32 放課後Tタイム
ヒロシの学校帰りの買い食いといえばもっぱらハンバーガーだったが、たまにタコ焼きも食べた。
ショッピングモールの屋外フードコートにある店で、銅板のたこ焼き器で作ってもらった出来たてアツアツのやつを、大きな噴水に腰掛けてハフハフしながら食べるのだ。
しかし……ライト・ノーヴル学園街にある『ギンギンだこ』という店は店構えからしてヒロシの想像とはかけ離れたものだった。
バッティングセンターのような金網で仕切られたスペースに入りテーブルに着く。誰かがバッターボックスに立つと、少し離れたところに設置された投石機から生のタコが射出される。
放物線を描いて飛んでくるのを、
「そりゃあああああああーーーっ!!」
っと背負った火炎放射器でクレー射撃のごとく狙う!!
タコがテーブルの大皿に着弾するころには、高温の炎で焼かれて食べられるようになっているという寸法だ。
皿の上にガサリと落ちてきた黒い物体を見たヒロシは、
「なに……コレ……」
と食べてもいないのに焦げを口にしたような苦い顔をした。
「なにってタコ焼きにきまっとるやないか! お前んとこの食文化やろ!」
好き嫌いを言うなとばかりのミーム。しかし不満はそこではなかった。
ヒロシが「こんな文化はどこにもないよ!」と言い返そうとしたがロートに遮られた。
「待ってミーム! ヒロシくんは焼き方が気に入らないんだって!」
「なんやて!? 焼き方なんてどうでもええやろ! お前は美食倶楽部か!?」
たしかに焼き方なんてどうでもいい。いま言いたいのはそこじゃない。
ヒロシは抗議しようとしたがまたロートに遮られてしまった。
「まぁまぁヒロシくん、ここはあたしに任せて! あたしが本物のタコ焼きを食べさせてあげますよ!」
誤解したままのロートは椅子から勢いよく立ち上がると「マリーさん、ちょっと射手かわって!」とバッターボックスに走っていき、マリーと交代した。
合図とともに撃ち出された生蛸を、
「えいっ! えいっ! えーーーいっ!!」
ロートは火炎放射を調整して小刻みに炙ったあと、最後に一瞬だけ最大火力を浴びせた。
ボトリと皿の上に投げ出された蛸はほんのり焦げた見事な姿焼きになっていた。
一同はわぁと歓声をあげる。
この魔改造された『タコ焼き』を初めて体験するヒロシですら、その出来栄えの見事さに感心した。
「おいしそうねぇ、すごいわ、ロートちゃん!」
料理上手のツキカも絶賛する。
「ロートちゃんタコ焼き上手だもんね」
自分のことのように嬉しそうなグリュー。
隣り合わせで座るブラウとベルは焼きたてのタコをじっと見つめたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
「うっ、見事な焼き加減ね……コツとかあるんだったら教えなさいよ」
すっかり炭化している自分のタコ焼きと見比べていたマリーは完敗とばかりに呻く。
「うん。今日の蛸はかなり小ぶりなのにマリーさんは火力を強くし過ぎてるんだよ。大きさを見切って火力を調整しないと、それと……」
鼻高々のロートは人差し指を立てて高説を始めるが、我慢できなくなった妖精から「なんでもええから食おうや!」と言われてようやく『タコ焼き』にありつけた。
焼きあがったタコはピザカッターのようなもので切り分けて、お好みにあわせて調味料をつけて食べる。マヨネーズや七味が人気のようだった。
ヒロシの想像していた食べ物とはだいぶ違うメニューではあったが、味は絶品だった。
新鮮なタコを使っているのか、身が柔らかいわりにプリプリした気持ちのいい歯ごたえがあって、噛みしめるとタコの旨味がじゅわっと口いっぱいに広がる。
ヒロシは最初この食べ物を訂正するつもりでいたが、これはこれで美味しいし、みんなも喜んでいるのでいいか……と空気を読み、タコとともに否定の言葉を飲み下した。
店内を見回してみるとすでに満員だった。
大騒ぎしながら火炎放射し、おしゃべりをしながらタコをつまむ、女の子たちの黄色い笑い声であふれていた。
「……ライト・ノーヴルの人たちはタコ焼きが好きなんだね」
しみじみとつぶやくヒロシ。もはやタコ焼きのあるべき姿などどうでもよくなっていた。
「そりゃそうよ、こんなに美味しいんだし」
チーズをトッピングしたゲソを口に放り込みながら、すかさずマリーが答える。
「そのうえタコは高タンパク、低カロリーでダイエット向き。コラーゲンもいっぱいで美容にもいい」
まるで待っていたかのように、追っかけでタコの薀蓄をボソリとつぶやくブラウ。
「へぇ、いくら食べても太らないってことね! じゃあジャンジャン食べましょうよ! 今度は照り焼きで、アタシが上手に焼いてみせるわ!」
わざとらしいほどに目を輝かせるマリー。
「テレビショッピングかお前らは」というミームの突っ込みに、ヒロシだけがフッと笑った。
……ボーリングのような競技要素に、お好み焼きのような客が調理する要素が合わさった、新感覚の娯楽。それがこの世界の『タコ焼き』だった。
さらに美容によくて太らないとなれば、女の子だらけのこの島で大人気なのもわかる気がした。
「……ところでヒロシ、部活は決めたんか?」
タレのついたタコの吸盤を頬張りながら、肩の妖精が聞いてきた。
「部活って?」
ヒロシは一瞬、実技授業はなにを選択したのか尋ねられたのかと思ったが、それは部活じゃないよなと思い直す。
「アホ! 今朝ROTTKから出されたクエストやないか! もう忘れたんか!?」
「あ、そっか……」
そういえば朝『変な部活を設立せよ!』のクエストを与えられたのを思い出した。
今日も起床するなりいろんなハプニングに見舞われ続けたヒロシ少年にとって、変な部活を設立するなどという曖昧で意味不明な指令のインパクトはすでにだいぶ薄れており、遠い昔のことのようになっていた。
すでに記憶の蚊帳の外に放り出され、蚊に好き放題刺されまくっているような状態であった。
「設立した部活はどうせ従者が入ることになるんでしょ? だったらアタシたちにも提案する権利はあるわよね?」
マリーの物言いに、ヒロシはもっともだと頷く。
というか彼自身にこだわりは全くなかったので、決めてくれると有り難いとすら思っていた。
「ようはROTTKが承認すればええわけやから、ヒロシがよければ決めるのは誰でもええみたいやで」
とミーム。その言葉を受けてマリーは待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「アタシにいい案があるの! フリスビー部ってどう!? みんなが投げたフリスビーをアタシが……」
「却下やって」
「えっ、なんでよ!? 誰がそんなこと……」
ミームがくいくいと親指で示した先、食卓の横にはいつの間にかROTTKが出現しており、イヤイヤと身体を左右に振っていた。
「えーっと、否決理由は……変さはそれなりにあるけど、利得がひとりに集中するのはダメなんやって」
開かれた本に浮かびあがった文字を読み上げるミーム。
本の文字はヒロシとミームにしか読めない。ミームが嘘をついていないのをマリーはヒロシの表情で察した。
「じゃあタコ焼き部は!? 学園で出店とかやるの!」
すかさずロートが次の案を出す。
「だから、個人的な思惑があるのはダメなんやって」
しかしすぐに却下された。
「おひるね部ってどうかしら?」
のんびりとした口調でツキカが提案する。
「変さが足りんねんて」
これも却下。
「あ、あの……編み物部は……あっ、しゅ、手芸部がありますよね……すみません……」
グリューは案を出したが、すぐに引っ込めてしまった。
「紐なしバンジージャンプ部……」
ブラウの案は「そんなのやりたくないわよっ!」と仲間内で却下されてしまった。
「にくきゅう部……」
生まれたばかりの子猫のようなか細い声をあげるベル。
「なにする部なんや?」と問われて黙り込んでしまった。
「あ、ドッヂボール部は!?」
ついにヒロシが案を出したが、
「熱血高校か!? それに個人的な思惑があるのはダメや言うとるやろ!!」
とうとうミームはキレてしまった。
無理もない……部活の案を出せと言われたら自分がやりたいのを出すが人情というものだ。
しかしその思惑はROTTKに見透かされているようで、すべて棄却されてしまった。
いくら出しても「惜しい」すらの評価も得られなかったので、一同はとうとう煮詰まってしまった。
アイデアも尽き、誰もが黙り込んでしばらくして……グリューが遠慮がちに手を挙げた。
「あ、あの……過去のテンプレ騎士様がしていた『変な部活』を調べてみれば……参考になるんじゃないんでしょうか?」
「そうかもしれないけど、それをどうやって調べんのよ」
マリーは異を唱えたが、すぐさまブラウが口を挟む。
「図書館なら調べられる」
ブラウの言葉を受け、停滞した場の空気を振り払うようにロートが立ち上がった。
「そうしよう! じゃあ行こう! 学園の図書館ならまだ開いてるよ!」
『思い立ったが吉日』がモットーの少女はすでに行く気満々になっているようで、待ちきれない様子で足踏みをはじめる。
「えっ、今から? うーん……まぁ、いっか、どうせ寮までの通り道だし……ちょっと寄ってみましょうか」
あまり気乗りしない様子ではあったが、マリーは賛同するように席を立った。
タコ焼き屋を出たヒロシたちは道を戻り、学校へと向かった。




