11 夢の島へようこそ
校長室に入るとスジリエが明るい声で迎えてくれた。
「おはようございますヒロシ様、昨日はよくお休みになれましたか?」
いつものように朗らかではあったが、なんだか視線がおかしい。
「う、うん」
目を合わせて話しているはずなのにどこか虚空を見つめているような瞳を向けられ、ヒロシの背筋に冷たいものが走った。
「そうですか、それはよかった。テンプレ騎士であるヒロシ様は、本日からこの学園に通っていただきます」
「あの、昨日はごめん!」
昨日のことを怒っているのだと思い、たまらず頭を下げるヒロシ。
しかしスジリエはこれといった反応は見せず、話を続ける。
「お気になさらず。今日はこれから講堂のほうで式典がありますのでご参加ください。マリーさん、ご案内していただけますか?」
「お……オッケー」
いつもと違うスジリエの様子をマリーも感じとっていた。
「それではわたくしは執務がありますのでこれで失礼いたします」
機械的に一礼すると、少女はそそくさと奥の部屋に引っ込んでしまった。
「……なんやレイプされた直後みたいな目ぇしとったなぁ」
ヒロシのワイシャツの胸ポケットからミームがひょっこり顔を出す。
「怒らせちゃったのかなぁ?」
「そりゃ大勢の前でハダカにされたら誰だって怒るわよ」
マリーは呆れた様子で溜息をつく。
「ご、ごめん」
「アタシに謝ってどうすんのよ。いやアタシもハダカにされた一人だけども……もういいわよ。今度学長がヒマなときにちゃんと謝っとくのよ」
「う、うん……わかった」
ヒロシは真面目な顔で頷き返した。
奥の部屋で扉に寄りかかったまま彼らの話を聞いていたスジリエは、キュッと身を縮こませる。
皆の顔をあと少しでも見ていたら……自分のあふれる感情を抑えきれなかった。
鼓動はもはや暴れ出していた。
胸が締め付けられ、熱にうなされたように嘆息する。
「ヒロシ様……ヒロシ様……」
扉にしなだれかかり、まじないのように少年の名を呼ぶ。
この扉みたいにすがりつくことができたなら……どんなに幸せだろうか……。
気まずい気持ちで学長室をあとにしたヒロシ一行は講堂へと向かっていた。
学校はお城のような外観であるが中身も相応の豪華さであった。
モザイクの大理石の床に細かい金細工の入った壁。ところどころフレスコ画が入りそうな額縁があったが絵は入っていなかった。
異様に高い天井にぶら下がるシャンデリアはきらびやかな明るさで、反射した光が廊下に宝石をちりばめるようにキラキラ彩っていた。
普段のヒロシであるならキョロキョロしてしまうところだったが先ほどのスジリエの態度が気になってそれどころではなかった。
昨日の校長と署長を思い出すうちに、会ったときから気になっていたことを思い出した。
校長と署長といえばその施設のトップの人物で、年齢も一番上のイメージがあるのだが……あのふたりはどう見ても小学生にしか見えない。
「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど……校長や署長ってなんであんなに若いの?」
思い出しついでに隣をずんずんと歩くマリーに尋ねてみる。
その歩き方のせいでパッツンパッツンのブラウスからはちきれそうな大きな胸が小刻みに揺れているので、目を奪われないように気を使う。
「どういう意味よそれ?」
聞いたままの意味だったのだが、マリーは不思議そうな目でヒロシを見る。
「どういう意味って……」
言葉に詰まるヒロシに「ああ、ファアリーランドの加齢はヒロシの世界と比べて変わっとるんよ」とミームが助け舟を出した。
「生まれてから24歳までは普通に成長するんやけど、24歳になったら今度は若返って3歳まで戻るんよ。ようは3歳から24歳を行ったり来たりするカンジやね」
「そうなんだ……」
にわかには信じがたい妖精の言葉ではあったが、ヒロシは素直に信じた。
この世界に来ていろいろと女性を見かけたが、中年や老人を全然見かけないなとは思っていた。その理由は想像をこえた驚きのものだった。
ってことは校長や署長は7、8歳に見えたが、折り返して戻っている途中なのかもしれない。
ヒロシは冷静に疑問を氷解させる。
少しビックリはしたが、この世界に来てから荒唐無稽な出来事が連続していたせいか多少のことでは動じなくなってしまった。
「へぇー……ファアリーランドしか知らないアタシは別に変だと思わないけど、他の世界じゃ違うのね。……あっ、ここが講堂よ」
マリーが指し示す先にはトンネルみたいに大きさな両開きの扉が開放されていた。奥には赤いじゅうたんの廊下が続いている。
扉をくぐり、フカフカの床を踏みしめながら進んでいくと視界が開けた。
講堂はまるでコンサートホールのような広さで、そのあまりの巨大さにヒロシは圧倒された。
三階までありぐるりと全方位を囲む客席はすべて埋め尽くされており、どこを見ても女の子しかいなかった。
堂内はオレンジの光にあふれていたが突然照明が落ちた。八方からスポットライトが灯りヒロシの姿を照らす。
「本日の主役、テンプレ騎士の田中ヒロシ様がお見えになりました! 皆様盛大な拍手を!!」
響き渡るアナウンスに客席じゅうの女の子が一斉に立ち上がった。ザザッという豪雨のような起立音のあとに万雷の拍手。
ヒロシはライトのまぶしさに目を細めていたが、スタンディングオベーションを受けて驚きのあまり目をカッと見開き、光をまともに見てしまって目眩を起こしたようによろめいた。
校長から話を聞いたときは何の式典だろう? とノンキに考えていたのだがまさか自分がメインだとは思いもしなかった……!
「なぁにキョドってんのよ、ステージの真ん中にいくわよ」
マリーはひとりわたわたするヒロシの腕を掴んだ。
「む、無理だよっ!? 一体どうすればいいのか……!」
情けない声をあげてマリーの背中に隠れようとするヒロシ。
しかしマリーは身体を翻し、ヒロシの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「いいこと? アタシは『無理』って言葉とポテサラのミカンが大っ嫌いなの! 今度言ったらマジで泣かすわよっ!!」
ヒロシのウジウジした態度に加えて一番嫌いなワードが加わったせいでマリーはキレてしまった。
「わ、わかったよ。で、でも、大勢の女の子に囲まれるなんて僕には無……無茶っていうか、無体っていうか……」
「ゴチャゴチャ言ってないで来なさいっ! このヘタレ男っ!!」
歓迎の紙吹雪が降り注ぐなか、マリーは片襟を掴んだままヒロシを講堂の中央に連行する。その後をフワフワとついていく妖精。
「ああ、抵抗してもムダやで。マリーはM男向けエロゲーのヒロインばりの怪力やから」
ミームの言うとおり確かにすごい力だった。がんばって踏みとどまろうとしても片手でズルズル引きずられてしまう。
結局、講堂の真ん中にあるステージに引きずり上げられてしまったヒロシ。
紙吹雪とスポットライトを一身に浴び、客席すべての視線を集めていた。
こんなに注目されたのは幼稚園のお遊戯会以来だ。
あのときの観客は50人くらいだったけどいまはその200倍、1万人はいる。
ライオンの群れに放りこまれた子羊のごとく、おびえた様子で少年は固まっていた。
「ではまず、田中ヒロシ様からお言葉をいただきましょう!」
アナウンスが流れるとマリーが近寄ってきて、ヒロシの前にマイクを立てた。
「いつまでオドオドしてんのよ! シャンとなさい!」
挙動不審なヒロシを見かねて、マリーは耳元で叱責する。
「い、いったい何を話せば……」
「なんでもいいわよ! 思いつかなきゃ自己紹介でもすればいいでしょ!」
マイクのセッティングを終えたマリーはさっさと離れていった。
「あっ、待って……!」
呼び止める声が虚しく響く。それ以外の音はなく、会場はしんと静まりかえっている。みんなヒロシの一言を待っているようだった。
何度も唾を飲み込んだヒロシは、覚悟をきめたようにマイクに向かって口を開いた。
……それからは何をしゃべったのか全然覚えてなかった。
頭の中を走馬灯みたいにいろんなものがグルグル回っていて、まわりの女の子たちの顔がぐにゃりと歪んで見えた。
ひどくどもり、何度もつっかえたが、必死になってうわごとのようになにかを喚いた。
最後に「あ……ううっ……おわり……です……」と言ってしばらくの沈黙のあと、またスタンディングオベーションが起こった。
ヒロシは汗びっしょりで、もう何がなんだかわからなかった。
酸欠みたいに頭がボーッとしている。
「ヒロシ様、素晴らしいスピーチありがとうございました! ……続いては校歌斉唱! 一同起立!」
朦朧とする意識のなか、空から響くアナウンスをボンヤリと聞いていた。
そのあとは観客全員で校歌を歌ってくれた。
♪玲瓏の空、駆け巡る
♪我らが君上、ここにあり
♪ともに歩むは、気高き乙女
♪勇士の側に、我らあり
♪光あふるる学び舎で
♪文道の路、切り拓く
♪純潔たなびく学び舎で
♪武道の魂、花開く
♪H・I・R・O・S・H・I
♪女子更衣室に、迷い込め
♪気になるあの子の、ロッカー潜め
♪H・I・R・O・S・H・I
♪女湯入って、うっかり転けろ
♪滑って挿入、どんとこい
♪フラグよ天までそそり立て
♪立てたら登って5000点
♪愛と勇気だけが保証人さ
♪テンプレだけが友達さ
……どうもテンプレ騎士に関する歌のようで、歌詞にところどころヒロシの名前っぽいのが入っているようだった。しかし少年はそれすらも他人事のように聞いていだ。
「校歌斉唱のあとは本日のメインイベント、ヒロシ様との握手会です!!」
「……ええっ!?!?」
ヒロシはようやく落ち着きを取り戻そうとしていたが……新たなイベントの出現に、また脈が激しく乱れはじめた。




