29 女教師はまっしぐら
二時限目になった。チャイムと同時にやってきた教師は教壇に立つなり「1時限目は自習とします!」と高らかに宣言した。
教壇にプリントの山をドサッと置いたあと、ヒロシの元へとツカツカと歩いていき「田中ヒロシくん、キミに個別授業を行います。生徒指導室に来なさい!」と腕を引っ張ってきた。
しかしマリーが「先生! テンプレ騎士への個人指導は校長の許可が必要なはずです! 許可は得てるんですか?」と毅然と立ちはだかって助けてくれた。
「……マリーは見た目はアホみたいやけど面倒見はええからな。ブツブツ言うとったけど言いつけ通り、ヒロシのフォローはちゃんとやっとるようやな。あ、中身はホンマモンのアホやからその点だけは気ぃつけんとかんとな」
窓際に寝そべってその様子を見ていた妖精は、褒めてるんだかけなしてるんだかわからないコメントをした。
外見がアホみたいで中身が本物のアホなんだったら、要はただのアホなんじゃないか……とヒロシは思った。
マリーに注意された教師は怒って出ていってしまったので2時限目も結局自習となってしまった。
生徒の自習用のプリントが教壇に残されていたので、折角だからこれをやりましょうと保健委員の女の子が提案した。
テキパキとまとめたプリントを一番前の席の生徒たちに配る保健委員の女の子。
ストレートの髪を二つ結びにした彼女がどうやらこのクラスのリーダーのようだった。
プリントは前の席から順次回ってきた。
ヒロシの前の席に座っているのは、黒いローブをかぶった女の子だった。
「ど、どうぞ……」
ヒロシの方を向いたその子はフードをより深く被って顔が見えないようにし、ローブの袖からギリギリ指先だけ出してプリントをよこしてきた。
「あ、ありがとう」
不発弾に触れるかのように、おそるおそる接してくる彼女。
ヒロシはなるべく脅かさないように、そっとプリントを受け取った。
プリントを解いているうちに二時限目が終わった。
出ていった教師は結局帰ってはこなかった。
次は三時限目だが、このままでは学級崩壊してしまうと危惧した保健委員の女の子が中休みを利用して校長に相談し、授業を参観してもらうことにした。
校長が見ていれば教師陣も暴走しないであろう……という狙いである。
ヒロシの教室にやって来たスジリエは後ろにある連絡板に「授業中はテンプレ騎士様を特別扱いせず、他の生徒と同じように接し、普段どおりの授業をお願いいたします」としたためた。
三時限目のチャイムが鳴った瞬間、『ヒロシ命』と書かれた刺繍やヒロシの似顔絵のアップリケを大量に縫い付けた特攻服の女性が飛び込んできた。
「ヒロシ様、ヒロシ様はっ!? あっ! いた!」
ヒロシを見つけるなり正座で滑り込んできて、そのままひれ伏した。
「先生っ! テンプレ騎士への土下座は校則で禁止されています!」と保険委員の女の子がたしなめると、
「私は先生だし、今は授業中だからいいんでぇ~すっ!」
と悪びれる様子もなく言い放ち、ひたすら額を床にこすりつけ「ああ、尊い……」と祈りを続けていた。
こ……こんな人が教師!? まさかそんな……!? とヒロシは世も末のような感情を抱いていると、
「……あの、先生、授業をなさってください」
スジリエが静かに声をかけてきた。
「いいえ! 今日の授業は四十五分、みっちりヒロシ様へ祈りを捧げる時間……『ヒロシーン』の時間とします! みんな席を後ろに下げて、ヒロシ様が座る臨時の台座を作って……あ、いや、生徒たちを人間ピラミッドにして、その上に座っていただくほうが…………ひいいいいっ!? こっ、校長っ!?!?」
最初は気づかずひとり盛り上がっていたが、スジリエの姿を認めた瞬間、狂信者の格好をした女教師はムンクのような叫びをあげた。
「……授業をなさってくださいね?」
スジリエは連絡板の文字を手で示しながら、二度目の声がけをする。
穏やかな笑顔を浮かべてはいたが、その声色には独特の凄みのようなものを感じさせた。
「はっ、はひっ! 直ちにっ!!」
引きつる声で返事をした教師はすぐさま黒板のほうに駆けていき、特攻服を脱いで教壇の下に押し込んだ。
「オホン! えーっと、それでは授業を始めます!」
三時限目にしてようやく、ヒロシはこの世界での授業を受けることができた。
教科書とノートは机の中に入っていたので、それを使った。
授業は数学で、ヒロシがかつての世界で受けていたのと内容は大差なかった。
先生がさっきまでサタニストのようだったので不安だったが教え方もわかりやすかった。
ヒロシは頭がいいほうではなかったが、計算は嫌いではなかったので数学はわりと好きだった。逆に記憶する教科はあまり得意ではなかった。
四時限目の授業は『現代日本風俗』。ヒロシのかつて住んでいた世界について学ぶ内容だった。
やって来た先生はかなり緊張していて、ロボットのようにギクシャクとしていた。それでもスジリエ効果があったのか、暴走することなく授業が始まった。
この授業は人気が高いようで、生徒は皆真剣に教師の言葉に耳を傾け、問題を出されると全員挙手していた。隣のマリーも例外ではなかった。
ヒロシはなんとなくだがギャルは勉学に対して真面目ではない印象を持っていた。
前世でヒロシの席の近くにいたギャルたちは授業はほとんど聞かず、ずっとスマホやネイルをいじっているか、おしゃべりしているかのどちらかだった。
マリーはギャルの親玉みたいな格好をしているが、初めて学校にあがった小学生のようにイキイキと授業に参加していた。
とはいえ科目の好き嫌いは激しいようで、授業によって態度の違いがハッキリしているようだった。
この授業のように好きな科目のときはしっぽを振りながら前のめりになって受けているのだが、前の授業の数学は大嫌いだったようで、チャイムが鳴った途端ずっと白目を剥いていた。教師の暴走により、ひと騒動あったにもかかわらず大人しかったのもそのせいだ。
「外人四コマみたいなテンションの差やろ」
窓際のミームが、マリーの横顔を見ていたヒロシの心を読んだかのように言った。
「はい、はい、はーいっ! キャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクマシマシですっ!!」
手を挙げたマリーが呪文のような言葉をスラスラと答える。
「おおっ、正解です! すごい! この難しい問題を解いたマリーさんに拍手を!」
どうやら店でのオーダーの仕方の問題のようだった。
なにか他の店が混ざっているような気がしないでもないが、ヒロシは特に突っ込まなかった。
クラスじゅうの拍手を受けてマリーはフフン、とわかりやすいドヤ顔をヒロシに向けてきた。
「すごいでしょ~?」
「……うん、すごいね」
「でっしょー? ならもっとホメなさいよ」
鼻高々な様子でなぜか頭を寄せてくるマリー。
もしかして頭を撫でてほしいのかな……? と思ったヒロシが手を伸ばしたが、警戒するようにサッと身を引かれた。
「……一応言っとくけど触っていいのは頭だけだからね! 変なトコ触ったら窓から叩き出すわよ!」
「え……あ、うん」
ヒロシが返事をすると頭を再び寄せてきたので、おそるおそる手を乗せてみる。
マリーの金糸のような髪は見た目の美しさだけでなく、肌触りも最高だった。
シルクのような感触で、触れるとふわっとシャンプーの芳香が弾む。
ヒロシは中庭で嗅いだバラの匂いに幸せな気分になったが、マリーの髪の香りには胸が高鳴った。近くにいるので艶めかしい肌の匂いも合わさってきて、抱きしめたくなるようないい香りがする……!
いつまでも触っていたいような心地よい感触と、鼻孔を幸せにくすぐる芳香……。
こんなに可愛い女の子の髪に触れているという事実も相俟って、鼓動がドコンドコンと身体の内側から響き、身体が打ち震えた。
緊張しながらもゆっくりと手を動かし、サラサラの髪を撫で付けると、
「えへへへ」
マリーは主人に愛された忠犬のように、嬉しそうに目を細めた。




