26 強制マーキング装置
キャンパスにいた女生徒たちが集まり整列し、少年の登校を歓迎する。
園児から大学生、幅広い年齢層と様々な制服に身を包んだ乙女たち。その穢れなき澄んだ瞳が一斉にヒロシに向けられている。
大勢に注目されて背中をむずむず震わせる少年。
昨日の式典と同じ慣れない感覚。さっさと進んでいくマリーの後をついて乙女ロードに足を踏み入れると、春の花畑のような香りが鼻孔をついた。
満開に咲き乱れる女の子の花畑からムンムンと漂ってくる、男を惑わす甘い芳香。女慣れしていないヒロシには刺激が強く、食中植物に引き寄せられる昆虫のようにあっちへフラフラこっちへフラフラしてしまった。
「あ、そういえばスジリエが呼んどったで。……ってダンナ、なんかサウナで意地の張り合いしてるみたいにノボせとるけど大丈夫かいな」
「そうね、ヒロシに会いたいそうだから教室行く前に校長室に行くわよ。……なにアンタ、ボーッとしてんの」
肩のミームに頬をつままれ隣のマリーからヒジで突かれてようやく我に返るヒロシ。
正面玄関で学年の違うツキカとベルと三人娘と分かれ、マリーとミームに連れられ校長室へと向かった。
「校長、マリーよ。ヒロシを連れてきたわ、入るわよ?」
ノックの返事を待って校長室の扉を開けると、スジリエは窓辺にある花壇の手入れをしている最中だった。その手を休め、ヒロシたちを迎える。
「おはようございますヒロシ様。式典とクエストお疲れ様でした。お身体のほうは大丈夫ですか?」
「う、うん……なんともないよ」
ヒロシが恐る恐る答えると、スジリエは「それはよかったです」と花のように微笑んでくれた。
昨日のスジリエは怒っていたのか、口調は丁寧だけどロボットみたいに冷たい反応だった。今日もそうなんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだが、機嫌を直してくれたようだとヒロシは安心する。
しかしスジリエは表情とは裏腹に、心の中はヒロシのことで一杯になっていた。
どんどん膨らみつつあるこの気持ち。しかし立場上表に出すわけにはいかない。
ライト・ノーヴルを代表するひとりである自分がなりふりかまわずヒロシに迫ったら、秩序は崩壊する。
私利私欲に走ってしまってはいけない。為政者は常に信実かつ公平でなくてはならないという自身の信念が自縄自縛のように少女を苦しめていた。
想い人が無自覚なのは自分に対して焦らしているのだ……と思うことでかろうじて平静を保っているような心理状態であった。
「……今日からは普通の学園生活になります。学生であるヒロシ様が本分である学業に励めるよう、設備は整えてあります」
封じ込めた想いをおくびにも漏らさず、校長という立場で説明を始めるスジリエ。
「それに伴いヒロシ様が従者を増やせるように、学園側からもバックアップさせていただきますので、困ったことがあったら何でもおっしゃってくださいね」
「ようはこの学園で気に入ったのがおったらどんどん従者にしてまえばええんや! そしたら従者カードも増えて、戦いも楽になるやで!」
ヒロシの肩に座っていたミームが拳を振りかざし、けしかけるように叫んだ。
「……従者にできる条件って何なの?」
ヒロシは耳元で叫ぶ妖精の大声から逃れるように首を傾けながら尋ねる。
従者が多いほうが呼び出せる仲間も増え、戦力アップに繋がるということは先の戦いで理解した。
そしていろいろあったが現時点ではマリー、ツキカ、ベル、ロート、グリュー、ブラウの6人が従者になっている。
しかし……何がきっかけで従者になったのかは未だに掴めていない。
「従者の条件はわたくしどもにもわかりません。古文書によると歴代のテンプレ騎士はそれぞれ異なる方法で従者を得ていたようです」
「そうなんだ……」
校長ならなにか知っているかと思ったが、空振りに終わった。
しかしスジリエは「でも、ご安心ください」と言葉を続ける。
「昨日できたばかりのこちらを使えばその問題もなくなります」
静々と書斎机に移動するスジリエ。幼い少女が使うには似つかわしくない重厚な机の引き出しから宝石入れのような小箱を取り出すと、机の上に置く。
そして小箱の上蓋を開き、中からテレビのリモコンくらいの大きさをした紫色の布包みを手に乗せた。
「どうぞ」
戻ってきたスジリエはうやうやしく、両手を添えてその物体を差し出す。
見た目は重くはなさそうだったが大事そうなものだったのでヒロシも両手で慎重に受け取る。
紫の包みを解いてみると、銀色のカタマリが現れた。
「……これは、なに?」
ツヤ消しの金属のブロックに、伸縮式の棒がついている。
形だけでいえば柄のところが伸び縮みする毛のないデッキブラシのような風体だ。
「テンプレ騎士様のための研究所が開発した『服従の焼印』です」
「焼印!?」
物騒な言葉が飛び出してきて驚くヒロシ。「はい」とあっさり頷くスジリエ。
「これを従者にしたい女性の肌に押し当てるとヒロシ様の印がつけられ、強制的に従者にすることができます」
金属ブロックをよく見てみると確かに「ヒロシ命」の鏡文字が彫り込まれていた。
ヒロシと一緒に文字を覗き込んでいたマリーが口を開く。
「これって印を加熱する必要がなくて、当てるだけで焼き付けられる魔法の焼印よね? 熱くないの?」
「いいえ、普通の焼印よりずっと熱いそうです」
スジリエは事も無げに言いながら首を左右に振った。
ヒロシは焼印の実物を見るのは初めてだった。映画とかに出てくるのは見たことがあるが、押された人間は悲鳴をあげていて、すごい熱そうだなと思っていた。しかもそれよりずっと熱いだなんて……押された人はどうなっちゃうんだろう、と表情を曇らせる。
「あっ、ヒロシ様、縦に押した場合は縦書きに、横に押した場合はちゃんと横書きになるそうですので押印する向きは気にしなくてよいそうです」
ヒロシの表情がすぐれないことを悟った姫は見当違いの説明を付け加えた。
「そ、そう……」
そんなことは気にもしていなかったヒロシは返事をするだけで精一杯だった。
「ご心配でしたらお試しになりますか? わたくしでよろしければ……」
引いていくヒロシを追うように申し出るスジリエ。
恋する乙女のように高鳴りはじめた胸に手を当て、瞳の奥には期待するような輝きをほのかに宿している。
「い、いい、いい。遠慮しとく。僕は自力で従者にする方法を探してみるよ」
しかし焼印は試用されるどころか受け取られもせずスジリエの手に戻ってきてしまった。
「……そうですか。わかりました。必要になりましたらいつでもおっしゃってくださいね」
それでも落胆する様子はなかった。転んでさしのべた手を取らず、自分の力で立ち上がろうとする子供を見守る母のような微笑を浮かべるスジリエ。
「では、そろそろ授業が始まりますので、マリーさん、ヒロシ様を教室までご案内していただけますか?」
「オッケー、行くわよヒロシ」
マリーの先導で校長室をあとにするヒロシ。微笑みを崩さず見送っていたスジリエだったが、扉が閉まった瞬間崩れ落ちた。
ゴトリと音を立てて床に転がる『従者の焼印』を恨めしそうに見つめる。
「これさえあれば……これさえあれば、ヒロシ様の従者にしていただける筈ではなかったの……!?」
ひとり、自問自答する。
昨日の夜はひと晩じゅう寝室で『服従の焼印』を身体に押し当てていた。
『服従の焼印』はテンプレ騎士が使わないと効果を発揮しない。
ひんやりした金属を肌のいたるところで感じながら悶々としていたのだ。
想像ではヒロシは焼印を受け取った途端、獣のように豹変してスジリエの服を引き裂き、裸に剥いたあと焼印の切っ先を突きつけて、
「手始めにお前に俺の印をつけてやる……永遠に消えぬ隷属の証をな。せめてもの情けだ、身体のどこに押されたいか選ばせてやる。この印が付いたが最後、お前は一切の自由を奪われる。すなわち……これがお前にできる生涯最後の選択だ!」
裸身を手で隠して震える少女に、ヒロシは一片の容赦もない瞳で宣告する。
スジリエは迷っていた。どこに押印していただくべきか。
ヒロシの所有物になったことを広く知らしめることができる額か、印を確認するたびに羞恥に晒される下腹部か……。
「ヒロシ様……ああ、ヒロシ様……っ」
昨晩の妄想の続きに浸り始める少女。
美しいドレスが汚れるのもいとわず、床上でもがきはじめた。




