赦なく毒が染み込んでいく。

 石抱きの拷問を受けているような、逃れようのない苦痛に喘ぐ。喉の詰まりはまだ取れず、首に縄をかけられているかのように息苦しい。


「こんなところで止まってどないすんねん! あと少しやないか! きばらんかいヒロシ!!」


 耳元で怒鳴られて、ヒロシは歯をめいっぱい食いしばって一歩を踏み出した。

 重りを担いで焼けた鉄板の上を裸足で歩かされているような、力づくで苦痛を味わわされているような感覚。進むも地獄、戻るも地獄の状態。


 このまま重りを投げ出せたらどんなに楽かと思うが、捨てるわけにはいかない。

 視界がかすみ、意識が朦朧としてきた。

 それでも進まなければと懸命に一歩を踏み出す。


「うぐぐぐ……ぐっ……! おおぉぉっ!!」


 もはや脚は自分のものではなくなり、ただの苦痛を与える拷問具になってしまったかのように感覚がなく、痛覚のみが存在する。

 自分の脚から逃れるように、また一歩を踏み出す。


「がんばって! がんばれ! ヒロシくん!」


 遠くで、声がする。

 ロートの声のはずだが、だいぶ幼い声のような気がした。



「がんばって!! 負けないで、ヒロシくーんっ!!」


 対岸では小さな女の子たちが声を枯らしながら声援を送っていた。


 ヒロシは川の中で、ガキ大将軍団の手下と大立ち回りを繰り広げていた。

 水の中では得意のすばしっこさを封じれるという作戦で誘いこまれてしまったのだ。


 しかしヒロシは水の中であることを逆手にとり、浮力を利用して手下どもを次々と投げ飛ばしていった。


 掴みかかってきたところを身を低くして岩石落とし、素早く背後に回り込んでバックドロップ。

 女の子たちの声援を力に変え、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。


 手下を全員押し流した頃には、ヒロシはすっかりグロッキーになっていた。

 肩で息をしながら川岸にあがると、そこにはガキ大将が待ち構えていた。


 ガキ大将の狙いは川でヒロシやっつけることではなく、体力を消耗させることだったのだ。

 ガキ大将は疲労困憊のヒロシを見下ろしつつ、


「今日こそは逃がさねぇぞ、いつもナメたマネしてくれやがって……それだけ疲れてりゃ、ちょこまかと逃げられまい……女どもの前でギッタンギッタンにして、ハダカに剝いて川に流してやるぜ……」


 と、指の骨を鳴らしながら迫ってきた。


 それはヒロシにとっては人生最大のピンチともいえる出来事だった。

 しかし幼い頃の少年が長けていたのは、すばしっこさだけではなかったのだ。


「……まぁ、待ってよ、ギッタンギッタンにする前に聞かせくれないかな……どうしてもいつも同じセーターを着ているの?」


 最初は置かれた状況を理解していないかのような質問から始まった。

 しかし会話のキャッチボールを進めていくうちに相手の図星を突く指摘に変わり、そして会話の主導権を握り、ついには相手を激昂させるに至った。


 怒りで我を忘れて突っ込んできたガキ大将を、最後の力を振り絞ってかわしつつ足を引っ掛け、川に落としたのだ。


 ……少年は話術によって危機を脱することに成功した。

 彼は度重なる窮地を、時たま話術によって逆転し、くぐり抜けてきた。


 追い詰められた少年は取り乱すことなく、何か奥の手があるのかと思わせるほどに落ち着き払う。そして慇懃無礼な言動で相手の心を揺さぶるのだ。

 話をするうちに少年はいつのまにか精神的優位を手にする。逆に追い詰められた相手は冷静を欠いた行動に出て、足元をすくわれてしまう……!



 ……そんな遠い昔のことを、ヒロシはぼんやりと思い出していた。

 それが毒が見せた幻覚なのか、それとも死に際に見る走馬灯なのかはわからない。


 ただひとつだけ言えるのは、あのときは一匹狼を気取っていて女の子と話すことを全然しなかった。声援をもらっても完全に無視していた。

 あの時にもっと女の子と話していたら、女の子に対しての苦手意識はなくなっていて、もっといい人生……リア充になれていたかもしれない……ということだった。


 もはやヒロシの視界は現実なのか、空想なのか、回想なのか……混ざった絵の具のようにグチャグチャになっていた。

 視線は定まらず、熱にうなされたように息を吐くのみ。進んでいるのかどうかもわからない。


「や……やった! 着いた! 着いたよヒロシくんっ!!」


 その声に、ヒロシは暗闇で手探りするように手を伸ばした。

 デコボコした床の出っぱりに引っかかったので、掴んで力を込めると、身体がザバーと毒の沼から這い出た。


 や……やっと……着い……た……!!


 混濁する意識の中に光明を見た瞬間、狙いすました鞭が飛んできて、三人娘ごとヒロシの顔に巻き付いた。


「アンコール、ありがとーっ! なーんて、キャハハハハハハハハハハハハ! 全部聴くまで帰さないよぉ~!? さあっ、最後にして最高の瞬間っ!! ビンビンに盛り上げっていこーーーっ!!」


 目の前に躍り出たのは、バックバンドを引き連れた深淵アイドルの姿であった……!!






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