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旧館の主  作者: 由希
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前編

「はい、もうカメラ回してるよー」

「嘘、早ーい」


 私、佐々木ささき一花いちかの回すビデオカメラの映像に、二人の夏物のセーラー服姿の女の子が映る。二人はきゃあきゃあと騒ぎながら、じっとこちらを見つめていた。


「でもぉ……ねぇ一花、優子ゆうこ、本当に大丈夫かなぁ」

「なぁに望美のぞみ、まだ言ってんの?」

「だってここ、変な噂でいっぱいだもぉん。おまけに、先生に内緒でこんな勝手に忍び込んでぇ……」

「望美ビビりすぎー。パッとやる事やって帰ってくるだけでしょ?」


 眉を八の字に寄せて不安そうにする幼げなツインテールの女の子の肩を、隣のショートカットのよく日焼けした女の子が叩く。二人は岸谷きしたに望美と寺田てらだ優子。私の親友だ。

 私達はこの町立日暮ひぐらし中学校に通う三年生。今いるのは、古くなって閉鎖された旧館と呼ばれる建物の中だ。

 今年度いっぱいでこの旧館は取り壊される事になっていて、生徒達の立ち入りは原則禁止されている。と言っても体制は案外緩く、鍵が壊れて開きっぱなしの窓から中に侵入出来たりそこまで警備は徹底されてはいない。

 何で私達がこんな所にいるのかと言うと、優子の発案が原因だ。今年でなくなってしまうこの建物に、本格的に受験シーズンに入る前に忍び込んで噂の一つでも確かめてやろう。と突然優子が持ちかけてきたのだ。

 ならば変な事が起こった時の為に動画でも撮影しようと言い出したのは私で。それでこうして、お兄ちゃんから借りたビデオカメラを使って一部始終を撮影する係に任命された訳だ。

 これから私達が確かめる噂は、『未来が映る鏡』の噂。旧館三階の美術室に残された大鏡で夕方四時四十四分四十四秒に合わせ鏡をすると、将来の結婚相手が映るというどこにでもあるような噂だ。

 何故この噂を選んだのかと優子に聞いてみると、これは望美の為だという。望美はサッカー部の吉岡よしおか君の事が好きだけど、ずっと告白出来ないでいる。だから度胸をつける為にこの噂を試して、万が一噂が本当で吉岡君の姿が映ったなら安心して告白すればいい。そういう事だった。


「けどぉ……」

「はぁ……ほら優子」

「はいはいさっさと行くよー。一花、ちゃんと全部撮っといてよね!」

「オーケー、任せて」

「あーん、引っ張るのなしぃ!」


 いつまでもごねる望美に付き合っていたら目的の時間が過ぎてしまうので、優子に促しちょっと強引に連れていって貰う事にする。優子に手を引かれて仕方なく歩き出す望美の後ろに、私もビデオカメラを手についていった。

 夏の四時過ぎという、外ではまだ明るい時間にも関わらず旧館の中はどこか薄暗い。それがなかなか不気味な雰囲気を出していて、本物の心霊動画っぽいな、なんて事を思う。


「……んでもさ、望美の言う事じゃないけどこの旧館、ホント噂多いよねー」

「だよね。どんなのあったっけ」

「あたしが他に知ってるのは二階東階段が金曜日の深夜零時だけ十三段になるっていうのと、今はもうピアノのない音楽室から夜ピアノの音がするのと」

「やだぁ……怖くなるから止めてよぉ」

「あ、あんなのあったよね。『旧館の主』の噂」


 また怯え始める望美を見てにんまりと笑いながら、優子が話を続ける。人を驚かすのが好きな、優子の悪い癖だ。


「え、何それぇ……」

「何でもこの旧館には何か得体の知れないものが住んでて、それに気に入られると……二度とここから出られなくなるんだって」

「やだぁ、怖いぃ!」


 本気で怖がっているのだろう、遂に望美は耳を塞いでいやいやと首を横に振ってしまう。やれやれ、そろそろ止めた方がいいだろう。


「はいそこまで。大丈夫だよ望美、全部ただの噂だから」

「うぅ……一花ぁ……」

「優子、あんまり望美をビビらせないの。やっぱ帰るって言い出したらどうすんの」

「はーい」


 こちらを振り返りチロリと舌を出す優子は、全然反省しているようには見えない。全く、望美も優子もそれぞれ別の意味で子供っぽい。まぁ、私達は実際まだ子供なんだけど。

 その後は期末テストの話とか、部活の話とか、そんな他愛もない話で時間が過ぎていった。そうしているうちに、目的地の美術室へと到着する。


「失礼しまーっす」


 優子が先陣を切り扉を開け、望美と私が後に続く。床や棚には使い物にならないと判断されたのか、壊れた椅子や石膏像が散乱していた。石膏像は偶然なのか、総てこちらを向いていてそれが何だか気味が悪い。


「さて、噂の大鏡は……」

「あ、あれじゃない?」


 優子が指し示す方にビデオカメラを向けると、後ろの壁に張り付けられた一枚の大きな鏡が映る。成る程、これが噂のそれで間違いなさそうだ。


「さ、望美、行くよ」

「う、うん……」


 もじもじする望美を、優子が鏡の前へ引っ張っていく。望美はさっきまでみたいに怖がっていると言うよりは、何だか恥ずかしがっている様子だ。


「望美、もし本当に吉岡君が映ったらどうしようって考えてる?」

「え!? そ、そんなんじゃないよぉっ」

「やだー望美ったら、さっきまであんなに怖がってたのにー」

「もー、優子まで止めてよぉ」


 抗議する望美の頬は真っ赤で、口ではどんなに否定しても私達の指摘が図星だった事が解る。そんな様子が何だか微笑ましくて、私は将来大人になった皆でこのビデオを見返す時の事を想像した。

 望美と優子と私、三人の姿が鏡に映る。一番後ろにいる、ビデオカメラを構えたポニーテールの女の子が自分なのに自分じゃない気がして少しだけおかしかった。


「時間は?」

「えーと……四時四十二分。うわ、結構ギリギリ。望美が遅いからだよー?」

「だってー」

「まぁまぁ、間に合ったんだからいいじゃない」


 軽く言い合う二人を宥めながら、ファインダー越しにもう一度辺りを見回す。……ん?

 ビデオカメラから目を離し、直接『それ』を見る。それは、窓際の棚に横倒しになっている頭の半分欠けた石膏像。

 石膏像はこちらの方を、片方しかない目でジッと見つめている。けど、さっきまであれはこちらを向いていただろうか? 私の記憶が確かなら、石膏像はさっきまで総て扉の方を向いていなかっただろうか?

 ……いや、気のせいだろう。多くの石膏像が自分の方を向いていたから、全部がそうだと勘違いしただけだ。私はそう無理矢理自分を納得させた。


「一花ー、ほら四十四分なるから。カメラカメラ!」


 その声に我に返る。鏡に向き直ると、優子が軽く頬を膨らませながら私を睨んでいた。


「あ、ごめんごめん」

「はい、じゃあ望美がこの手鏡持ってね」

「えー!? あたしがぁ!?」

「当ったり前じゃーん。今日の主役なんだから」

「うぅ、狡いよぉ……」


 優子が取り出した花柄の手鏡を、半ば押し付けられるように望美が受け取る。そして渋々、鏡面を大鏡の方に向けた。


「……よし、三十秒切った。十三、十二……」


 誕生日に買って貰ったと自慢していた黒皮の腕時計を見ながら、優子がカウントダウンを始める。十、九、八……。

 鏡に映った自分の顔が、緊張しているのが解る。あと五秒……。


「三……二……一……ゼロ!」


 優子がそう叫んだ瞬間だった。ゆらり、ファインダー越しに大鏡の表面が揺らいだのが見えた。

 一瞬の後、大鏡から手が現れる。細く白く長い無数の手。それは目の前にいる望美に向けて、真っ直ぐに伸びていく。


「望美、危ない!」


 私は反射的に望美の襟首を掴み、全力でこちらに引き寄せていた。パリンと何かが割れる音。それに構わず、手から望美を庇うように思い切り抱き締める。


「い、一花ぁ!?」

「一花、何、どうしたの?」


 戸惑うような二人の声に、恐る恐る顔を上げる。二人は何が起こったのか解らない、という顔で私を見つめていた。


「え? 手は……」


 大鏡を振り返る。……大鏡は、どう見てもただの鏡だった。手などどこにも見当たらない。床には落とした拍子に割れてしまったのだろうか、ヒビの入った手鏡が落ちている。


「手? 手って何?」

「一花……何か見たの?」


 私の腕の中で、不安げな、泣きそうな顔になる望美。……気の、せいだったのだろうか。あんなに、あんなにはっきりと見えたのに。


「……ううん、ごめん、何でもないよ。光の加減が変な風に映っただけみたい」


 結局私は、そう言って二人に謝った。これ以上望美を不安にさせたくなかったし、私自身自分で自分が信じられなくなっていた。

 勝手に不安になって、迷惑をかけて、これじゃ二人の事を子供っぽいだなんて笑えない。私の方がよっぽど子供じゃないか。


「もー……鏡、弁償してよね?」

「うん……ごめん」

「ねー、もう帰ろう……結局私達以外誰も映らなかったしぃ……」

「だね。やっぱり噂は噂か」


 優子が手鏡を拾い、望美が私を支えに立ち上がる。二人に迷惑をかけてしまった自分を恥ずかしく思いながら、私もまた立ち上がった。


「カメラ……どうする?」

「折角だからまだ回しとこうよ。思い出にさ」

「うん……」

「あーもう、一花元気出しなってー」


 励ます優子の声に少しだけ元気を取り戻しながら、私達は、連れ立って美術室を跡にした。

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