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【それでも私は】そして、束の間の日常②【愛を謳いたい】

 「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。


 39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。


 以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。


―――――――――――――――――


「……これ、普通に他のと綴じていいのか?」

「いや、記載方法と内容に問題がないんだから、そうするしかないだろう……」

 防御の上級生として幾つかある当番のうちの一つ、魔法学校の出入り監視に勤めていた。時々、無茶をしてでも出て行こうとする馬鹿を警戒したり大変だが、そういう時はたいてい事前に注意が回ってくるので、平時は課題をしたり雑談をしたりとのんびりとしたものだ。

 特に夜番の時は暇で仕方ない。昨晩、校長の名の入った夜間外出届でどこぞへ行っていた1特のジョーカーが、朝になってまた奇天烈な方法で外出していった。上級悪魔に外出届を書かせるとは、いや、そもそもその上級悪魔も素直に従うとは。そして、その外出届の目的欄には「聖教会奉仕活動の見学・参加」と書いてるあるものだから、全てがチグハグに思えて、どうしても足りないピースを求めてしまう。

「……あの一年、魔法語しか書けないって、ことか?」

「魔法語で育った……とでも? そんな、教育を受けさせるやつがどこにいるんだ」

「そうだよな……」

 だって、そんなことをすれば日用語が話せなくなるわけで、そんな魔法特化型ならどこぞの子飼いのはずで、そうなれば単身魔法学校へ入学するはずはなく……。

「……逃げてきた、とか?」

「それで、あんなに目立つスカイブルーか?」

「……わからん」

「わからんなぁ」

 外出名簿の整理に見せかけた沈黙が落ちる。

「悪魔・聖獣事典、常に貸出中らしいが、誰かあれの正体、特定できたのか」

「あれらしいぞ、俗にいう999らしい」

 その俗称が指すのは、悪魔審問官Ⅰとして知られる人物が編纂した事典の999頁に記載されている上級悪魔だ。しかし、

「あー審問官の著書、誰かが燃やしたんだろ。詳細不明じゃないか。どれほどのものか知らんが」

「長寿でも長命な類だろう? できうる限りの悪魔・聖獣を召喚してまとめたというから」

「……そんな貴重書を燃やす馬鹿が在籍してるのかここに」

「退学ものよなぁ」

「というか、999といえば聖獣とセット召喚とかいうややこしい条件がなかったか?」

「そもそも、彼女がなんでもって999を選んだのか分からんでな」

 作業の手は止めずに言葉だけがその上を流れていく。

「それで、ベントリー宰領生は明後日ご帰還、か」

「フランさんがそれとなく時間を確認していたから、まぁ、そういうことよな」

「防御は対岸の火事でいられるといいんだが」

「そりゃ、どこぞの紫とは違って無断外出すれば問題を起こす口だろう?」

「あーあ、こちらに火の粉が降りかかってこなきゃ波乱も歓迎なんだがね」

「そろそろ、口をつぐむか」

「あぁ、そろそろ刀馬鹿が通るからな……」

 ようやく一限目が始めるかという時間。人通りも少なくなって、朝一番に外へ用事がある者はすでに外出しているから、次のピークは昼食後。三交代制の夜勤番だから交代はもうすぐ。束の間の休憩のようなものだ。

 それぞれ本に課題にと広げて、残りの時間を潰す。

「今年は、とんでもない一年になりそうだなぁ」

「はは、宰領生があの五人で幕開けだからな」

 雑談のはずが真剣みで軽さが負けてしまっている。それをどこか意識して、自然と彼らは外連味が滲み出た笑みを浮かべた。

 私と同じく彼女も寝不足だというのはどうやら本当のようでした。一夜くらいはどうということないという彼女の言葉通りではないようです。私の手を握っていたはずが、いつの間にか力が抜けて彼女の日に焼けた手は宙に戻っていました。

 相変わらず2歩ほど退いてついてくる例の悪魔も寡黙で、聖教会への道すがら私たちの間にはあまり言葉はありませんでした。

 もう聖教会に着くという段になって、えっちゃんがふと口を開きました。

「そういえば、あの人どうなったー?」

「あの人? ですか?」

 不意をつかれて戸惑いながら問い返します。

「重傷だった人」

 あぁ、アナベラ様のことですかと思いながら、王国が絡むことだけにえっちゃんの意図が読めずに返答に困りました。

「治って無事に戻られましたよ」

 なんとか、当たり障りのない返事をしました。彼女の心中を慮れば無事なんてとんでもないのでしょうが、力無い私にはどうすることもできません。

「ふーん。あれってあれ?」

「あれ、ですか?」

 また曖昧な問いにまた疑問で返しました。

「えーと、加害者はだれ?」

 言葉に詰まって、喉が飲み込んだ唾で跳ねるのを感じました。一転して、重傷の怪我を負ったのならば、そこには必ず敵意のある誰かがいるのだと、政治的配慮から目を逸らさざるを得ない瞭然とした指摘をされて、心臓を掴まれたかのような衝撃を覚えました。それは、当たり前で、でもだからこそ明確になって仕舞えばアナベラ様の立場も第一王子の立場も危うくなるような真実で、この国ではやはり無かったことになってしまうものでした。私があのお方の駒でしかない。その事実が、あのお方と私の間で確認なんて行われないように。ある意味、確然とした公の秘密というものは、あえてものを知っている人たちの間でわざわざ確認されるまでもないものですから。

 だから、無知のはずの彼女に指摘されて胸が跳ねたのでしょう。もし、知らない立場であれば、そこに触れるような真似はしないのが常識でしょうから。王国の暗い秘密なんて、知らない方がいいに決まっています。それは、察するだけで積み上げてきた地位を失う危険をわざわざ増やすようなものなのですから。

 アナベラ様が重傷を負うような悲劇が起きたなら、それは、第二王子派の過激な方達の暴走。第一王子派は関わっているはずがない。事情を知ってるものこそ、そういうしかないのです。

 だから、私の口をついて出たのも、その建前でした。

「第二王子派の誰かでしょう?」

「え?」

 信じていない、というよりもその可能性を考えていなかったかのような彼女の反応に私は密かに戦慄しました。

 彼女は、何も知らないはず。

 そう、ですよね?

「はい?」

 咄嗟に私が取れたのは、反射的に彼女の行動をなぞることだけでした。もしかして、例の悪魔が何か知っていて、彼女に漏らしたのでしょうか? あのお方を省いた不干渉同盟に抵触するわけではないはずだと思っていながらも、後ろを振り向いて彼の顔を確認するようなことは、なぜかできませんでした。あのお方の下僕としてはそうするべきだと分かっていたのに。

 あの悪魔が、アナベラ様の周辺事情に詳しいのなら、それは各国の事情に精通しているということで、ひいては人知を超えた存在としてこの世界を掌握しているという荒唐無稽なお方の持論が真実であるということなのですから。

 冷や水を浴びせかけられたかのように、ただそれまでの聖教会へ向かうという行動しかできなくなった私に、彼女は「へぇ、そうなんだ……」と気の無い返事をしました。

 そして。

 急に身体の向きを変えると。

「ごめんなさーい」

 と。

 はい?

 えーと?

 一体、何に、謝ってます? か?

 私の驚きの声に彼女は説明をします。モラハラとかDVといった、わたしが知らない言葉を並べる彼女の言を要約すると、つまり、第一王子殿下本人が彼女に害をなしたと思った、ということらしいのです。

 いえ。あの……。

 そう、殿下のご寵愛だけは。

 それだけは、あのお二人を取り巻く関係の中で、それだけは真実ですから。

 しかし、本当のところを彼女に悟られているわけではないと知って安堵します。

 だから、その真実から遠ざけるような言葉を作ります。

「そんなわけないじゃないですの。第二王子派の一部が暴走しがちだ、というのは有名な話ですよ」

 確かに第二王子派は苛烈なイメージがありますが、それはクラウディウス様を立派に育てるとか、そちらの気概が高まった挙句のものでしょうけれど。

 ただ、暴走しがちな一面があるのも事実。

 彼女を傷つけたのは誰かという明言は避け、嘘をつかないように言葉を生み出す自分への嫌気が顔には出ていないことを祈るだけです。

「わたしにー! 常識がー! あるようにー! みえるかー!」

 と叫ぶ彼女の横を歩くのがちょっと、いえ、かなり恥ずかしかったのですが、それまでの倦怠感は消えてしまいました。

 なんというか。

 彼女といると退屈をしない、というのもまた違う気がします。

 けれど、彼女といるとどこか心が軽く、明るくなります。

 何か魔法語でぶつぶつと言っていた彼女は、はっと何かを思い出したように私の顔を見ます。

「そいうえば、アルちゃんとどうなったの? 仲直りはしたんだよね?」

 えっ。

 あの。

 仲直りというのは、元から仲が良い前提なので。

 アルフレード様と私の関係には当てはまらないのではないでしょうか。

 いや、その、あれです。

 そう。

 どうして、私は彼女にアルフレード様に片想いをしていると漏らしてしまったんでしょう。本当に。

 上級悪魔と人間の恋がありえるなら、なんて期待をしてしまった? 見てはいけない夢を見てしまった?

 でも。

 ただ、部屋で過ごすうえでのルールを決めただけです、とは到底言えなくて。

「あの、ほら! もう、聖教会につきましたよ。さて、行きましょうか!」

 そう言って、彼女の腕をとって。

 足を踏み出して。

 あぁ、と思いました。

 私は、人に触れることさえ怖くなっていたはずなのに。

 どうして、こうも、彼女は。

 本当に人を救うというのは、こういうことなのかも、しれません。


 魔法学校で外出届提出に少し揉めたわりには、聖教会についた時間はいささか早すぎるくらいでした。磨き上げられて大理石とみまがう節のない綺麗な白樺の床に、防衛の魔法陣がそれとなく組み込まれたステンドグラスがいつもと同じように輝いています。はるか上に天井が広がるのみ、椅子も机もない肅然とした空間に自然と背筋が伸びました。

 早くついたとはいえ、誰も見当たらずに戸惑います。時間や日を間違えたのでしょうか? 手紙でこの辺のやりとりですると不安になってくるんですよね。あのお方とはいつも心話で直接なので、その辺りがどうも慣れません。聖教会から心話をつなげる折衝役を立てましょうかとそれとなく提案されたことは何度もあるのですが、あのお方に理由もわからず拒否されて話が流れるのですよね……。最終的に勇者パーティに入って聖教会と疎遠になるにしてもパイプを持っていて損はないし、勇者パーティに入っても古巣に気を遣うのが理想の聖女像に近くて不信感を与えないと思うのですけれど。あのお方にとっての組織という存在は踏み台にするものでしかないのですよね。まぁ、組織というものに属したことがないというのが正確でしょうけれど。あのお方は、他人というものを信用なさりませんから。

 人が見当たらないばかりか、どうにも閑散とした雰囲気で不思議に思います。えっちゃんは昨日の疲れが出ているのかぼーっと立っていて、例の悪魔は邪魔にならない影になる場所を見つけてそれとなく移動していました。入学前に訪れた時には、かなりの人が生活していたはずなのですけれど、この静寂はどういうことでしょう。ともかく、と思って関係者の出入り口を覗くと、恰幅のいい女性がいました。こちらに気づいて朗らかに挨拶をしてくださります。私も挨拶を返しながら、お名前を思い出そうとしていました。確か、数度顔を合わせたことはあります。どこかの商家のご婦人で時々、聖教会のお手伝いをしてくださっている方だったと思います。

「あら、聖女様、わたくしマリーナですわ」

 思い出すよりも先に名乗られてしまいました。とにかくこういう時は心から謝るしかありません。あのお方とかと違って、本当に申し訳なく思っていますなんて心のどこかで言い訳をしながら。

「みなさんね、御用があるって今日は出かけられているんですよ」

 あっけからんと告げられた言葉にそうですかと頷きながら、色々と心で算盤を弾きます。彼女の言葉に何の嫌味もないのは、聖教会の周辺の方であって過激派とか穏健派とかのあれやこれやに関わらない方だからこそです。あの方は確か娘さんを三男でもいいから貴族の嫁にしたがっていたから魔法学校へ入学した子弟のいる家へ挨拶回りに行っているのかしらとか、あの方は冒険者ギルドの魔法具利用を強く批判していたから抗議書に署名を集めているのかしらとか、そういった厄介なことに関与せずにいられるのです。

 それにしても、一斉に波の引くように人がいなくなるものでしょうか。

「それがね、トルストイ様がね、近くの村に来ていらっしゃるらしいんですよ。それで、みなさん、ご挨拶だなんだって」

「あら……そうですの」

 唐突に出てきた聖教会のトップの名に気圧されます。私も聖教会に居候している身ですから、ご挨拶の一つすべき立場なのですが……。所在をそれとなく探って、お手紙を送るのが無難でしょうか。一応、過激派に属するも、実情は治癒術の施しという穏健派のような活動を行なっている私に、聖教会の長の所在という大切な情報を教えてくださる方は実はないのですよね。居場所がわかっているならすぐにでも手紙をしたためるのですけれど。彼女はとてもお優しい方ですから、魔法学校入学したての忙しい若者から何の沙汰もなくてもお許しくださるでしょうけれど、だからこそ礼を尽くすべきですし……。

 結局、あのお方の情緒が不安定な今、優先すべき事項ではないと結論します。手紙はしたためておいて、マディナ様あたりから教えていただければ出しましょう。寛容なトルストイ様に甘えることになってしまいますが、この身は私の身であって私のものではありませんし、致し方ないことでしょう。

「それじゃぁ、今日は」

「私が留守を頼まれたんですよ。これから、今日の準備をしようと思っていたのですけれど」

「そんな一人じゃ無理でしょう」

 邪気のない彼女につい本音が漏れてしまいます。

「えぇ……よろしければ手伝っていただけると」

「あ、わたしやりまーす」

 背後から聞こえてきた声に振り返ると、えっちゃんがドアの隙間から顔を覗かせていました。

「わたし、聖女さんと魔法学校で知り合って、治癒術がちょっとだけなんですけど使えるから、お役に立ちたいなってご一緒させてもらったんです」

 思いのほかしっかりとした、そして普通の挨拶に私は彼女の顔をまじまじと見つめてしまいました。

「あらまぁ、聖女様、もうご友人がお出来になったんですね」

「えぇ、まぁ……」

「この椅子とか、ベッドとかを向こうに持っていけばいいですか?」

「そう、これとこれ、それからそっちのベッドにはこのシーツを布いて、こっちの予備をそばにおいてくださいな」

「はーい。とりあえず向こうに持っていきますねー。どこに置くかは後で教えてください」

 そういうと彼女は、片手に一脚ずつを軽々と持ち上げて運び始めました。身体作りも上級からですし、細身に見えてかなり力があるんですね……。

「働き者のいい娘さんですね」

「えぇ、そうですね」

 それは普段の彼女を知らないから……と思いつつも、冷静になって状況を思うと運が良かったと言わざるを得ません。いわば、今の聖教会には責任者が不在なわけですから、そもそも私が彼女の参加に対して許可を求める立場の人がいないということです。しかも、「前も参加してもらったんですよ」といえば、次から深く追求されることもないでしょうし。

 でも、上級悪魔は流石に誤魔化しようが……と思ったら、えっちゃんの「付き添い」という言葉と彼の会釈で、護衛のような人だと思ってくれたようです。確かにフリーの用心棒みたいな格好ですけれど、赤みを帯びた黒髪はどうしても目立ちますし、うん、本当に運がいいですね……。そんなにマリーナさんのことは知らないのですけれど、すごく善良な方なんでしょうね。派手なえっちゃんの格好にも何の疑問を持っていないようですし、ここはラッキーだったと流されておいた方が良さそうです。

 二人に甘えて重いものはお任せし、シーツを引くとかそういった軽い作業をさせてもらいました。えっちゃんは、マリーナさんと初対面とは思えないほど打ち解けているように見えました。

 一通りの準備が終わって「では、私は他の用事もありますのでここは任せます」といって裏へ戻っていた彼女に、えっちゃんは張り詰めた息を吐き出すようにため息をつきました。そして、私に顔を寄せて「あぁいう人、苦手」と小声で言うので、驚いて彼女の顔を見つめてしまいました。

「えっ、仲良くされてたじゃないですか」

「うーん、あぁいう、なんか、こっちの苦労を見透かしてニコニコしているような人、苦手。何も知らないくせにってならない?」

「そう、なんですか?」

「うん、だから、あーいう人に本音は見せらんないよねー」

 胸の前で両腕をクロスすることでバツを作って彼女は真顔で言います。あぁ、あのはちゃめちゃなのは、本音というか、素顔なんですね。

「あの、その、ちょっと大人しめでお願いしますよ?」

 私には素顔を見せてくれていると喜ぶべきなのでしょうけれど、嫌な予感がまず胸を支配してそうお願いすると、彼女は親指を立てて見せました。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。弁えるところは弁えてます」

 どうしても返事が曖昧になりつつ、例の悪魔の方を盗み見ると唇を一文字に結んだ表情のまま、小さく首を振られてしまいました。


 これは油断ならないなと思いつつ、彼女に何かとにかく注意を、念を押しておこうとしたとき、三、四歳くらいでしょうか小さい子どもを抱きかかえた母親が聖教会へ駆け込んできました。えっちゃんは、スキップをするように軽い足取りで彼女を迎えるように歩いて行くと、何か一言二言話しかけて子どもを受け取りました。服装からすると王都に住んで何か商いをしている方でしょうか。大きな商家の出、というわけではなく露天に店を出しているような。

 熱にうなされ汗の浮いた子どもの頭を優しく撫でる彼女に思わず上級悪魔の方を見れば、何も知らないというように小さく横に首を振られるのみ。母親の堰を切ったような訴えに一つ一つ頷いて話を聞いている彼女を尻目に、私はそっと子どもの手を握りました。

 どうやら、数日前から体温が高かったものの、子どもは普通に遊んでいたから日々の生活の忙しさに流されてあまり気にしていなかったとのこと。それが、昨夜から急にぐったりとして、あまりにも高熱が続くので心配になって駆け込んできたとのことでした。

「水は? 飲めてるんだ。うん、そっか。ご飯……は昨日から食べてないんだね」

 それは心配だね、と相槌を打つ声は、普段の彼女からは想像の出来ない、落ち着いたものでした。私は、母親のことはえっちゃんに任せて、目を閉じます。小さい子どもの、魔力の流れを感じ、そして、意識を中へと進めていきます。

 集中しているときは外の音は聞こえないはずなのに、なぜか彼女の声は私の治癒術を支えるように染み込んできました。その大半は、子どもを心配する母親を気遣うもので、決して彼女を責めるわけでもない穏やかな調子でそれとなくアドバイスも伝えていました。

 どうして、彼女はそんなことを知っているんでしょう。

 そんな不思議をぼんやりと抱きながら、目を開けました。

「聖女さん、どう?」

「はい、風邪……ですわ」

「そっか」

 そして、一呼吸置いてから彼女は笑顔を咲かせました。

「よかったね」

 その笑顔を向けられた母親も安堵した顔に自然と笑みを見せました。礼を言って子どもを抱く母親に私は会釈を返しました。えっちゃんは彼女に子どもの楽な抱き方を教えながら、出口の方へ一緒に向かいます。「普通のご飯を食べれない時は、薄めのスープとかだと食べてくれるかも。たくさん汗かくから、お水だけはしっかりね」そんな言葉を聞きながら、私は悪魔と顔を見合わせました。

 彼女は、どうしてそんなことを知っているんでしょう?


 やってしまいました。

 だって、そうでしょう? 「治癒術を使える」というのですから、それを使った経験がないなんて、思わないでしょう?

 彼女に、軽い、擦り傷程度の傷を治してもらったんです。淡い光と共に傷は癒えて、その光にアザエル派の治癒術なんですね、と思った瞬間、こちらを凝視している悪魔と視線が合いました。

 え。

 え?

 もしかして、彼女、初めて治癒術を使ったんですの?

 でも、そんなはずないのです。

 だって、傷は綺麗に跡形もなく消えていて。それは皮膚が塞がったというだけではなくて、その下も綺麗に癒えていて。

 つまり、その擦り傷はちゃんと治癒されているのですから。

 だから、治癒術を覚えたての、一部しか癒えていないとか、相手の魔力と融合しなくて副反応が出るとか、そういう失敗は一切おかしていなくて。

 これが、初めてのはずがないのです。治癒術の「術」と言われる所以は、魔法が世界の法を使い、魔法式で書き込むように使うのに反して、相手の魔力を感じて自分の魔力と融合させて治癒を導くものだから。それは、魔法式が成立していれば、魔力の行使に必ず結果がついてくるような性質のものではなく、相手の魔力を読み、その上に自分の魔力をのせて治癒を促すもの。

 私だって、と思うのはおかしいのでしょうか。

 私だって、あのお方に治癒術を使うだけの存在として造られた私でさえ、その習得には苦労したのに。あのお方は、思い通りに出来上がらなかった「失敗作」を切り刻んで私の前に積み上げながら「こいつらにも限りがあるんだよ、早くできるようにならないと新しく何か作らないといけなくなる」と苛立たしげに……。

 ……。

 記憶の奥底に沈めて、思い出さないようにしていたことを、思い出してしまいました。

 でも。

 でも、上級悪魔を召喚してしまっている彼女だから、そんな奇跡もあるのかもしれません。

 才能。

 そんな言葉が脳裏をよぎります。

 ……うーん、でもあのお方も才能とかそういうのと無縁、嫉妬と執念の方ですから。私にもなくて当然のような気がしますね。

 一回だけ治癒術がうまくいったかもしれないと思うと、彼女に頼むのが怖くなって、それとなく断るように誘導していたら、彼女が、思いもしないことを始めてしまいました。私が、「聖女」が魔法学校に入学してもなお聖教会で市民への奉仕活動をしている。これは、聖教会の喧伝のおかげで人々の口にのぼり、そして事実かどうかを確かめるべく動いた市民によっていつもより多くの人が些細な怪我や病気で押し寄せてきていて、私は「聖女」らしく丁寧に対応しつつも、こっそりゲンナリしていました。そんな中、彼女への監視が緩んでしまったのです。

 彼女は、広い会堂の中で端に座り込んでいる子どもたちの元へ行ってしまいました。その多くは、冒険者か、街を駆け回るような生業を持つ親ならいい方で、子どもには決して言えないようなことでお金と食べ物を稼いでいる親がいる子どもたちです。聖教会としての対応はグレーで、追い出してしまうような方もいれば、いるだけであれば黙認するような方までいます。私も、彼らのことをどこかで「そんな存在」として扱っていたのでしょうね。

 だって、自分のことで精一杯で。

 それに、助けたい人、気になる人もたくさんいて。

 そして、そうやって、言い訳を重ねて。

 だから、彼女が真っ向から彼ら彼女らの元へ向かったのを見て、異質を感じてしまったのでしょう。だから、「そんなことをするなんて」というよくいえば嗜め、悪くいえば眉を顰めるような感覚が、本音として心に浮かんだのでしょう。

 とはいえ、私の選択はそのままの現状維持、つまり彼女ごと無視をして自分の役目を果たすというものでしかありませんでした。チラチラと彼女たちの方を気にしながら、治癒術の奉仕を続けていました。

 一人でも多くの人を助けたい。その想いでやっていたのに。聖教会の建物にすがるように集まる子どもたちはその数になぜか入っていなくて。どうせ、混乱に落ちる世だけれど。だからこそと決めていたのに。

 上級悪魔も彼女をじっと見つめていました。

 最初は警戒心と敵愾心を剥き出しにしていた彼らは、彼女が話しかけるにつれそれを和らげて、そして最後には彼女が提案した遊びに乗ることにしたようです。それは、邪魔にならない程度の場所を使って、静かに歩いて鬼ごっこをするというもののようでした。彼女は唇に人差し指を当て見せながら、片っ端から子どもたちを軽く抱きしめて離していくので、恥ずかしさと遊びの本気が入り混じった様子で子どもたちは逃げ始め、無気力だけが漂っていた一角が急に活気の溢れた場所に変貌しました。全部の子どもたちを逃げ惑わせることに成功した彼女は、すばしっこく身体を捻って逃げる子に鬼を譲り、彼が他の子どもを追いかけ回すのを確認してそっと身を引きました。不気味なほど静かに遊ぶ彼らを少し離れたところで見ていた彼女と、急に目が合いました。にこりとこちらに笑って見せる彼女に、つい視線を外してしまいます。

 次に彼らに視線をやったときには、体格の大きくて有利になる子にハンデができていました。地に着いた足のつま先に、踏み出した足の踵をつけて歩かなければならないというもののようで、えっちゃんはふざけながらそのルールに従ってこちらに歩いて戻ってきました。おどけて肩を上げられて、反応に困った私は見なかったことにしてしまいました。

 「また奇妙なことをされるよりは」と思って、彼女に軽傷者の治癒を任せます。彼女はそつなく対応も治癒もこなしていきます。目があった上級悪魔に肩をすくめられました。

 どっちが、本当の彼女なんでしょう? 時には奇声をあげて突拍子もないことをする彼女。そして、朗らかな笑顔で誰も文句のつけようのない立ち振る舞いをする明るい彼女。

 ふと子どもたちの方をみると、年長者がハンデを背負った代わりに有利になった真ん中の子らが横向きに歩くというルールを生み出していました。私の視線を追ってそれに気づいた彼女は、ふらりと持ち場を離れます。「疲れた人ー」という、張り上げているわけではないのに遠く届く声で子どもたちに問いかけます。何人かがさっと手を上げて、それに倣って半数近くが手を上げたところで、「じゃぁ、休憩ねー」と言って膝を抱えて座ります。子どもたちもそれに倣いながら、いつもなら聞こえないクスクスという笑い声が満ちて、彼女の「疲れたら手を上げなよー、でたくさん手があがったら、こうして休憩ね」という声をかき消します。そして、さらに奇妙な鬼ごっこを再開したくなった場合は反対に立ち上がって意思表示をするというルールを作ってから彼女は戻ってきます。

「子どもって、自分が思う以上に無理するじゃん?」

「まぁ、そうですわね」

 相槌を打ちながら思います。

 私には子ども時代と呼べるものはなかったのですけれど。それと同時に彼女がどんな子どもだったのか興味が頭を傾げます。

「わたしもさー、あーいう子だったから」

 それは、つまり、無気力に佇むだけでおおよそ生きているとは言えないような? そんな姿を想像できずに私は首を傾げます。私の疑問を感じ取ったのか、彼女はらしくない曖昧な笑みで誤魔化そうとします。

「まー昔の話よ? 昔の」

 魔法学校の入学年齢範囲は、十五歳から二十歳まで。例外の長寿族ではない彼女もその範囲のはずで、昔と言ってもたった十年前の話のはずです。

「じゃぁ、あなたみたいに元気をくれる人がいたんですね」

 気まずい沈黙を避けるために無意に近い言葉のはずでした。彼女は弾かれたように私の目をじっと見ました。

 そんなことを考えたこともなかったというように。

 それは、つまり、彼女が一人孤独に乗り越えてきたという査証なのでしょう。傷つけたかと思って慌てて取り繕う言葉を捻り出そうとしたところで、彼女は濃い茶色の瞳が見えなくなるくらいまで目を細めて笑みを浮かべました。

「そう、そうなの。そういう人が、たくさんいたの。だから、わたしもそういう人になりたいの」

 まるで、溢れてきた涙を誤魔化そうとするかのように、彼女は顔を背けました。


 えっちゃんと子どもたちの奇妙な邂逅以外は、今日の聖教会での奉仕活動はおおよそ成功に終わったと言って良いでしょう。えっちゃんは初めてとは思えないほど治癒術を使いこなし、そして本気で学ぼうとしていました。「人の役に立ちたい」「人を助けたい」そんな純粋な熱量に私は押されそうになりました。

 人を欺くため。

 あのお方の駒として、私はそのためにあるのですから。いくら心から私が彼女のように純粋な思いでいても、それさえあのお方の手にひらの上でしかないのですから。

 全ては。

 全ては、あの悪魔の世を壊すために。

 そのためだけの駒なのですから。

 陽が正中に近づくにつれて、聖教会の広場は明るくなるように作られています。その光量が一日で最大を迎える間際になって、私たちは自然と今日の奉仕活動を終えることにしました。えっちゃんは手際よく準備の逆を辿って始末をつけていきます。その様子を見て訪問者は諦めを見せて立ち去っていきます。よっぽどの大病や大怪我を見かけた時は、それでも声をかけるようにしているのですが、今日はなぜかそういった方は見当たりませんでした。なんというか、運がいいというか、巡りがいいというか……。

 やがて、私たちと子どもたち以外の姿は無く、その段になって私は、あの悪魔が姿を消していることに気づきました。

「あら……彼は、どうしたんですの?」

 思わず聞くと、彼女は私から目を逸らしました。

 え?

「あぁ、ちょっとね」

 あら?

 どうして、隠すのでしょう。

 さっと血の気が引くような嫌な予感が走りました。

 あのお方が関係しているのでしょうか? 昨日の今日に及んでまた彼女を来襲しようとしてあの悪魔に阻まれたのでしょうか?

 そんな。

 あのお方は、無事なのでしょうか。

「ちょっと。ちょっと聖女さん、わたしのこと疑ってるでしょ。心外だなー」

 彼女はテキパキと身体を動かしながら言います。その目は私を見てはいませんでしたが、本心からの言葉のようでした。

「あのさー。ちょっと買い物頼んだだけだから。すぐに帰ってくるはずだし」

「そう、なんですのね?」

 なら、隠そうとしているのはその買い物の中身ということになりますが……。そこまで詮索するのは躊躇われて私も彼女の手伝いに戻ります。とはいえ、やはり準備の時のように大した役には立てないのですが。

 大方片付いて、もう魔法学校に戻らなければという段になって例の悪魔は帰ってきました。両手に大きな紙袋を三つばかり抱えて。

 そんな彼の姿を目にしたえっちゃんの肩が、スゥッと上がりました。

「ちょっと。ちょっと。何そんなに買ってきてんの? アホなの?」

「は? ……あれ、いや? うん?」

 悪魔は、その声とツカツカと歩み寄っていく彼女に動揺を隠さずに狼狽しました。

「わたしと聖女さんの分だけでいいんだけど、お昼ご飯」

「……」

 心話でいいのにわざとそんな大きい声を出す彼女に、私は首を傾げます。歩いてとはいえ鬼ごっこに疲れて壁にもたれかかっていた子どもたちも彼女をじっと見ていました。

 後ろ姿からでもわかるえっちゃんの刺すような視線に、悪魔は細い目で応えます。しばらく音にならない言葉が確かに二人の間で交わされたと分かるような、睨みがあいが続いて、先にふっと視線を逸らしたのはどうやらえっちゃんのようでした。

「まーいいよ、仕方ないもん。一個かして」

「これか?」

「ううん、そっちじゃない。こっち。多分」

「ほら」

「ありがと」

 そう言って彼女は悪魔から紙袋を一つ受け取ると、子供たちの方へ歩いてきました。

「馬鹿がたくさん買ってきちゃったから、無駄にならないように食べるの手伝ってくれない?」

 屈託なく彼女は子供たちに笑みを見せています。

 あぁ。

 なるほど。

 そう、ですよね。

 身体を動かせば、お腹が空くのは道理です。ましてや、人に預けることもできない親を持つ彼らは、まともに朝食にありつけたかどうかさえ怪しいはずで。

 でも、えっちゃんが普通に買って与えたのでは、彼らも気後れします。

 ましてや、昨今はどこかの極悪人が貴族の子弟を拐かすために食事に眠り薬を混入したものですから、それを真似して彼ら彼女らのような大人に守られていない子供を労働力として攫っていく手口にも転用されているのです。後ろから襲って袋に詰めるよりも、怪我もさせずに、そしてその怪我から健康を損ねさせるような危険を犯さずに品質の良い労働力を確保する手段として、誰もが知るものとなってきています。市井の民が警戒するようになった頃には、あのお方はその方法はもう使わずに手を引いていますけれど。

 ですから、子どもたちも見知らぬ人からの食べ物は、たとえどんなにお腹が空いていたとしても、警戒しています。子どもを置いていくなんて殺生なことだと思うかもしれません。でも、聖教会にも意地はあります。子どもの拐かしが発生したなんてなると、聖伐隊の出番となるでしょうし、彼らを敵に回すような度胸のある悪人はおおよそあのお方以外にはいないでしょう。だから、せめてこの場所に置き去りにすることが、自分の目が届かないなか子どもを守ろうとする親たちの必死の努力とも取れるのです。

 子どもたちは、彼女に対して一旦解いた警戒を半分ほど取り戻して顔を見合わせています。悪魔はやれやれという疲労を隠さずに、なぜか私の方へやってきて、なぜか私に残りの二つのうち一つの紙袋を差し出してきました。

「あら……?」

 不干渉の約束はどうなったんでしょう。

「いや、まぁ、とにかく嫁から? どうぞって、ことで」

「……そうですの。まぁ、いただきますね」

 紙袋を受け取って中を覗くと、たくさんのパンが入っていました。「もう一つの方と間違っていません?」と視線で問うも、悪魔ははっきりと首を横に振りました。そして、なぜか私を見つめたままなので、首を傾げつつも一つパンを取り出して口に運びました。

 咀嚼して、パンを口に運んで、咀嚼して。

 一つ食べ終わる頃に、子どもたちと無言で睨み合っていたはずのえっちゃんが叫びました。

「わかった! そだよね! 聖女さんが食べてるやつと同じパンがいいよね! うん! みんなそっちが食べたいに決まってる!」

 そう言ってダッシュでこちらにやってきて、私が持っていた紙袋を奪い、持っていた紙袋を押しつけてきました。

 え、えぇ……?

 なん、なんなんですの?

 流石に狼狽します。

 あ、これ、さっき急に彼女に責められてたときの悪魔と同じ反応ですの……。

 もしかして、私も彼女の手のひらで踊らされてます……?

 渡された紙袋は軽く。そして、彼女は「かわいそうだからもう一個だけあげるね」と言わんばかりに重い紙袋からパンを取り出して私に押し付けて。

 えーと。

 聖女に食べさせるものの上、実際に食べてるから安全ですよと言う、そういうパフォーマンスに使われましたね……?

 呆然としているうちに、子どもたちの元へ戻ったえっちゃんの手から彼らはパンを受け取っていました。勢いよくがっつく子には「喉に詰まったら死ぬよー」なんて呑気に剣呑な注意をして止め、まだ疑心暗鬼が晴れない子には「後で食べてもいいんだよー」なんて優しく言う彼女を、私は悪魔と一緒に眺めていました。

 ま、まぁ。

 実際に、子どもたちが食べていますし、あの……私も彼ら彼女らの役に立った、なんて思っても良いんでしょうか?

 彼女が、彼らに二個目を配り始めたのに内心、そんなに量があったのかと驚きます。悪魔が戻ってくるのが遅かったのは、昼に差し掛かった時間帯にそんな量のパンを買い占めるのが大変だったからでしょう。二つ目も取られないうちにと急いで口に押し込む子もいれば、二つ目のパンを前にしばし思案してこの場にいない他のきょうだいに分けるのかこっそりと服の中に隠す子もいます。えっちゃんは彼らの様子を確かめてから、喜びを隠さずにスキップで戻ってきました。

「聖女さんのもちゃんとそこにあるからねー」

「えぇ、まぁ、その、食堂に行けば食べれますし……?」

「うーん、時間がちょっとまずいと思うんだ」

「え? あれ? もう、そんな時間ですか?」

「そうだよー。早く戻んないと授業始まるー。食べながら戻ろ。悪魔さん、それ、貸してー」

 あぁ、そうです。

 紙袋は三つ。

 一つは子どもたちの分で、もう一つが私たちの分なら。

 最後の一つが余ります。

「それは……」

 私が疑問を口にする前に、彼女は関係者出入り口に半身だけ入り、大声で言いました。

「マリーナさん、いらっしゃいますかー!?」

 遠くでの返事が聞こえた後に、バタバタと慌ててやってきた彼女にえっちゃんはその紙袋を「はい」と当然のように手渡します。中身もわからない紙袋に、マリーナさんは戸惑いながら、疑問を口にしました。

「これは?」

「パンです。皆さんで食べてください。わたしたちはもう魔法学校に戻らなきゃ行けなくて、片付けもあらかた終わってるんですけど半端だから、そのお詫びに」

「まぁ、それはそれは。治癒術をひとのために使う立派なことをされてるんですから、気を回さなくてもいいんですよ?」

「いーんです、いーんです。本当に気持ち程度ですから」

 私と悪魔の目が、合いました。

 今日、何度目でしょうとこっそり数え始めている間に、えっちゃんが私の手をとっていました。引きずられる形になって反対の手に抱えたパンの袋を落としそうになりながら、慌ててマリーナさんに会釈だけして早足の彼女に小走りで追いつきます。

 その横顔が、笑顔のはずの横顔が、微妙に歪んで見えました。

「えっちゃん?」

「うん」

 彼女の目がきらりと何かが光って散ったように見えたのは、気のせいでしょうか。満面の笑顔で彼女は言います。

「聖女さん、今日はありがとうね」

 その感謝には、治癒術を教えた以外のことも含まれているようで。

 それでも、それが何かわからなくて。

 ありがとうと言いたいのは私の方なのに。

 あの子どもたちに、束の間の楽しみをあげて、そして空腹を少しでも埋めようとしてくれて。そんなこともできない私の代わりに助けてくれて。

 ありがとう、と。

「……はい」

 なんとか返した言葉は簡素で何の意味のないものでした。

 後ろから静かについてくる悪魔の、感嘆のようなため息がやけに耳に残りました。

寝不足でああああに辛辣になってる聖女さん好きです笑

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