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同級生が急に帰還したら①

 ……え?

 あれ、カネさん……です、よね?

 なん、なんでここにいるんですか!?


 ……は?

 本当に、意味わかんない。

 帰ってくるならくるで、心話入れろよバカ!!


 食堂で課題をしていました。

 なんというか、一人の部屋に戻るとどうしても物思いに耽ってしまって集中できないので、色々と試した結果、食堂に落ち着いたのです。ジジイ共に見張られて気を抜けば小言を言われる状況でずっと勉強してきたのですよね、僕。だから、自分一人で集中とかちょっと実際にやってみると結構難しくてですね。周りも勉強しているなら、と思ってそういう開放室がいくつかあったので行ってはみたんですが、入った瞬間注目を浴びてここでは勉強できないと思って、席に着くことなく「間違えて入りましたー」みたいな顔して退室しました。

 全ての学生が集うまでは流石にできないでしょうが、それでもある程度は収容できる広さのある食堂は、いつの時間でもほどほどに人がいます。課題をしていたり、本を読んだりしている人も少なからずいますが、たまたま居合わせた知人同士での雑談から、頭を突き合わせて何事かを企み、そして本気の会議まで幅広い使われ方がされているようです。とにかく、食堂に行けば誰かが何かをやっている--そんな場所でした。近くを通る人には気づかれますが、元から誰が何をやっていても許容できる人が時間を過ごすところですので、僕がいても気まずさとは無縁です。そんな雰囲気が気に入って、食堂で課題をするのが日課になりつつありました。

 一週間、四日目。昼食後、一枠しか授業を取っていない日だったので、また食堂に戻ってきていました。なんとなく落ち着くポジションなんかを探り出した中、あえて入り口付近なら逆に死角になって騒がれないんじゃないかとか思いまして。いや、失敗でしたね。まぁ、その、誰もがすぐに「あ、いるんだー」ってなるので一人当たりのザワザワは少ないんですけど、入ってきた人が全員なるので、結果的には、これがなかなかに気になります。逆に、僕に気づかないくらい疲れている人とか、多分あの茶色……? ではないんですけど、なんというんでしょう、あの髪色。緑という方もいそうですし。えーと、まぁ、そんな微妙な髪色の立派な体躯の人。あれ、多分、ゲラシウス宰領生だと思うんですけど。ちょっとまずいなと思った瞬間に、素通りされてました。あ、あれ? 立場的に僕に挨拶があって然るべきでは……? と思っている間に彼はかなり遅めの昼食に来たようで、配給場所で「残っているメニューはないか」などと聞いていました。さすが、宰領生は忙しいようですね。夕食まで待てないというか、夕食も食べずに色々と用事があるんでしょうね。そんな彼に誰も何の疑問もないようですし。まぁ、多忙な人には気づかれないとはわかりましたね……。

 とはいえ、なんだか他の場所へ移動するのも億劫で、なるべく課題を片付けようとしていました。ですが、なかなか進まないまま食堂にまた人が増えてきました。その中に見知った顔を見つけて僕の手は完全に止まってしまいました。

 彼は、まだ少年で背の低いことを物ともせず、やはり皇族の血を引いているのだとどこか納得できるほど堂々としているように見えます。それでいて軽やかな足取りはさすが冒険者として生計を立てているだけあると思わせます。相反しているようで、そんな二つが同居していて何の違和も感じさせないのが彼でした。

 アルフレード君には、同情からくる少なからずの親近感を勝手に抱いていましたが、王子と皇子という立場からどう接していいのかわからないままでいました。とはいえ、同じクラスになった以上、そして多くの人からまだ同室だと思われている以上、全く挨拶も交わさないのは不自然でしょう。

 僕が軽く手を上げて見せたときには、彼も僕に気づいていました。小さく頷いた僕に答えた彼は、少し躊躇してから食堂の中央へ流れようとする人の波に逆らってこちらへ歩いてきました。多少、人にぶつかっても不思議はないのに、彼はするすると人の間を縫ってきます。それも、自然体で歩きながらです。騙し絵を見ているような錯覚に陥りながら、そんな彼を眺めていました。

「ここ、いい?」

「えぇ、どうぞ」

 そばにくると、彼は喧騒にかき消されそうなほど掠れた声で言いました。その声に滲んだ緊張には気づかないふりをして、僕は席をすすめます。それと同時に、広げていた本やら紙やら何やらを全部一緒くたにまとめて積み上げました。話すのは歓迎で、別に邪魔ではないのですよ、と示すための行動です。ふと、昨日も聖女さんに対して同じことをしたと思い出して既視を覚えます。

 ただ、聖女さんは対等に姿勢を正していたのに対して、彼はただでさえ小さい背を丸めてまるで消えてしまいたいかのように見えました。先ほど見た敢然さはすっかりなりを潜めてしまっています。僕がいうのもなんですけれど。複雑なものがあるんでしょうね。

「それで、どうしました?」

 その時の僕は漠然と聖女さんと同じ質の悩みを抱えているのだと思っていました。彼女にしたアドバイスを繰り返すか、あるいは彼女も同じように相談してきたのだと打ち明ければ解決まではいかなくとも少しは打ち解けられるのではないかと展開を思い描いていました。

「何というかさ、ちょっと相談? があって。いい?」

「ええ、構いませんよ」

 アルフレード君に上目遣いに見上げられ、どこか心に動揺を感じながら答えました。

「……」

「……」

「あのさ……」

 しばしばの沈黙ののち、言い淀んだ言葉は、別の方向性を持って彼の口から流れ出てきました。

「ていうか、俺、こんな感じで話してるけど、大丈夫?」

 僕は思わず笑みが漏れるのを押しとどめられませんでした。純情さが溢れる彼に何というか、暖かな思いが込み上げてきたのです。何というか、不思議な心地でした。

「えぇ。僕のこれは性ですから。話しやすいようにどうぞ」

「そ? よかった。じゃ、こんな感じで。俺さー、ちゃんとした話し方とか教えてくれる人いなかったから」

 つい、周り探ってしまいました。近くにいる帝国系が耳をそば立ってているのを、そして目配せをしあっているのを確認します。あれ、年齢的に上級生ですが……。ただ、アルフレード君はそれに気づいていないようで、話を続けます。

「あのさ、えーと、それで聞きたいことなんだけど、今日、俺、対魔物訓練受けたんだけどさ?」

「えぇ」

「訓練って名前のくせに、先生がハズレだったのかなー。なんか、座学っぽくてさ。課題で、マク……何だけ、マクなんとかのW? の法則? ってのまとめてこいって言われたの」

「あぁ、マクレガーの十七法則ですか?」

「……? Wつってたよ? ちょっと待て、メモ見る」

「いえ、あのですね……」

 今度は僕が言い淀む番でした。さっと周りを見ると、聞こえていないふりをして平然としている人が三割。そして、本当に我関せずの一割。帝国系ももはや関係なく、七割がそれぞれの感情をむき出しにしていました。善良であれば動揺を、そしてそうでない多くの人は嘲笑を。

 魔物を狩って生計を立てている冒険者でも、まぁ、知らない人がいるのは理屈ではわかります。それでも、「どうして知らないんだ」と思わず冷笑が漏れてしまう程度には、初歩的な知識でした。

 その空気を感じたのか、アルフレード君の手が止まりました。それでも、その手がめくろうとした粗末な荒紙を見て顔を顰める人も少なからずいました。

「……はーやってらんねー」

 小さく、彼が漏らした声は聞かなかったことにします。

「もしかして、十七個あって、そのうちの一番有名なのが、Wなんとかだったりする?」

「えぇ、まぁ、ありていに言えば……」

「あーあ」

 アルフレード君は紙を投げ出して、両肘をついてそこに顎を乗せました。上から降りそそぐ灯に照らされて、柔らかに橙に光る髪がふわりと広がってから輪郭に寄り添いました。

「それって、一週間かそこらでなにかしら本で読んでわかるくらいのもん?」

「……難しいでしょうね」

 確かに言われてみれば、僕も爺共に散々言われてなんとか理解した記憶があります。Wは大事なのは大事なんですが、その分複雑で理解に時間がかかります。丁寧に手ほどきを受けてようやく身につく類のものでした。

「で、勇者じゃなくても知っておかなきゃいけないくらいの基礎中の基礎ってわけ?」

 自然と巻きを作っている髪をいじりながら、彼に尋ねられました。

 先ほどから言葉を選んでいた僕も、発すべきものを見つけられず困ってしまいました。なんというか、年輩者から何かを教えてもらう時間が多すぎて、自分より年下とこれだけ長く私的に話すのは初めてと言ってもいいかもしれません。そうすると、そのプライドを傷つけないためにはどうすればいいか皆目検討もつかなかったわけです。

「つーかさ、そのうち分かるから? 早く言ってくれた方が傷も浅くて済むんだけど」

「えーと、まぁ、そうですね……」

「そか」

 結局どう言えばいいかわからずに漏れた言葉に、アルフレード君は短く答えました。

 それっきり、斜め前を見て固まってしまった彼に、僕はまた言葉を失いました。十五歳の少年の顔のはずが、あまりにも悲しみと諦めが滲み出すぎていました。瞬きをしてみても、まだ幼さが残る顔に全てを悟った老人の表情が乗っかっているようにしか見えませんでした。

 先程まで砕けた言葉を載せていた唇のはしを下げるだけ下げると、彼は肩をすくめました。

「まぁ、やるだけやるしかないかな。変な質問に付き合ってくれてありがとうね」

「えぇ、いえ、それはいいのですが……その」

「ん? 何?」

「あの、家庭教師などはいなかったんですか?」

 言ってしまってから、しまったと思いました。もし、いたとするなら、こんな初歩的なことを聞いてくるはずがないのですから。

「あー、まぁ、俺も本当に皇族の血、引いてるのか不思議だし?」

 立ち上がりかけて浮かせた腰を彼はおろしながら言います。片頬をついて、こちらを見る瞳は潤んでいるように見えました。

「それは……」

「んーだってさ、それなら、皇帝閣下が父親なわけじゃん? 俺、直接何かしてもらったこと一つもないよ? 家庭教師とかもそうだし。お金もらったこともないし、何か融通してもらったこともない。本当に、何もない」

 溢れるように彼は言葉を吐き出します。何か溜まっていたものがあったんでしょう。僕がレイにそうするように、甘えられる人さえ彼にはいないのでしょう。

「本当に、俺、第三皇子とかなのかなー?」

 胸が痛みました。屈託なく振る舞っている彼に、かける言葉を探してもまた探しきれませんでした。

 再び、アルフレード君は僕から視線を逸らして机の上のシミを漠然と眺め始めました。僕は深まった同情を胸にそんな彼を見つめるしかできませんでした。


 失敗した。

 なんつーか。まぁ、俺の常識のなさがわかっただけよかった。

 まーそれがわかって、よかったのか?

 いや、失敗した。

 無理ほんと無理。

 俺、マジでやっていけないんじゃね?

 なんか、思っていたよりもやらないといけないこととか、覚えないといけないこととか、わからないといけないことが多すぎ。

 エロイーズじゃないけど、俺も姿をくらましてどっかに行きたい。

 いや、わかってるけど。

 逃げれるわけないじゃん。

 ここで逃げたら、兄さまたちが死ぬんだ。それで、俺も自由じゃなくなる。確かに父さまは俺に何もしてくれなかったけど、そのおかげで一人で旅したりとか、街を歩いたりとかできてたわけ。だから、本当は何もしてくれないっていうのはある意味そういう優しさというのも大袈裟だけど、本当に何もない、貰ったものはゼロってわけじゃない。でも、俺が第三皇子としての色々をもらえてない環境で、それで失ったものと得たものとどちらが大きいかっていうと、やっぱり失ったものの方が多いじゃん。

 今日もこうして大勢の人がいる中で恥を晒すことになったわけだし。

 はー。

 泣きたい。

 いや、半分泣いてる。

 きつい。ほんと、きつい。

 でも、ここで逃げちゃダメだって。

 身体強化系ってだけであれだけ散々馬鹿にされてさ。それで、魔法学校から逃げました? それで、冒険者しかできることがありません? そんな冒険者に俺はなりたくない。立ち向かう敵から恐怖で逃げるようなことは、もうしないんだ。ちゃんと敵を見据えて状況も考えて、それで無駄死にしそうだとか事態が悪化するだとか、そういう時にはちゃんと退けばいい。今は、まだその時じゃない。だってまだ、授業も全部受けてないし、課題も出して評価が返ってきたわけじゃない。

 だから、今どれだけ辛く立っても、それは無視して踏ん張るしかないんだ。

 とにかく、また図書館に行くしかないのかなーとぼんやり考えながら、それでも感情の方が止まらなくて潤んだ目がなかなか元に戻ってくれない。それが溢れないように、じっとしてるしかなかった。

 あーあ。

 クラウディウス殿下、なんで食堂の入り口とかに陣取ってんの? 馬鹿なの? 目立ちたがり屋なの? 目立つのは称号だけにしとけばいいのに。生まれつき称号持ちとかマジなんなの? 俺も欲しい。いや、自分の称号とか詳しく知らないけどさ。ん、でも、それよりも冒険者として活躍してさ、自分の力で称号を手に入れたいな。

 うん、それが今の俺が目指すとこで、ここにいるのは兄さまたちのため以上に俺のためでもあるんだ。

 バランスのいい魔法構成で攻防に富んで、かと思えば武具の扱いも完璧で。そういうの。そういう冒険者になりたい。

 だから、たとえ知っていないと馬鹿にされるくらいの常識だったとしても、今、知らないことは仕方ないんだから、スタートは全然後ろだけどそれは仕方ない、よな。俺、まだ若いし。クラウディウスだって俺より数年長く生きてんだもん。それで、あっちは今日明日の飯の心配もしなくてもいい苦労知らずで、だから、仕方ないじゃん。

 俺が、馬鹿で無知で無教養で、皇族の血を引いているとは思えないくらい粗野で粗暴でもさ。

 頭ではわかっていても、それでも瞼の裏から溢れてくる水は止められそうにない。

 クラウディウスが何も声をかけてこないのは優しさなのか、それとも俺を嘲っているのか、あるいは興味がないのか、それを確かめるのも怖くて仕方なかった。わかっているはずなのに、惨めで仕方なかった。

 ギルドの待合とも違う、若い人たちだけのざわざわとした喧騒にとけて消えてしまいたかった。

 結局、そんな俺の状況を変えたのは、

「あら、クラウディウス様、アルフレード様」

 という聖女の声だった。

 急に、魔物を前にした時のように身体中の血が熱くなった。睨むように彼女を視界に入れた時には、もう涙はどこかへ吹っ飛んでた。

 感謝なんて絶対にしないけど。

 彼女にはしないけど。

 でも、そのタイミングだけにはちょっとは助かったって思ったんだ。

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