03 ビッチがビッチョリ
スプリングの軋む音が遠くで響いていた。
最初はゆっくりと、控えめに。少年はそれをぼんやりと聴いていた。
音は少しづつ速く、そして大胆になっていった。
ぎし、きし、ぎしっ、とまばらな軋む音は速くなるにつれて揃っていき、一定のリズムを刻みだした。
それでも他人事のように聴いていたが、ついにはトランポリンの上にいるかのように音にあわせて少年の身体も一緒に揺れはじめた。
「うう……ん……?」
そしてようやく少年の意識は覚醒し、瞼の裏に明るさを感じた。
揺さぶられながらゆっくりと目を開けると、木の天井があった。
家の自室でも学校の保健室でも、カラオケボックスでもない……山小屋のような見慣れぬ木組みの天井だった。
それ以上の違和感だったのは、下腹部に感じる……暖かくて柔らかい重み。
顔をあげ、視線を天井から壁へと動かしてみると……人影らしきものがあった。
「んん……?」
影はロデオマシーンに乗っているかのように、せわしなく上下にホッピングしている。
一体誰がそんなことをしてるんだろうと目をこすってよく見てみると……ぎょっとなった。
なんと、無双の牝犬姫が腰に跨っていたのだ……!!
「ええっ!?」
うつむき加減で前髪が垂れているせいで表情はわからない。
全裸ではなくて初めて会ったときと同じ制服を身に着けている。例の特価シールは「10% OFF」に戻っていた。
プリーツの入った赤いチェックのミニスカートを末広がりに広げたまま、その状態で腰の上に跨っている。
ということは……ヒロシの学生ズボンの股間には彼女の下着が押し当てられているということになる。
薄布を感覚を想像し、目覚めたばかりだというのにヒロシは悶々となった。
あ、あの小さなテントの中には……ぱぱっ……パンツ……が!?
ま、まさか……さすがに履いてないなんてことはないよね?
激しいロデオに今にも翻りそうなスカート。思わず釘付けになるヒロシ。
マリーは無言のまましなやかな手を伸ばし、ヒロシの脇腹に触れた。
ビクッと反応するヒロシ。手はそのまま上に向かい、少年の身体を滑った。
脇腹から腹部、みぞおち、高鳴りを抑えきれない胸、鎖骨と……愛撫するような動きで、衣擦れの音をたてながら……とうとう首筋まで達する。
次の瞬間、首をガッ、と掴まれた。
振り乱した金髪の向こうから、鬼のような形相が現れる。
「死ねっ! 死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ! 死ねぇぇぇ~っ!!」
いきなり猛然と締めあげられて、苦しさのあまりヒロシは激しくもがいた。
タップ動作をしてみたが完全無視。じゃれ合いではない本気さを感じて手首を掴んで剥がそうとするが、力の差がありびくともしない。
少年は今しがた気がついたばかりだというのに、また意識を失おうとしていた。
「ヒロシのヒの字はヒラメのヒ~」
ベッドのすぐ上にある開け放たれた窓の向こうから、変な歌が聞こえてくる。
外から帰ってきた妖精はご機嫌な様子で歌を口ずさみつつ、窓からフワフワと部屋に入ってきた。
ベットでくんずほぐれつやってるふたりを見て「んまっ、お盛んやなぁ」とノンキに枕元に腰かけたが、紫色になっていくヒロシの顔を見てすぐにただならぬ雰囲気を察した。
「わあっ!? やめーや! テンプレ騎士を絞め殺す従者なんて前代未聞やでっ!?」
「だったらアタシがそのパイオニアになってやるわよっ!」
「一体なにがお前をそうさせるんや!? 殺意の波動にでも目覚めたんか!?」
「アタシの唇をムリヤリ奪ったのよっ!? ぐぐぐ……こんのぉーっ!!」
忌まわしい記憶が蘇ってきたのかさらにヒートアップするマリー。
ニワトリみたいに締めあげられ、クケェーッと奇声をあげるヒロシ。
「なんやそんなことかい……べつにキッスのひとつやふたつええやん……いつもブチュブチュやっとるんやろ?」
妖精は呆れた様子で溜息をついた。
マリーは「やってたまるかっ!」と即答した。
「いままで大切にしてきたのよっ!? それを……それをアンタなんかにっ!! どうしてくれんのよっ!? ふぁ……ふぁーすとき……うっ、ううっ……うわあぁぁぁ~んっ!!」
とうとう子供のようにわんわん泣きはじめてしまった。
ヒロシはようやく解放され、激しくむせながら空気を貪っている。
「まあええやんか、テンプレ騎士の従者になれたんやから……子供の頃からの夢やったんやろ?」
「こんなヘナチョコだとは思わなかったわよっ! もっとマッチョで色黒で、オラオラ系でアタシをさらって唇を強引に奪ってくれるような……」
「最後の条件は満たしとるやん」
突っ込まれて「ぐわぁーん!」と髪を掻き乱すマリーブラッド。
「はじめてだったのにぃ~っ!」と号泣している。
「まったく、対魔忍みたいな格好しとるクセにキッスひとつで大騒ぎするなんてホンマようわからんわ……」
ヤレヤレと肩をすくめていた妖精は、少女の右腕に包帯が巻かれているのに気づいた。
「あれ? 自分、腕ケガしとん?」
「ケガ? 大丈夫かい?」
すでに落ち着いていたヒロシは妖精の言葉に反応しすぐにマリーを気遣った。
さっきまで自分を殺そうとした相手だが彼の心は広かった。
それどころか自分と戦ったときについたものなんじゃないかとしきりに心配している。
ヒロシは包帯の上から患部に触れようとしたが、寸前ではたかれてしまった。
「さわんな! ……コレ、どうしてくれんのよっ!」
マリーはヒステリックに叫びながら包帯をかきむしるようにして解いた。
その下にある二の腕にはでかでかと『ヒロシ命』というアザが浮かび上がっていた。
「うっわ、DQNカップルのタトゥーみたいやなぁ!」
「こすっても洗ってもゼンゼン取れないのよっ!」
「そりゃ従者の証やからなぁ……死ねば取れるんちゃうん?」
無責任な妖精の一言が追い打ちとなって、マリーはまた泣きじゃくりはじめた。
ヒロシはいたたまれない気持ちになったが、馬乗りになられているので刺激しないよう言葉を選ぶ。
「えっと……その……ご、ごめん……」
「さーわーんーなぁーっ!!」
身体を起こして慰めようとしたが全力で拒絶されてしまった。
マリーは涙粒を撒き散らしながら駄々っ子のように手足をバタバタさせる。
これが子供であればかわいいものであるが、パワフルな彼女がやると狂った雌牛が暴れたような状態になる。
こうなるともはや手がつけられない。部屋全体が地震のように揺れだし、ベッドも転覆せんばかりに激しく傾く。
とうとうヒロシもマリーもベッドから振り落とされてしまった。
「わあっ!?」「きゃあっ!?」
もつれあい、抱き合うような形で床に倒れこむ。
お互いの額がゴツンとぶつかって……二度目の熱いくちづけを交わしてしまうふたり。
「ご、ごめん! わざとじゃないだ!」
慌てて跳ね起きるヒロシ、間髪入れず飛んでくる拳。
うなりを上げて放たれた鋭いパンチを、ヒロシは反射的にかわしてしまった。
前回のキスの時と同じ不意打ちだったが、一度くらった攻撃を再びくらうような彼ではなかった。
しかし……ここは殴られておいたほうがよかったかなと避けてから後悔する。
マリーの端正な顔は見る影もなく、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
羞恥のあまり紅潮した顔は屈辱にまみれて歪み、ワナワナと震えている。
幼子のようにひっくひっくと嗚咽を漏らしつつ……両手をのばしてゆっくりとヒロシの襟首を掴んだ。
「……セカンドキスまで、なんでアンタなんかにぃ~っ!!!」
涙を吹き飛ばすような裂帛の気合とともに足を跳ね上げる。巴投げだ。
ぬいぐるみのように軽々と投げ飛ばされてしまうヒロシ。
「わあぁぁぁぁーっ!?!?」
少年は情けない悲鳴をあげながら宙を舞い、窓の外へと消えていった。




