34 明かされる公然の秘密
あまりのことに叫ぶことも忘れて落ちていく少年。
整然と並んだ本が残像のように高速で過ぎ去っていく。
少年はしばらく事態が飲み込めずにいたが、すぐに自分を取り戻す。
この世界にきて呆然唖然とさせられることが多々あったせいで鍛えられてきたのか、我に返るまでの時間はだんだん短くなってきている気がする。
もはや高いところから落ちることなどここ数日の出来事からしたら小事ではあるが、このまま床に叩きつけられたらただではすまない……!!
ようやく事の重大さに気づいたヒロシは叫ぼうとカビくさい空気を胸いっぱいに吸い込む。
大声を出そうとした次の瞬間、少年の身体は柔らかいものの上でボフンと跳ねた。
大量のホコリが蒸気のように噴出し、濃い霧となって宙を舞った。
「ぐっ、げほっ、ごほっ!」
身体はクッションのおかげで痛くもなんともなかったが、深呼吸していたのでホコリをまともに吸い込んでしまう。
ヒロシは四つ足に這いつくばってむせてしまった。
どうやら図書館の最下層にあるソファの上に運良く着地し、事なきを得たようだ。
しかし掃除が全くされていないのか綿埃が雪のように積もっており、落ちた衝撃で舞い上がった塵によって空気が白く濁っていた。
「おおーい、生きとったんかいワレ」
さして心配する様子でもないミームがオモチャの妖精のように、きりもみしながらノンビリ降ってきた。
「なんとか……ね」
苦しそうに肩で息をしながらヒロシは立ち上がり、背筋を反らすようにして天井を仰いだ。
かなり高い所から落ちたらしく、乗っていた気球は飴玉ほどの大きさになるまで離れてしまっていた。
主を失った気球は上昇も下降もせず、クラゲのように滞空している。
「うーん、とてもじゃないけどあそこまで戻れそうにないなぁ……」
ヒロシはあきらめ気味に漏らす。
「まぁ、しばらくしたら探しに来てくれるんちゃうん? イザとなったらウチが行ったるさかい、そんな心配せんでええって」
雪の精のようにホコリと戯れていたミームは気楽そうに言う。雪玉のように丸めたホコリを少年の耳めがけて投げつけた。
「あ……そっか、それもそうだね」
耳の穴に入ったホコリを指でほじくりだすヒロシ。
正直うっとおしかったが、妖精の一言に少年の不安はだいぶ軽くなった。
今みんなは各自担当している本棚を調べているはず。叫べば助けにきて
くれるかもしれないが、慌てる必要もない。
調査が一段落した時点で自分がいないことに気づいたら探しにきてくれるだろう。
たとえ忘れ去られたとしても、空を飛べる妖精がいるのでここで朽ち果てるという最悪の事態にはならないだろう。
となると……すべきことは本の調査を続行することだ。
ホコリっぽ過ぎて出来れば動きたくはなかったが、こんなところでじっとしていたら気が滅入ってしまいそうだった。
ヒロシはなるべくホコリを舞い上げないようにそーっと見回してみた。
あたりはかつて特別な読書スペースだったようで、渡り廊下にあったような簡素な机や椅子ではなく、家具調の豪華な読書机や高級そうな革張りのソファ。
長い年月の間ずっとそこに存在しているような、ヌシのごとき存在感があった。
書架のデザインも異なり本は剥き出しではなく、ガラス扉のついた戸棚のような中に入っている。
かなり重要そうな本が保管されている雰囲気だったが、それらを一気に吹き飛ばすモノが少年の目に飛び込んできた。
『テンプレ騎士専用資料室』
と書かれた、そのものズバリの看板……!
人気の商品を品切れ覚悟で買い物に行ったら、最後のひとつが残っていたような感覚……まさにビンゴだとヒロシは思った。
看板は本棚の間にあり、その下にある扉の行き先を示しているようだった。
看板が示している木でできた扉は、周囲にある家具にとけこむような自然さでそこに佇んでいる。
ヒロシの視線にミームもその存在に気づき「あっ」と声をあげた。
「……これ、天符羅や……」
看板まで飛んで行く妖精。放つ光で看板の文字がよりハッキリと見えるようになった。
「えっ? テンプレ?」
「ちゃうちゃう、テンプラ! テンプレ騎士のための文字や! 普通のヤツには見えへん。……ROTTKもテンプラで書かれてるんやで」
「そうなんだ……ってことは……この扉の向こうにはテンプレ騎士しか読めない本があるっていうことだよね?」
「その通りや! きっとテンプレ騎士の謎を解く大ヒントが……いや、答えがあるかもしれんで!」
ミームは鼻息荒くして叫んだ。ヒロシもつられて大きな鼻息を吐いた。
もはや言葉は必要ない。少年は波風たてないように、しかしはやる気持ちで扉の前へと早足で向かった。
扉にはドアノブも引き手も存在せず、一見してだの飾り壁かと思うほどに目立たなかった。
たとえここが綺麗に掃除されていて、ふんだんに輝石が置かれ、クリアな視界が確保されていたとしてもヒロシはこの扉の存在に気づかなかっただろう。
天符羅……テンプレ騎士と相棒の妖精だけが読める文字で書かれたが看板があったおかげで、扉があることに気付けた。
その不思議な文字は、まるで語りかけてきているかのように存在感がある。
薄暗く、舞い上がるホコリで白く霞む中でもハッキリと識別できる。
それが意味するものは……他の者の立ち入りを拒み、テンプレ騎士だけを導くという、確固たる意思……!
きっとこの中にはすごい秘密があるに違いない、とヒロシは確信していた。
手がかりのない扉に触れてみる。試しに押してみたがびくともしない。彫り込まれた模様に爪を立て、横に動かしてみると……扉はガラガラと音をたててあっさりと道をあけた。
中は石柱の居並ぶ大部屋になっており、部屋の奥には石碑がぽつんと置かれていた。
石柱には輝石が埋め込まれていたが、かなりの年月が経過しているのか図書館のものと比べると輝度は弱く、切れかけの電球のようにぼんやりとした明滅を繰り返している。
他に目に付くものといえば柱や壁にかけられた額縁の絵。学園の回廊にあったヒロシの肖像画くらいの大きな絵だ。
薄暗いせいで入口からは何が描かれた絵なのか判別できない。
表の看板には『テンプレ騎士専用資料室』とあったが資料とおぼしきものはない。
等間隔に、しかし隙間なく絵が掲げられているのでまるで美術館のような印象だった。
ヒロシは妖精の放つ光を頼りに用心深く部屋に足を踏み入れ、まずは石碑に近づいてみる。
少年の同じくらいの背丈のそれには文字が彫り込まれており、おそらくこれも天符羅のようだった。
貼り付いた汚れを吹いて飛ばし、指を添えて文字を読んでみた。
君がこのメッセージを読んでいるということは、私というテンプレ騎士はこの世からいなくなっていることだろう。
ここには新たなテンプレ騎士である君に対して、助けとなるものを残してある。
君が知りたいであろうことを絵にして飾っておいた。答えを求める絵の前に立ち、床の跡に足を合わせるのだ。
おそらく君はいま、困っていることがあるはずだ。その大いなる手がかりを与えてやろう。
でもその前に……ひとつだけ覚えておいてくれ。
テンプレ騎士になりたての君には、うまくいかないことが多く待ち受けていることだろう。
自分の手に負えない困難にぶつかることもあるだろう。圧倒的な力の差のある敵に臆することもあるだろう。でも決して無理だとあきらめないでほしい。
たしかにひとりなら無理かもしれない。しかし君には多くの仲間……従者がいる。
従者はきっと君の役に立ってくれるはずだ。
どんな障害をも、どんな難敵をも打ち破る最強の剣となり、どんな苦痛にも、どんな絶望にも耐えうる盾となってくれることだろう。
だが……従者に心奪われることなかれ。友人のような、恋人のような、家族のような感情を抱くことなかれ。
テンプレ騎士が抱える苦労を拭いさる雑巾のような存在……それが従者だ。
過酷な戦いのなか、倒れていく従者を捨て去ることをためらうな。
そうでなければ、この戦いを終わらせることはできぬと肝に銘じよ。
呼吸をするように、瞬きをするように、無意識に、何の感情もなく従者を使いこなしたとき、君は真のテンプレ騎士になれるだろう。
さて、長くなってしまったが……いまの君が抱える問題を解決する手掛かりを与えよう。
すぐ左を見るがいい。
その石碑は風化しかかっておりかなりの年代を感じさせたが、まるでヒロシの窮状を知り、つい先ほど彫られたような文面だった。
言い当てられてハッと顔を上げたヒロシはすぐ左にある柱を見やった。
そこには一枚の絵が掛けられていて、表題にあたる金属プレートには、
『変な部活』
と彫り込まれていた。
「!!」
そのものズバリの内容に、ヒロシは思わず息を呑む。
まるで誰かに覗き見られているような、背筋がゾクリとする感覚。
しかしすぐに思い直す。これはオカルトの類ではないと。
心の中に溜まっていた、かねてからの疑問の澱。
石碑の文章によりそれが激しくかき混ぜられ、水に溶け消えていったような気がした。
「なるほど……そういうことか……わかったぞ……」
ヒロシはひとりごちる。
これを書いた人間もかつてテンプレ騎士で、ヒロシと同じようにこの世界で暮らしていたんだ。
いや、彼だけじゃない。その前も、さらにその前も、そのまた前も……何人ものテンプレ騎士が存在していたんだ。
そのテンプレ騎士たちは……この世界に召喚されたあと、おそらくみんな同じタイミングで同じクエストを与えられ、同じように仲間を集め、同じように戦い、同じように苦悩し、同じようにクエストをこなしていったんだ……。
だからこそ……後世のテンプレ騎士に、まるで見つめているかのような文章を……この石碑を残せたんだ。
これはいわゆるテンプレ……テンプレだからできること……!
テンプルではない……まさしく、テンプレ騎士だ……!!
「ええっ!? ほ、ホンマにっ!?」
隣りで聞いてい妖精は空中で腰を抜かさんばかりに飛び上がった。
ついにたどり着いた真実の片鱗……無言で頷くヒロシ。
しかし次にミームから飛び出した言葉は意外なものというか、ある意味妥当なものだった。
「もしかしてダンナ、ホンマに、ホンマに今更気づいたん!? 普通わかるやろ!? 自分、どんだけぇーっ!?」




