37 裏ライト・ノーヴル学園
細い蛇のようにヒロシの手首に巻き付いた白骨の指。
大いなる殺気をはらんだ動きでガシッと掴んでこようとしたのであれば、少年の動体視力と反射神経をもってすれば直前で手を引っ込めることもできたであろう。
しかしそれはいつの間にか、引き合う磁石のようなさりげなさで少年の手に吸い付いてきた。
不意をついて肌に触れた骨は思いのほか冷たくて、寝耳に氷水のようなインパクトがあった。
「ひゃあっ!?」
ヒロシは冷静さを装っていたがそれはあっさり吹き飛ばされ、情けない悲鳴をあげてしまった。
振りほどこうとしたが鷹の爪のようにしっかりと手首に食い込み離れない。
手を高く振り上げると、引っ張られた骸骨は椅子から立ち上がってペアダンスをせがむように少年の胸に飛び込んできた。
「う、うわああああああっ!?」
錯乱したヒロシが乱暴に振りほどくと、骸骨は暴力亭主にぶたれた女房のように横に吹っ飛ぶ。
そのまま地面に叩きつけられると、積み木をぶちまけるようにバラバラに崩れてしまった。
動くものを目で追うクセがあるヒロシは、転がっていく頭蓋骨を無意識のうちに見送っていた。
カランコロンと軽快な音をたてて弾む頭部は、骸骨の足元に当って止まった。
視線を上げたヒロシは、そこに別の骸骨が立っているのに気づく。
別の、骸骨……!? しかも、立って歩いている……!?
顔をあげて見回すと、いつの間にか数体の骸骨に取り囲まれていた。
このただっ広い部屋で奇襲を受けることはないと思い込んでいた少年は完全に虚を衝かれてしまった。
そんなバカな……!?
近づいてくる際に何らかの音がするはずだし、いくら視界が悪くともミームの明かりのおかげで接近されるまでに目視できると思っていたのに……!
たとえ闇の中から突然黒豹が飛びかかってきたとしても、動くものである以上、自分ならよけられると思っていた。
動体視力を過信し、油断してしまった結果……少年は敵の奇襲を招き入れてしまったのだ。
「ヤバいで、ヒロシ! こいつらはスケルトンや!」
「スケルトン……」
妖精の言葉を繰り返すヒロシ。
ゲームとかで見たことがある……よく墓場とかで出てくる、死者が蘇ったとされるモンスターだ。
実際の動く骸骨は画面で見るよりも遥かに不気味だった。
眼球がないのに空洞の眼窩でこちらを見据え、筋肉がないのにアゴを動かして歯をカチカチと打ち鳴らし、生気が全くないのに呼吸をするかのように身体を上下させている。
そして……意思がないはずなのに明らかなる敵意を剥き出しにして、武器を構えている……!
さらにゲームで見た骸骨と大きく違っていたのは、セーラー、ブレザー、ブラウス……さまざまな制服を身に着けていることだった。
虹色三重奏と同じデザインのブラウスとスカートを着る骸骨もいる。
それは言うなれば死者の女学生たち……ヒロシが昼間通っていたのが表の『ライト・ノーヴル学園』ならば、こちらはさながら裏の『ライト・ノーヴル学園』のようであった。
「キャアッ!? こっちに来るよっ!?」
「ひいぃぃ……!?」
雷に怯える子供のように、身を寄せ合うロートとグリュー。
「くっ……一体どこから?」
戸惑いながらもヒロシは手を広げ、生きている女生徒たちをかばった。
カタカタと骨を鳴らす乾いた女生徒たちに一行は圧倒されつつあったが、ブラウだけは状況を冷静に分析していた。
骨どもには目もくれず、ひとり地面に注目している。
「足元」
つぶやきに誘われるようにヒロシが視線を落とすと、
床の石板が蓋のように開き、中から新手の骸骨が這い出てくるのが見えた。
「あ……あの石は……墓石!? ってことは……ここは墓場なの!?」
テンプレ騎士の資料室に入ったはずなのに、いつの間にか墓場にいて骸骨に囲まれている……!?
ヒロシは信じられない様子だったが、ミームはもっと信じられない様子だった。
「待て待て待て! そないなアホなことがあるかいっ! ライト・ノーヴルに墓場があるなんて初めて聞いたで!?」
案内役である彼女が知らないとなると、ここは学園でもかなりの秘密の場所ということになる。
「でもそんなこと、今はどうでもええわ! ヒロシ、数が少ない今のうちにいてもうたれや! まだ墓石はようさんあるからこのままやとエラいことなってまうで!」
そう叫ぶそばから、別の墓石が産卵する海亀のように震えだす。
「う……うん!」
確かにその通りだとヒロシは腰の魔剣を抜いた。
相手が生き物でないせいか、いつもより抜刀にためらいがない。
ヒロシの動きに反応し、骸骨たちは構えた武器を一斉に振りかぶる。
ザザッ! と衣擦れが重なり、大きなひとつの音となって響く。
しかし……少年はすでに魔剣を振り下ろした後だった。
一番近くにいた骸骨のセーラー服が、風船のようにパンと破裂する。
骨ばった手から剣が離れ、カランコロンと地面を転がった。
瞬く間の先制攻撃。それは比喩表現ではかった。
ロートは自分をかばってくれているヒロシの背中を見つめていたが、瞬転したときにその背中は数メートル先に移動しており、剣撃はすでにフォロースルーの状態にあった。
瞬間移動のような一撃。普段であればこの後、生まれたままの姿に変えられた相手は悲鳴とともにしゃがみこむのだが……相手は羞恥心を持たない死者である。
失った着衣も足元に落ちた武器も、一瞥すらせずにヒロシめがけて握りこぶしを振り下ろした。
棍棒のような殴打をヒロシは軽くかわしつつ、カウンター気味の一閃を放つ。
魔剣は再び白い身体を斬り抜けていったが、骸骨は揺れもしなかった。
「えっ?」
手応えがないのはいつものことだったが、斬られた側が何のリアクションもしないのは初めてだった。
呆気にとられるヒロシの頭上で、何かを思い出したようにポンと手を打つミーム。
「あ……ディスアームは不殺の剣やったのを忘れとったわ。斬れるのは装備と闇の心だけやで」
「どいて、ヒロシくんっ!!」
背後から声がする。振り向くとロートが一塁ベースに向かうような勢いで走り込んできていた。
ヒロシが飛び退くと同時に、ロートは体勢を崩して滑り込む。
「ええーいっ!!」
床を滑りながら落ちた剣を拾い、勢いを殺さないスライディング斬りでハダカ骸骨をふっ飛ばした。
少女は拾った剣の軽さと斬りつけた時の感触に違和感を覚えたが、使い慣れた武器でないからだろうとすぐに気を取り直す。
そんなことよりも、と飛び起き、ヒロシと背中合わせになる。
テンプレ騎士の背後についた赤髪の剣士は小柄ながらも懸命に剣を振り回し、骸骨たちを寄せ付けないように牽制する。
しかし、そうしている間にも着々と骸骨たちはその数を増やし、ヒロシたちの包囲網をどんどん厚くしているようだった。
「……このままじゃヤバいよヒロシくん! 逃げよう! ブラウの方を見て!」
背中ごしに鋭く声をかけられ、ヒロシは青髪の少女のほうを見やる。
ブラウはグリューの頭を抱えつつ、ある方角を指で示していた。
「あの方向に向かって走ろう! 邪魔するスケルトンがいたらヒロシくんが斬って! 無防備になったヤツをあたしが片付ける! そのあとをブラウとグリューがついていく……その作戦でどうっ?」
能天気だと思っていた少女が別人のような的確な指示を出したので、ヒロシは驚嘆し、見直すように向き直った。
「へへ、実を言うとあたしじゃなくてほとんどブラウが考えたコトなんだけどね。あ、でも滑り込んで武器を奪おうって言ったのはあたしだよ」
ヒロシの賞賛の視線を感じ取ったロートは照れ笑いしながら白状する。
……どうやらあの青髪の少女が『虹色三重奏』の頭脳のようだった。そしてこの赤髪の少女が作戦決行の切り込み隊長というわけだ。
「よし……乗った、その作戦!」
ヒロシが頷くと、ロートは仲間たちに手招きする。
合図に気づいたブラウがグリューの頭をラグビーボールのように抱えて走り出そうとしたが、足手まといを自覚した緑髪の少女は勇気を振り絞って顔をあげ、なるべくまわりを見ないようにしながらヒロシたちに向かってきた。
こんな状況でも無味無臭の表情を貫く青い髪の少女と、泣きべそをかいた青い顔の少女が合流したのを確認したヒロシは、「行こう!」と颯爽とスタートを切った。




