41 初乗り中学生
「あれは……温泉シャワーだ……!」
吹き出す白い柱を指さすロート。
「温泉シャワー?」
ヒロシの問いかけにロートは興奮気味に何度も頷く。
前髪が揺れ、らんらんと輝く大きな瞳がチラ見えする。
「ライト・ノーヴル学園街の外れに温泉があって、吹き出したお湯をシャワーみたいに浴びれる場所があるんだ! みんなは温泉シャワーって呼んでるんだけど……」
「あれが温泉シャワーの元になってる噴水ってこと?」
「うん! だからあの崖の向こうは……きっと温泉だよ! 外に出られるよ!」
「そうなんだ……よし、あと少しだ、行こう!」
ヒロシとロートは共に歩みだそうとしたが、ブラウの手が遮った。
通せんぼした手を、足元に広がる銀色の液体を指す手に変え、「毒」とだけ告げる。
「「ど、毒っ!?」」
烏合の衆のようにハモるヒロシとロート。驚きのあまりあんぐり口を開けた間抜けな顔が銀色の水面に映り込んでいた。
目の前に横たわるプールには、なみなみと揺れる水銀のような液体に満たされている。
暗がりへと向かう夕日を受けて、妖艶な茜色に光り輝いていた。
「こんなにキレイなのに、毒なの……?」
寂しそうに視線を落とすグリュー。
「死神の白虚銀と呼ばれる人工毒。皮膚から浸透し対象を弱らせる。金属などに混ぜ込み、アクセサリーなどにして身につけたものを死に至らしめる用途などにも使われる」
「じゃあ……ここは泳いで渡れないの?」
「遅効性の毒なので少量であるならば即死はしない。ただこれだけの分量に長時間浸かり続けると強い痛みと幻覚作用によりショック死する危険性がある。この距離の場合……渡りきるまでに無事でいられるかは不明」
グリューの問いに非情な声で答え続けるブラウ。
「泳いで渡れないとなると、どうすれば……!?」
高い壁を越えたと思ったら、さらなる難問に見舞われてしまった……。
ヒロシは少し考えたあと、また魔法の力にすがった。
「ブラウさん、魔法でこの毒を凍らせたりは……?」
「自分の現時点で使える魔法では不可能。死神の白虚銀は凝固点がかなり低い。高位の水術でないと凍結させられない」
あっさりと首を横に振るブラウ。
「じゃあ……グリューさん、魔法の蔦を向こう岸まで生やせない?」
「ご、ごめんなさい……私の地術は地面に沿ってしか発生させられないんです……水の中とかでは無理です……すみませんっ……!」
いたたまれない様子で何度も頭を下げるグリュー。
「そうか……」
魔法での解決は無理となると、いよいよ万事休すかもしれない……! とヒロシが絶望しかけたとき、ずっとうつむいていたロートが顔をあげた。
「よしっ……! みんな……アレをやろう……!」
能天気な彼女にしてはかつてないほど真剣な表情で、仲間たちに呼びかける。
「ええっ、アレを!?」「ついに、アレを……」
リーダーの決意にグリューは口はだかった。いつも冷静なブラウの声もわずかに動揺を含んでいる。
「アレってなんやねん?」
いつになくシリアスな雰囲気の三人娘に対し、ミームがいぶかしげに尋ねる。ちょうどヒロシも『アレ』が何か気になりはじめたところだった。
「それは……虹色三重奏……フォーメーションBっ!!」
ロートのかけ声とともに集結した三人娘は、手を組み合って騎馬戦の騎馬を作った。
しゃがんだまま、一斉にヒロシの顔を見る。
「ヒロシくん、こっちに来て!」
騎首のロートが主を呼び、
「わ、私たちに……乗ってくださいっ!」
右手側のグリューが懇願し、
「ひひーん」
左手側のブラウが鳴き真似をする……!
これが……虹色三重奏のフォーメーションB!?
何をするのかと思ったら、運動会などによくある騎馬だったとは……とヒロシは戸惑いを隠せずにいた。
「え、えーっと、もしかして、みんなが渡しになってくれるの?」
「うん、こんな時に備えて練習してたんだ。毒の海は想定してなかったけど、火の海くらいなら渡ることがあるかと思って……わたしたちが向こう岸まで送り届けるから、ヒロシくんだけでも生き延びて!」
「えっ!? 僕だけなんて、そんなこと……!」
「できひんなんてぬかすなや!? さっさと乗らんかいヒロシ! お前が死んだら全部終わりなんやぞ! お前はコイツらの屍を乗り越えてでも生き延びて……魔王を倒す使命を全うせなあかんのやで!!」
割り込んできた妖精が、厳しい口調でヒロシを叱責する。
「ほら、見てみぃ! 骸骨どもが登ってこっち来とる! このままやと押し寄せたアイツらごと毒に沈んでまうで!」
ミームはヒロシの顔に貼り付き、無理矢理通路のほうを向かせた。その奥には壁を乗り越えた骸骨たちがこちらに迫ってくる姿が見えた。
まだ距離があるのですぐにここが骸骨で埋め尽くされることはないが、それも時間の問題でしかなさそうだ。
「乗れや! 乗らんかいっ! ここでウジウジしとったら全員死にさらすんやで!?」
ミームはヒロシの襟首を掴んで引っ張りはじめる。
必死な妖精の姿に心動かされた少年は、ぐっと言葉を飲み込んで……覚悟を決めた様子で騎馬に跨った。
「よぉし……いくよっ!」
威勢よい声とともに立ち上がるロート。
ヒロシを乗せた女の子たちの騎馬はついに起立……しようとしたが、非力なブラウとグリューはヒロシを持ち上げられなかった。
前方だけが立ち上がった騎馬からヒロシはへにゃっと落馬してしまう。
「わぁ、大丈夫!? ヒロシくん!?」
「あっ、す、すみませんっ!」
「……重い」
三人娘はフォーメーションBを崩してヒロシを助け起こした。
「あっちゃ~、フォーメーションを組むのはいっぱい練習したけど、実際に人を乗せた練習はしてなかったね」
「すみません……私の力が弱いばっかりに……」
「……重い」
照れ笑いしながら頭を掻くロート、申し訳なさそうに頭を下げるグリュー、もっと軽量化しろとばかりに薄目で睨むブラウ。
自分はそんなに重いほうじゃないのに……とヒロシは思ったが、女の子たちのデコボコトリオっぷりにこんな状況にもかかわらずほっこりしてしまった。
「でも、どうしよう? 騎馬はもう無理だよね……?」
困ったように仲間たちを見るロート。
「いまから激ヤセすれば可能性はある」
ブラウはあくまでヒロシの軽量化にこだわる。
流し目で見つめられたヒロシは今朝の風呂場での出来事が頭をよぎり、逃げるように後ずさった。
「あっ、待って、これを使えば……!」
グリューは思い出したようにスカートのポケットから何かを取り出した。
小さな掌の中には植物のタネのようなものが三粒ほどあった。
「さっき呼び出した力の樹木さんからもらったの。これは『力の種』といって、飲めば少しの間だけ力持ちになれるんだよ」
植物のことになるとグリューの言葉は流暢だった。
「じゃあみんなでこれを飲めば、ヒロシくんを向こうまで運べるね!」
「うん……重い物を持つ時には、持つ物の重さによって効果の長さが変わるんだけど……ヒロシ様ひとりを三人で運ぶのなら、たぶん向こう岸に着くまでは大丈夫だよ」
新しい希望の種に喜ぶロートと、健気に微笑み返すグリュー。
痩身させらないのかと残念そうなブラウ。
三人のやりとりを見つめていたヒロシは、自分の心がざわつくのを感じていた。
この気持ちは……朝感じたときのものとは明らかに違う。
三人に任せておくと酷い目に合わされるんじゃ……といった不安の類のものではなく、純粋なる仲間を心配する気持ちであった。
「えっ……ちょっと待って、また騎馬をやるの?」
「もちろん! 力の種があるからさっきみたいにはならないよ!」
「ちょ、ちょっと待って、他の方法を考えたほうが……」
「どうしたの急に? さっきまで反対しなかったのに」
「よ、よく考えたら、もっといい方法があるんじゃないかと思って……」
「激ヤセ?」
「い、いや、その方法はおいといて……僕だけじゃなくて、みんなが助かる方法がないか考えて……」
「いまさら何言うてけつかんねん!? あの骸骨どもを見てもまだそんなことをぬかしよるんかい!?」
通路を隙間なく埋め尽くして整列し、揃った歩調で迫ってくるスケルトンたち。
もう少しでヒロシたちのいる広場に到達しそうだ。
「ううっ……!」
騎馬作戦に女性陣は全員賛成しており、ヒロシひとりだけが曖昧な立場を取り続けている。
この期に及んで何を……という責めるような女の子たちの視線と、妖精の罵声、迫ってくる乾いた足音が混ざり合い、ヒロシの心を激しく責め立てる。
心臓を三方からわし掴みにされ、別々の方向に引っ張られているような感覚……かつてない苦悩を感じ、少年は頭を抑えてうずくまった。
本来であるならば、騎馬は崩れることなくうまくいって、女の子たちに支えられつつ毒の沼を自分だけ無傷で渡って……女の子は犠牲になるかもしれないけど、自分だけでも助かるはずだったんだ。
そしてそれは彼女たちも望んでいること……いや、彼女たちだけじゃなくて、世界もそれを望んでいるはず。
ひとりだけ生還した僕を見て、きっとスジリエさんも言うはずだ。
「彼女たちが犠牲になったのは残念ですが、ヒロシ様がご無事でよかったです。従者は新しい方を見つければよいですが、ヒロシ様は唯一無二です。どうか、どうかご自愛くださいませ……」と……。
そうだ……彼女たちは従者なんだ。
テンプレ騎士である僕とともに戦い、いざとなったら僕を助けるために自らを犠牲にする……。そういう存在じゃないか。
図書館で見た石碑にもそう書いてあった。『テンプレ騎士が抱える苦労を拭いさる雑巾のような存在』だと……。
だから彼女たちが最大限に役に立つように、僕は使ってあげなきゃいけないんだ。
それが彼女たちのためでもあるし、テンプレ騎士である僕に与えられた使命でもあるんだ。
それに彼女たちの献身も、別に僕に対して向けられているわけじゃない……テンプレ騎士に向けられているだけってことも、百も承知じゃないか。
僕はテンプレ騎士で、彼女たちは従者。
お互いが役割にのっとり、最大限の効果を発揮できるように振る舞う……。
それだけ、ただそれだけのことじゃないか。
それなのに僕は……騎馬が失敗したときにホッとしてしまった。
放課後いっしょに遊んでいた時のことが、頭をよぎったからだ。
ロートがタコを焼き、グリューが取り分けてくれて、ブラウがイタズラ気味に僕の皿にタバスコをかける……。
そんな三人が、僕の頭の中に浮かんだ。
騎馬が成功したら、そんな三人にもう会えなくなるんじゃ……なんて考えてしまったんだ。
……彼女たちは僕がテンプレ騎士だから一緒に居てくれるんだ。
だから一緒にふざけてくれるんだ。だから一緒に戦ってくれるんだ。だから……命を賭けてくれるんだ。
そんなことはわかってる……わかってるんだ……!!
わかってるけど……僕は……!!
僕は……みんなを失いたくないっ……!!
僕は……テンプレ騎士失格だ……!!!
「ええぃ、力の種を飲めばヒロシを無理矢理騎馬に乗せられるやろ! さっさとやるで!」
「ダメだよ……」
少年は、ゆらりと立ち上がった。
「あぁん?」
「仲間は使うものじゃないんだ……」
そして、うわごとのようにつぶやく。
「はあっ!?」
「仲間は……共に歩むもの……一緒に歩いて行くものなんだっ!!!」
心の底から沸き起こったような叫びが、洞窟じゅうに響いた。
雷に打たれたように硬直するロート、ブラウ、グリュー、そしてミーム。
少年は手を伸ばし、グリューの手から種を奪い取る。
それを一気に、自らの口の中に放りこんだ。




