14 少年は二度死ぬ!?
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
長い筒のような穴をひたすら落ちていくヒロシ。
不意に視界が開け、パノラマの景色が広がる。
「うわあああっ!?!?!?」
筒を抜けると外だった。ライト・ノーヴルは天空の島なので、筒から外に放り出されたのだ。
全身に風を受け、少年の顔が歪む。
トラックに轢かれてこの世界に来たものの、まさかものの数日で強制飛び降り自殺させられるとは思いもよらなかった。
トラックのときは一瞬の出来事だったがいまはパラシュートのないスカイダイビングをしているようなもの。
ヒロシの頭の中にはいままでの人生の映像がフラッシュバックしていた。
これが走馬灯か……と妙に冷静になる。
この世界に来てからまだ二日しかたってないので内容は前の世界のものがほとんどだった。
……幼い頃は腕白だったなぁ。
いわゆるガキ大将ではなく、ガキ大将軍団と反目する存在だった。
弱い者いじめを見つけては乱入し、掴みかかってくる子分たちをおちょくり、翻弄した。
身体がでかいだけのガキ大将のパンチは止まって見えた。カウンター気味に足を引っ掛けて派手に転がしてやるのが得意技だった。
……今考えると、あの頃は結構いい線いってたかもしれない。
一匹狼を気取っていたので女の子と話すことはなかったけど。
あ、いや……幼馴染の女の子がいて、その子とだけは話したり、一緒に遊んだりした。
とはいえ彼女は男みたいな女の子で、僕も、周囲の人間も、男として接していた。
…………。
そう、アレがあるまでは……。
中学一年の入学式の……あの事件があるまでは……!!
……そこからの僕は、脇役に転落した。
活躍できるのは体育のドッヂボールの時ぐらいだったが、よけるばかりでウザがられて、やがてだれも相手にしてくれなくなった。
それでもみんなに気に入られるために努力してきた。
誘われなくても置いてきぼりにされてもヘラヘラと笑い、しがみついてきた。
失敗しないようにまわりの顔色を伺い、傷つきたくないから本気にもならない。
空気を読んだつもりになって、うわっつらだけの日々を送る。
誰も笑顔にできないピエロ……それが僕の人生だった……!
このファアリーランドは荒唐無稽な世界だけど、悪い世界じゃない……と思う。
少なくとも、パッとしなかった前の世界よりは……!!
わけのわからないことだらけだけど、少なくとも僕を必要としてくれている……!!
いや、僕が必要とされてるわけじゃない。テンプレ騎士が必要とされているだけだ。
でも……そんなこと構うもんか!
マリーが、ツキカさんが、女の子たちが笑顔をくれるなら……ピエロだってかまやしない!!
ここでの僕は、誰かを笑顔にできるピエロになれたんだ……!!
迫ってくる地面、あと数秒で激突というところで少年はもがいた。
「まだ死にたくないっ……これで終わるなんてイヤだっ!! 死にたくないよぉおおおおおおおおーっ!!!」
生まれて初めてハラの底から叫んだ気がした。
そしてついに……緑色の壁のような地面と、ヒロシの靴底が触れた。
足元を中心にドオンと衝撃波が起こる。
海から飛び上がったクジラが再び水しぶきをあげ着水するかのように、土ぼこりが高く舞い上がる。
足元の地面が重圧のあまりクレーターのようにすり鉢状に沈んだ。
それでも衝撃はおさまらず、周囲の地表を剥がしつつひび割れを作っていく。
隕石が落ちたような爆発音に、びっくりした鳥たちが木々から一斉に飛び立っていった。
「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
土煙の中から這い出た少年は激しくむせた。土を吸い込んでしまったせいで苦しさはあるものの、身体に異常はなくどこも痛くない。
「おーい、ちゃんと降りれたようやな~」
上空からミームのノンキな声が降ってくる。
着地したヒロシを追いかけてきたのだ。彼女は空を飛べるので死ぬような思いで降り立ったヒロシとは対照的に、ゆったりと空から降りてきていた。
「ど、どうして僕は……生きてるの……?」
這いつくばったままヒロシは尋ねる。
聞きたいことは相変わらずたくさんあったが、いの一番はそれだった。
「グレイプが言うとったやろ、落下耐性の魔法をかけたって。アレがかかっとると高いところから落ちても平気になるんやで。かけたのは足だけやから足以外のところから落ちるとダメやけどな」
三姉妹がヒロシのまわりでゴニョゴニョやってる最中、足元が光っていた。何をやっているのかと思ったがあれは魔法をかけていたのだ。
蓋を開け終えたあと長女はなにか言おうとしていた。手順を無視した妹たちから突き落とされたので聞けなかったけど、あれはたぶん魔法をかけたことを説明しようとしていたんだろう。
「……あの女の子たちはなんだったの?」
三姉妹の顔が苦虫となって浮かんできてヒロシは眉根を寄せる。
「あの姉妹はテンプレ騎士が地上と行き来するためのサポート役なんや、落下耐性の魔法をかけて穴から飛び込めば時間をかけずに地上に降りれるちゅう寸法やな。まさか突き落とすとは思わんかったけど」
そこまで聞いて少年はようやく、あの一連の殺人未遂は地上に降りるための儀式だということを理解した。
呼吸も落ち着いてきたのでヒロシは立ちあがり、身体についた土埃をはたき落とす。
見回してみるとまわりは薄暗い森だった。ちょうど広場のようになった草原にヒロシは着地したのだ。
「僕はなんでココに来たの?」
「だからクエストやってずっと言うとるやん! さぁ『レッドライディング』のタマ取りにいくで! ヒアウィーゴー!」
拳を掲げながらどこかへ行こうとする妖精。咄嗟にヒロシは手を伸ばしてその身体を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って、クエストって何? レッドライディングって何? 倒すって何!?」
ヒロシの手に握りしめられたミームはウンザリしたような顔をする。
「ジャマくさいなぁ自分、ゲームが趣味なんやったら感じわかるやろ? ロールプレイングゲームとかやったことないん?」
「いや、アクションゲームとかシューティングゲームとか絵が動くやつはよくやるんだけど……」
「またそれかい。しゃあないなぁ……こんなにイロイロ教えてくれる妖精サンはゲームにもおらへんよ……よう聞きや」
恩着せがましさ一杯に妖精は教えてくれた。
世界を救うヒントとなる敵やアイテムが現れると、ROTTKからクエストとして提示される。
ライト・ノーヴルは浮島でファアリーランドの空を移動しており、クエスト対象が近くになるとROTTKが反応する。
今回は『倒せ』とあるからモンスターを倒すクエストっぽい。
「……『レッドライディング』ってモンスターなの? どんなヤツなの?」
「そこまではわからんなぁ、でも会うたらわかるやろ。最悪片っ端からブッ殺していけばええんやし」
平和の象徴みたいな見た目のくせに殺人鬼のようなことをのたまう妖精。
「でもモンスターを僕ひとりで倒せだなんて……無……無謀だよ……」
「フフフ……腰のあたり見てみい」
含み笑いのミームから促され、ヒロシは頭を垂れた。
少年は半袖ワイシャツに学生ズボンという元の世界いた時と同じ格好だったが、この世界に来たときからベルトが追加されていた。
西部のガンマンのような太い革ベルトの腰のあたりには魔剣『ディスアーム』がぶら下がっている。
ヒロシはその反対側にタバコ入れのような小さな革の箱が付いているのに気づいた。
「……これは?」
「開けてみそ」
箱の上蓋を開けてみると、中には何も入っていなかった。
いや、何も入っていないというよりは……箱の中には深い暗闇が広がっていて何が入っているのか見えないといったほうが正しかった。
「指突っ込んで、中にあるモノをつまんでみ」
「……噛まれたりしない?」
「するか! 噛みつく箱なんて妙なモン、ありえへんわ!」
ヒロシにとっては下手な関西弁をしゃべる妖精のほうがありえなかったが、それは胸に閉まっておいた。
底の見えない箱におそるおそるひとさし指と親指を差し込んでみる。
なにも感触はなかったが、つまむような動作をしてみると何か薄いものが指の間に挟まった。
そのまま引き抜いてみると……少年の指には2枚の札があった。
トレーディングカードゲームにありそうなデザインの札にはそれぞれ『無双の牝犬姫』と『永世幼稚園』という表題があり、中央にはマリーとツキカのイラストが描かれていた。
マリーは自室のような場所で紙包みをウキウキ顔で解いている絵で、ツキカは気持ち良さそうに湯船に浸かっている絵だった。
「……なに、コレ……?」
「『留守留守ワロス! 居留守でバルス!』って叫びながらバラ撒いてみ、すぐわかるわ」
「なにそれ」
「召喚の呪文や! そんな冷めた目ぇしとらんと、さっさとやれや!」
なんだか恥ずかしくて気が進まないが、やらないと事が進まない雰囲気だった。
「る……るするるわろす! いっ、いるすでばるす!」
ぎこちない発音とともにヒロシはカードを放り投げた。
すると……空中のカードは虹を纏ったような煌めきを放ち新聞紙くらいの大きさに膨張、引力とは違う軌道でふわりと接地した。
表が上になったカードがミルククラウンのような光を放つ。
絵柄の中からまるで舞台装置に乗っているかのように、ライトアップされたマリーとツキカがせり上がってきた。
突如としてヒロシの目の前に現れた女の子たちは……なぜかふたりともすっ裸だった。




