持ち主選び
ここはとある王国の城の大広間。そこに、何百という大勢の人間が集まっていた。
俺のためにたくさん集まったなあ。
大広間の中央で一段高い場所に置かれた鎧、喜一郎は心の中で一人ごちる。
今度こそ現れるといいんだが……。
今行われている催しものは、喜一郎のため、いや、喜一郎を着る者を探すために開催されていた。
こうなってもう一年か……。
元の喜一郎は普通の人間だった。
地球の日本に住み、普通に働き、普通に生きていた。
それが、何故こんなところで鎧になっているのか。
ホント失敗したなぁ。
でも、最強の防御力が欲しいって言って、最強の防御力を持った鎧に転生するなんて誰も思わないだろ。
喜一郎は車に引かれそうになった子供を助けて死に、それを見ていた神様にチート能力を付けて異世界に転生するご褒美をもらった。
最強の攻撃力を貰っても、平凡な自分には誰かを倒す真似なんて出来ないと判断し、喜一郎は最強の防御力をチートとしてもらったのだが、結果はご覧のありさまである。
しかも、一度誰かに着られると、着た人物が死ぬまで他の人間が着ることは出来ないという制約付きらしい。
そのため、こうやって国に選ばれた人間が鎧を着ようとチャレンジしに来るのだが、喜一郎は断固として着られまいとしていた。
誰が筋肉マッチョに着られるものか。
選ばれた人間だけあって、鎧に挑戦しにくるのは筋骨隆々の激マッチョな男ばかりだった。
着られるのなら美女がいい。
それも巨乳の。
前世では普通なだけあって、選ぶ男より選ばれない男だった喜一郎。
俺は選ばれない男から、選ぶ男になったのだ!
異世界に来て最強の鎧になり、喜一郎はそう思うようになった。
選ぶ男なら、鎧の持ち主は女でなくてはならない。
しかも、絶世の巨乳美女。
しかし、激マッチョばかりが挑戦に来るので、喜一郎の信念は折れかけていた。
今日もマッチョだろうか?
内心でため息を吐きながら、喜一郎は挑戦者を待った。
大広間にファンファーレが鳴り響き、トランペットや太鼓が華やかに場を盛り上げる。
挑戦者が来たのだ。
大広間の中央を、両脇にいる大勢の観客に見守られながら、誰かが歩いてくる。
いつもの挑戦者よりかなり小さい。
小さいというより、これはもはや。
子供。
子供が今回の挑戦者のようだ。
はあ?
子供の前に女だろうが。
喜一郎は憤慨する。
何故、女を寄越さないのか。
女騎士は見たことがあるから、女を戦わせないという風習もないはず。
こんな小学生か幼稚園児ぐらいの年齢の子供の前に、試させる女がいくらでもいるはずだ。
絶対に着させてやるものか。
そう喜一郎が心に誓った時、近くに立っている警備兵の話声が聞こえてきた。
「あの噂を聞いたか?」
「何の噂だ?」
「鳴いた鎧」
鎧という言葉に、喜一郎は耳を傾ける。
「ああ、それか。近付いたら鎧が鳴ったってメイドが噂していて、それを聞いたメイド長が上に報告して今回の特別開催に繋がったんだろ」
「何だ知っていたか。今までは国自慢の実力者ばかりが挑戦していたが、それがあったことでまだ子供なのに挑戦させられるんだから可哀想だよな。鎧が鳴いたりしなければ、城で安全にしていられただろうに」
「そうだな」
鳴いた鎧?
喜一郎は考える。
鎧なら喜一郎のことだが、声が出せたことは一度もない。
それが今回の挑戦に繋がるってどういうことだ?
喜一郎は目の前に来た子供の挑戦者をまじまじと見た。
騎士風の豪奢な長袖の上着に膝たけのズボン。
腰には小さい剣をさしている。
緊張しているのか、小さな手が少し震えていた。
くりくりとした大きな赤色の瞳が、喜一郎をジッと見ている。
その赤色の瞳に、喜一郎は覚えがあった。
思い出した。
こいつ鎧の間に遊びに来ていた女の子だ。
普段の喜一郎は鎧の間に保管されている。
そこにメイドを連れて、ピンクのドレスを来た子供がよく遊びに来ていた。
鎧に挑戦してくるわけではないので、喜一郎は子供の前ではリラックスしていた。
その時に、緊張を解いた鎧がガチャリと鳴ることがあった。
それが『鳴いた鎧』として噂になったのだろう。
子供に申し訳ない気持ちになりながらも、喜一郎は悩んでいた。
この子に持ち主になってもらった方が……。
女の挑戦者が現れず、すでに一年。
これからも女が現れない可能性は十分にある。
子供は愛らしい顔をしていて、将来は美人になる予測が出来た。
巨乳美女を待つより、将来の巨乳美女にかけた方が……。
子供が喜一郎の前に立つ。
大広間が静まり返った。
いつもなら全身に力を入れて、意地でも鎧を外されないようにしていたが。
喜一郎は決意する。
この女の子にかける!
喜一郎は身体から力を抜いた。
鎧が緩んでカチャリと音をたてる。
大広間にいる人間たちがざわめきだした。
「静粛に!」
場を取り仕切る大臣が、大声で大広間の人間たちを静かにさせる。
静かになったところで、子供が喜一郎に手を伸ばす。
鎧は鎧かけから簡単に外され、子供はそれを身に付けていった。
鎧が子供にぴったりのサイズに収縮する。
そして、子供が鎧を全て身に付け終わると、大広間に喝采が起こった。
子供は顔を赤くしながらも、大広間の人間たちに手を振る。
拍手と音楽隊の喜びの音が大広間に鳴り響いた。
鎧の持ち主が決定し、人々は驚きと歓喜に包まれていた。
ただし、喜一郎を除いて。
喜一郎は大広間の人間たちとは違い、衝撃に包まれていた。
この子供……。
男じゃないかあああ!
大広間は沸きに沸いていたが、喜一郎の心はそれとは反対に悲しみへと沈んでいった。