33 もしドラ
『ライト・ノーヴル学園』は校舎である本丸のまわりを高い尖塔で囲まれており、渡り廊下がわりの城壁によって繋がっている。
天を突くようにそびえる尖塔は見張り台として機能しているほか、学び舎としての施設も内包している。
その尖塔のうち、まるまるひとつが学園の図書館であった。
円筒の塔内の壁一面に本棚があり、ぎっしりと本が詰まっている。
見渡すかぎり右も左も、上も下も、本しか存在しない空間……入室するなりヒロシは圧倒されてしまった。
動きがないという理由で本が好きでないヒロシは図書館どころか本屋にもあまり行ったことがなかった。
図書館は古びた本が放つ独特の臭気で満ちていたが、このとき生まれて初めて嗅いだニオイだった。
「すごい本の量だね。これだけあると探すのも大変なんじゃ……」
霞む天井から視線を落とし、渡り廊下の手すりごしに深い井戸のように下にも続く背表紙の壁を見ながら、ヒロシは気後れする。
図書館の主のように、渡り廊下の中央に佇むブラウが淡々と口を開いた。
「テンプレ騎士に関する書籍は多岐に渡り出版されているが、文芸書と人文書と歴史書と法律書と教養書と生活書とビジネス書と資格書と医学書と児童書と漫画と辞典に絞って探せば部活のヒントが見つかるはず」
「げっ、絞ってそんなにあるの!?」
言い出しっぺであるはずのロートはまだ一冊も手に取っていないのにうんざりした様子になった。
本人的には二、三冊調べればわかるだろと軽い気持ちでいたのだ。
「あの、手分けして探しはどうでしょうか?」
グリューは小さく手を挙げて提案をする。
真面目な性格なのか、この量の本を前にしても前向きだ。
マリーは手すりに腰掛け皆の言葉に黙って耳を傾けていた。
ヒロシばりに本が得意でない彼女もここに来たことを後悔しはじめていたのだが、やれやれと重い腰をあげる。
「しょうがないわねぇ、ここまで来たらやるしかないか」
言うが早いがそばにあった手すり際の階段を降りていくマリー。
彼女はどこに行くんだろうとヒロシは手すりから身を乗り出して様子を伺うと……階段の下にも渡り廊下が伸びているのが見えた。
下の渡り廊下に並んでいた小さな気球に乗り込んだマリーは、
「じゃあアタシは漫画コーナーを調べるわ」
とゆっくりと空に舞い上がっていった。
予想外の空飛ぶ乗り物の登場に、ヒロシは「おおっ」と感嘆する。
まわりは本棚だけど梯子も足がかりもないのでどうやって本を取るんだろう……と疑問に思っていたのだが、これで納得がいった。
異世界の図書館は現実離れした壮大なスケールだったが、閲覧方法も非現実レベルに凄かった。
「あ、ずるいマリーさん、一番楽そうなの取って!」
追いかけるように階段を駆け下りたロートは「アタシは文芸賞ね!」と赤い気球で舞い上がった。
「ベルちゃんは私といっしょに児童書を調べましょうか」
手を繋いで仲良く階段を降りていったツキカとベルは、手を振りながら飛び去っていく。
「法律書を調べる」
それだけつぶやいて階段を降りたブラウは青い気球に乗る。
法律書の棚がどこにあるのか頭に入っているのか、まっすぐと棚に向かって飛んでいった。
残ったグリューはヒロシとふたりっきりになったことに気づきアタフタしだす。
「あっ、あの……あのあの……わっ、私は……残ったやつを調べます! そっ、それでは、いったん失礼しますっ!」
ペコペコと頭を下げた後、羞恥のあまり顔を覆いながら穴に身を隠すように階段を降りていった。
全員を見送ったあと、ヒロシの肩にいる妖精は両手で輪っかを作り、双眼鏡っぽくして見上げはじめた。
「さぁ~て……あとは従者どもに任せて、ここでゆっくりパンツ鑑賞でもしようや」
気球が吊り下げているバスケットは荒い網目状なので、ミームの言うとおりその気になれば下着を覗くことができそうだった。
「……いや、僕らも探そう」
「えっ、パンツ見ぃひんの!?」
「そんなにびっくりしなくても」
「パンツ見るためやったら例えゲームでもブッ壊れるくらいまでやりこむ年頃やろ……なんで興味ないフリすんねん」
「まぁ、興味ないことはないけど……覗きみたいなことはしたくないんだ」
「あくまでラッキースケベにこだわるっちゅうわけやな! さっすがヒロシのダンナ! テンプレ騎士の鑑やで!」
「別にそういうわけじゃないけど……」
などと妖精と言葉を交わしながら、ヒロシは階段を降りた。
下はちょっとした広場になっており、気球の発着場のほかには閲覧スペースらしき椅子とテーブルが並んでいた。
残った気球を適当に選び、ゲートを開いて中に乗り込む。
木籠のようなバスケットはひとり用、詰めて乗ればふたりくらいは乗れそうな広さだった。
バスケットの中にあった案内絵にしたがって気球のストッパーを外し、バーナーの火力をあげると……気球はゆっくりとゲートから離れた。
「おぉ……!」
独特の浮遊感に、ヒロシの気持ちも高揚する。
気球はテレビなどで見て知っていたが、乗るのは初めてだった。
ちょっと楽しくなって、火力を強くしてみたり、備え付けのハンドルでプロペラを回してそのあたりを漂い回ってみる。
しかし……亀が這うようなスピードしか出ないので、少年はすぐに飽きてしまった。
「……よし、みんなは上の本棚を調べてるから、僕らは下のほうに行ってみようか」
素に戻るヒロシ。「飽きるの早っ」と妖精には心の動きを完全に見透かされていた。
バーナーの火力を弱めて気球を下降させる。
塔の下層は深い谷底のようであったが、まわりの本棚にはクリスタルのようなものが埋め込まれていて、その石が放つ光によってぼんやりと明るかった。
「あの石はなに?」
「輝石っちゅうやっちゃな、何もなくても光り続ける石やで。明るさはそんなないけど図書館で火ぃ焚くわけにはいかんから、アレを使うとるんや」
「ふうん、便利だね」
「ちゅうか、ウチがおったら輝石はいらんのやけどな」
「そっか、ミームって暗い所で光るんだったね」
「人をホタルイカみたいに言うなや!」
「そこはホタルでいいんじゃないの……」
などと妖精と言葉を交わしながら、ヒロシは塔を降りていく。
しばらくすると本棚が途切れ、壁を一周する形で金属の壁になった。
そこには大きな字で『ビジネス書コーナー』と彫られていた。
そういえばブラウさんが挙げたジャンルの中にビジネス書があったよな……とヒロシは思い出し、気球を操作して外周の本棚に近づいてみた。
わりと新しめの本、古い本、かなり古い本、ボロボロの本、読める字の本、読めない字の本……。
どこから探していいのかわからないほどの数に目移りする。
とりあえず目視できる範囲で、ざっと背表紙に目を這わせた。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラゴンスレイヤーを手にテンプレ騎士の従者になったら』
という本に目を奪われる。
……なんか聞いたことがあるようなないような表題だった。
なんにせよタイトルに『テンプレ騎士』が入っているし、今回の件に関係ある本かもしれない。
と、ヒロシは手始めにその本を取ってみようとしたが、全然手が届かないことに気づいた。
気球が壁に当たっているのでバスケットがこれ以上寄れないのだ。
「近づけないよ?」
「当たり前や、バーナーで本が燃えてまうやろ。本を取る場合はそこの棒を使うんやで」
妖精がバスケットの隅を小さなアゴで示す。
そこには線路に物を落としたときに使うようなマジックハンドが立てかけてあった。
なるほど、と棒を手にしたヒロシは握手をニギニギしながら、お目当ての本に向かって先を伸ばした。
クレーンゲームの名人のように一発で背表紙を掴む。しかしきつく詰められているのか、引いても本は抜けなかった。
「力ないなぁ、ちゃんとせいや。自分ヒロシちゃうやろ、ヨワシやろ」
妖精から煽られてヒロシはちょっとムッとしてしまった。
両手で握り直してしっかりと柄を掴む。両足で踏ん張り、綱引きの要領でめいっぱい腕に力を込めて引っ張った。
しかし……それでも抜けず、不思議なことに本は逆に本棚の奥に引っ込んでしまった。
マジックハンドごと本棚の奥に吸い込まれてしまう。
「えっ」
逆に引っ張られる形となったヒロシは、バスケットから乗り出してしまった。
本棚はマジックハンドを半分くらいまで一気に飲み込む。
「ええっ?」
強い力で引っ張らたせいでバスケットから飛び出し、宙ぶらりんになってしまうヒロシ。枝にぶらさがるように必死になって柄にしがみついたが、本棚はからかうようにマジックハンドをペッと吐き出した。
「えええっ!?」
空中に投げ捨てられた少年は呆然とマジックハンドを握りしめたまま、本の谷底へと落ちていった。




