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31 最高の女たち

 午後の予鈴が鳴った。マリーはまだ遊びたがっていたが一同はなだめて公園を出た。

 教室に戻る前にヒロシはトイレに寄ろうとしたのだが、学園内にはどこ探しても女子トイレしかなく、男子トイレが見つけられなかった。


 まさか女子トイレを使わせてもらうわけにもいかず、ヒロシはそれほど用を足したかったわけではなかったので寮に帰るまでガマンすることにした。

 ちなみに寮にはトイレがひとつしかなく、男女共用で使っている。


 本鈴が鳴ったので慌てて教室に向かうと、ヒロシ以外の生徒たちはすでに全員着席していた。幸いなことに先生はまだ来ていなかった。


 ヒロシは小走りで自席に着こうとしたが、手前でつまづいてしまう。


「あっ!?」


 前に倒れながら、何かに掴まろうと手を伸ばす。

 偶然触れたのは暗幕のように黒い布……それはヒロシの前の席に座る少女の着たローブだった。

 咄嗟に握りしめてしまい、少女のローブは手品のクライマックスのようにぶわっと引き剥がされてしまった。


 漆黒のローブの中から白いブラウスにスカート、制服姿の少女が白日の元に晒される。

 制服はマリーと同じデザインだったが、シワひとつなくブラウスのボタンは襟元まで止められ、リボンもきっちりと締められていた。

 スカートも折り目正しいプリーツが刻まれ、長さは膝下まであった。白いハイソックスとの合わせ技で絶対領域的な空間は皮一枚ほども存在していない。

 着崩し感ゼロの、制服着用のお手本のような着こなしだった。


 切りそろえられたミディアムショートの黒髪と相俟って、いかにも優等生そうなビジュアルの少女。

 ここまでならいたって普通。つまらないほど常識的な女子高生の格好である。


 ただ一点、目の周りに黒い布が巻かれてる点を除けば……。


 頭蓋骨に呪詛をあしらった刺繍の施された、不気味なデザインの目隠し。

 邪神に捧げられる生贄が巻いていそうな代物。黒いローブをまとっていた時には似合っていたかもしれないが、真面目そうな制服姿には不釣り合いのワンポイントアイテムであった。


「ひゃう!?」


 ローブを殻がわりに自分の世界に閉じこもっていた少女は突然あたりが明るくなって、背筋に氷を当てられたような悲鳴をあげて縮こまった。

 目の覆いはメッシュになっており、狭いながらも視界はあるようだった。


「あっ!? ご、ごめんっ! わざとじゃないんだ!」


 ヒロシが申し訳なさそうにローブを差し出すと、少女は無言でそれをひったくり、教室の外へと飛び出していった。

 遠ざかっていく小さな背中にかける言葉も思いつかず、かといって追いかける勇気もなく、ヒロシはがっくりと肩を落とす。


「ああ……またやっちゃった……」


「やっちゃったっていうか、テンプレ騎士(ナイト)たるもの側に女がおるんやったら何もなくても転ぶやろ普通。生理現象みたいなもんや、ピノみたらひとつ欲しなるのと同じやで」


 飛来した妖精は矢印みたいに下がった少年の肩を滑りながら、よくわからない慰めをした。


「ヤミはちょっと変わった子ですから」


 騒ぎを収めるため側まで来ていた保健委員の女の子が教えてくれた。

 「やみ?」とヒロシはオウム返しする。


末蔵(まつくら)ヤミ。いつもひとりで本を読んでて誰とも話そうとしないんです。みんなも話しかけようともしないし……見かねて何度か誘ってみたんですけどあんな風に逃げられちゃって」


「まぁあんなゲーマントみたいな奴に声かける奴は普通おらんわな」


「あ、でもアタシ何度か話したことあるわよ。最初はさっきみたいに逃げられまくったけど、追いかけまくってたら話をしてくれるようになったの。トイレの中まで追いかけてったこともあったわ。そうそう、木工細工が好きらしくて、座ってる机と椅子も自分で作ったって言ってたわ」


 マリーが思い出したように口を挟む。彼女いわく、一応話をすることは可能のようだ。

 だがギャルの高いコミュ力でしつこくつきまとってもようやく世間話ができる程度で、心のハードルはかなりの高さを伺わせる。


 ヤミが座っていた席を見てみると、他の生徒が座っているものとはたしかに違っていた。高さが他と比べて少し低く、ツヤのある綺麗な仕上げを施されたものだった。


「あと、いつも本読んでるから気になって、何の本か見せてもらったんだけど、目隠しに書いてあるのと同じ変な文字がびっしりでよくわかんなかったわ」


 見せてもらったと言っているが、トイレまで追いかけたと豪語するマリーの事だ、たぶん奪い取って読んだんだろう……とヒロシは内心思った。


「それはたぶん死靈術(ネクロマンシー)ね」


 保健委員の言葉に、今度はマリーが「ねくろまんしー?」とオウム返しする。


「授業で習ったでしょ。死体を動かして使役する魔術よ。使いたがる人が少ないから実技科目にはなってないけど、ヤミは死靈術に興味があるみたい。放課後ひとりで同好会みたいなことをやってるって先生から聞いたわ」


 死体っていうだけでも嫌なのに、それを操るだなんてぞっとしない……とヒロシは寒気を覚えた。

 保健委員はヒロシの気持ちを汲み取ったのか、すぐにフォローする。


「でも人見知りするってだけで、悪い子じゃないですよ。だから気を悪くしないでくださいね。……嫌なら席替えもできますけど」


「えっ? あ、いや、ありがとう。席替えは大丈夫だよ。それよりも……同級生に敬語でしゃべられるとなんだか落ち着かないから、よければタメ口にしてもらえるかな?」


 少し照れたようなヒロシの言葉に保健委員の女の子はポップコーンをくらったような顔をした。しかしすぐにそれを飲み込むと、


「……わかった、そうするね、ヒロシくん」


 同級生に向ける飾り気のない笑顔をしてくれた。 



 少し遅れて先生がやって来て、ようやく授業が始まった。ヒロシの前は空席のままだった。


 午後からの授業は実戦技術の時間となる。

 テンプレ騎士(ナイト)と共に戦い、冒険を手助け、共に生きていく能力を身につけるための勉学である。


 こちらは選択式で、自分の意思や適正にあった役割の授業を受けることができる。

 戦闘科、冒険科、生活科、の三つに大きく分類され、さらに分課が存在する。


 戦闘科はモンスターと戦うための知識や武器の使い方を学び、敵を打ち倒すための身体能力を高める。

 冒険科はアイテムを見つけるための探索の知識や罠の解除方法を学び、生き残るためのサバイバル能力を身につける。

 生活科はこのライト・ノーヴルで社会生活を送るための職業訓練や、テンプレ騎士(ナイト)から見初められたときに備えて従者(スレイブ)修行というものを行う。


 戦闘科を例にすると、分課としては剣を使った剣士課、素手による格闘士課、弓を使った弓士課、銃器を使った銃士課など、武器種によって細かく分かれている。

 魔法を使った戦闘については地炎風水の属性別に課があり、さらに特殊なものとしては動物などを使役して戦う調教士課などがある。


 マリーは剣士課一択で、他の課は一切選択していないらしい。

 武器が剣であるヒロシはおなじく剣士課となるのであろうが、今日はひとまず校長の案内でどんな課があるのかを見学することになった。


 最初に立ち寄った剣士課では女の子たちが真剣による素振りをしていた。

 人気の課らしく参加者は大勢いて、マリーのほかにはロートの姿があった。


 ヒロシはファアリーランドに来るまで剣とか刀とかつくものは一度も振るったことがなかった。竹刀ですら持ったこともない。

 打ち込む必要がなく触れさせるだけで勝負が決する魔剣、そのおかげでナントカカントカやってこれたものの……ただの剣であればここにいる小学生にも負けてしまうほどの初心者である。


 目の前で女児の勇ましい二刀流さばきを見せられて、そんな自分がこの課に入って果たしてついていけるんだろうか……と不安になってしまった。


 次に参観した調教士課には相棒である動物を連れた女生徒たちがいて、その中にはミルクを連れたベルがいた。

 訓練として野生のクマが解き放たれる。ミルクが正面から威嚇しているスキに背後に回り込んだベルが背中によじ登り、獰猛そうなクマをあっさりと手なづけていた。


 ベルは大人しかったがクマにまたがった瞬間、「ヒャーッホーゥ!」とハイテンションに豹変した。

 ヒロシが戦ったときは終始そんな感じだったので、てっきり闇の力でそうなっているのかと思ったが……動物に跨ると性格が変わる性分のようだった。


 他の生徒はクマの鋭い爪にケガを負わされつつ、眠り薬の入ったエサなどを使ってようやく捕獲に成功していた。

 通常は捕獲後に調教を施し、手懐け、訓練してようやく調教(テイミング)完了となる。

 それらをすっとばして一気に最終段階までいけるベルはかなり優秀な調教士(テイマー)のようだった。


 訓練途中で負傷した生徒は、すぐ隣で待機していた聖術士課の生徒による治癒魔法での手当を受けていた。

 ひとりの術士がひとりのケガを治すので精一杯のなか、ツキカは「いたいのいたいのとんでけ~」と花びらをまきながら軽やかに唄うだけで五人ほどの負傷者を一度に治していた。


 その後に行った銃器課ではポリティがスナイパーライフルを使って1キロメートル先の的を粉々にしていた。


 水術士課では水芸のように指先から水を出すブラウが火を消し、地術士課では地面から生やした木の根で垣根を作り、身を守るグリューの姿があった。


 女の子たちはみんな、自分なりの能力を駆使して訓練に励んでいた。

 こんなすごい子たちがいればモンスターなんて怖くないんじゃないか……とヒロシは素直に感心した。


 でも自分にはどれもできそうにないなぁ……ドッヂボール課なんてのがあればすぐにそれにするのに……などと頭の片隅で考えていることに気づき、少年はハッとなった。


 ……テンプレ騎士(ナイト)になるって息巻いてはみたものの……もしかして僕って……ドッヂボール以外の取り柄がない……!?


 それでもボールを投げるのが得意なのであればまだ救いはある。投擲武器を使った課があるからだ。

 しかしヒロシが得意とするのはボールをよけるという行為のみだ。攻撃的要素がまるでない、消極的すぎる取り柄である。


 その後もいろんな課を見て回った。しかし気づいてしまった自分の不甲斐なさが邪魔をしてほとんど頭に入ってこなかった。

 見学を終える頃には放課後になっていたが、ヒロシは結局何の課にするのか決めることができなかった。


 スジリエが別れ際に言ってくれた「急いで決める必要はありません。何度見学されても大丈夫ですのでゆっくり考えてくださいね」というやさしい言葉が傷口に砂糖を擦り込まれたように染みわたった。


「ヒロシちゃん、かーえりましょ」


 ツキカの声にうつむいた顔をあげると、朝一緒に登校したメンバーが揃って迎えに来てくれていた。


「どうしたのヒロシ、ボーッとして……見学中なにがあったか知らないけどパァーっと遊べば忘れるわよ、さ、タコ焼きに行きましょ!」


 放課後になってますます元気になったマリーからバンバンと肩を叩かれ、ヒロシは朝の約束どおり街へと向かった。






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