38 牝犬よ、静かに瞑れ
少年は走った。ただひたすらに。
行く手を塞ぐは白枝のような女子高生たち。
ヒロシは初めてこの島の街に繰り出したときのことを思い出していた。
共通しているのは、女子高生たちがヒロシをもみくちゃにしようと迫ってきているということ……!
相手が生身であれば躊躇するところだが、この標本のような相手に遠慮はいらない。
突き飛ばすのもいとわず、速度を緩めず斬り抜ける。
それはまるで、制服博覧会のマネキン人形の群れをかきわけて走っているような奇怪な光景だった。
少年の通過した後のマネキンの着衣は次々と爆裂する。
セーラー服、ブレザー、ブラウス、エプロン、ワンピース、婦警、看護婦、スチュワーデス、ウエイトレス、保母、園児、ボンテージ……。
ありとあらゆる種類の衣服がボロ布となり、カラフルな花びらのごとく舞い散った。
女性の衣服をこんなに一度に切り裂いたのは世界でも彼ひとりかもしれない。
「スケスケな身体しとるのはええけど程度っちゅもんがあるやろ……マッパにしても全然嬉しないで」
ヒロシの視界を照らしながらついてくる妖精がつまらなそうに愚痴る。
「えいっ! このっ! やっ! ええーいっ!」
後続のロートは武装解除したスケルトンたちをばっさばっさと斬り払っていた。
奪った剣はナマクラでほとんど斬れなかったが、力任せに押しのける。
固い藪をかき分けるように骨を薙ぎ、踏み潰し、道を切り拓いていく。
最後尾のブラウとグリューは身を低くし、小走りで追いすがる。
床に転がる骨を駆け散らし、時折飛んでくる骨の一部を手で振り払う。
相手の動きは歩くような速さしかなかったので振り切ってしまえば追いつかれる心配はなかった。
しかし待ち伏せする敵の数は増えていく一方、しかも進んでも進んでも風景は変わらない。
一直線に進んでいるはずなのに同じところをグルグルと回っているような、同じような墓石、同じような骨たちが行く手を阻み続ける。
ヒロシは瞬発力に関しては常人離れした領域に達しているが、それ以外は凡人レベル……持久力に関しても一般的な男子高校生と同じ程度しか持ち合わせていなかった。
魔剣は触れるだけで敵を丸裸にするので力を込めて振る必要はない。しかしいくら素振り同然であるとはいっても、長丁場ともなると疲労となって蓄積していく。
ヒロシの鋭い動きはじょじょに遅くなっていき、剣の振る速度が目で追えるくらいまでに落ちてきていた。
だがそれ以上にグロッキーになっていたのは後続のロートだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……はあっ!」
激しく肩で息をしながら、そのついでに剣をひと振りするので精一杯になっていた。
無理もない、ヒロシよりも小柄な身体で、軽いとはいえ剣を女の細腕で振るっているのだ。
ついに打ち漏らしてしまい、死神のような骸骨たちが後続の少女たちに襲いかかる。
「キャアアアアアアアアアアアアーーーッ!?」
小鳥の断末魔のような悲鳴にヒロシが振り向くと、ブラウとグリューがスケルトンに押し倒されていた。
ロートと共に駆け戻り、スケルトンを引き剥がす。
そのスキにどっと押し寄せてくる骨たち。ヒロシは回転斬りでまとめて武装解除した。
豪雪のように舞い散る布片のなか、すかさず少女たちの手を取る。
「これじゃキリがない……逃げよう!」
握りしめた手を引っ張り走り出し、ヒロシたちはスケルトンの包囲網を体当たりで突破した。
一行は走りながら声をかけあい、即席で新たな作戦を編み出す。
スタミナの消耗を抑えるためなるべく攻撃は控え、奪った盾で敵の攻撃を防ぎながら体当たりで突っ切る戦法だ。
ヒロシとロートが盾を構えて突っ走る前衛役となり、ブラウとグリューがその背中を後押しするという後衛役の分担になった。
四人揃ってスクラムのような構えで突撃、スケルトンたちを跳ね飛ばしてひたすら進んでいく。
ヒロシはもう前を見る余裕もなかった。この骨の森を一刻も早く抜け出したい一心でメチャクチャに足を動かす。
「おい! キングスナイトみたいになっとるとこ悪いけど、このまま行くとヤバいで! いままでの何百倍っちゅう骨がぎょうさん待ち構えとる!!」
焦った声が、頭上からヒロシの耳に届いた。
ただでさえ多いというのに、この先はもっとスケルトンがいる……!?
しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかない……!!
「こ……このまま突っ切ろうっ! みんな、力を入れて、押して押して押しまくるんだっ……!!」
「「「はいっ!!」」」
ヒロシが叫ぶと、三人の返事がハモった。
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーっ!!!」
裂帛の気合を込め、骨でひしめきあうラッシュアワーの中に突っ込む。
構えた盾が衝撃で軋み、盾を通じてメキメキと骨が砕ける感触がある。横から剣で斬りつけられた。
どの剣もナマクラなのか、ヒロシは切り傷よりもむしろ殴打を受けたようなアザだらけになった。
しかしここで足を止めたら全てが水の泡。歯を食いしばって踏ん張り、押し進む。
すぐ上空にいたミームはヒロシの身体が骨に埋もれだしたのを見て、慌ててその中へと飛び込んでいき、骨をかいくぐってヒロシのワイシャツの胸ポケットに収まった。
「まったく無茶するで……こうなったら死ぬ気で気張れやヒロシ! たとえ死んで骨になってもウチが拾うたる! こんだけあったら間違って別のを拾うてまうかもしれんけど!」
ミームはホームポジションに収まって腹が据わったのか、自分なりの言葉でヒロシを鼓舞する。
少年は妖精の言葉を力に変え、なんとか骨波をかき分けていたが、増していく骨密度に少しづつ押し負けしそうになっていた。
スケルトンたちは動きの遅くなったヒロシたちの上にのしかかってくる。
一体一体は軽いものの、次から次へと乗ってくるのでヒロシの身体に嫌な重さが少しづつ蓄積していく。
「うぐぐ……!」
特盛りになった骨の山に、歯をくいしばって耐えるヒロシ。
重さのあまり、ヒロシの身体は地面すれすれまで押しつぶされていた。
それでも進むのをやめない。床から出っ張った墓石を足かがかりにし、踏ん張る力に変えて一センチでも、一ミリでも押し返していく。
力を込めている最中……眼下の墓石に彫られた名前がふと目に入った。
『マリーブラッド・ハーレークイーン ここに眠る』
あ……あれ?
な……なんでマリーの墓が、こんなところに……?
「おい! なにボサッとしてんねんヒロシ!? 止まっとるやないか! このままやと……押しつぶされてまうで!!」
胸元で怒鳴り声がする。しかしヒロシは震え始めた墓石に目を奪われ、それどころではなかった。
カタカタと動いてずれていく墓石の蓋。中から新手の骸骨が出てくるときの前兆……。
ここに落ちてきて嫌というほど目にした光景であったが、ヒロシはかつてないほどの真剣な眼で……下から出てくるであろうモノを凝視していた。
開いた墓穴の隙間から覗いた頭蓋骨は……犬耳状の金髪ウイッグをかぶっていた。




