39 デッド・トゥ・ライブ
ま……マリーが……死んだ!?
つ、ついさっきまで、一緒にいたのに……。
一緒に登校して、一緒に授業を受けて、一緒に弁当を食べて、一緒に遊んで、一緒にタコ焼き食べて、一緒に図書館に行ったのに……!!
離れ離れになってから半日もたってないのに、変わり果てた姿になってしまった……!?
……い、いや……でも、なにかおかしい。
わずか数時間で白骨化するなんて、いくらなんでも早すぎる。
墓は事前に用意できたとしても、葬式と納骨をこの短時間でするなんて……スピード葬儀にも程がある……!!
と、いうことは……も、もしかして……マリーは……「死んだ」んじゃなくて……「死んでいた」……!?
で、でも……そっちだと辻褄はあう。
あんなに元気な彼女が実は……幽霊だったなんて……!!
少年が恐るべき結論にたどりついた瞬間、足首が墓穴から伸びた手によってガッ! と掴まれた。
変わり果てた姿のギャルの手によって……!!
「うっ……うわあああああああああああああああーーーーーーーーーっ!?!?」
少年は腹の底から絶叫を絞り出す。
恐怖のあまり生まれた力で、ひしめきあうスケルトンたちが揺らいだ。
白骨化した仲間に襲いかかられたショックと、死の恐怖がないまぜになって少年は半狂乱となり、暴れまくる。
地震を察知したナマズのように身体をうねらせ、もう無我夢中で押す、押す、押す……押しのけるっ……!
そして……有象無象の骨たちがついに突き動かされた。
ぬかるみでスタックした車輪が地面をとらえたような手応えがあり、スケルトンの壁がズルズルと滑りはじめる。積み上がった骨の山が傾き、崩れ落ちる。
こ……このまま……このまま……押し切るっ……!!
これが、これが、これが……最後のチャンス……!!
逃したら、終わり……!!
止まったら最後、僕もまわりにいるスケルトンと同じ、骨になるんだ……!!
だから止まらない!! 押せっ、押せっ、押せっ……押せっ……!!!
心の中の祈りは、咆哮となって口から漏れ出る。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!!!!!」
しかしその気合はすぐに空回りすることになる。
全身全霊の体当たりは、途中で急にスッポ抜けてしまったのだ。
闘牛士のマントに猪突猛進してしまったような手応えのなさ。
少年の身体はスケルトンの壁を突き抜けており、勢いあまって空中に投げ出されていた。
ヒロシたちはスケルトンの群れに突っ込んでいるうちに、知らず知らずの間にガケのような段差に近づいていたのだ。
淵の付近で力いっぱい体当たりしてしまったので、ガケに向かって助走をつけて飛び降りたような形になってしまった。
宙を泳ぐヒロシたちは、眼下に広がった光景に目を見張る。
押されたスケルトンたちは高い段差から滝のようにこぼれ落ちていた。
その下には客席のようなスペースが広がっていて、そこにも骸骨がぎっしりと詰まっている。
奥にはステージっぽい段差があり、スポットライトに包まれたひとりの女の子がいた。白骨化していない、生きている女の子だ。
元気にステージ上を駆け回る彼女のまわりには、バックバンドらしきお揃いの制服を着たスケルトンたちがいる。
リードギター、サイドギター、ベース、ドラム、キーボード……骨ばった手で弦をつまびき、パワフルにドラムを叩き、鍵盤に指を這わせていた。
ヒロシの身体はそのステージに向かって飛んでいる。
ここがどういう場所なのかを知り、空中で慌てた。
これは……もしかしてライブ会場!? このままじゃ……ステージに突っ込んじゃう!?
どこかに掴まる間もなくヒロシと三人娘は、満員御礼のアリーナ席の上を通過して、飛び入りするようにステージ上に墜落した。
演奏がストップし、ボーカルの女の子が「ひゃう!?」と飛び上がった。
「えっ!? てっ……テンプレ騎士……!?」
二階席から観客のスケルトンたちが転落したかと思うと、突然目の前にテンプレ騎士が降ってきた……!? とボーカルの女の子は息を呑んだ。
しかし、すぐに気を取り直してアドリブを発揮する。
「いっ……イェーイイィッ! 深淵アイドル、ネス・ダークネス・ダーク様のライブに……イキのいファンの子たちが生贄になりに来てくれたよっ……!!」
マイクに向かって叫びつつ、拳を突き上げるパフォーマンスを決めると、観客のスケルトンたちも統率のとれた動きで女の子と同じように手をあげた。
「よぉーし、今日の一曲目は『濡れた手でドアノブを触るやつは屠る』でいくつもりだったけど……特別ゲストのために『剥製だらけのノアの方舟』でいくよっ!!」
腰を抜かしたまま目をパチクリさせるヒロシと三人娘を置き去りにして、ライブが始まった。
「キャハハハハハハハハ……!! キミも剥製にしてあげるよぉ……!! ワン・ツー・スリー・フォー!!」
心臓を揺さぶるような重低音とともに、前奏がおこる。
エネルギーを得たようにボーカルが飛び跳ねると、観客たちも一斉に飛び上がって地鳴りのような音をたてた。
深淵アイドル、ネス・ダークネス・ダーク……。
ステージ衣装である真紅のボンテージスーツは拘束具のような過激なデザインで、露出も過多。露わになった肌からは死靈魔術のタトゥーが覗いている。
スーツとお揃いの赤いアイマスクで目を覆ったまま、頭蓋骨を模したマイクに向かって甲高いシャウト。マイクのケーブルは鞭になっており、ときおり猛獣を飼いならす調教師のようにヒロシの足元に向かってぴしゃりと打ちつける。
打ち据えられるたびに後ずさりするヒロシ。
やっと出会えた生身の人間だというのに、骸骨以上に話の通じなさそうな女の子のように見えた。
少年は幾多のトラブルに巻き込まれ、少々のことには動じなくらいの耐性を身につけたつもりでいたが……これについてはもうどうしていいのかわからず、茫然自失のように固まるのみであった。
「おい! なに見てんねん! はよ逃げんと剥製にされてまうで!?」
ミームに一喝されてようやく我に返る。
ヒロシはもがくようにして立ち上がり、身を寄せ合う三人娘を引っ張り起こした。
手をとりあって舞台袖の階段を駆け下り、会場の出入口に向かって走りだす。
「……あっ、逃げるよ!? 捕まえて、ファンのみんな! 女は骨にするから何してもいいけど、テンプレ……いや、男は部屋のカーペットにするからキズつけずに生け捕りにして!! お願い!!」
アイドルがするものとは思えないような『お願い』が会場中に轟きわたる。
物騒な要望ではあったが、妄信的な骨であろう彼女らは一も二もなくお願いを聞き入れ、一斉に行動を開始する。
ヒロシは背後から津波が迫ってくるような音を聞き、背筋が寒くなった。
ライブ会場を出ると、物販ブースらしき広場に出た。
会場は雰囲気づくりのためステージ以外は薄暗かったが、外は壁に輝石が埋め込まれて明るかった。
ブースの壁には『N・D・D直筆サイン入りグッズ販売中!』という看板が掲げられている。
整然と並べられた木製の長テーブルの上には、さっきNDDが身につけていたものと同じデザインのアイマスクや杖があり、他にもサイン色紙、木彫りのストラップ、メンバーが廃墟に佇むイラストの木版画などが積み上げられていた。
奥に見える待機列にはライブとは別の骨が並んでおり、販売を今か今かと待ちわびているようだった。
なりふりかまっていられないヒロシたち、ルール無視のハードル走のようにテーブルを蹴倒し、グッズを踏み越え、待機列のすぐ横を走り抜ける。
物販ブースの入口らしき所に向かうと、婦警の制服を着た警備員らしき骸骨が通せんぼした。
ヒロシはディスアームでの強行突破を狙う。剣の柄に手をかけるのとほぼ同タイミングで背後から鋭い声がした。
「プリーズ・フリーズ……氷弾!」
次の瞬間、ヒロシの横顔スレスレをドライアイスのような塊がかすめていき、警備員の頭部にヒットした。
吹っ飛ぶ制帽、ガラスのように砕け散る頭蓋骨。
軌跡の空気は凍りつき、ヒヤリとヒロシの頬を撫でる。
見ると、青髪の少女が手をかざしており、その掌からは白煙があがっていた。
「ま……魔法が使えるなら、もっと早く使ってくれればいいのに!」
「触媒がなかった」
ヒロシの抗議にも冷静につぶやき返すブラウ。その手にはNDDのサインが入った骸骨ステッキが握られていた。
触媒というのは魔法を使うために必要な装備のことである。魔法使いであるなら魔法の杖がそれにあたる。
ブラウは物販スペースにあった魔法の杖を拝借したのだ。
物販スペースを出ると広い廊下に出た。
石をくり抜いただけの簡素な廊下をひたすら走る。
ヒロシたちは墓地にいたと思ったらいつの間にかライブ会場に移動していた。
しかし、壁や床の見た目はどちらものような同じような飾り気のなさで、削り出したような部屋と廊下が繋がっているだけだった。
廊下はいくつも道が別れ、迷路のようになっていた。
もはや考えている余裕のないヒロシはガムシャラに走りまくる。
「で、出口……出口はどこなのっ…!?」
ロートはブラウの手を引き、ヒロシの後をついていきながらも分岐路を見回し光明を探していた。
しかし通路はどれも変わり映えしないデザインで、出口に向かっているのかどうかもわからず、それどころか今どのあたりにいるのかすらも不明だった。
「キャアッ!? が、ガイコツさんが……いっぱいいますっ!」
ヒロシに手を引かれるグリューが遠方の骸骨たちを見つけて悲痛に叫ぶ。
NDDの命を受けたファンたちだ。グリューの悲鳴でヒロシたちに気付くと、手にしたケミカルライトを振りかざしつつ雪崩のように向かってくる。
「や、やばい……逃げ……!!」
慌てて曲がり角に駆け込んだ瞬間、ヒロシは絶句した。
目前には刑務所の塀のような、高い高い壁が通路を塞いでいたのだ。




