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30 カリスマ残念ギャル

 四時限目を終えると昼休みになった。

 教室にツキカと目隠れ三人娘とベルとミルクがやって来て昼食に誘われた。

 ツキカはお手製の重箱弁当を持ってきており、それを公園で食べようということになった。


 揃って公園まで向かう道すがら、先頭を歩くマリーはすれ違う女の子たちに声をかけていた。

 教師はもちろんのこと、大学生や幼稚園児に至るまで顔見知りのようだった。


 マリーはクラスメイトだけでなく、幅広い層にも人気者のようだった。

 怒りっぽいところはあるが引きずらずにサッパリしており、姉御肌で面倒見もよく、さらには人なつっこい性格でもあるので皆に愛されるのも理解できる……とヒロシは感じていた。


 学園の敷地内にある公園は、ヒロシが初めてクエストに出発した思い出の場所でもある。

 あの時は急いで駆け抜けたので見ているヒマはなかったが、緑が多くて気持ちのよい場所だった。

 学園内は花の香でいっぱいだったが、ここは緑の香りで溢れている。

 ヒロシは深呼吸して爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 公園の奥に進んでいくと芝生の広場に出た。広い草原の中央には見事な大樹があり、その木陰には多くの女生徒がくつろいでいた。


「「「「「「「この~木なんの木気になる木ぃ~」」」」」」」


 同行していた女の子たちが一斉に歌いだしたのでヒロシはぎょっとなる。


「な、なに、その歌?」


「えっ、アンタこの歌知らないの!?」


「お前んとこの世界の有名な歌やないか!」


「うっそお!? まさかこの歌を知らない人がいるだなんて……!?」


 歌を知らないだけだというのに口々に驚かれてしまった。


「幻滅」


「ありえない……」


 ブラウとベルにまで引かれてヒロシは気まずい思いをしたが、


「あっ、で、でも、他にも知らない人がいるかもしれないので、そっ、そんなに気にしなくても大丈夫だと思います……」


「そうよね、今から覚えても……あ、それじゃヒロシちゃん、今度いっしょにこの歌でお遊戯しましょうか」


 とグリューとツキカにやさしくフォローされて、単純なヒロシの心は天にも昇る気持ちに変わった。


 大樹の根元近くに行くと、そこにはチェイリー、パイン、グレイプもいて、一緒に加わって昼食をとることにした。


 一緒に持ってきていた布の敷物を芝生の上に敷き、その上に輪になって座り弁当を広げる。

 大きな五段重ねの重箱にはオニギリやサンドイッチ、唐揚げや卵焼きやサラダやフルーツが詰まっていて、宝石のようにキラキラと輝いていた。


「いただきまー! うわ、美味しい! このオニギリ!」


「唐揚げもうまいで、油はやっぱ裏切らんなぁ」


「揚げ物が好きな妖精ってなんかイメージ崩れる……」


「なんやソレ!? ウチらは霞だけ食って生きとるわけやないで!」


「わかったからアンタもオニギリ食べてみなさいよ、美味しいわよ」


「うふふ、オニギリはグリューちゃんが手伝ってくれたのよ」


「お、お口に合ってよかったです……」


「自分も手伝った」


「ブラウは一個握っただけでしょ!」


「具は大量のワサビ」


「えっ、なに!? ってことはこの中に一個激辛オニギリがあるってこと!?」


「ええっ!? おい、食べ物で遊ぶんじゃねーよ!」


「チェイリー、わさびきらーい!」


「あっ!? ヒロシさんが泡吹いて倒れてるわ!」


 ……10人と1匹、プラス妖精の昼食は朝食以上に賑やかだった。



「さぁーて、お腹いっぱいになったし、次は腹ごなしに身体を動かさないとね! あっ、アレがあるじゃない! ちょうどいいわ、ひさしぶりにアレをやりましょうか!」


 マリーは食後のフルーツを平らげると、真っ先に立ち上がった。


 元気なマリーに皆も続くんだろうとヒロシは思ったが、他のメンバーの態度が音をたてて引いていくのがわかった。

 活発なロート、パイン、チェイリーですら授業中当てられたくない生徒みたいに目をそらしている。


「とっても楽しいのよねアレ。あ、でも、アレをひとりでやるのもちょっとねぇ……」


 マリーは思わせぶりに『アレ』の存在をほのめかし、期待に満ちた瞳でチラチラとこちらの様子を伺っている。

 明らかに誘われるのを待っているわざとらしい素振り。しかし誰もが気づかないフリを貫き通している。


 みんなどうしちゃったんだろう……という違和感、それに『アレ』がどんな行為なのか気になったので、ヒロシは誘いに乗ってみることにした。


「……なにをするの?」


 立ち上がってマリーの側に行くと、嬉々として丸い木皿を渡された。

 それは昼食用に持ってきていた取り皿だった。


「これをどうすればいいの?」


「水平にして、どこでもいいから思いっきり投げるのよ」


 マリーは投げる真似をしてみせた。それは明らかにフリスビーを投げるときの仕草だった。

 木皿をフリスビーに見立てて投げろということだろう。


 フリスビーならヒロシも元いた世界で何度かやったことがある。

 普通フリスビーはプラスチックだが、これは木の皿なので投げても危なくないだろうか……と気にかかる。


 大樹の陰には大勢の人がいるが、陽の照りつける芝生には誰もいない。

 これなら変なところに飛んでしまっても大丈夫だろうと判断したヒロシは、言われたとおりにめいっぱいの力で木の皿を投げ放った。


「うおりゃぁああああああああーーーっ!!」


 次の瞬間、気合の入った叫び声とともに飛び出していくマリー。

 獲物を狙うチーターのように脇目も振らずに木の皿を追いかけはじめた。


 気が触れてしまったかのような奇声と突然のスタートダッシュに、ヒロシはビクッと肩を震わせてしまった。


 マリーは短いスカートがめくれ上がるのもいとわず、地上スレスレで木皿をキャッチした。

 「やった!」小さくガッツポーズすると、喜色満面で戻ってくる。


「はい!」


 息を弾ませながら皿を再びヒロシに手渡す。

 マリーは徒競走のスタートラインに並ぶように隣に並び、催促するような視線を向けてきた。

 ヒロシは黙って皿を投擲する。


「せいりゃあぁぁあああああああーーーっ!!」


 またしても気合満点で芝生を蹴り出すマリー。


 ヒロシはようやくこの行為が何なのかを理解した。

 これは……犬とかがやる「取ってこい遊び」だ!


 マリーは舌を出し、ハッハッと空飛ぶ獲物に追いすがる。

 照りつける太陽で濃くなった影が、鮮やかな芝生の上に踊った。

 ヘアスタイルで作られた犬耳がピョコンと跳ね、臀部に付いた作り物の尻尾がちぎれんばかりに激しく揺れる。


 ……口で咥えないのが不思議なくらいの犬っぷりであった。

 嬉ションも辞さないほどに我を忘れてはしゃぎまくりマリーを見て、通りすがりの女の子たちは眉をひそめた。


「見て、またやってるわよ」


「ああ、最近やらなくなったと思ったのに……」


「何も知らないテンプレ騎士(ナイト)様が付き合わされちゃったのね……お気の毒に」


「ねえ見た? 尻尾まで付けちゃってるわよ」


「見た見た、これみよがしに振ってみせてるけど、ウザいから無視したわ」


「アタシも、下手に構うと撫でて撫でてうるさいしね」


「まったく……あの子、犬の真似さえしなければいい子なのにね」


「見た目はイケてるのに、残念にも程があるわよねぇ」


「そんなに犬になりたけりゃ地上で金持ちの変態オヤジにでも飼ってもらえばいいのに」


「やだぁ、言い過ぎよ、でもそれお似合いかも、アハハハ……」


 ヒソヒソ話が耳に入り、ヒロシの身体はショックのあまり鉛を飲み込んだように重くなった。


 呆然と立ち尽くしてしたまま、マリーを見つめる。

 心の底から溢れ出したような笑顔で木皿とじゃれる彼女。そのまわりには、冷めきったいくつもの視線。


 マリーは学園の誰からも愛されていると思っていた。

 しかし……それは大きな勘違いだった。表面はカリスマギャルだが、その実「牝犬になりたい」なんて誰からも共感されない夢を語る『残念ギャル』という腫れ物のような扱いだったのだ。


 マリーは誰にでも人なつっこい笑顔を振りまいた。そして誰からも笑顔を受け取っていた。

 しかし……その返された笑顔は哀れみが含まれたものだったのかもしれない。

 無理もない。犬扱いしろなどと言われたら、誰もが頭がおかしいと思うだろう。犬みたいに遊びたいなんて言われたら、誰もが目をそらしてしまうだろう。


 残念な子として……表面的なつきあいにとどめ、誰もが距離を置くことだろう。


 ヒロシは胸が締め付けられる思いだった。

 別にマリーに同情したわけではなく……かつての自分を重ね合わせてしまったからだ。


「いい歳してドッヂボールだなんて、ガキみたい」


「そっか、精神的にお子ちゃまだから、あんなことしても平気でいられるんだ」


「お前、あっちいけよ! うぜえんだよ!」


「そんなにドッヂボールがやりたけりゃ、小学校にでも行ってこいよ!」


「そーそー! ヒロシにはそれがお似合いだって、みんな行こうぜ! ギャハハハハハハ!」


 脳裏に嘲笑が蘇り、体の中に黒いモヤが沸き起こる。

 それが周囲のヒソヒソ話の笑い声と重なって、無意識のうちに腰にさげた剣の柄に手をかけていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……はい! 取ってきたわよ、ヒロシ!」


 息を弾ませた声に、キッと顔をあげるヒロシ。

 そこには……心の闇を晴らすかのような、太陽のような笑顔があった。


「あ……う、うん……」


 そこで少年は我に返る。あと数秒遅れていたら誰彼かまわず魔剣を振りかざしていたかもしれなかった。


「どうしたのよボーッとして、アタシのキャッチに見とれちゃったの?」


「う……うん……! すごいよマリー……いまのよくキャッチできたね!」


「へ……? マジで? ……ふっ、フフン! 当たり前でしょ! ギリギリだったけどアタシにかかればこんなもんよ!」


 得意気に大きな胸を揺らすマリー。ヒロシはその頭をガッと掴んだ。

 目を見開いて驚くマリーの髪を、両手でわしゃわしゃと撫でる。


 さんざん走り回って髪型は乱れていたが、ヒロシの手によってさらに掻き乱される。

 いきなり髪を掴まれクシャクシャにされたマリーはビックリした様子だったが、嫌がる様子は微塵もなかった。


「え……えへっ! えへへ……! もっと! もっとして!」


 むしろ最高のご褒美だったようで、たまらない様子でピョンピョンと跳ね全身で喜びを現す。ヒロシも嬉しくなって、つられて一緒に飛んだ。


 芝生の上でトランポリンに乗っているかのように跳躍し、笑いあうふたりを……衆人たちはキョトンとした様子で見つめていた。






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