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40 ピンクの三連星

 見上げるほどの絶壁に阻まれたヒロシは、二の句が告げない様子で足を止める。


「や……やばっ、行き止まり!?」


 続いて角を曲がってきたロートは勢いあまって壁に手を付き、そのまま材質を確かめるようにペタペタ触りだした。

 日々教育を受けているだけあって行き止まり程度では思考停止せず、すぐさま調査に移れるようだ。

 ロートが壁を調べだしたのを見たブラウは役割分担するように上を見上げた。


「上に通路がある」


 目ざとく見つけたものを静かに報告する。


 壁は天井まで詰まっておらず、上部が空洞になっていてまだ先に通路があるようだった。

 しかし高さがあり、梯子でもなければ登れそうもない。


「じゃあこんな壁、ぶっ壊して……!」


 ロートは利き手につけた盾でガンガンと壁を殴ってみたが、ヒビを入れるどころか表面をわずかに削るだけで終わる。


「ダメか! なら、なんとかして、登っ……!」


 めげずに壁の隙間を掴んで登ろうとするが、すぐにずり落ちていた。


「ならば! どこか押したら引っ込むとかの仕掛けがあるんじゃ……!?」


 すぐさま壁に手を当てて押しまくる。


 赤髪の少女はコマネズミのようにちょこかと動きまわって思いつく手段を試しまくっていた。

 青髪の少女は見上げたまま、緑髪の少女はオロオロするばかり。


 ヒロシも立ち尽くすばかりであったが、頭の中ではグルグルと思考を巡らせていた。


 まさか、行き止まりだなんて……!?

 このままじゃ、追いつかれる……!!


 ライブ会場にいたスケルトンは百や二百……いや、千や二千どころではなかった。

 それが今、背後に迫ってきている……!


 戦おうにも僕の剣では武装解除しかできないから、倒すのはロートさんの剣頼みということになる。

 彼女は弱くはないと思うが、マリーみたいな超人的パワーを持っているわけじゃないから限界はあるだろう。


 あの数を相手にするのは、とても無理だ……!!


 なにか、なにか別の攻撃手段はないか……!?

 あっ、そうだ……! あるじゃないか!!


「ブラウさん! 魔法で骸骨たちを倒せる!?」


「可能。だが自分の行使できる魔法で、スケルトンを即死させられる威力を持つのは単体攻撃の氷弾(グラキェス・バラド)のみ。集団に対して攻撃できる氷噴(グラキェス・エルプ)は足止めには使えるが、死に至らしめることはできない」


 ブラウは見上げたまま口を動かし、ヒロシの考えを全て汲み取ったような答えを返してきた。

 ヒロシはブラウの攻撃魔法で一気に殲滅できるのを期待したが、難しいとわかり再考を余儀なくされる。


 なにか、ないか……? なにかないか、なにかないか……!?

 もう、何もないのか……!? 万事休すか……!?

 またあの骨の海にもまれるハメになるのか……!?


 いや、あきらめちゃダメだ。ロートさんはまだあきらめてない。

 きっとブラウさんもそうだ。グリューさんは……。


 そうだ……グリューさんがいた!


「グリューさん! 魔法で植物を出せる!?」


 ヒロシに問いかけられ、緑髪の少女はびっくりして飛び上がった。


「えっ、は、はひっ!? ままま、魔法ですか!? は、はい……! あ、い、いいえ! ご、ごめんなさいっ! できません! 触媒がないので……す、すみませんっ!」


 アタフタと落ち着きなく顔を泳がせ、手をワタワタと振り回し、引きつった声でアワアワするグリュー。

 ヒロシとの会話にまだ慣れないようで、突然振られたのも相俟ってパニックに陥っている。


 横からブラウの手がにゅっと手が伸びてきて、骸骨ステッキが差し出された。


「えっ!? あっ! あ、ありがとうブラウちゃん、ちょっと借りるね! ……あっ、あの、ヒロシ様、ありました! できます! やります! がんばりますっ!」


 受け取った杖を大事そうに握りしめたグリューは、真剣な表情でヒロシのほうに向き直る。


「じゃあ、この壁を登れるような植物……蔦みたいなの出せる?」


「かっ、かしこまりました! すっ、すぐにやらせていただきます!」


 敬礼するようにピンと直立不動になるグリュー。

 「ええからはよせいや!」とミームからはたかれ、慌てて杖を構えた。


 両手で包み込むようにして持った杖先を地面に向け、少女は瞼を閉じる。


「……根とともに起き、新緑とともに歩き、枯葉とともに眠る……我は大地と共に生きる者。力の樹木さん、私たちに力を貸してください……」


 それはブラウの使った水術の、宣言するような詠唱とは異なり、祈りを捧げるような囁きであった。


 床に敷き詰められた石のわずかな隙間から、毛のようなものが生えてくる。

 それは伸び上がるたびに太くなっていき、みるみるうちに根になり、緑々しい葉をつけた茎になった。

 早回しのように急成長する草は壁を這い上がり、あっという間に壁に絡まる蔦となった。


 グリューは「ありがとう」と草の壁に向かって一礼すると、再びヒロシのほうを向いた。


「あの、これで……よろしいでしょうか?」「おおっ、すごいすごい! 登れる登れる! みんなも登ろうよ! 早く早くぅ!」


 グリューは不安そうな上目遣いで尋ねるが、その背後ではすでにロートが蔦を登りはじめており、遊具ではしゃぐ子供のように手招きしていた。


 曲がり角の向こうではザッザッザッと揃った足音が迫ってきており、ついに先頭の骸骨たちが姿を現したところであった。

 ブラウはグリューの持つ杖に横から手を添え、


「プリーズ・フリーズ……氷噴(グラキェス・エルプ)!」


 詠唱とともに空いているほうの手をバッとかざす。

 直後、掌から冷却ガスのような白煙が勢いよく噴出した。


 扇状に放たれた冷気は先頭列の骸骨たちを凍りつかせ、その動きを強制停止させる。


「いまのうち……長くはもたない」


 ブラウはグリューの手を引いて促した。ヒロシはしんがりをつとめ、蔦を登る女の子たちを背に骸骨軍団を牽制する。


 ヒロシは仲間たちが中腹あたりまで登ったのを確認すると、壁に張り巡らされた緑に自らも飛びついた。

 金網を登るように手をかけてよじ登っていく最中、ふと上を見る。


 それは梯子を登るときなどと同じ、何気なくやってしまう行為で、やましい気持ちなど微塵もなかったのだが……。

 少年の頭上で無防備に揺れる、中学生女子たちのスカート……薄暗くはあったものの、その中にはたしかに薄紅色の花が咲いているのを目視してしまった。


 不意をつかれて滑り落ちそうになったが、慌てて掴み直す。


 み……見ちゃダメ、見ちゃダメだ……!


 ヒロシは頭を振りつつ心の中で自分を戒め、視線を正面に固定した。

 余計なことは考えずに手と足を動かすことだけに集中していると……ミームがその肩にとまり、まじまじと見上げはじめた。


「ええ眺めやなぁ~、見てみ見てみヒロシ、ああいうのを地上の星っちゅうんやでぇ~」


 心の中の悪魔のように囁いてくる妖精。

 少年は何度か誘惑に負けそうになったがその度に頭を振って雑念を振り払い、絶対に視線を上げることをしなかった。


 ビルの三階くらいの高さを登りきった向こうには、一本道の通路がずっと続いていた。

 全員が登り終えたことを確認したグリューは再び祈りを捧げて木の根を消し去る。

 後を追って登ってきていた骸骨たちは蜘蛛の糸が切れた亡者のように落ちていった。


 しかし骸骨たちは水路に氾濫した濁流のような勢いで、返す間もなく押し寄せてきている。

 うじゃうじゃと軍隊アリのようにお互いの身体を踏み台にして骸骨ピラミッドを形成し、壁を越えてくるのは時間の問題のように見えた。


 ヒロシたちは再び手を取り合い、通路の奥へと走り出す。

 ひたすら直線を進んでいくと、途中で床や壁が未舗装のようなごつごつした形状に変わった。

 天然の洞窟のようになり歩きにくくはなったものの、出口が近いのではないかと一同の心に僅かな期待が生まれる。


「もう少しで出口なんじゃない!? もう少しで出られるかも! ああっ、トイレトイレトイレ! トイレに行けるよ! あぁんっ! も、もうガマンできない!!」


「……忘れていたのに、言われて思い出した」


「はわっ!? わ、私……もっ、あぁ……っ!」


 ロートの余計な一言で忘れていた生理現象を思い出した三人娘は、じょじょに鈍足になっていった。

 それでも立ち止まることはせず、ピッタリと閉じた内股とつま先立ちで一歩一歩を踏みしめるようにして歩き続ける。


 ここに来てのペースダウンは正直痛かったが、彼女らは蛇に睨まれたカエルのように脂汗いっぱいの青い顔で必死に堪えている。

 そこで手を引っ張ったり、背中を押したりなんかしたら……決壊してしまうんじゃないかとヒロシ思い、なるべく刺激しないようにした。


「み……みんな! あと少し、あと少しだから、がんばって! がんばって!!」


 ヒロシはよちよち歩きの子供を導くように手を叩いて励ます。

 誰かが躓きそうになったら……というか、グリューが何度も躓きかけたのでその度にヒロシは抱きとめた。


 ……そしてようやく、開けた場所へと到着した。

 N・D・Dが屋外コンサートをしていてもおかしくないほどのただっ広い空間。


 眼前には銀色の池が広がり、奥には湯気をたてて勢いよく噴出するお湯の柱。

 逆に流れる滝のような湯柱は断崖絶壁を背にし、頂上の切れ目には夕暮れの空が垣間見えた。


 遥か前方で噴出しているお湯のしぶきが風とともに吹き込み、前髪を揺らす。

 硫黄のニオイと、土のニオイと、緑のニオイ……これは外だ、外のニオイだと少年は確信した。






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