02 半額になった牝犬
突如乱入してきた女子高生ギャル……マリーブラッド・ハーレークイーン……!!
またの名を……無双の牝犬姫!!
かつてヒロシが通っていた学校にもギャル系の女生徒はいた。だがこんなに可愛くてスタイルがいいのはどこにもいなかった。
そんじょそこらのとはモノが違う。モデルとか芸能人って言われても納得いくような輝きを放っている。
溢れる若さと美貌。そしてそれを自覚しているかのような自身に満ちたオーラ。
派手なメイクに露出狂のような格好……さらにはスーパーの割引シール……!!
自分とはあまりに住む世界が違いすぎる……!! 例えるなら、日本とブラジルくらい離れている……!!
ヒロシは側にいるだけだというのに、すっかり畏縮していた。
「なにしてんねんヒロシ! ボサッとしとらんとあのメス犬をこましたらんかい! 死体蹴りは10回までなら見て見ぬフリしたるでぇ!」
ガラの悪い妖精の言葉にヒロシはハッとなる。
「え……? ま、まさか、目の前の戦いって……あの子と!?」
しかし妖精は問いには答えず、今度はマリーに絡みだした。
「やいやいマリー! お前のくそみそテクニックに手ェ突っ込んで奥歯ウホウホいわしたるからな! ……ここにいるヒロシが!」
意味不明の挑発。しかしマリーには通じたようで、顔つきがいっそう険しくなっていく。
目尻が釣り上がり、濃いアイシャドウと長いエクステに彩られた瞳がハンパない眼力を帯びた。
「フン! 大した自信ね……でも、ま、テンプレ騎士相手にリミッター10%オフってわけにはいかないから……」
ヒロシを睨みつけたまま、無双の牝犬姫の二つ名をもつ少女は腹部にある「10% OFF」の値引きシールに手をかけた。
ヘビに睨まれたカエル状態のヒロシであったが、シールの存在はずっと気になっていたのですぐに目を奪われた。
マリーはラメの入ったネイルを爪立てシールの端をつまみ、ゆっくり、ゆっくりとめくりはじめた。
シールの下にあるのはヘソだと思うが、もったいつけるようなその動作はなんだかいかがわしいことをしているようにも見えなくもなかった。
ペリッ……!
粘着が引き剥がされる音とともに「10% OFF」のシールはマリーの身体から離れた。
その下から現れたのは……ヒロシの予想に反した「20% OFF」のシールだった。
……どうやら重ね貼りをしているらしかった。
マリーはすぐさまもう一枚剥がす。「30% OFF」になった。
まるで彼女の身体がどんどんディスカウントされていっているようだ……と喉を鳴らすヒロシ。
そしてさらに二枚ほど剥がして、とうとう彼女は半額になってしまった。
「リミッター50%オフでいくわ!!」
マリーが高らかに宣言すると、観客席が大きくどよめいた。
「マリーさんが50%オフだなんて……!」
「いままでは40%オフが最大だったのに……初めて見たわ!」
「これはいくらテンプレ騎士様でもお辛いのでは……」
反応からすると、どうやらかなり凄いことのようだ。
剥がしたシールは投げ捨てるのかと思ったが、張り出したブラウスの胸ポケットにきちんとしまっていた。
「フフフ、このぶっといので……」
その後、不敵に笑うマリーは肩越しに何かを掴むような動作をする。しかし何もないので手は空を切るばかりであった。
不思議そうに首を捻る。「あ」と何かを思い出したような声をあげると、先ほど彼女が飛び出してきた客席の方角に向かって猛然と走り出した。
校庭と客席を仕切るフェンスによじ昇って腹這いになると、空いた客席に立てかけてある剣を取ろうともがきはじめる。
「おーいマリー! パンツ見えとるで~!」
「見るから見えんのよっ!!」
穴に嵌ったみたいに両手両足をバタつかせるマリー。その滑稽な姿をからかう妖精。
「おい見てみ、見てみってヒロシ! モグ波みたいなデカケツやで!」
ヒロシは見ないようにと顔を背けていたが、妖精は赤く染まった耳を引っ張ってそそのかす。
結局マリーは剣を隣の客席の人に取ってもらい、ヒロシの前にズカズカと戻ってきた。
痴態を晒してまで取りに行ったのは……彼女愛用のエモノであった。
ゆっくりと引き抜かれたそれは、使い手の身の丈ほどもある長大な太刀であった。
女の子が使うには重そうな外見であったが、マリーは両手でしっかりと支えている。
持ち手の下のところにはストラップ状のマスコットがぶら下げられていた。
「このぶっといので……昇天させてあげる!」
野太いモノがヒロシに突きつけられる。太陽の光を受け切っ先がギラリと光った。
「えっ」
不意にマスコットが大きくスウィングした。マリーは素早い踏み込みとともに剣を振りかぶる。
呆気に取られたままのヒロシ。
「せいやぁぁぁーーーっ!!」
「わあっ!?」
問答無用、突然の袈裟斬りだった。
観客はひと太刀で決まったと息を呑んだが、ヒロシは間一髪で半身をずらしてかわしていた。返す刀が続けざまに襲ってきたがギリギリで回避する。
「くっ!?」
呻くマリー。完全に決まったはずなのに手応えがなかった。
二撃ともかわされたのはただの偶然だと思い、追撃の手を緩めずさらに連撃する。
グォングォンと風鳴り音をたてて襲い来る刃を、ヒロシは紙一重でかわし続けた。
ただただ怯える少年は、マリーにとっては練習用のカカシに打ち込むようなものだった。
しかし……まるで実体がないかのようにカスリもしない……!!
太刀筋は首の皮一枚ほどの寸前まで相手の身体を捉えている。
幼いころから剣を振るっていた彼女にとって、もはや両断以外は考えられないほどの必殺確定距離だ。
そのはずなのに……切っ先が触れるか触れないかくらいの惜しい距離に瞬時に逃げられ、空振りに終わる。
「マリーさんの攻撃がかすりもしないだなんて!」
「さすがテンプレ騎士様っ!」
「すごーい! がんばれーっ!」
観客たちにとってそれは曲芸のように映り、次第に歓声が沸き起こりはじめる。
「なにコイツ、超ウザイっ!」
マリーの太刀筋に焦りが見え始める。
相手は一切抵抗してこないので打ち込み放題。スキができても反撃を受けることはない。しかしそれがかえって焦燥感を駆り立てる。
こんな相手にいつまでも遊んで……いや、遊ばれるわけにはいかないと……!!
ヒロシはドッヂボールを得意としていた。
生まれながらに動体視力と反射神経に恵まれておりどんなボールでもかわすことができたからだ。
しかし誰も当てられないうえに、ひとり残ってもキャッチしないので彼とドッヂボールをやると面白くないという評判が立ち孤立してしまった経験がある。
少年は最初は無我夢中で攻撃をかわしていたが、続くギリギリの感覚にかつてのドッヂボール最盛期を思い出していた。
四方から飛び交う複数のボールを相手に大立ち回りを繰り広げていたときと同じ興奮が、チリチリと胸の内に小さな火花を散らす。
今自分が浴びているのはボールよりも数倍の速さを持ち、当たればアウトでは済まない危険なモノだ。
しかし……軌跡を見切り、直前まで引きつけ、最小限の動きで無害化させた喜びも数倍となる……!!
空を切る太刀が起こす涼風を感じるたび、少年の心を包むキョロ充の殻にヒビが入っていった。そして幼い頃の性根が殻を突き破り、腕白だった片鱗を覗かせはじめた。
「いつまでやってんねんヒロシ! さっさと反撃せんかいっ!」
上空から妖精の突っ込みが入る。
「腰や! 腰の剣を使うんや!」
「えっ!?」
めくるめく事態の連続にヒロシはいま自分がどんな格好をしているのか認識できていなかった。ワイシャツの袖をまくってテンプレ騎士の証を見たっきりで、下半身にまで注意が及んでいなかったのだ。
あわてて視線を落とすと、学生ズボンにガンマンのような太い腰ベルトが巻かれていた。左の側面には妖精の言うとおり、一振りの剣が差し込まれていた。
「これは一体……!?」
「なんでもええからさっさと抜かんかいっ!」
怒鳴られてヒロシは半ばヤケ気味に柄を掴み、引き抜いた。
鞘に入っていたかと思ったが鞘ごと抜ける。マリーのものと比べるとだいぶ小ぶりなそれは構えると鞘が変形し、セラミックのような白い刀身が現れた。直刀で、先端は尖ってなくて丸っこい。
「それが……魔剣『ディスアーム』! テンプレ騎士だけが使える武器やで! ソイツを使って戦うんや!」
「で、でもっ、こんなの当てたらケガしちゃうよっ!?」
「そんなこと言うとる場合かっ!」
「だ、ダメだよ! 女の子を傷つけるなんて絶対ダメだよっ!!」
ヒロシはとんでもないとばかりに首をブンブンと振る。間違って当たらないように刀身をマリーから遠ざける。
「なんでやねんっ!? ええい、邪魔くさいやっちゃなぁ! ディスアームは不殺の剣や! だから気にせずぶった斬れや! でなきゃ、この戦いは終わらんでぇっ!」
「不殺っていってもケガは……」「ケガもせんわ!!」
不安そうなヒロシの言葉はかぶせ気味に否定された。
「ムカつくーっ!! ナメんじゃないわよっ!!」
手加減されていると感じたマリーは怒りに任せて剣をブン回しはじめた。
「ほらっ、斬らんかいっ! 斬れっ、斬れっ!! さっさと斬ったらんかーいっ!!!」
ヒロシの背後に回り、小さな身体で背中を押す妖精。
「ムカつくっ! ムカつくっ!! ムカツクムカツクムカつくーっ!!!」
前からは扇風機のような高速剣。
「ううっ……!!」
それでも躊躇するヒロシ。女の子に手をあげるのは禁忌であるかのように踏みとどまっている。
ついにマリーの剣の切っ先が頬をかすめた。一筋の赤い線はパックリと割れ、じわりと血が滲み出た。
こ、このままじゃ……やられる!?
一度死んで助けられたっていうのに……一時間とたたずにまた死ぬ……!?
わけのわからないこの状況は嫌だけど……二度も死ぬのはもっと嫌だっ……!!
自分の身体から流れ出るものを感じて、頑なだったヒロシはついに突き動かされた。
「ご……ごめんっ!!」
大振りのスキを伺い、ディスアームを軽く横にひと振りする。
白いブレードがマリーの二の腕に触れたが、肌を斬りつける手応えは感じられなかった。
刃先がマリーの身体を突き抜け背中から飛び出しているのに、まるで手品のように何の感触もなく通り過ぎていく。
刀身が双丘にさしかかると、皿にあけられたプリンのようにプルンと波打った。
そのまま弄ばれるように揺れ続け、最後は熟練の痴漢のようなさりげなさで少女の身体を通り過ぎていった。
ズバァーーーーーーーーンッ!!!
刹那、半額シール以外のマリーブラッドの着衣が、破裂するような音とともにバラバラに弾け飛ぶ。
振り回していた太刀もふっ飛ばされ、クルクルと回転しながら弧を描き、遠くの地面に突き刺さった。
「…………!?」
ヘソ以外の肌を白日の元に晒してしまった無双の牝犬姫。
何が起こったのかわかない様子で、目を白黒させている。
「キャアーッ!?!?」
ようやく状況が理解できたのか悲鳴とともにしゃがみこもうとする。
が、ヒロシも隠してあげようと動き出したところだった。
「だ、大丈夫っ!? わあっ!?」
少年は焦って飛び出したせいで前のめりにつまづいてしまう。
「あんっ!?」
そのまま少女に覆いかぶさり、もつれあった。倒れた衝撃にとっさに目をつぶってしまう。
不意に唇に触れる、しっとりとした柔らかいもの。
ほんのり甘くていい香りが鼻孔をくすぐる。
つきたてのおもちのようなものがむにゅっと胸のあたりに押し当てられている。
ああ……っ……こんな気持ちのいい感覚が一度に味わえるなんて……僕の身体は一体どうなっちゃったんだろう……もしかして……また死んじゃったのかな……でもこんなに気持ちいいなそれも悪くないかも……などと考えながら、ヒロシは素敵な目覚めを迎えたように瞼を開いた。
眼前には、見覚えのある大きな瞳。つい先ほどまで殺気をはらんで睨みつけていたはずのそれは、今は水を張ったようにウルウルと潤みきっていた。
「えっ!? あっ!? ご、ごめんっ!!」
驚いて顔を離したヒロシはドキリとなった。
腕の下には、顔を真っ赤っ赤にして震える涙目のマリーがいたからだ。
あんなに強気だったのが嘘のようなしおらしい反応……しかしそれも束の間、
「……バカーっ!!!」
絶叫とともに、飛んでくる握り拳。
ドキドキしていたせいかよけることもできずまともに眉間に受けてしまう。
グシャッという音がした。
少年はトラックに轢かれたときのように……高く宙へと舞い上がった。




