12 ニギニギ握手会
「それでは握手会を始めます! 生徒のみなさんは座席番号順に整列のうえ、ひとりずつステージにあがってください!」
観客たちは一斉に立ち上がり、ステージの前に行列を作りはじめる。
アナウンスを聞いてマイクを引っ込めにきたマリーにヒロシはすがりついた。
「ちょ、握手会ってなに!?」
「なに言ってんの、アンタの世界の文化なんでしょ? アイドルがファンと握手するってやつ」
「僕はアイドルじゃないよ!?」
ひたすらオドオドするヒロシにこれみよがしに溜息をついてみせるマリー。
この期に及んでまだ覚悟ができていないことに心底呆れた様子だった。
「テンプレ騎士はアイドルみたいなもんなの。さんざんまわりの反応を見てきたでしょ? まだわかんないの?」
「うっ……でも……」
「別にホントのアイドルみたいに愛想よくする必要はないわよ。ただ手を握るだけじゃないの!」
「あの、実は僕、女の子の手、握ったことなくて……」
ヒロシは気まずそうに白状した。
学校のフォークダンスでは男子生徒があまっていたうえに「お前女みたいだから女役やれ」と理不尽なことを言われ続けたせいで、少年は学校行事においても女生徒と触れ合う機会を与えられなかった。
「あーもう! それが何だっての!?」
しびれを切らしたマリーは手を伸ばしてヒロシの手をわしっと掴んだ。
マリーの掌に包み込まれてヒロシの身体はアレルギー反応を起こしたように強張る。しかし同時に、その柔らかさに心奪われてしまった。
お、女の子の手って、こんなに柔らかいんだ……。
「ボーッとしてないで握り返してみなさいよ!」
ヒロシは言われるがままおそるおそる、しかしやさしく撫でつけるように手を動かして、マリーの手の甲を包み込んだ。
ぎこちなく、不器用ではあったが……それは少年が初めて能動的に行った、女性へのアプローチであった。
初めて触れた女の子の手は、しなやかで、すべすべだった。
太刀を豪快に振り回し、一発KOするパンチを放ち、万力のような握力で容赦なく引きずり回す……少年にとって暴力の象徴だった手の印象がひっくり返る。
まるで雛鳥のようにふっくらしていて、そして頼りない……。
「ほら、できるじゃないの! これを人数分やればいいだけよ!」
マリーの声にハッと顔をあげるヒロシ。目が合うとニコッと笑い返してくれた。
少年のハートを、笑顔の矢弾がズドンと突き刺さる。
ちなみに矢はすでに昨日一本刺さっており、これで二本目となる。
まさか自分が少年の心を射止めたとも知らず、マリーはすでに形成されつつある行列のほうに興味を移していた。
「これを人数分やればいいだけよ、まあ、ちょっと多いかもしれないけど…… ちゃんと全員と握手してあげなさいよね」
練習は終了とばかりに手をスポッと引き抜くマリー。ヒロシは名残惜しそうにマリーの手を目で追った。
「さ、やるわよ! 最初の人、どーぞー!」
先ほどまで少年の初体験につきあっていた手がヒラヒラと手招きするように動く。
瞬間、行列の先頭にいた中学生くらいの女の子がスタートのピストル音を聞いたように飛び出す。前のめりになりながら階段を駆け上がり、ステージ上のヒロシに突進してきた。
恐る恐る手を出すヒロシの手をガッと引き寄せる女の子。綺麗な赤髪ポニーテールの子だが、長い前髪で目が隠れている。
「初めましてヒロシ様! 今日の握手会のために昨日の授業が終わってすぐ並んだんです! ホントはヒロシ様が来るって聞いたときから並んだんですけど授業をサボるなって怒られて! あたしも従者になりたくって腕に『ヒロシ命』って書いちゃいました! あたしだけじゃなくて友達と一緒に書きました! ホントはその友達と一緒に来たかったんですけど抽選にもれちゃって、だからみんなの分まで握手してください! やっぱりこんなビックウェーブは乗るしかないっていうか……」
ぎゅーっと手を握りしめたまま一方的にまくしたててくる女の子。
捲り上げたブラウスの二の腕にはインクで『ヒロシ命』と書かれている。
少年は完全に気圧されて呻くことしかできなかった。
「握手タイムはひとりあたり十秒です! みんながヒロシ様と握手できるよう時間厳守でお願いします!」
講堂に響き渡るアナウンス。
「はーい、おわり~」
マリーは目隠れっ子の背後に回りこんで羽交い絞めにすると、そのままズルズルひきずっていった。女の子はまだなにか叫んでいたが内容は聞き取れなかった。
「はーい、次~、どんどん来て~」
マリーが剥がし役となってヒロシは次々と女の子たちと握手していった。
まずは中高生たち。中高生たちはブレザーだったりセーラ服だったりいろんな種類の制服を着ていた。この学園に特定の制服というのは無いらしい。
女の子たちは制服をベースに、ファンタジーのロールプレイングゲームみたいな装備品を身につけていた。
マリーみたいに剣を持つ者、黒いローブを羽織る者、忍者みたいな格好をしている者、動物を連れている者……様々だった。
誰もが握手をしつつヒロシに自己アピールをした。言葉だけでなく剣技や魔法、動物の芸を見せてくれる者もいた。
「むにゃ……ちゃんと見ときや。従者の売り込みなんやから……」
ヒロシの肩でウトウトしている妖精が半醒半睡で言った。
なるほど……握手会とはいえ握手だけが目的ではなく、従者にしてもらいたい者の主張の場でもあるのか……とヒロシは納得した。
……どうやったら従者にできるんだろう? という疑問が再燃する。
街でもみくちゃにされたときも、警察署で迫られた時もそうだったけど、みんな従者になりたがっている。
なぜそんなになりたがるかわからないけど……なりたいんだったらならせてあげたい。
でも……どうやればマリーみたいに従者にできるのか、未だにつかめない。
この世界に来て一番接しているのはミームとマリーだ。
ってことは……このふたりみたいに接していけいいんだろうか?
……テンプレ騎士という名称からてっきり何かと戦うのが役目かと思ったけど、ひょっとして女の子と仲良くなるのも大事な役目なのかもしれない。
ヒロシがぼんやりと考えていると、次は大学生の女の子たちとの握手になった。
ヒロシよりも年上のお姉さんたちの熱烈アピールはとどまるところを知らなかった。
少年の手を掴んで胸に押し当ててくる者、スカートをたくしあげてパンツを見せてくる者、いきなり服を脱ぎ出す者までいた。
ドギマギしながらもされるがままのヒロシを見て、剥がし役のマリーは舌打ちをしながらお姉さんたちを乱暴に引き剥がす。
「ヒロシ様っ! 校歌はわたしが作詞したんです! ヒロシ様がこの世界に来るって聞いて寝ずに作りました! インスピレーション枯渇でそちらのミームさんにかなり助けていただきました!」
昔の外国の作曲家みたいな横ロールの髪型をしているお姉さんが両手をガッと掴んできた。貴族みたいな髪型ときらびやかな服装をしているわりに目の下にクマがあり、不眠不休であの校歌を仕上げたことを伺わせた。
隣ではマリーとミームが「後半の妙な歌詞はアンタの仕業だったのね」「どや、えかったやろ?」とやりとりしている。
「だから共同作詞ではあるんですけど……いかがでしたかっ!?」
握りしめた両手に痛いほど力を込め、ずいっと顔を寄せてくるお姉さん。
「えっ、あっ、う、うん……よ、よかったよ。ありがとう」
実は緊張していて全然聴いてなかったが、震えながら聞いてくるお姉さんに対して本当のことは言えなかった。
ヒロシの一言を受け、お姉さんは滝のように涙を流した。
「ヒロシ様、いまのお気持ちを一言! 校長と署長に続いて脱がしちゃいたくなる女の子はまだいないんですか!? こちとらヒロシ様が女の子をひん剥く絵がほしくてずっと待ってるんですが!!」
鼻先にマイクを突きつけてくる女の子。ヒロシには見覚えがあった。
昨日街中で号外を配ってた子だ。どうやら彼女が記事も書いているらしい。
一言苦情を言おうとしたが「ここは会見場じゃないのよ」とマリーにつまみ出されていた。
「こんにちは~テンプレ騎士様」
ほんわかした声のお姉さんがやってきた。
「ツ……ツキカさんっ!?」
忘れもしない憧れのお姉さんの登場に、ヒロシは身体の芯から直立した。
シックな縦ライン入りのニットワンピースにフリルエプロン、その清純さとは反比例するけしからん胸も健在だった。
「あっ、そ、そうだツキカさん、こ、これっ!」
ヒロシはポケットからブラを取り出してツキカに差し出した。
先のラッキースケベでヒロシがツキカから抜き取ったものだ。
ヒロシはいつでも返せるようにブラを持ち歩いていたのだ。
……返すにしても普通はこんな衆目のある場所で返したりしない。
女性と接する機会が与えられなかったのも頷けるほど、ヒロシは空気の読めない少年だった。
だがツキカはそんなデリカシーのないヒロシに対しても仏様のような笑顔を浮かべた。
「あらあら、まあまあ、いつのまにかなくしてたと思ったんだけど、テンプレ騎士様が拾ってくれたのね、ありがとう。えらいでちゅね~」
そして得意技のナデナデ攻撃が炸裂する。
頭をやさしく撫でられて、ヒロシの顔がだらしなくとろけた。
緩みきった顔で手を振りツキカを見送ったあと、幼稚園児たちの番になった。
まずはひとりの幼児がトトトトと近づいてきてヒロシを見上げた。
おさげ頭に黄色い帽子、水色の園児服に黄色いスカートの女の子。
「窮鼠猫を噛むという……しかし気骨あらば、虎をも噛めるやもしれぬな」
かわいらしい見た目とは裏腹に、舌足らずな幼声でなにやら意味深な言葉をかけてきた。
「えっ?」
「童子を相手にするときは視線を合わせるもんじゃぞ。ほれ、しゃがめ」
戸惑うヒロシに女児は手をパタパタやって促す。
「う、うん」
しゃべり方だけだと子供というよりおばあさんみたいだ……とヒロシは思ったが言われるままに屈みこむ。
もみじのような手が伸びてきてヒロシの頬をふにゅふにゅした。
続けざまに顔が迫ってくる。
チュッ、と小さくて柔らかい唇が触れた。
「んんっ!?」
いきなりのキスに、目を白黒させるヒロシ。
「……わしの初接吻じゃ、ありがたく受け取るがよい」
顔を離した女児ははにかみながら言った。そのままヒロシの身体からするりと離れていく。
両手を水平にしてトトトトと去っていく背中を唖然と見送っていると、途中でべしゃっと転んだ。
「あれが大賢者ニーニャ・アルテ・ロイテやで」
肩の妖精が教えてくれた。
「えっ、あの子供が!?」
あんな小さな子がROTTKを作った大賢者……!?
とても信じられないが、校長や署長と同じだと考えると理解できなくもない。
「あの子、ずっと転んだままなんだけど……」
離れたところでうつ伏せに倒れているニーニャを見てヒロシは心配になった。
「ああ、ニーニャはいったん転ぶと誰かが起こすまでずっとああしてるんやで」
「……わがままな子供みたいだね」
すぐに「あらあら、まあまあ」とツキカが駆け寄り、ニーニャを助け起こす。
パンパンと汚れを払い落とされながら大賢者は満足そうに頷いていた。
保母さんと園児の隣で、突如つむじ風が巻き起こる。
風はじょじょに大きくなり、突風となってステージ上に吹き荒れた。
「……来おったか……!」
「まあまあ、ニーニャちゃん、あぶないでちゅよ」
大賢者は旋風に手を伸ばそうとしたが寸前で抱き寄せられた。
ツキカは守るようにニーニャを包み込む。
「なんなのよコレっ!?」
マリーは短いスカートがめくれないよう必死に押さえていた。
「ROTTKや……!」
ヒロシの首の裏に避難していた妖精が覗き込みながら叫ぶ。
小さな竜巻の中心部には古びた本がルーレットのようにグルグルと回っていた。
風は紙吹雪を巻き上げつつ、講堂の天井まであがって消えた。
回転していた本はヒロシのいる方角に小口を向けて止まったかと思うと、ページを開き中身を見せるようにフワフワと近づいてきた。
見開きのページには『クエスト発生!』と大きな赤い文字が踊っていた。




