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同級生が急に帰還したら②

 自分で言うのもなんですが、僕、結構悪目立ちしてて凹んでるんですよ? 目立ったところで、困るのは僕なんですから。

 勇者にしては。

 ステータスが低い。

 他に称号も持っていない。

 突出した才もない。特殊魔法もない。

 まだ記憶に新しい英霊の方が強くて、まだ生きている殊勲軍人の方が強い。

 次の王国を支える第二王子としてなら十分。でも、王太子を押し退けて明君と担ぐには全く足りない。

 対魔物遠征をさせて王権の権威を知らしめるための人形にはできる。でも、世界を滅ぼす魔王と対峙させるには心もとないことこの上ない。

 それが、勇者の称号を持って生まれた王子に、喜び上がることなく冷静に考え抜いた忠君たちがみた現実。

 そして、その答えは、他人に頼ることのみ。勇者なれば魔王を討つのだろう。だから、それ以外は期待しない。魔王の元へ臣民を盾にして、忠義の仲間の死体を踏み躙って、それでも手が届くかどうか怪しい。

 どんなに強いステータスを持っていても、馬鹿ではいけない。覇権を誇っても酒色に溺れて身を滅ぼすようではいけない。その心配はないことだけが救い、なんて思われたら、ねぇ?

 少しくらい、抵抗してみたくなるじゃありませんか?

 命を捨てて世界を守れっていうんですからねぇ。いいですけど? で、その見返りはなんなんですか? 信頼する仲間の屍を踏みつけて、誰も対峙したくない魔王と戦って、その挙句になんの夢も叶える暇もなく、人生の全てを魔王との相死にかけることが報いですか?

 魔法学校で目立てば目立つほど、僕の弱さとそして勇者としてあるまじき心根が露見しそうでしそうで居心地が悪くて仕方ありませんでした。

 まぁ、もしバレたところで、蔑まれて嘲られて、利用されて捨てられるくらいでしょうけどねぇ。

 でも、僕のために命を捨ててくれるらしいレイくらい、悲しませたくないじゃないですか? 全てが露見するのは時間の問題。それまでは、さも強い手を隠し持っている勇者のフリでも、していましょうか。

 重く沈んだアルフレード君の様子を見ていると、僕も背負ったものの重さを思い出してしまっていました。そんな僕たちを物思いの淵から救い出したのは、聖女様でした。

「あら、クラウディウス様、アルフレード様。私もご一緒してよろしいですか?」

「あぁ、聖女様。どうぞ、こちらに」

 僕はその言葉を言い終わろうとしたところで、彼女とアルフレード君が打ち解けていないことを思い出しました。チラリと彼の方を伺うと、やはり彼女を睨んでいましたが、その睨まれている当人の方はにこやかな笑顔を浮かべているものですから、どうすればいいのかまた迷ってしまいます。

 なんというか、ダメですね。レイが魔法学校に入学するまでは、ずっと彼といたからあまり感じていませんでした。複数の同年代と話したり生活したり、そういう経験が全くないんですね僕。アルフレード君とは、一応社会的には対等な立場。王子として勇者として、慮られた関係しか知らないことを痛感させられます。

 聖女さんはわざわざ遠回りをして僕の隣に腰掛けました。そこまでの確執のできた理由が分かりません。そんな時間もなかったと思うんですがねぇ。ただ、アルフレード君が泣いて取り乱していたところを見てしまいましたから、あの前に何かあったんでしょうけど……。

「お二人で課題でも?」

 彼女の質問に僕はあやふやな笑みを返しました。

「いえ……聖女様は今まで授業だったんですか?」

「えぇ、そうですの。半日の日をできるだけ多くしようとしたら、今日はどうしても詰まってしまって……。今まで魔法語の授業を受けていました」

「……上級?」

 アルフレード君のぶっきらぼうな質問に、彼女は少し驚いたような表情をしました。

「いえ、中級ですけれど」

「……そ」

 彼は、彼女の顔からできるだけ視線を逸らして応えました。寂しそうに目を細めた彼女にどこかしら暖かくアルフレード君を見守る雰囲気を感じます。年下に接する聖女像そのものなんですけどね。

「クラウディウス様は上級でしょう?」

「えぇ、まぁ。あまり語彙は多い方でないとは思うんですが」

「語彙の数より、正当な構成の数を知っている方が宜しいですものね」

「主対象の省略で魔法が成立するのは今だに納得できませんが……」

「本当に不思議なものです。同じ発音なのに別の結果になったり」

「そうですよねぇ……魔法の規定には向いてない言語だと思うんですけどねぇ」

「いえ、だからこそではありませんの? 不思議な言葉だから、不思議なことが起こせるんですよ」

「なるほど、そういう考え方もありますね」

 彼女と僕は言葉をラリーして、時間を埋めるようにその実中身のない会話を交わしました。アルフレード君が何を思ってか、じとっと見つめてきますけど気づいていないふりをしますかね。

「それで、アルフレード様は?」

 聖女さん、別に彼は会話に入りたいわけではないと思うんですが……。とは言えないので、自然とアルフレード君の方へ顔を向けるにとどめます。

「……中級だけど」

 自分達の用がなくても、さりげなく席を立つことなく僕たちの、いえアルフレード君を伺っていた帝国勢の安堵がなんとなく伝わってきました。

 僕も、つい意外を感じてしまいましたけど。

「……なんでか分かんないけど」

 なんて彼自身も付け加えます。

「それだけ、実力が評価されているということですよ?」

 嗜めるようにいう彼女の言葉を無視して、彼はまた俯いてしまいました。聖女さんは困ったように笑みを浮かべると、僕に魔法史で一緒になった話題を振ってきました。

「なにか、すこし意外でした。聖教会で継承されているとばかり思っていたので」

 僕がその授業をとった動機を尋ねるようなことを言うと、彼女の顔が曇りました。なにか、言えない本音を心の奥へ追い遣っているような短い間の後に、彼女はまた笑顔を浮かべます。

「ほら、魔法同盟が継承しているものと多少違いますから。真実に興味があるんです。歴史の紡ぎ手によってそれぞれ違ったものになるでしょうから……」

「なるほど。確かに、正史とされているものが真実を全て語っているとは僕も思いませんが」

 どこか苦いものを隠した彼女の本音は、聖教会への不信があるのでしょうか? その歴史を疑うような? 奉仕活動に精を出すためにわざわざ時間割を調整する勤勉さとは反対の不穏なイメージに戸惑いますが、表には出さないように努めます。 意外に、聖女様にも色々あるんですね。

「魔法史って、とるべきだったの?」

 アルフレード君が不安そうに尋ねてきます。まぁ、三人のうち二人がとっていればそう思うのかもしれません。今度は僕が、数合わせに楽そうなものを選んだという本音を隠す番でした。

「まぁ、魔法の全体像がわかるくらいですかね? そのうち、他の人と組むような演習が入るようなれば、不得意な魔法も覚えなきゃいけないでしょうから、必ず必要という訳ではないでしょう」

「まぁ、その、ここだけの話ですけれど……わたしは使える魔法が少ないですから。選択科目はどうしても数合わせも必要で……」

 あー。聖女さんは、それが正当な言い訳になるんですね。僕は口が裂けても言えませんが。

「僕は、魔物学に魔法史、エレジニィオ語に剣術ですが」

 魔物学はバート先生の講義が面白かったから、エレジニィオ語は将来魔王討伐後に亡命しなければならない可能性に備えつつ、まぁ成績が悪くても許されそうだったので。魔法史は数合わせで、剣術は多少真面目にしないとお目付役が怖そうだからですね。

「私は、治癒と薬草、魔法史ですわね」

「本当に最低限なんですね」

「えぇ、やっぱり、お勤めが大切ですから」

 まぁ、彼女の務めは「魔王を倒す」じゃなくて「怪我や病気を治す」ですよね。自分の責務を誇るでもなく、本当に真心からそう言う彼女に、素直に羨ましいと思いました。

「えーと、俺は……」

 僕たちが自分の選択科目を明かしたのにつられて、アルフレード君も流れで口を開きました。彼女と目配せをしてこっそり微笑み合います。

「身体強化、魔物学、対魔物訓練と、あとは武術……」

 なんというか、選択科目、本当に個性が出ますね。僕はなんですか、無個性って感じですけど。

「……冒険者っぽい選択だけど」

「まぁ、個性が出ますよね」

「自分の可能性を伸ばす場所ですもの、それでこそではありません?」

「聖女様は、何も学ばなくともご活躍じゃないですか」

「いえ、かなり我流ですのよ? だから、できないことも多くて……」

 ほとんど決まりきったお世辞の応酬に流れると、またアルフレード君は黙り込んでしまいます。会話の隙間を縫ってそれとなく僕たちは目配せをし合いますが、彼の口を開かせるような言葉は出てこないままでした。

 そんな会話に集中していたからでしょうか。周りが急に静まり返っているのに僕らは気付きませんでした。それは、俯いているだけのアルフレード君も同じだったようです。

「あー! みんなおひさー! 元気してた?」

 その底抜けに明るくて、崩れているのとも方言とも違う、魔法語のような独特の響きを持つ声に驚いてそちらを見たときには、妙な静寂の理由を悟るざるを得なかったのです。

 あれは、カネさんですよね?

 ……え?

 なんでここにいるんですか?

 なぜか、魔法学校を遁走してその後はもう戻ってこないものだと決めつけていました。彼女が何か枠に囚われないところのある人だったからかもしれません。あんな狭い部屋や教室に閉じ込められて、人から何かを教わるというのがどうしても想像つかなかったのです。

「みんなで何してんのー? わたしも混ぜてー」

 相変わらず派手な空色の服の裾を膨らませながら、アルフレード君の隣に滑り込みます。

「で? で? あれ? なんで黙ってんの? げーんきでーしーたーか?」

 彼女は僕たちの顔を一人一人覗き込みながら言います。

「えぇ、まぁ、一週間のびのびと部屋を独占させてもらいましたよ」

 あまりにも驚くと感情も表情も置き去りになるようです。そんな皮肉とも取れないような言葉を絞り出したはずが、普段と変わらない平易な声が出ました。

 ただ、言った後に後悔しましたが。

 あれだけ聖女さんと共に、本当の部屋割りを知られないように気を遣っていたのに、この耳をすませた沈黙の中で言ってしまっては元も子もありません。

「あ、クラちゃん、わたし後で謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 彼女の申し訳なさそうな顔に、一抹の……いえかなりの不安がよぎりますが、その内容はここで打ち明けてくれるわけではないようでした。

「お久しぶりですね。急にいなくなられて……どちらに行ってらっしゃったんです?」

 平静を装おうとするまでもなく失敗した僕に対して、聖女さんはさすがいつも生き死にの現場にいるからでしょうか、すぐに笑顔を取り繕って彼女に問いかけます。まぁ、かなり親密になりかけていたんですから、再会の喜びを取り繕う必要もなかったのかもしれませんが、なぜかその笑みに作為的なものを感じてしましました。

「もうこってり絞られたからやめてー。強制里帰りだよー。兄貴に呼び戻されたの」

 へぇ、この彼女にも兄弟がいるんですね。そんな的外れな感想を思い浮かべていると、アルフレード君が自然と感嘆を漏らしました。

「お兄さんも凄い魔法の使い手なんだ」

「うん? あー。そう、でも兄貴は多分魔法使えない」

「どういうこと?」

「……ま、いいや」

 目をグルリと回しながら何か言葉を探していた彼女でしたが、諦めて懐から見覚えのある紙を取り出しました。僕たちが一週間前に提出した時間割です。

「時間割組まないといけないから手伝ってよ。あ、そうだ、聖女さんとアルちゃんは仲直りしたの?」

 ……。

 どこからどう見たらそう思うんです?

 聖女さんとアルフレード君はその唐突の的外れな質問に思わず顔を見合わせました。「え、えぇ、まぁ」と口籠もりながら誤魔化そうとしたのは聖女さん。アルフレード君の方は、エネルギッシュなカネさんに押され気味でなんとか口の端に苦い笑みを浮かべることしかできていませんでした。

 まぁ、気持ちはわかります。気持ちは。

「そういえば、上級悪魔はどうしたんです?」

 助け舟、いえ、むしろ核心でしょうか。これだけ広い食堂全体が張り詰めてその答えを待っていました。

 何せ、その姿が見えないのです。

「あー話すと長くなるんだけどさー? なんか、お家もらったからー。最低限住めるようにするとかなんとか言って。箱くれるなら、中身もある程度詰めておいてくれなきゃ困るじゃんね? 維持費とかなんとかどーするのよほんとーって感じで」

「家ですか」

「王国さんの囲い込み作戦じゃないんですかー? クラちゃん、王子なのに知らないんですかー?」

「あなたを囲い込んでどうするというんですか……?」

 本音がつい漏れてしまいます。

「じゃぁ、隔離の方かなー? まぁ、別にいいけど」

「いえ、だから、どうして家をもらうなんていう話に?」

「うちの人、じゃないね、うちの悪魔が《銀舞踏》の首領を討伐したからその恩賞らしい」

 マイデーモンという言葉をこれだけ惚気たっぷりに言える人って、有史以来この人以外にいるんでしょうか………?

「まーそういうわけで郊外にいいお屋敷をもらっちゃったわけさー。ま、そのうち遊びに来て?」

 そんな軽いノリで言われても……。

 アルフレード君をチラリと見ると、表情が死んでしました。彼の無表情には触れただけで何もかもを切り裂いてしまいそうな冷たさがあり、言葉を求めることもできません。

「そ、それで、お説教だけで済んだんですの? 本当に?」

 聖女さんが話題を変えてくれます。

「まー、わたし、兄貴と喧嘩した勢いでこっちに飛び出してきちゃったからねー。色々面倒になっててさ? 魔法学校に入学してやってくなら一回戻って身辺整理しなきゃならなかったのー」

 彼女は軽く肩をすくめました。

「ほら、家庭の事情ってやつ? ってことで、とりあえず時間割をさっさと出せーって怒られちゃった」

 何か芯の部分は隠されている気がしますが、彼女に当たり前に家族がいたことなんかに驚かされます。天涯孤独の身だと思っていたというか、王城に勝手に侵入とかそのほか行動の一つ一つから、そんな常識の範疇のものは持っていないかのような気がしていました。

「受けるのは決めてるんだけどねー? せっかくならみんなとできるだけ被せようとおもって。あ、そうだ、どこ開けとけばいいんだっけ?」

「……水曜午後だけど」

「あれ? アルちゃんどした? なんで暗めなわけ?」

「……お前いないとパーティ解散って言われたから」

「えー!? あの二人、そんな薄情なこと言う!?」

「いや、俺の立場が立場だから、お前いないとさ、ほら……俺だけ浮くっていうか?」

「ああー……そうだよね。そういうしがらみがあるのか。でも大丈夫ってことでしょ? わたし戻ってきたし。で、聖女さんはいつだっけ?」

「月水午後と、金曜午前、土曜は丸一日開けていますけど……」

「んーそれは、全部は、ちょっと厳しいかな? わたし最大で授業取りたいし。ってなると、ともかく水曜午後明けとくねー。どっちに行ってもいいように。で、みんな、どの先生のとったの? できるだけ一緒のとろーよ?」

 ……え、なんかそういう仲良しをする流れなんですか?

 部屋割りの時といい、半分くらい理解できない言葉で構成されているはずなのに、彼女の発言にはそのまま流されてしまう不思議な力があります。別段、強制を強いられている不快感はないのですが、それでも後から考えれば普段は絶対に考えられない行動をさせられてしまっているのです。

 彼女に聞かれるまま答え、段々と彼女の時間割は埋まっていきました。なんというか、アルフレード君と僕、こんなに授業かぶってたんですね。別々に教室に入りますし、かなりの人数がいるので気づいていませんでした。まぁ、僕は悪目立ちしているので、彼からの方は別かもしれませんが。

「で、エロイーズは選択科目どうすんの?」

 と言うアルフレード君の何気ない質問に、彼女は淀みなく答えました。

「対悪魔・聖獣訓練と死霊術とエレジニィオ語と古代魔法語と天文学」

 個性が、出ますね……。

「最初以外意味わかんないんだけど大丈夫?」

「正気だけど?」

「死霊術とか天文学とか何? ていうかマジに存在する魔法なの?」

「え、授業にあるのに存在しないとかあり得る? 何か分からないから授業受けるんだけど?」

「お前……本当に意味わかんないな」

「わーい、褒められたー」

「褒めてねーだろ……」

 悪魔召喚士が対悪魔・聖獣訓練を受ける理由がそもそも分かりませんからね。治安を維持する軍人系が受けるものですし。そして、僕のような外交をするようになるかもしれない立場ならともかく、それ以外にエレジニィオ語を受ける理由が不明です。魔法同盟系を進路に考えるならば魔法を古代から紐解く必要性がありますから、古代魔法語ができなければ話にならないのですが、だからといって彼女がわざわざ選択する理由もありません。あえて言えば、上級悪魔と魔法語で話しているようですから、そのためでしょうか。そして、死霊術や天文学という主流ではないものに時間をさこうと思えるのも不思議です。すでに上級悪魔を召喚している彼女には、将来は真剣に考えるものではないのかもしれませんが、それにしても他の科目を押し退ける理由にはならないはずなのですけれど、ね?

 まぁ、彼女らしいといえば彼女らしいですが。

「あの、本当に治癒術は受けないのですね?」

 少し首を傾げながら聖女さんがいいます。確かに、治癒術の素養があるのならば、迷わず選択するものだと思いますが。

「あー、うん。聖女さんに実践で教えてもらえれば十分かなーって。冒険者してても使うだろうし。それより、他で知れないことを学びたい」

「そ、それは、あまりにも過大評価ですよ?」

「えー? そんなことないでしょ。知らないけど、聖女さんが世界で一番治癒術うまいんでしょ?」

「た、確かに、そうお褒めいただきますけど、そんなことありませんわよ? 治癒術にも色々とありますし、私も全ての流派を使える……どころか、知っているわけではありませんもの。授業をお取りになった方が、得意なものも見つかると思いますし……」

「んー。聖女さん、治癒術とるんでしょ? なんか強そうなのあったら教えてよ?」

「……そこまで期待するのどうかと思うけど?」

 おや、と思いました。アルフレード君が聖女さんを庇うようなことを言うのが意外でした。でも、まぁ、常識的に考えればこの人が厚かましすぎるんですが。まぁ、思わず本音が漏れますよね。

「わたしもなんか面白いのあったら話すしー」

「いや、お前の受けてるやつ……まぁ、絶対に選ばないようなやつばっかだから逆に気になるけどさ……?」

「なんかアルちゃんって、損得意識しすぎじゃない? 親切で成り立つ関係があっても良くない?」

「いや……まぁ、そう言われればそうなんだけど……」

「ほら、まぁ、聖女様が納得なさるなら、いいんじゃないですか?」

 何も得心の行かないまま流されそうになっているアルフレード君に、話を逸らすという形の助け舟を出しました。

「えぇ、まぁ、エロイーズさんがどこまで治癒術ができるかも分かりませんけれど……基本からお教えしますわ」

「やったー聖女さん優しいー女神ー。あ、そうだ、アルちゃんもだけど、わたしのこと適当にあだ名とかで呼んでいいよ?」

「……あのさ、お前の、その、チャンってなんなの? 意味わからないまま呼ばれてるんだけど」

 ……アルフレード君、よくぞ聞いてくれました。王帝両勢力が馬鹿にされているのかそれともなんなのかと言うヤキモキをこの場で再発させてますからね。

「あー何かって言われると難しいけど、なんだろ? 親しみを込めて名前の後につける感じ?」

 馬鹿にしてるわけではなさそうですが、難しいですね。急に距離を詰めてこられているという感覚は間違っていなかったわけですが、侮辱というわけでもなく敬意というわけでもなく。まぁ、僕は判断を放棄しましょう。

「……私にはつけてくださらないのですね?」

 そう、いたずらげに小首を傾げならいった彼女に、カネさんは眉間に皺を寄せます。

「いやー聖女さんは聖女さんでしょ」

「……なら、お前はエチャン?」

「いや、それは違う。言うなら、えっちゃん」

「エッチャン」

「おーおけおけー。促音強すぎる気がするけどー」

「えっチャン?」

「えっちゃん。後ろは下げる」

「えっちゃん」

「そう、それー」

「一方的に呼ばれてんの気に食わないから俺もそれで呼ぶわ」

「おっけー。聖女さんも?」

「わたしはチャンって呼んでくださらないのに?」

「だって治癒術の先生になってくれるわけだしー、親しき仲にも礼儀ありだよ?」

「俺には礼儀なくていいってことか……」

「アルちゃんは弟枠なところあるよね。可愛いし」

「……俺、初めて可愛いとか言われたんだけど。て言うか、お前、そろそろ真面目に時間割組めよ」

「はいはーい。だまりまーす」

 唇を軽く尖らせてから、彼女は時間割を前にして真剣に取り組み始めました。斜め前からその顔を見ていると、先ほどまでの天真爛漫さが信じられないような気がしてくるから不思議です。焼けてはいるのにきめ細かい肌、言葉が漏れないように固く一文字に綴じられた唇、切れ目ながらも大きく輝く瞳。黙っていればミステリアスな美人にしか見えません。

 彼女の言葉が途切れると同時に、僕たちの会話も無くなります。彼女がいなかったここ一週間と同じですね。気づくと、なぜか彼女は僕たちが関わるきっかけを作っているんです。

 アルフレード君と聖女さんが、僕と同じように彼女を見ながら、何を思ったのかは計り知れません。

 ただ、三人の視線を受けた彼女はふと視線を上げて笑いました。

「ちょー静かすぎー。わたしは基礎全部受けるつもりだから、みんな、どの時間に受けてるか申告しなさーい。じゃーまずは、水からねー」

「……お前、別の時間に適正検査受けたの?」

「いや、それが受けてないんだよねー。でも別になんか言われなかったし、全部受けても大丈夫ってことじゃない?」

「なんだそれ……」

「いや、だって、時間割さっさと組め、明日までにな! としか言われてないもんー」

「誰に言われたか知らねーけど、絶対にそんな言い方はされてないだろ……」

「いーから、いーから、基礎水を受けてる時間を教えろください」

 その後、そんな調子で僕たちが受けている時間を踏まえながら彼女の時間割はどんどん埋まっていきました。なんと三人ともたまたま月曜の一時間目に基礎水を受けていることが判明するなどがありましたが、これあれですねー。僕もですけど、周りで耳を澄ませている帝国勢にアルフレード君の時間割が露見していきますね。居座っている帝国勢もさりげに合流して増えてますし、なぜか獣人系が集まってきています。カネさんの正体を探ろうという腹ですかね。絶対に場所を譲らない帝国勢と、居座っている彼らにいい場所を取られて苛立っている獣人系。うわー結構雰囲気が悪くなってきましたけど?

 選択科目を隙間に詰め込み、なんとか完成した時間割を彼女はうんと両手を伸ばして、光に透かすようにして片目で見ていました。それでちゃんと確認になっているのか、勝手に不安になったりしますが、まぁ何があろうと彼女の責任ですからね。

 彼女が黙ってまた僕たちから言葉が消えた、その間を埋めるようにアルフレード君が口を開きました。

「そういやさ、えっちゃん、マクレガーの十七法則って知ってる?」

「何それ? マクレガーさんが考えた十七個の法則?」

 アルフレード君のさりげない問いに彼女が答えた瞬間、周囲からざわめきが消えました。

「……あのさ、マクレガーは地名だと思う」

「マジで?」

「マジで」

 二人の視線がこちらにきたので、肯定の意味で頷いておきます。

「マクレガーさんが十七個も考えついた天才じゃないんだーなるほど」

 なんて、カネさんは能天気に感心しています。

「なんちゃらの法則って付くもの、大概、地名じゃない?」

「そなの? なんで?」

「さぁ知らないけど」

「あの、魔法同盟の研究施設ごとに、理論や法則が解明されるので……地名になるんですよ?」

「へぇー。聖女さん物知りー」

 常識的に誰もが知ってることだと思うんですが、今、ここの四人のうち半数が知らないので、なかなか常識と主張しずらいですね……。

「で、そのマクレガーの法則が授業で出たの? どの科目?」

「対魔物訓練の課題で、その中のWの法則について説明しなきゃならなくて。俺、全く知らないから、一から勉強しないと」

「えー?」

 そういって、彼女は伸びをしました。そして、軽薄さが消えて心配そうな顔つきになります。

「あのさ、なんだろ? そこまでしなくていいと思うよ?」

「は? でも課題じゃん。課題の出来で成績とか進学とか決まるんだろ? やらなきゃじゃん」

「いや、えーとね? 最初の課題なわけじゃん? だからさ、そもそもどこまで知っているかっていうのを図るためのものでもあるんだよ?」

「……どういうこと?」

 彼女は言いたいことはあるのに、なかなか言葉が出てこないというように斜め上を睨んでから、ゆっくり説明し始めました。

「あのね、授業する先生側になって考えてみよ? まず、授業をするにしても、生徒がどこまで知ってるかわからないと教えるのが難しいでしょ?」

「……もっとわかりやすく」

「うーん、じゃぁ、アルちゃんが男の子に剣を教えるとするでしょ? 全く初めて会った子だったとして、まずどうする?」

「えーと、まず剣を持ったことあるか、振ったことがあるか聞く? それか、まず持たせてみたり振らせてみたりしてどんなもんか見るかな」

「でしょ? どこまでできるのかなって確かめるでしょ? 最初の課題も同じような役割を持っているはずなわけ」

「……じゃぁ、もしかしてここで頑張ったらもっと後が辛くなる?」

「んー、でも努力しないのは論外だよ?」

「どうしろと……?」

 小首を傾げて髪をいじりながら、言葉を探すカネさんがやたら大人びて見えるのはなぜでしょう。先ほどまでの、知性のない会話から打って変わって真剣な深い話をする二人に、聖女さんは見守るような微笑みを浮かべていました。

「一番は、先生に知りません!ってのを伝えちゃうことかなー。言い方に気をつけなきゃだけどね。あなたが教えるのが当たり前だから、教えろーとかはダメ」

「俺、お前みたいにそこまで厚かましくできないけど……?」

「……」

 カネさんは言葉を失ってチラリと聖女さんの方を伺いました。クスッと噴き出した彼女に安堵したようで、言葉を続けます。

「アルちゃんはどうするつもりだったの?」

「え? あ、課題? 図書館行ってなんとかわかりそうな本を探すとかしようかなって感じ?」

「真面目じゃん。じゃーね、全く全然わからないんだけど、どの本がおすすめですかって聞きに行けばいいわけ」

「それ、手抜きじゃね?」

「手抜きじゃないってー。全部の科目で自分だけで調べてたら死ぬよ?」

「……確かに死にかけてたけど俺。いやてかさ、課題の他に授業でやること勉強して、やったこと勉強しなきゃ行けないわけじゃん? 無理じゃね?」

「アルちゃん真面目かー。予習復習に全力投球してたらマジで潰れるよ?」

「予習復習……」

 ……カネさん、常識を知らないのに人から教わるのに慣れているの、本当にどういうことなんでしょう……?

「まー、自分なりのやり方見つけるまではベストを尽くすしかないけどー」

「お前はどうしてんの?」

「わたし? 予習は、先生に突撃して、次回予告を3分でどうぞ! って言う。ノリの悪い先生だと答えてくれないから、大人しく分からないところを書き出してまとめる」

「……分からないところをまとめんの? なんで?」

「だって、分からないところ分かるようにならなきゃ意味ないじゃん。」

「あー……」

「で、復習はその授業を見開き一ページにまとめるでしょ? 結構余裕持ってまとめて、隙間に、思ったこととか感じたこととかどうでもいいことでも書いとく。記憶に残るから」

「……なんで?」

「意外とくだらないことの方が覚えてるんだよね。あと、直感的にこう! って思ったのはこじつけみたいでも自分なりに引っ付けて覚えられるものだからさ」

「へぇ……」

「それで、予習で作った分からないことリストは、答えを書くスペース込みで作っておいて、授業中とか授業終わりにダーっと答えを埋めとく。授業受けても分からなかったことは後で自分で調べるか、本当に大切な部分だと思ったら先生に聞きに行くかなー」

「真似していい?」

「どぞどぞー。ていうか、アルちゃん、バラバラの紙使ってんじゃん? 書くときはそれでいいけど、日付とその日の何番目かわかるようにしておいて、後から穴開けて紐でも通してまとめた方がいいよ?」

「……今度それのやり方教えて」

「おっけー」

「……ありがと」

 両手の親指と人差し指で丸を作ってみせた彼女に、アルフレード君は目を逸らしながら礼を言います。

「クラちゃんはどうしてんの?」

「え? あ、僕ですか?」

 僕にきますか?

 なんというか、そこまで自立して何かを学んだことがないんですが……。

「えーと、普通に……」

「……意外と聞いてるだけで理解できるからって、復習もせずに何も記憶に残らなくて後から焦るタイプ?」

 今度は僕が視線を逸らす番でした。

 一度教えたはずなのにどうして覚えてないのかって何度怒られたことか……。一度で覚えられるはずないと思ってましたけど、カネさんの方法なら全く覚えてないってことはなさそうですもんね……。そういう方法をまず教えてくださいよ。

 なんて、心で毒付いていると。

「あー、アルちゃんね、世の中には暗記系と理解系の知識があるのよ」

 ……?

 また何か急に、なんの話でしょうか。

「どういうこと?」

「まず、覚えなきゃ仕方ない奴ね。さっきのマクレガーの十七法則だっけ? そしたら、十七個の法則の名前を覚えなきゃじゃん? 中身はともかく」

「あーそれが暗記系」

「そ。十七個って微妙に多いから面倒だよね。で、名前を覚えるのと、中身を理解するのは違うでしょ?」

「それが何かって話が理解系ってこと?」

「そういこと。で、まぁ、暗記系には歴史とかそういうのもあってね? その法則が発見されたのはいつで、誰が発見してとかそういうの」

「あー……」

「一週間って時間がない課題で、そんなに真面目にやらなくてもいい科目なら、そこらへんの暗記系の知識だけまとめるのも一つの手。まとめてある情報を書き写すだけだから、かなり楽にとりあえずレポートの体裁は保てる」

 あぁ。そう繋がるわけですか。

 確かに、知識だけじゃダメだと怒られている新米軍人とかは、彼女のいう暗記系だけを唱えているような印象があります。

「なるほどね。まぁ、冒険者系の俺としては力入れたいから、先生におすすめの本、聞いてこようかな……」

「授業の後に聞くのが一番いいよ。今回は仕方ないけど」

「先生どこにいるのかいまいちわかんねーしな。今度からそうする」

「あーあとね、急に質問して困ってるアルちゃんが想像つくからいうけど、聞くことをメモしておくといいよ?」

「あーありがと。マジでそうなるわ」

「でしょ?」

「……ついでに聞くけど、暗記系はどうやって覚えてんの?」

「暗記シートをまず作るとこからかな? 手のひらに収まるくらいのものにまとめるの。で、定期的に見るのが大事だから、朝起きた時と夜寝る前は絶対に、あとは部屋から出る時とか、何かする前とか決めておいて唱える感じ? で、ある程度覚えたら、頭の中で唱えながらトレーニングしてるかなー」

「それいいな。トレーニングしながらできるようになったら効率良さそう」

「天才でしょ? 覚えなきゃいけないものはとりあえず暗記用シート作って、優先度順に回していくのがいいよ」

「あー。トレーニング中に暗唱できるようなったら、別のやつ覚え始めるってこと?」

「そうそう、あ、でも、中身と暗記は全く別でもないからね? 理解したものの方が覚えやすいんだから」

「……詳しく」

「細部はどうしても丸暗記で覚えなきゃならないけど、ざっくりストーリーを把握して理解しておいた方が覚えやすい的な?」

「分からないんだけど?」

「えー、まぁ、そこは経験かなー」

「……また、分からないことあったら聞いていい?」

「どぞー。聖女さんはなんかある?」

 アルフレード君は真剣になっていて気にしてないんですけど、カネさんの方はそれとなく僕らも会話に入れようとしてきますね。気が利かないようでいて、自然とこういうことをするところを見ると……混乱しますね。どっちが本当の彼女なんだろうと思うというか。

「そうですね……。自分にわかりやすい言葉に置き換えてみる、とかでしょうか」

「えーでも、それしちゃうと、用語を覚えられなくない?」

「えぇ、まぁ、そうですわね……。でも、ほら……過激な方もいいますでしょう?」

「あー……そっか。教える側も思想が入っちゃうことってあるよねー。確かに、そういうのはちょっと引いてっていうか、色眼鏡を取るための色眼鏡をかける必要があるときはあるよねー」

 聖教会の過激派のことでしょうか? 彼女もどちらかというとそちらへ属しているはずですが、色々と苦労があるのでしょうね。……僕の場合は、知らぬ間にどこかで調整が行われていたので、派閥とかなんとかはあんまり関係なかったんですよね。だから、実際に勇者パーティを組んだ時にうまく立ち回る自信がないんですよね……。爺いどもは魔法学校で予行練習をというつもりだったんでしょうが、現段階で同クラス以外の人と話してないんですよね。そもそも、ゲラシウスさんがまだ挨拶に来てませんからねー……。となると、攻撃所属だと抜け駆けできないからこないわけですよ。はてさて。

「適切な対応表ができて仕舞えば、楽ですよ?」

「まぁ、覚える時には、自分に寄せないと記憶に残らないもんねー。最初のとっかかりとしてはいいよね。で、マクレガーの法則って結局なんなの? 同種ほど寒い地域の魔物は大きいとかそんな感じ?」

「いえ、そんな単純なものではありませんよ」

 つい口を挟んでしまいました。

「え、じゃぁ、何? サイズが二乗になったら、三乗分……魔力消費するとか?」

「……知ってるじゃないですか? それがマクレガーのWの法則ですよ」

「なぬー二乗三乗の三乗の方はどこに行ったー」

「ちょっと待って、えっちゃんどういうこと? 知ってんじゃん。騙したの?」

「だ、騙してはないよ? 中身は想像ついたけど、言葉として暗記してなかったっていう話だよ? ね?」

 僕に聞かれても困りますが。

「く、クラちゃん知ってるんだからわかりやすく解説! 解説してよ」

「いえ、理解はしていますが言葉にして説明するのはちょっと……」

「そ、それは本当に理解してないってことだよ!? 人に教えることができて初めて知識が定着してるんだよ!? はい、解説!」

「えーと、同じ構造をしている魔物で、大きさが二倍になると魔活動量は八倍になる……という法則です」

「なんで?」

「いや、それはちょっとわかりませんけど」

「丸暗記してストーリーで覚えてない典型例だ……」

 ストーリーストーリーうるさいんですよさっきから。暗記してればいいじゃないですか。

「えっちゃん、ちゃんと教えて?」

 アルフレード君に言われたカネさんはちょっと考えてから、僕に白紙を分けてくれるように頼みました。どんな説明が飛び出るのかと思いつつ、僕はその要求に応えます。

「まー、とりあえず、わかりやすく立方体にするね?」

 そういいつつ、彼女は紙の上に四角を重ねて書いて、サイコロ状のものを表現しました。

「こんな形の生き物はいないけど、これが生き物だと考えたら、表面積……表面積は表面積っていう? 体積も体積で、あってる?」

「いいますよ。表面全体の大きさのことですね。体積は簡単にいうと重さでしょうか」

 聖女さんの補足に、アルフレード君はゆっくり頷きます。

「こいつは今、表面積が六つの四角なわけじゃん? で重さはこれ一個分ね」

「そこまではわかる」

「で、これをこう増やすね」

 彼女はそういうと、サイコロの辺を伸ばしてさらに三つを足して、一回り大きいサイコロを完成させました。

「……ん? あれ? んー?」

 彼は唸りながら、彼女の手元の紙を睨みます。 表面積が四倍になると同時に、それを構成するサイコロは八に増えています。

「えーと、表面積? は四角が二十四個分で四倍じゃん?」

「だね」

「で、その箱型自体は、1、2、3……8もあるんだけど?」

「そういうことだよ? だから、大きくなればなるほど重くなって構造が無茶になるから、その分を支えたり機敏な動きをするために、魔法で補強しなきゃならないってことじゃない?」

「ですから、普段から魔活動量が上がる大きい魔物ほど、魔力の消費が激しい行動はリスキーになってくるんですのよ?」

「あー、確かに、大型魔物は最初は潰してきたりとかしてあんまり魔法とか使わないかも。結構追い詰めて、油断してる時にやられて大惨事になること多いよね。それに、小型虫系のがえげつない大型魔法行使してきたりするのはそういうことか。どっちかというとあいつら魔力余ってんだ」

 聖女さんの補足に、アルフレード君は納得の表情を浮かべます。実戦を積んでいるからこその理解の速さですね。……僕が実戦経験少ない故に身をもって理解できないことを僻んでいるわけではないですよ?

「そうですわね、虫型は群れることで一匹の魔力値限界を超えた魔活動をしますし」

「あー重量級獣程度の群れでも、進行方向に立ってたら消し飛ぶもんなー。あれ怖い」

「え、何それ怖い。バッタの大群がレーザービーム常撃ちながら進行してるってこと? やば」

「しかも、依頼以外での遭遇率高いんだよなー。急に遭遇しても討伐義務あるからマジきつい」

「獣程度の群れなら、一度見失った後に探すのすごい大変そうだもんね。討伐義務あるなら、報酬出るんでしょ?」

「出るけどさー。出るけど、損失装備の1.2なんだよなー向こうの魔法命中してたら死んでるつーの。ギルドもそこらへん分かってやってんだぜ」

「あー……とにかく避けまくって倒さなきゃだから装備の損傷はあんまりないわけか……」

「ベテラン冒険者とかになると、そろそろ交換したい装備を投げ入れたりしてボーナスタイムとかいう人もいるけど、俺とか結構ソロ多いし遭遇したらマジで地獄なんだよな」

「遭遇しても気づかなかったことにしとけば?」

「で、その群れが大きくなって街を焼いたりしてから後悔しろと?」

「まーそうなるけど。ロストしても罰則はないの?」

「ないよ。あったら怖いよ。装備が半損以上してたら、1.1の補償でるから言わなきゃいけない」

「……ギルド、赤字じゃない?」

「そこまで知らねー。とにかく戦い始めちゃったら、半損くらいは粘って証拠に一匹死骸確保して帰らないといけないわけ」

「きつ」

「きついよー。群れ倒しても、大型獣級だったら卵の掃討作業が半強制で待ってるしー。当日の弁当だけしかないんだよ?」

「それ、どうすんの?」

「薬草採取とかそういうチマチマした依頼を重ねがけで受けるしかねーの」

「あー、そういう抜け道が」

「若い子騙して、冒険者業を教えるとかいう名目で連れてきて講師料取る奴もいる」

「ゲスい。でも間違いは言ってないもんね」

「あれは貫禄ないとできねーんだよな。俺はまだ全然無理」

 結構まともに解説してましたねーと思いながら、冒険者の物騒な事情は聞き流していました。彼女は本当になんなんでしょうね? ここまでの説明をできるなら、それ相応の教育を受けてきたことになります。当然、それには相応の地位や金銭が必要なわけですし、全く世間に存在を知られていないのが不思議です。意味のわからない言動を愚痴らずに、とはいえ優秀な教え子を自慢せずにいられる人間なんているでしょうか?

「で、これって魔物だけじゃねーよな? 植物系でも同じこと言えるし」

「そだよー。生物以外でも同じことが起きるよー」

「えーじゃぁ、一回り大きい剣を使えるようになりたかったら、その倍くらいの重さを扱えるようならなきゃいけないのか……」

「前向きに行こー。アルちゃん小さいから、魔法効率いいよ?」

「は? 全然嬉しくないんだけど」

 ともすれば嫌味に聞こえることを、サラリと明るく言ってしまうのもある種の才能かもしれませんね。アルフレード君の間髪入れない反応を含めて、思わず吹き出してしまうのを堪え、聖女さんの肩が細かに揺れていました。

「ていうか、理屈はわかったけどこれどうやって言葉で説明したらいいんだろ?」

「あ、わたしの説明は正式じゃないし、暗記系の部分が入ってないから、一応ちゃんと本に当たって確かめたほうがいいよ?」

「……? 中身説明できんのに、暗記系も書かなきゃいけねーの?」

「書いたほうがいいねー。流派とか派閥とかあるじゃん? そういうの整理できるし、後から確認できたほうが便利」

「どういうこと?」

「えーと、その法則を誰がいつ発見したかってことね。そういうのを二、三文で書いておくと評価点高くなる」

「いや、なんで派閥とかどう関係してくるわけ?」

「あーだから、えーと、派閥同士での論争とか、派閥での色とかがあるじゃん? だから、この派閥はこういう人がいて、こういう法則を発見したんだなーって知識を蓄積しておくと、同じ派閥の他の発見とか、論争とかが理解しやすくなる」

「お前、なんでそんなの知ってんの?」

「ふふふふ……わたしはなんでも知ってるのだ!」

「マクレガーの法則知らなかったじゃん」

「そりゃ知らないこともあるよ」

「……俺はお前がわからないよ」

 僕も、わかりませんねぇ。

「あれ、でなんの話だっけ?」

「いや、だから、今のどうやって言葉で説明するかって話」

「え、この図入れれば良くない?」

「……え?」

「え?」

 テンポのいい会話が途切れた後にやってきた沈黙は決してぎこちない気まずさを含んだものではありませんでした。それまでの明るさを幾許か反映した、ただ彼らがお互い不思議を思って黙り込んだだけのものでした。

 僕はその間を崩すようなことはせず、ただ周囲を観察していました。帝国勢も獣人たちも軽く額を寄せ合って何事か言葉を交わしています。カネさんの出自を詮索しているんでしょうね。そんな彼らを視界に入れながら、僕はゲラシウスさんを探していました。王国側の反応を知りたかったのです。ですが、目に留まる場所に彼は居ず、他の王国貴族の姿も判別できずにいました。

「えーと、あのさ、これ、もらっていい?」

 そういってカネさんにあげた紙を指差してアルフレード君が僕に尋ねてきました。彼女にあげたものなのだから、彼女に聞けばいいのに律儀なものです。

「えぇ、構いませんよ。ついでに何枚か差し上げましょうか」

 肯定のついでにサラリとそんな言葉が出てきたのは、少なからずカネさんのおかげなのでしょう。これまで、そうやって彼を慮る言葉を捻り出すことができなかったことを考えると。彼女の在不在になぜか影響を受けているわけですね。無茶苦茶なことをしでかすくせに、居たほうが周囲を積極的にさせるのはなぜなんでしょうか。

「え? いや、いい……よ?」

 その揺れた言葉には躊躇がありました。僕は軽く頷いて、十枚ほど彼の手に押し付けました。

「まぁ、ついでですから」

 何がついでなのか自分でもわかりませんが、まぁ、いいでしょう。

「いや、えーと……あの、ありがとう」

 相変わらず正面を見ずに視線を逸らして感謝するアルフレード君に、庇護欲みたいなものを感じますが、まぁこれは気のせいということにしておきましょう。

「よしー時間割もできたし、晩御飯食べて引き上げるかー」

 そう言いながらカネさんが立ち上がります。

「あ、俺はちょっと先に図書館行ってくる」

 それに続きながらアルフレード君が言います。

「ウイーオツカレー」

 カネさんのやたらに崩れて何を意味するのか謎の挨拶に戸惑いながら、聖女さんと僕は彼に会釈をなんとか返します。片手を上げて応えた彼の姿はすぐに見えなくなってしまいました。あれくらい、背が低いと埋もれていいですね……。僕も決して背が高い方ではないのですが……。

「二人はどうする?」

「えぇ……僕は一旦、部屋に戻ってこれを置いてきたいので」

「そかー。じゃぁ、聖女さん一緒に食べよー。なんか混んできたし、交代で食事取りに行こー。席取られたらいやだし」

「そうですわね。では、お先にどうぞ」

「ありがとー」

 そう言葉を交わす彼女たちを尻目に、傍に避けていた課題類を持って僕も立ち上がりました。視界が上がったついでに、またゲラシウスさんを探してみます。人の間にちらりと見えた気がして、よく見ようと目を凝らしました。……突っ伏して寝ている? みたい、ですね。なんでしょう。こちらを伺うために寝たふりをしているとか? でも……食事も途中みたいですが。

 ……。

 本当に寝てるんですね。周りも受け入れているところを見ると、日常的な光景なんでしょうか。なんというか、あれです。器が違いますね……。

「じゃ、クラちゃん後でねー」

 そう言って手を振り食事を取りに行く彼女に、会釈を返し僕は食堂を後にしました。

 その日の終わり、相も変わらず天真爛漫な彼女に尋ねられるがままに心に秘めた秘密を打ち明けてしまったのは、また、別の話。

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