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01 テンプレ騎士、昇天!

「言ったでしょ? 不思議が必然ファアリーランドってね」


 少年の問いに対し、漆黒に浮かぶ妖精はドヤ顔で答えた。


 少年は気がつくと何もない暗闇の中にいて、墨の中を水中散歩しているような不思議な感覚に包まれていた。

 不快感はない。胎児になって羊水に浸かっているような、懐かしい安心感がある。


 現実ではありえない風景と感覚に、少年は「これは夢なのかな?」と感じていた。

 そして目の前に、ぼんやりと光を放ちながらふわふわと漂う羽根の生えた小人……「妖精」としか形容しようのない存在が現れたので、これが現実ではないと確信する。


 少年は妖精に向かって「ここはどこ?」と尋ねた。

 それは出会って初めての問いかけのはずなのだが、妖精は先ほどの返答と共に「うまいこと言ったでしょ?」みたいなウインクを投げてきた。


「えっと、言ったでしょ、って……聞いてないけど……」


 少年は戸惑った様子で半歩後ずさる。意味不明な返答に対してもそうだが、妖精はパーソナルスペースを無視して顔のすぐ側、頬に触れるくらいまで近づいてきたからだ。


「まぁいいや、ここはフェアリーランドなの?」


 少年が気を取り直して聞き返すと、妖精は人形のように小さな頭を左右に振った。


「ううん、ファアリーランド」


 なんかパチモノっぽいな、と少年は思った。


「えっと……たしか……僕は……」


 この暗闇に訪れる前の状況を思い出そうとする少年。


 たしか……学校から家へ帰る途中だったはずだ。

 夕暮れの商店街を歩いていると……白い猫が目の前を横切って歩道から車道へと飛び出していったんだ。

 前からトラックが迫ってくるのが見えたので、咄嗟に猫の後を追ってダッシュし、小さな身体を抱きかかえた。


 直後に感じたのは、耳をつんざくブレーキ音と、壁がぶつかってくるような圧力。

 続けざまに身体が粉々になるほどの衝撃と……重力から解き放たれたような浮遊感があった。


 アスファルトに叩きつけられた瞬間、墜落したフライトカメラのごとく視界がブラックアウトした。

 意識を失ったかと思ったが……そうではなかった。


 見慣れた商店街の景色はどこにもなく、無限の暗闇の中に倒れていたのだ。


「そうだ……僕は……トラックの前に飛び出した猫を助けようとしたんだ……」


 思い出した少年は身体を触って確認する。

 潰され、飛ばされ、引きずられた痛みは嘘のように消えていた。

 着衣である白い半袖ワイシャツには破れどころか汚れひとつなかった。


「確かに轢かれたはずなのに……」


「うん、事故ったのはその通りなんやけど、猫やなくてコンビニ袋」


 8分の1フィギュアのような非現実的な存在はやたらと現実的な単語を用いてあっさり言った。


「えっ?」


「飛び出したのは猫じゃなくて、風に飛ばされたコンビニ袋だったやで」


「ええっ!?」


「しかもそれで死ぬとか草生える~!」


 妖精はおちょくるように少年のまわりをクルクルと飛び回りはじめた。

 

 ラフに編んだ髪と緑色のミニドレスをなびかせ、背中に生えたカゲロウのような羽根からはキラキラ光る鱗粉のようなものがこぼれていた。

 その見た目はおとぎ話から飛び出してきたかのように愛らしかったが、言動はなんだか妙で、しかも容赦なかった。


「ぼ……僕……死んじゃったんだ……」


 夢ではなくて、死後の世界であったのかと少年は愕然とした。

 妖精は追い打ちをかけるように、少年のプロフィールを叫びまわっている。


「えぇーっと……田中ヒロシ、享年15歳! 趣味はアニメとゲーム! 好きな食べ物はハンバーガー! 得意なスポーツはドッヂボール! 高校生にもなってドッヂボールって……くにお君か!」


 妖精は頬をかすめるついでに軽くはたいていった。

 ヒロシと呼ばれた少年は蚊に刺されたような痛みに頬を掻く。突然の暴力ではあったが抗議する余裕はなかった。

 平和な日常から目まぐるしいショックの連続に放り込まれたせいで物事の理解が追いついておらず、それどころではなかったのだ。


「ひょ、ひょっとしてここは……地獄かい?」


「ファアリーランドやってさっき言うたやろ! 間違うにしても天国にしとけや! こんなプリティなのがおんのに!」


「ご、ごめん」


「うーん……やっぱりあんさん、目も耳もあんま良うないなぁ……うんっ、見込んだとおりテンプレ騎士(ナイト)の素質十分や!」


 確かに僕は視力も悪いし聞き間違えも多い、だけどなんでそれが素質十分なんだろうか……とヒロシは思った。

 だがそれについては聞き返すことはしなかった、もっと気になる単語が妖精の口から飛び出したからだ。


「……テンプル騎士(ナイト)?」


「テンプレ騎士(ナイト)や! ホンマ耳悪いなぁ……左手見てみ!」


 ヒロシは言われるままに左手に視線を落とした。手の甲から腕にかけてうっすらとアザのようなものが浮かんでいる。ワイシャツの袖をまくってみると、それは肩まで続いていた。


「これは……?」


「テンプレ騎士(ナイト)の証や! まだ見習いやから不鮮明やけどな!」


 そう説明されても何がなんだかさっぱりわからなかった。ヒロシはさらに尋ねようとしたが妖精の「ああっ!?」という何かを察知したような大声に遮られた。


「もう時間ないで! あとでまた説明したるさかい今は目の前の戦いを終わらせることに集中するんや、ボーイ!!」


 ヒロシの眼前で停まった妖精は何かに追われているようにまくしたてる。

 腕時計を見るような仕草をしているが、小枝のような手首には何もついていなかった。


「え? 戦いって……?」


 途端、全方位の暗闇が霧散する。

 あたりが白昼のように明るくなり、ヒロシはまぶしさのあまり眉根を寄せた。


 手をかざして陽光を遮りあたりの様子を伺う。ヒロシが立っていたのは……学校の校庭だった。

 毎日のように通っていた学校のそれでないことにはすぐに気づいた。面積が段違いに広かったのと……周囲の景色があまりに違い過ぎていたのだ。


 手を伸ばせば届きそうなほど近い空。校庭の側には校舎でも体育館でもなくお城のような建物があり、高くそびえる尖塔の先には雲がかすめていた。


「こ……ここは……!?」


 壮大なドッキリにかかったみたいに目を瞬かせるヒロシ。その背後から黄色い歓声がどっと沸き起こった。

 爆音のようなそれにヒロシは飛び上がってしまった。慌てて振り返ると、さらに信じられない光景が飛び込んできた。


 城壁の対面にはピラミッドの斜面のような、石造りのスタンド席があった。

小学生から大学生くらいまでの幅広い年齢層の女の子たちがぎっしりと隙間なく詰まっていた。


「な……何っ……!?」


 かつてない人いきれを感じ、ヒロシはうろたえた。よろめくように後ずさりする。


 一面……いや、全面……女だらけ……!

 その数、百や千どころではない……一万人はいる……!!

 しかも、その全員が自分を凝視している……!?!?


 人気絶頂の男性アイドルグループのライブ会場のような光景。

 一瞬ヒロシは自分がとても場違いな場所に居るのかと思ったが、それはすぐに勘違いだとわかった。


「キャーッ! あのお方が……テンプレ騎士(ナイト)様っ!?」

「ああっ……! 伝説の殿方を拝見できるだなんて……!」

「ねぇねぇ知ってる!? 田中ヒロシ様ってお名前なんだって!」

「へぇーっ! アタイたちと同じくらいの歳っぽく見えるなー!」


 客席の女の子たちはヒロシの第一印象をキャアキャアと騒ぎ合っている。

 よく見ると「ようこそテンプレ騎士(ナイト)様」という横断幕まで掲げている者もいる。


 期待に満ち溢れる女の子たちの幾千もの瞳が、少年をさらに追い詰める。


 心臓は自分のものでないようにドコドコ高鳴る。

 身体の内は燃えているような熱さなのに、身体の外から吹き出す汗は凍るほど冷たい。


 自分の身体すらも自分のものでないような感覚に襲われる。

 もはや何がなんだかわからなかった。


 退屈な授業。放課後遊びに誘ったリア充グループには断られた。

 ひとり寂しく帰路についていると、目の前で猫が車道に飛び出した。咄嗟に助けに向かった。

 でもそれは猫じゃなくて、コンビニのビニール袋で、しかもトラックに轢かれてしまった。


 ……完全なる無駄死に。

 でも死んだはずなのに死んでなくて、真っ暗な中で変な関西弁をしゃべる羽根の生えた小人にわけのわからないことをまくしたてられ、怒られ、はたかれた。


 明るくなったと思ったら巨大な庭みたいなところにいて、お城があって、何万という女の子に注目されている……!!


 なにひとつ、なにひとつ意味がわからない……!?

 夢であるとか、あの世であるとか、自分がおかしくなったのか……それすらもわからない……!!


 ショックの連続に、もはや考える気力はすっかり失われていた。


「一体……僕は……どうなっちゃったんだ……!?」


 懸命に絞り出した声も、かすれて消えた。


「はぁーーーっ!!!」


 突如響いた雄叫びと共に影が踊った。

 観客席からひとりの少女が飛び出してきたのだ。


 少女は高く跳んだのち空中でクルリと一回転し、ヒロシの近くに華麗に三点着地した。衝撃で地面の土が間欠泉のように高く舞い上がった。

 土煙の向こうで、影がゆっくりと立ち上がる。


「……アンタが本当にあのテンプレ騎士(ナイト)なのか、確かめてあげる!」


「ええっ!? き……キミは!?」


 挑戦的な台詞を投げかける少女と、圧倒されるがままのヒロシ。

 対峙するふたりの間に妖精が割って入った。


「おいヒロシ! アイツはマリーブラッド・ハーレークイーンや! この学園でも最強の部類に入る従者(スレイブ)候補やで!」


 晴れた土煙の向こうには、ヒロシと同い年くらいの女子高生が仁王立ちしていた。


 サイドの髪を緩く持ち上げて犬耳風のアレンジを加えた金髪のロングヘア。

 ギャルメイクで決めた顔だちはキツめの印象ではあったが、ベースはかなりの美少女であることがわかる端正さであった。

 そして男なら誰もが真っ先に目を奪われであろう巨乳。白いブラウスを盛り上げ、ボタンが弾け飛びそうなほどの大ボリューム。

 しかも裾をみぞおちくらいまで捲り上げて乳袋状態にしているので、不自然な立体映像のようにこれでもかと強調されている。

 襟元には緩めに締められた制服の赤リボン。これで辛うじて女学生らしさを保っていた。


 しかしその幻想は……さらに過激な下半身であっさり打ち砕かれる。

 赤いチェックのプリーツスカートは極限まで裾上げされており、翻るたびにニーハイソックスのガーターベルトがチラ見え。肉付きのよい太ももとの合わせ技を惜しげもなく振りまいている。

 丸出しになったくびれた腰と、柔らかそうな腹部。そのヘソの所には「10% OFF」と書かれたスーパーの値引きシールが貼ってあった。


「その強さと外見から付けられたまたの名を……無双の牝犬姫ビッチ・ザ・マッチレス!!」


「び、牝犬姫ビッチ……!?!?」


 たしかに……二つ名にたがわぬハレンチな出で立ちだ……! とヒロシは思った。






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