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35 ビッグ&スモール

「察し悪いとは思うとったけど、まさかここまでとは思えへんかったわ! だいたい天符羅(テンプラ)があるのも悪意あるヤツに残したものを改ざんされへんためなんやで!?」


 失望ありありといった様子で妖精はまくしたてる。


ROTTK(ロック)が出たあたりでもう気づいとるもんやと思うとったのに……ひょっとして人の話聞いてへんのんか? そうか! ワレみたいなのがイザというときに『キムチでもいい?』とか間違えよるんやな!?」


「う、うるさいな」


 ヒロシは気まずそうに顔をそらした。


 ……少年はずっと疑問に思っていた。なぜ『テンプレ騎士(ナイト)』なんだろう……と。

 新しい日常が目まぐるしすぎたせいで聞くタイミングをずっと逸していたものの、わかってしまえば何のことはない、行動が定型化されている救世主ということだ。


 ヒロシにとっては全てが初めて、毎日が驚きの連続であるのだが……この学園の歴史で見れば同じことの繰り返しをしているだけ、日が昇り沈んでいくほどの当たり前のことをやっているだけなのかもしれない。

 だからこそ『専用資料室』なるものが存在しているんだろう。


 そう、まさに定型(テンプレ)……ルーチンワークのようにやることが決まっているヒーロー……。

 言われるままにやっていれば、ゴールにたどり着ける……かつていた世界で、誰もが遊んでいたロールプレイングゲームのように……。


 あれ……? でも……そうだとしたら……おかしくないか?


 ふと少年の心の中に、新たな疑問が沸き起こる。

 些細ではあるが、明らかなる違和感……。


 ひとつの疑問が氷解したと思ったら、それは水面に出た一角に過ぎず、水中に沈んださらに大きくて固い疑問の塊を見つけてしまったような気分。

 ヒロシは新たな疑問に胸がつっかえるような気持ちになったが、少し考えて取り除くのをすぐにあきらめてしまった。


 ……この違和感は、いま自分が持っている知識だけでは解消できないだろう。

 しかし……やれることはある。この部屋を調べて先輩テンプレ騎士(ナイト)の思惑に乗っかり、さらに情報を得ることだ。


 ヒロシは自分のやっていることが本当に定型(テンプレ)なのかを確かめるべく、意を決する。

 ミームがまだなにか言っているが無視し、『変な部活』のタイトルがついた絵画の前まで移動した。


 そびえるような大きな絵を見上げてみると……それは数人の女性がテーブルを囲んで談笑している油絵であった。


 輝石の光を受けてにぶく反射する表題のプレートにはたしかに『変な部活』と書かれているが……この絵のどこが『変な部活』なんだろうか……?


 思案しながら足元に視線を落とすと、床にテンプラで描かれた足形があった。

 ここまでは石碑の説明どおりだ。


 この上に足を乗せればいいんだな……。


 ヒロシは心の中でつぶやきながら、足を重ねてみた。

 途端、足元がなくなり、暗闇へと身体が沈む。

 階下ほどの高さを落ち、不意をつかれて尻もちをついてしまった。


「いたたたた……!」


 臀部を覆う痺れるような痛みに思わず寝転がってしまう。

 お尻を突き出して悶絶するヒロシを見下ろしていたミームは慌てた様子でヒロシの襟首を掴んで引っ張った。


「おいおいおい、こんなとこでそんな格好しとると先輩も野獣と化してまうがな、さっさと起きんかい!」


 お尻をさすりながら起き上がるヒロシ。

 落ちてきた天井を見上げると……すでに穴は塞がってしまったようで、星ひとつない夜空のように黒い闇が広がっているだけだった。


 ミームの身体が煌々と輝いていたのでそのまわりだけは明るかったが、他の光源は見当たらない。

 もしミームが来る前に天井が塞がっていたら……鼻をつままれてもわからない暗闇をひとりさまようハメになるところであった。


 今いる場所はただっ広い部屋のようで、周囲には壁もなにもない。ひんやりした石床と寒々しい空気があるだけだった。

 底冷えするような床は綺麗に掃除されており、塵ひとつ落ちていなかった。


 生きているものの気配が自分たち以外には感じられない、無菌空間のような心細い場所。

 ヒロシは落ち着きなくあたりをキョロキョロ見回し続けていた。


「ここは何なんだろう……『変な部活』について教えてくれるんじゃ……」


「きっと、タダで教える気はないんやろ」


 お気楽な声が打てば響くように返ってくる。

 いつもは口うるさくて無遠慮だと感じていた妖精の言葉が、今はありがたかった。


「じゃあ、ここには何か仕掛けが……?」


「あるやろうなぁ。アナルに入らずんばアッー! を得ずっちゅうやつや。たぶん石碑を書いたヤツの試練をクリアせんといかんのちゃう?」


 意味不明な諺ともっともな推理を披露するミーム。閉じ込められたかもしれないというのに他人事のような動じなさだ。

 この場で唯一の仲間のアドバイスを受け、ヒロシは迂闊に行動するのは危険かもしれないと判断する。


「そっか……それならひとりで進むのは危ないかもしれない……ミーム、どこか戻れる場所を見つけてみんなを呼んできてよ」


「さらっと難しいこと言いよるな、かぐや姫かお前は。そんなことせんでもカードで呼んだらええやん」


 呆れ気味に言われて、少年は自分の装備のことを思い出す。


「あ……そっか!」


 ヒロシはいそいそと腰のカードケースを開き、カードを引き抜く。

 早く誰かに会いたくて、手札を見もせずバラ撒いた。


「る……留守留守ワロス! 居留守でバルスっ!」


 従者(スレイブ)召喚の言葉とともに輝くカード。

 地面に敷かれた大判のカードからせりあがってくる人影。


 誰だろうと目を凝らすと……それはロート、グリュー、ブラウの中学生三人組だった。

 横一列に並んだ少女たちはおしゃべりをしながら、自分の穿いているスカートの裾から手を入れ、何かをずりおろすような仕草をしていた。


「それにしてもヒロシくん、どこ行っちゃったんだろうね~」


「心配だね……」


「本棚の裏はまだ探していない」


「いや、ゴキブリじゃあるまいし……」


 揃って腰掛けようとしたが、強制転移のせいでそこにあるはずのモノはない。

 三人は椅子引きのイタズラを受けたように揃って地面にひっくり返った。


 翻るスカート、開かれた大股。それはある意味、少年がこの世界に来てよく見るようになった女性のあられもない姿であった。


 しかし今回……目に飛び込んできたのは明らかなる異質。大人への階段を一足飛びしたというか、逆に転げ落ちたというか……少年はまろび出た少女をモロに目撃してしまった。


 親と医者と恋人にしか見せないようなものを晒してしまったとも知らず、三人娘はスカートを押さえつつがばっと起き上がった。


「あ、あれっ!? ここ、どこっ!?」


「お、お手洗いにいたはずなのに……!?」


「地下に……召喚された?」


 ロートは大騒ぎし、グリューはオロオロしていた。ブラウのみ冷静に状況を分析している。


「あれっ、なんでヒロシくんがここにいるの!?」


「ああ……ちょっとヒロシはオシリスっちゅうかオシリズに魂を抜かれてもうてな……とりあえず、ウチが教えたるわ」


 ヒロシはショックのあまり抜け殻になっていたので、ミームがかわりに状況を説明した。


「召喚!? あたしたち、ヒロシくんに召喚されたの!? うっそぉ!? あの従者(スレイブ)召喚に……あたしたちが選ばれたの!?」


「よかったね、ロートちゃん! ヒロシ様に召喚してもらうの、夢だって言ってたもんね」


 三人は手をとりあって喜んでいたが、「なんだかスースーする」というブラウのふと漏らした一言にハッとなってスカートの上から下腹部をまさぐった。


「あ、召喚されたときは、脱いだ服とかはその場に置き去りになるんやけど、脱ぎかけの服とかの場合もついてけえへんことがあるんよね」


 ミームの解説に三人は顔を見合わせる。


「って、ことは……」


「私たちの、ぱん……っ、あのっ、その……」


「パンツはトイレに置き去り」


 呆然とするロート、頬を染めつつ口ごもるグリュー、現実を口にするブラウ。

 「別にええやん」とマイペースな妖精。


「パンツないなら恥ずかしないやろ?」


「……恥ずかしいよっ! うぅ~っ、それに直前だったから漏れちゃいそうだよ……ねぇミーム、どこかトイレない?」


 ロートはお腹を押さえたまま、何かを探すようにあたりを見回す。

 「別にええやん」とひたすらマイペースな妖精。


「そのへんですればよろしいやん、夜勤病棟ばりにブバーッといったれ!」


「そんなことできるわけないでしょ!」


 ふたりの掛け合いをグリューはソワソワと聞いていた。落ち着きない様子に気づいたブラウが寄り添い、声をかける。


「平気?」


「あっ、う、うん。ありがとう、ブラウちゃん……大丈夫だよ」


 ブラウの声は平坦だったが、グリューは親友の気遣いを察して笑顔を作る。

 大人しい少女の変化を妖精も目ざとく感知し、死肉を見つけたハエのようにすぐさま接近した。


「……なぁ、どっちや? どっちなんや?」


 尋問するように、緑髪の少女の頬をピタピタと叩く。


「えっ? どっちって、なんですか?」


「漏れそうなのはどっちやって聞いてんねん。小さいほうか? 大きいほうか?」


 質問の意図を理解した少女の頬の赤みがカッと顔全体に広がった。


「いっ、言えませんっ、そんなこと……」


 恥ずかしさのあまり引きつった裏声になっている。


「どっちやねんて、ちっちゃいほうか? それともデカいほうか? なにを隠すことあんねん、ただのビッグ&スモールやないか、悩む必要のない二択やで。あ、答えへんちゅうことはババやな? 大ウンコなんやろ? ごっついやつが出るとこやったんやな?」


 顔のまわりをグルグル回りながら、ねちっこい声で執拗に問い詰めるミーム。

 グリューはひたすらイヤイヤと顔を振っている。長い前髪が揺れ、チラ見えした瞳の端には涙の粒が浮かんでいた。


 隣にいるブラウがサッと手を伸ばし、妖精をわし掴みにした。

 そのまま流れるような自然な動作で地面に投げつける。


「ギャオウ!?」


 ベチャっと叩きつけられ、踏んづけられた猫みたいな悲鳴をあげるミーム。


「あっ!? ブラウちゃん!?」


「平気。妖精は見た目よりずっと頑丈」


 突然の凶行にグリューは両手で口を押さえてビックリしていたが、ブラウは肩に落ちたホコリを払ったかのような何事もない顔をしている。

 青髪の少女の言葉を裏付けるように妖精はすぐさま飛び上がり、


「なんでお前が平気言うねん!? ぜんぜん平気ちゃうわ!!」


 顔をそむけたくなるほどの大声量で抗議をした。






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