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25 最高のものを口にしよう

 口にちょうど嵌りこんだそれは、まわりは柔らかいけど芯は固いような気持ちの悪い舌触りだった。しょっぱくて渋苦いような嫌な味覚が口いっぱいに広がる。

 もちろん少女にとっては口に含むのは初めてばかりか、目にするのも初めてのモノだ。


 我に返ったマリーは世紀末を迎えたような絶叫とともに、持ち主の股間めがけてスレッジハンマーを叩きこむ。少年は目の前で家族を殺されてしまったかのような悲痛な叫びをあげ、かつてないほどに悶絶した。


 それからマリーは蛇口に飛びつき何度もうがいをした。

 その背中はただならぬ雰囲気……嵐の前のような静けさを感じさせ、ヒロシと三人娘はこっそりと逃げようとしたが「ちょっとそこに座りなさい」と出口付近で呼び止められてしまった。


 浴場の固い床に4人を正座させると、ヒロシの手足の拘束はそのままで、マリーは青筋を立てながら説教をはじめた。


 世の中にはやっていいことと悪いことがあること、女の子の唇というのは肉体的にも精神的にもとても尊いものであるということ。

 ファーストキスとセカンドキスが事故によるものという好ましくないものだったので、せめてサードキスくらいにはまともな状況で……と内なる目標にしていたのによりによって考えうる最悪のキスになってしまったこと。


 ヒロシと三人娘は全裸待機で肩を縮こませながら黙って聞いていた。頭にはお揃いの大きなたんこぶ。

 マリーの小言は「そろそろ朝ごはんにしないと遅刻しちゃいますよ~」とツキカが呼びにきてくれるまで続いた。


 マリーは去り際、三人娘に渡すつもりだった自前のリムーバーの瓶を投げ渡した。

 それを使ってヒロシの顔を拭くと口紅跡はあっさりと落ちた。


 「世の中には便利なものがあるもんだ」と三人娘は感心する。三人ともまだメイクをしたことがないので口紅の落とし方を知らなかったのだ。


 ようやくキスマークから解放されたヒロシは着衣を身につけ、三人娘に案内されて食堂へと向かった。


 食堂は何百人という人が利用できそうな広さで、ちょっとしたホールのようだった。長いテーブルと椅子がいくつも並んでいる。

 ガランとして人気はなかったが、真ん中にあるテーブルだけには料理が並んでおり、マリーとツキカの姿が見えた。ふたりともすでに着席していたので空いている席に向かった。


 マリーとツキカは対面で座っていて、その隣はどちらも空いていた。

 ヒロシはどちらに座ろうか迷ったがツキカから「ヒロシちゃんはそこに座ってね」とテーブルの端を勧められた。いわゆる『お誕生日席』というやつだ。


 ちょっと恥ずかしかったがツキカが言うなら、とヒロシはその席に座る。

 少年の左手には手前からブラウ、グリュー、ツキカ。右手にロート、マリー、

ベル。

 ミームはヒロシと対面する形でテーブル上に人形用の机と椅子を置いてそこに着席していた。ヒロシたちと同じ朝食メニューを極小サイズにしたものが卓上に並んでいる。


「みんな揃ったから頂きましょうか、じゃあ、お手々のシワとシワをあわせてぇ、はぁい、いただきま~す」


 子供たちに接するようなツキカに促されて「いただきまーす」と挨拶してから食事とあいなった。

 少年はいつも朝食を食べなかったので新鮮だ。しかもこんな賑やかな食卓は生まれて初めてだった。


 メニューはパンを丸く成形したサンドイッチと、フライドポテトと黒いドリンクとスープにサラダにヨーグルト。


「なんか、変わったサンドイッチね」


 レタスととチーズとハンバーグが挟んである丸いパンに豪快にかぶりつくマリー。

 

「戦闘妖精さんたちが調べてくれたヒロシちゃんの好物、はんばーがー、という食べ物を作ってみたの。ヒロシちゃん、どうかしら?」


 マリーの言うとおり変わったサンドイッチだとは思っていたが、ハンバーガーを意識したものだと説明されてようやくヒロシは気づいた。

 普段食べているハンバーガーとは全然違うが、味は美味しい。ツキカの手作りだと思うと尚更だ。


「あ、はいっ、おいしいです。えっと、あの、とっても」


 ヒロシはこの料理に対して最大級の賛辞を送りたいと思考をめぐらせてみたが、それだけしか言えない自分の語彙のなさに内心歯噛みをした。そもそも料理の感想を求められるなんて彼の人生で一度もなかったことだから無理もない。


「そう、よかったぁ」


 飾り気のない少年の言葉ではあったが通じたようで、ツキカはホッとしたように微笑んだ。


「戦闘妖精たちが命がけでマタドナルドの厨房に潜入して、作るところを見てきたんやで」


 バーガーをめいっぱい頬張り、リスみたいに頬を膨らませたミームが教えてくれた。


 マタドナルドは闘牛士のイメージキャラで有名なビーフハンバーグのファーストフード店だ。

 ヒロシが一番よく行っていたバーガーショップでもある。


「わぁ~っ! ついにお店の見た目だけじゃなくて料理も再現できるようになったんだ!? しかもそれを一番に食べれるなんて!! 最っ高ぉ~!! みんなに自慢できるうぅぅ~んん~美味しいしぃ~!!」


 バーガーをひと口食べた瞬間、昇天しそうなほど身体を震わせるロート。


「このドリンク、シュワシュワしてる……シュワシュワ、シュワシュワ」


 擬似コーラの炭酸がはじけるのにあわせて擬音を口にするブラウ。


「うふふ、みんなで放課後マタドナルド行ってたもんね」


 はしゃぐロートとブラウを微笑ましく見つめるグリュー。


 レッドライディングことベルは特に感想なく、もそもそとバーガーをかじっていた。たまにヒロシのほうをチラリ見て、目が合うと恥ずかしそうに顔を伏せていた。



 一同は楽しい朝食を終えると、学校に行くため揃って寮を出た。


 外にはレッドライディングの相棒だった白狼ミルクが行儀よくお座りして待っていた。

 大柄な虎みたいなその姿にヒロシはまた身構えそうになったが、人なつっこく頬をペロンと舐められてミルクもまた浄化されていることを理解した。


 ヒロシの肩にはミーム、隣にはマリーと目隠れ三人娘、しんがりにはミルクを連れたベルとツキカ。


 天気のよい青空と、気持ちのよい風に道すがらにある花壇の草花たちは手を振るように揺れている。

 まわりには両手に花どころか抱えるほどの花たち。しかもみな無視をすることもなく話しかけてきてくれる……! それだけで通学路は光り輝いて見えた。


 昨日は死にかけたけど、がんばってよかった……なんとかなってよかった。

 テンプレ騎士(ナイト)になって、本当によかった……! と幾重にも重なった喜びを噛み締める。


「そういばヒロシ、昨日は大変だったのよ」


 と浴室での出来事はすでに吹っ切れたのか、いつもの調子でマリーがレッドライディングを倒した後のことを教えてくれた。 


 ヒロシが最後の一撃を放って倒れたあとレッドライディングは完全に浄化され、クエスト成功となったらしい。


 本来はクエストが終了するとテンプレ騎士(ナイト)従者(スレイブ)をカードに戻し、帰還要請を出す。

 合図を受けた有翼人が地上まで行ってテンプレ騎士(ナイト)をライト・ノーヴルまで引き揚げてくれる……という仕組みになっている。

 だが今回はヒロシが気絶してしまったので緊急措置がとられたそうだ。


 すぐさまグレイプ、パイン、チェイリーが空から駆けつけてくれて、順番に引き上げてくれたらしい。


 テンプレ騎士(ナイト)が地上で戦っている間は巨大望遠鏡で常に観察されており、必要に応じてフォローを行ってくれるとのこと。

 マリーとツキカが従者(スレイブ)カードによって召喚された際、全裸だったときに着るものと装備が降ってきたのもその一環だ。


「アンタが従者(スレイブ)をカードに戻しちゃえば引き上げるのはひとりでよかったのに、それができなかったからグレイプたちは何度も往復してひとりづつ引き揚げてくれたのよ」


「そうなんだ……」


 話を聞き終えたヒロシは、後でグレイプさんたちにお礼を言っておこう……と思った。


「あ、そうだ……あと僕を着替えさせてくれたのは誰だかわかる?」


 もうひとつ気になっていたことを尋ねる。


 気絶したときは学校の制服だったけど、目覚めたときにはパジャマだった。

 ということは、誰かが着替えさせてくれたということだ。


 パンツまで新しいものになっていたので一体誰がやってくれたんだろうとヒロシは気が気ではなかった。

 ツキカが小さく手をあげて「はぁい、私がお着替えさせてあげました。クスッ、かわいかったですよぉ」なんて言われたらどうしようとドギマギしながら答えを待つ。


「さあ? 真っ先にアンタが引き揚げられて、待機してたテンプレ騎士(ナイト)専属のナース軍団が連れてったらしいからわからないわ。彼女たちがやってくれたんじゃない?」


 マリーはさして興味なさそうに答えていたが、途中で質問の意図に気づいたようだった。


「……まさかアンタ、ハダカを見られたのを気にしてんじゃないでしょうね? 必要でもなんでもないのに勝手に3回も人のハダカ見といて、自分のハダカは誰が見たか気になるなんて言うつもりじゃないでしょうね?」


「あうっ、い、いや……あの、着替えさせてくれたお礼を言っておこうかと思って」


「フン、まあいいわ。もう学校だけど、あんまり変なことするんじゃないわよ? ……わ・か・っ・た?」


 マリーはいきなりヒロシの首に手を回してヘッドロックするように引き寄せると、ヒロシの頬肉をつまんでムニムニと引っ張りながら噛んで含めた。ヒロシは女の子とこういうスキンシップをするのは初めてだったと、突然の胸の感触にびっくりして、震えるように何度も頷いた。


 ヒロシ一行が校門をくぐると、まわりの女生徒たちの視線が一斉に集まった。ウワサがウワサを呼び、校舎はハチの巣をつついたような大騒ぎになる。

 あっという間に窓からたくさんの女生徒が顔を出し、キャンパスにいた女生徒たちは花道を作った。


 ……多難を予感させる、少年の学園生活が始まろうとしていた。






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