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【それでも私は】そして、束の間の日常①【愛を謳いたい】

 「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。


 39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。


 以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。


―――――――――――――――――


「今日、授業、出ないでおく」

 早く来ていた方を探して隣に座る。そんないつも通りに習って、俺の隣に座り、半分ほど皿を空にしたキースが急に言った。特に話すこともなければ、無言で朝飯が終わったりする。とはいえ、この時期は競技会の実況選出があるから、その打ち合わせの時間になることが大半だが。

 とはいえ、今日は昨日の今日だから。

 姿を消した1特の四人目が帰ってきた。

 そして、事情も明かされぬまま、何のお咎めもないらしい。いや、特殊の宰領生が留守にしている以上、彼の帰還と判断で持って何かしらの罰があるはずだった。でも、もう、ないっていう、そういう雰囲気なんだよなー……。絶対皇帝の治める帝国の人間からすれば、そんな特例なんか作ってしまえば風紀が乱れやしないかと心配になる。

 咀嚼しながら、どうしてだと視線で問えば、

「あの女を一日つけてみようかと思う」

 などという。

「いやーやめておいた方がいいんじゃないか?」

 ただの女子ならいい。まぁ、バレたらまずいという意味ではどちらも同じだが、上級悪魔つきときてる。

 彼は真顔で、ジュリアス、と俺の名前を呼ぶ。

「そのまま後をつけるなんてことはしない。後をつけてるリアをつけたらいいわけだな、これが」

「何が、これがだ。アホか?」

第一、そんなことをしても。

「それ、そもそもリアにバレるんだから、同じじゃないか……」

「宰領生を気にしてるのと、一年のそれも女子を気にしてるのとじゃぁ、違いが明確じゃないか。リアは別に邪険にしやしないし」

「まぁ確かに時々、複数のコブをつけてうろついてるが」

 後をつけられて、しかもそれに気づいていて平静としているのは、まぁ、なんというか、やはり別格の気風はある。さすが、宰領生というか。器の大きさ、という点だけを見れば、そりゃ、ハーバードよりもリアに軍配が上がる。さしもリアを嫌ってその転落を願っている奴こそ認めざるを得ないくらいに。

「まぁ、だって、普通に撒かれるもんなぁ。向こうがその気になればすぐに」

「なんだろうな、あれ。でもまぁ、そこまで分かってたら辛そうなもんだが」

「ん? 辛いか?」

「いや、キースお前にはその繊細さがないから」

「そりゃ、そんな力があれば悪用し放題だろう。秘密を握って脅すだけでひと財産どころじゃないぞ」

 そこが嫌われるたる所以だぞーとは思うが、あえて口に出さない。しらっと白い目でちらっと見てから、飯を食べる作業に戻るだけで、多分、十二分に伝わる。伝わっても、こいつは反省どころか自重もしないのが一番の欠点なんだがなー。

「まぁ、というわけだから」

「いや、好きにすればいいが、あれだぞ。リアが彼女に張り付いてるとも限らないし」

「うん、どうだろうな。カルロスがまだ留守なんだから他の宰領生が気にしてる他ないと思うから、七分くらいでリアの担当だと踏んで、当たってみる。まぁ、リアがそれ以上に優先する何かというのも気になるし」

「まぁ、確かに……」

 宰領生なんてできないと不安を滲ませておきながら、不正や規則違反の検挙をそこそこしている、らしい。らしいというのは、リアが直接動くわけじゃない。校内治安維持に努めている防御の上級生にそれとなく注意を促したり、身分が高い違反者がいればゲラシウスに耳打ちしたりしているらしい。まぁ、やればやるほど嫌われる立ち位置だ。それこそ、リアが取り締まれば恐怖政治として通用するのに。

 なんて思うのは、それが罷り通っている帝国人の性か。

「よし、じゃぁ行ってくる」

「おー、行ってこい」

 ゆらりと立ち上がって食堂のざわめきに消えていく、細い長身にそう声をかける。

 まぁ、うん。

 止めても無駄、だもんなぁ。

 私が起きるとすでに、アルフレード様は起きられていました。

 確か、意識が朦朧としてきたあたりであのお方には、明日からはえっちゃんの偵察に集中しなければいけないからと睡眠をとりたいと恐る恐る申し出て、あのお方は襲来の際の妨害工作のためにそうしなさいとかなんとか言ってましたけれど、もたれかけた壁をベッドへ背中でなぞるように崩れ落ちてそのまま眠りに落ちてしまいました。落ち着いて規則的になったアルフレード様の寝息だけを頭のどこかで意識しながら。

 明るくなった部屋で私をじっと観察するように、彼はベッドに腰掛けていました。身体を起こした私と目があって、彼は気まずそうに立ち上がるとドアを開けて廊下へ出ました。ここ数日で、私たちは相手が部屋にいないうちに翌朝用の服を着ておくという方法をすでにとるようになっていました。私も、その背を追うようにして廊下へ出ます。

 そして、後悔しました。

 やはり、数時間は寝れたと言っても、寝不足。何も考えていない頭に思わず下唇を噛みそうになりながら、それでもその動作を彼に知られたくなくて平静を装います。

 お互いに、右か左、どちらへ向かうか探り合いが平行線をたどりそうになった時、隣の部屋のドアが勢いよく開きました。

「あーさーだーよ!」

 えっちゃんが、そう言いながら飛び出してきたのです。

「……知ってるけど」

「おーいえーい。聖女さんにアルちゃん! ご飯ですか? 朝ご飯ですか? ご一緒でーす」

 そう言って、彼女は右にアルフレード様の、左に私の肩をだいて、そのまま食堂へと続く階段へと向かいました。

「いいけどさー……確かに飯行くけど……。ていうか、エロ……えっちゃんは、叫びながら廊下に出てきて、誰もいなかったらどうするつもりなの?」

「うちのがいるから不審者じゃなーい」

 苦笑いの気配だけを背後に感じながら、私たちは食堂へ向かいます。廊下を曲がるときにチラリと後ろを伺えば、邪魔にならないようにと静かに後ろをついてくる例の悪魔の姿が目に入りました。

 ……あのお方も、これくらい、ううん、半分の半分の半分の……そのまた半分くらいでも気が利けば楽なのに。私も、こうして寝不足に悩まされずに済んだでしょうに。

 日替わりの三つのメニューから朝食を選ぶまでは彼女のテンションは相変わらず高かったのですが、いざ座って食べ始めるとどうやらうとうととし始めました。彼女の隣に悪魔が座ってしまったので、アルフレード様はイヤイヤといった様子で私の横へ腰掛けます。一枚板の椅子の、私との間につーっと指を直線に走らせた彼の意図を少し掴みかねましたが、部屋と同じように「ここから入るな」というつもりのようです。その意地らしい姿に思わず笑みが漏れそうになりましたが、頷きつつ堪えました。

 いつも邪魔にならない位置で立っているはずの悪魔がわざわざ彼女の隣に座った理由はすぐに判明しました。一口二口食べた後、スプーンを持った拳を机の上に置いたまま、悪魔と逆方向へ彼女の体が揺れました。悪魔は肩を抱いて引き寄せようとしました。が、一瞬だけその力に沿って動きの向きは変わりましたが、なぜか前の方へ倒れて行こうとする彼女を、悪魔は慌てて腕を彼女の身体の前に入れて止めました。彼女の身体は食事の上へ倒れずに止まったものの、悪魔も咄嗟のことに動きが止まります。

 私も手を止めましたが、アルフレード様は呆れつつも食事を続けていらっしゃいました。

 悪魔は何を思ったのか、彼女の頬を軽くつねります。

「寝てない! 大丈夫、起きてる! うん、起きて……」

 けれど、彼女の瞼は開かれることなく、今度は悪魔の肩へもたれかかっていきました。

「寝てんじゃん」

 手際よく食事を片付けていく合間に、アルフレード様が呆れを口にされます。

「そりゃ、あれだけ夜中に騒いでたらそうなるよ」

「……騒いでいらしゃいました?」

 ほとんど寝ていない私が、何の騒ぎを聞いたりしていないのですけれど……?

「……心話で」

 彼は私とは反対の方へ向いて小声で付け足します。

「そう……なんですね」

 なんとか相槌を返し、気まずいまま二人の方へ視線を戻します。悪魔が彼女の手を握り、頬に口づけをするところでした。

「……あーもう。俺ら、朝から何見せられているわけ?」

 えっちゃんの魔法語の叫びにかき消されたアルフレード様の呟きでしたが、彼は気まずそうに視線を逸らした後に、朝食をかきこみ始めました。

 それとなく彼女と上級悪魔に注目が集まっていた食堂の中で、急に魔法語で悪魔に詰め寄りはじめた彼女に、魔法を使った痴話喧嘩が始まるなら逃げようとする人、責任を果たして止めようと身構える人、それぞれが反応を見せています。私たちだけはその流れから取り残されていました。彼は眉間に皺を寄せながら食事をかきこみ、私は今度こそ溢れてしまった笑みを隠すために口元を手で覆っていましたから。

 ふふ。「俺ら」。

 言葉だけでも、一緒にしてくださった。

 なんの関係もないことなのに、昨夜の苦労が報われた気がします。

 悪魔が彼女を宥め終わった頃には、アルフレード様は勢いよく立ち上がって「じゃ、俺は授業あるから」と逃げるように立ち去ってしまいました。

「あー、アルちゃん、行ってらっしゃい」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 えっちゃんの言葉を追いかけるように私も同じ言葉を口にしました。少し彼の動きがぎこちなくなった気がして、あぁ、駄目ですね。アルフレード様の負担になるのは、本意ではないのに。

 でも、こちらに親指を立てて片目を瞑ったえっちゃんに、ちょっとくらい良いか、なんて思ってしまいます。

 あぁ、今日一日はまだ長いのに。

 どんな、落とし穴が待ち受けているのか、わからないのに。


 アルフレード様と入れ替わりに食堂にやってきたクラウディウス様が一時間目に遅れまいと慌てて朝食を召されているのを、肘をついて眺めていたえっちゃんがポツリと言いました。

「……もっと急いで食べたら?」

「んん、急いでますけど?」

「……」

 無言になった彼女は、隣に座る悪魔の顔を見ました。悪魔は、少し躊躇した後、軽く頷きました。

「上品すぎない? 急いでる時くらいちょっとくらいいいじゃん。さっきもなんかちゃんとしっかり飲み込んでから口開くし」

 「当然でしょう」という感情を表情だけで物語りつつも、クラウディウス様はもう彼女に言葉を返すことはありませんでした。彼女の言葉に、小さく何度も首を振って自分はそんなことを言うとは思っていなかったと示す悪魔を軽く視界に入れながら、彼女に付き合って言葉を紡いでいては授業に間に合わないと思われたのでしょう。

「んー……」

 前に大きくかしいだ首を再び両の掌の中に収めながら、えっちゃんは言いました。

「お邪魔みたいだから、わたし達は先に出かけよっか。ていうか、マジで寝そう。クラちゃんは光の攻撃の授業だったよね。得意分野なのに、遅れないようにねー」

 私はその言葉の途中で頷いて立ち上がりました。

「あの、あまり急いでお怪我などないように……」

「聖女さん行こー。邪魔だもん邪魔ー」

 長机を回って私の隣にやってきたえっちゃんは、私の腕に手を回してクラウディウス様に舌を出して見せました。無視を決め込まれたことの意趣返しでしょう。思わずむせてしまったクラウディウス様に彼女は得意げに口角を上げます。あの、多分、彼は他人からのこのような幼稚じみた行動を取られたことがないからだと……。そんな彼の様子に満足した彼女は私の手を握ると歩き出しました。

 それでも、ある程度彼から離れるとその姿が見えなくなる前に彼女は大きく手を振ります。クラウディウス様が苦い様子を隠さずに小さく手を振られたのを確認すると、彼女は今度こそ満足気に満面の笑みを浮かべると、私の手を引いて食堂を後にしました。

 悪魔は、私たちの背後を一歩置いてついてきながら、眉間のしわを伸ばしていました。

 魔法学校の出入り口には、作りつけのカウンターがあります。そこに、体格のいい上級生が二人詰めて、学生の出入りを監督されています。

「……戻ってきたばかりだろう、授業は?」

 そう尋ねられたえっちゃんの顔を私は伺います。アルフレード様が心話で騒いでいたとおっしゃっていましたが、どこかへ外出されていたみたいですね。どこに、という疑問はもちろん沸きますが、もっと自然に聞くタイミングを測って詳しく聞いておきましょう。多少はあのお方への言い訳も作っておかないと彼女に何をするかわかりませんし。

「あー、えーっと、授業は午後からなんでー?」

「一年とはいえ、授業は甘くないぞ? 仮眠でも取ったら良いのに」

「何より基礎は大事だからな。それに、体調管理も本分のうちだぞ」

 口々に言われ、彼女は眉を顰めます。

「やだー、半日が無駄になるじゃないですかー。まだ若いんで、一日二日の徹夜は慣れっこですしー、ね?」

 私に言われましても……。

「無茶は、ダメですよ?」

「あぁ、聖女様は聖教会での奉仕活動ですね。ランスから聞いています。こちらにご署名いただいたら結構ですよ」

 彼女を嗜めたことで、私の存在に気づいた彼らは外出者の名簿を差し出してくださいました。サインってあまり好きじゃないんですの。だって……私にはあるべき名前がありませんもの。まぁ、与えてくれるべき存在が与えてくれなかったんですから、諦めるべきなのでしょうけれども、こういう機会のたびに未練がましくいじけた感情が湧き出してしまいます。そんな感情は押し隠して、にこやかな笑顔を意識しながら借りたペンを走らせます。

「えー! なんで聖女さんにはそんなに優しんですかー! 私も同じですよ! 聖女さんについていくんですー!」

「……え?」

 私の手続きをしていた方が用紙を落とし、彼女の相手をしていた方が声を漏らしました。

「えってなんですかーなんですかー! ねー悪魔さん何か言ってよー!」

 そう言うと彼女は水色の裾をくるりと翻して、後ろに控えていた彼の顔を覗き込みました。私からは彼女の後ろ姿しか見えませんが、さぞ可愛い顔だったのでしょう。悪魔は無表情のままたじろいだ後、こちらをみてきました。

 ……私ですか。カップル揃って……。

「え、えーと、まぁ、あの、見学したいと言うので……」

 彼女の方をチラチラとみながら私は言いました。彼女はうんうんと頷きながら、期待に満ちた目で半信半疑の上級生たちを見つめていました。彼らは顔を見合わせて、その後一枚の用紙を彼女の前に出しました。

「わーい、ありがとー!」

 むんずとその紙をつかみ、書き込み始めようとして顔を上げました。

「なんで、聖女さんはサインで、わたしは書類なんですかー!」

 上級生たちは、苦笑いをさらに深めて、

「悪魔がいるから、厳しくなるんだ。召喚者が連れていくなら、必須だから」

「上級は審査があるからともかく、普通は魔法学校が許可をしているようなもんだからな。外出も厳しくなる」

 二人の声に眉間に皺を寄せながら、書類を睨んでいる彼女に悪魔が助け舟を出しました。

「あー、嫁、残ろうか?」

「えー!?」

 彼女の抗議の声と同時に、私も悪魔にそれとなく視線をやります。私と彼女二人きりだと、ちょっと、なんというか、不安があるというか……。奉仕活動をしながら、彼女の突拍子のない行動を止めるないといけないとなると、その、ちょっと、あの……無理が、無理があります。あのお方を止めるのに寝不足ですし……。

「……まぁ、ついていこう」

 私と数秒の間、目と目を合わせた悪魔は視線を切りながらそう言いました。

「じゃー、これ、書かなきゃ……」

 カウンターに中腰になって記入を始めた彼女の後ろから覗いていた悪魔がなんとも言えない微妙な顔つきをして彼女を止めました。

「嫁、日用語で書こうな……」

「……へ? あー、そっかえーと……。あーだめ、観光にきましたしか書けない。代わりに書いてー」

「……」

 無言になった彼は、差し出された筆記用具を受け取って彼女の横に中越しになって書き始め、書き始めてから呆然としている上級生たちの方を見ました。確かに、上級悪魔が書いた外出申請届って有効なんでしょうか。

 上級生たちは顔を突き合わせて言葉を交わします。

「い、いいのか?」

「うーん、あー……フランさんとかに確認してきてもいいけど、前例ないと思うぞ」

「ローマンさん、は今いないのか」

「自主遠征演習とかで」

「ま、まぁ、ほら、必要事項さえ書いてあれば、代筆でもいけるから……」

 小声で相談した後に彼らは、上級悪魔に視線を戻して、一瞬戸惑ってからえっちゃんの方へ向き直りました。

「ほら、流石に自分の名前は書けるだろう……?」

「すでに綴りが微妙に違うと指摘を受けているであります!」

 頭に手を添えたポーズでいう彼女の言葉に動揺を隠せずにいる上級生をよそに、悪魔は着々と記入を進め、

「ほら、冒険者ギルドのカード作ったろう、とにかくそれに合わせておこう、な?」

「それと入学試験の時の綴りが違うんだってさー」

 あっけからんと言う彼女に、上級悪魔しか言葉を作ることができません。

「……緊張で間違えたことにしよう、うん。まぁ、とにかく、冒険者ギルドに合わせて、あとはほら、書けない時は心話で教えるから……」

「オッケーありー。ここに書けばいいの? ていうかーこれまた書かなきゃでしょ、丸暗記するからー、後で教えて?」

「そう、そういうことは心話でしような? さぁ、まぁ、とりあえず時間もあるし、ここに書いて」

「んー書いた!」

 彼女は上級生たちに申請用紙を突き出すと、ちょっと傍によけていた私の腕をじゃれつくようにとって笑いました。悪魔が苦笑いを隠さずに上級生たちに不備はないか問うています。魔法学校の開闢以来、上級悪魔が初めて記入したでしょう外出申請用紙に戸惑いそのままに指の腹を走らせて上級生は記入事項を確認していきました。

「えーと、それじゃぁ……お気をつけて」

 用紙から顔を上げて、迷いに迷って絞り出されたありきたりな言葉に、えっちゃんは満面の笑みを返しました。

「そちらこそ!」

「嫁、それはおかしい、ここはありがとうとか他に何かあるだろうに」

「じゃぁ、アディオース!」

「いやそれは通じないから」

「アーディオ……?」

「いやあの、別に付き合わなくてもいいから」

「アディオスー、アディオスだよー」

「いやだから、普及させなくていいだろうそれ」

 両手で二本指を立てながらいう彼女の口を悪魔がふさごうとしました。

「もががががもが! もが、もががが!」

「あーまだ塞いでない……んだが?」

「気分だよ気分!」

 上級悪魔がチラッと上級生の方を見ました。彼らは、もう自分達の管轄から彼女は去ったと言わんばかりにそれぞれの仕事をしているふりをしています。

「あ、あの、エロイーズさん、すでに予定の時間より遅いので……」

「あー聖女さん! えっちゃんって呼んでって言ったでしょ?」

「じゃぁ、えっちゃん、早く行きましょう?」

「うん、行く行く! れりごー!」

 そうやって、また私の手をとって外へ足を踏み出した彼女に内心、ほっと安心のため息をつきました。上級生たちに軽く会釈している上級悪魔を視界の端に入れながら、彼女について私も歩き出します。

 睡眠が足りていない私は、このあと聖教会でどうやって彼女を紹介するか、怪我人や病人がいる中で彼女がおとなしくしてくれるか、そんなことだけで頭がいっぱいでした。いえ、考えないようにしていたのかもしれません。自分があれだけ睡眠時間を削ったのだから。尽くしているのだから。そんな恩着せがましい考えが自然と湧いていたのかもしれません。

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