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同級生が行方不明になったら④

 その後。

 バート先生は、リアさんを物理的拘束も辞さないといった覚悟で止めようとしました。まずは言葉で説得しようと彼が試みていた時、また大講堂を静かなざわめきが包みました。リアさんが乱入してきた時同様に大講堂の後ろから、先ほどに比べて小さな、それでいて懸念を含んだ囁きが起こったのです。それは、つまり入り口があるあたりからまた誰かが入ってきたことを意味していました。ただ、その姿はその人が近づくまでははっきりと見えず、結局のところ鎧をきた小柄な女性だとわかるには彼女が教壇へ登るまで時間を要しました。

 先日もカネさんが空間転移をした折に居合わせた防御宰領生のフランさんでした。

 彼女もまた、一学生であるはずなのに先生には目もくれませんでした。しかしリアさんのように動転しているわけでは決してなく、自分の使命を果たさんがための強い意志を感じました。それが、リアさんが見せた狂気的な何かと違うがあるかどうかは、この後の彼女の言葉次第でしたが。

 女性としての身だしなみを問えば、その無造作に手を入れられていないふわふわとした短い金髪は批難されるべきなのでしょう。ただ、鎧を着て毅然と前を向く彼女にそんな揶揄を挟む隙はありませんでした。

 僕がその人の正体を知っていたからだけではないと思います。バート先生がリアさんを見て警戒したように、僕たちは防御宰領生フランさんを見て、自然と彼女の言葉を待っていました。

 ただ、リアさんだけが我関せずとばかり、いえ、目を離したら聖女さんもまた勝手に消えてしまうとでも言いたげに彼女を睨んだままでした。

 鎧でその動きは分かりませんが、フランさんは一つ呼吸をしてから言葉を紡ぎました。

「本教室で認可外の大型魔法の試行を確認した。当該魔法が禁術の可能性があると判断されたため、防御宰領生の権限として、わたしフランがこの場を預かる。当教室ではこの後、捜査を行うため、一年生諸君は誘導に従い、それぞれ他の大教室に移るように。しばらくのち、今日の講義の続きを行うため、誘導された教室にて待機せよ」

 毅然として告げられた言葉に、大講堂はまたざわめきましたが、即座に防御の上級生たちが出口の近くから誘導を開始したようです。自らの職務を果たさんとする彼らは規律が取れていて、一年生たちは動揺が隠せないでいながらも彼らに従うしかありませんでした。

 禁術?

 禁術、ねぇ。

 僕も魔王に対抗する手段がなさすぎて思い詰めて調べようとしたら、ジジイどもにめちゃくちゃ怒られたことがありまして。大説教の後、一人にぽつりと「日陰者がやることだから」と言われて、ゾッとした覚えがあります。僕は穢れてはいけない。でも、ジジイどもは魔王討伐のためになんでもやるんです。例えそれが禁術に手を染めることでも。そして、その後どう裁かれても。

 あぁ、重いです。重すぎます。

 勇者という称号は。

 フランさんは僕たちのところまでやってくると、先生は身を引きました。彼の代わりに彼女はリアさんに話しかけます。

「リア、駆けつけてくれたことには感謝するけど、こういうのは防御の管轄だからね?」

 先ほどの堂々とした態度とは打って変わって、実際の歳よりも幼い優しい少女のような印象で言葉を紡ぎました。内容もなんというか、少しずれているような気がします。

「……」

 それなのに、聖女さんを睨みつけていた彼の表情に迷いが滲んだような気配がありました。

「ベントリー、昨日の夜から短期夜営演習に行ってて留守だから……。できたら、特殊四年のクック殿かクレアさん、探してきてくれない?」

「あれは、空間転移じゃなかった」

「うん、それはこちらでも把握してるよ。アベルも倒れちゃったし……。何があったか解明するのは、防御宰領生であるわたしの責務だから。あなたも協力してね?」

 大講堂からどんどん人が減っていくのを感じながら、彼を諌めるフランさんの言葉を固唾を飲んで聞いていました。

「……」

 リアさんはふっと聖女さんから目と体をそらすと、誰の目も見ることなく顔を逸らしたまま呟きました。

「……レイ・クック連れてくる」

「うん、ありがとう」

 フランさんは、来た時とは反対に緩慢に歩き出した彼の背中に朗らかに礼を言いました。彼女は、一貫して微塵も怯えや怒りを見せませんでした。それは、そうと見せないように感情を隠しているのではなく、本当に自然体で言葉をかけていたようでした。優れた魔法の使い手として名前が上がるわけではない彼女が宰領生になった理由の片鱗を見た気がします。

 ……で、レイが来るんですか?

 心話で何か警告をしようと思いましたが、僕自身がこの状況を飲み込めておらず具体的に何を言えば良いか分からなかったので、黙ったままでいました。

 ていうか、空間転移じゃないって、どうして彼女は悪魔ごといなくなったんでしょうか。自分達の意思ではなく、どこかへ行ってしまった? でも、上級悪魔が何の抵抗もなくつれさられるようなことがありえるのでしょうか。

 リアさんを見送ったフランさんは、先生に突如乱入した非礼を謝罪し、大講堂は防御上級生で閉鎖し、調査に当たると言いました。そして、一年生の座学の授業については、残りの先生方に順番に大教室を巡って講義をしてもらうように手配している最中であると報告しました。先生は、何人かの許可を得ているのか確認した後は自分の権限にはないという態度でいました。

 魔法学校における宰領生の権限の強さを感じます。

 何の悶着が起こるでもなく大講堂から一年生はいなくなり、特殊一年の僕たちだけが残されました。カネさんが欠けて三人になった僕たちは、講義の始まる前まで世間話を交わしていたなけなしの親しさはどこかへ行ってしまい、ぎこちない沈黙のまま、何か指示が与えられるまで待つだけになってしまいました。

 フランさんは、彼女の頼みを受けて集まってきたらしき上級生たちに丁寧に指示を与えていました。一方的に命令を下しているという様子はなく、本当に丁寧に頼み込んでいました。彼らもただ従うだけでなく、いくらか言葉を交わして双方納得の上で物事が進行していってるように見えます。……基本的に自分の家の権威を笠に着て、上から物を言う王国貴族たちなんて、彼女に比べれば人望で負けるわけですよねぇ。指示を受けた彼らは新たに到着した人たちに事情を説明しながら、自分達の責務を果たすべく持ち場へ散って行きます。

 気まずい空気を誤魔化すように、僕たちはそれぞれそんな彼らの様子を見ているほかできることはなく、ただ席についたままでいました。

 そこにレイが状況がわからないけれど、どうやら責任が伴う何かが求められる場所に連れてこられたようだと、貴族モードでやってきました。が、僕の顔を見るなり、『……で? 何をされたんですか?』ときました。

 僕は何もしてないんですけどねー。

 レイは一切顔に出さないまま、無意識に心話で僕を罵り始めました。え、僕ってそんなに信用ないですか……レイ? まぁ、彼はその声が僕に漏れていると思っていないので、僕もすました顔で黙ったままでいますけど。あーこれがあるから、レイが他の人と心話つなぐの反対なんですよねぇ。友人のいない寂しい王子の嫉妬心でいうわけじゃありませんよ?

 リアさんはレイを連れてきたのはいいですが、こちらまでやってくることはなく大講堂の出入り口近くの壁にもたれかかっていました。全体を見ているように見えましたが、誰かを逃すまいとそこへ陣取ったようにも思えます。

 フランさんは、自分の足で大講堂を一周して、検分の用意がうまく進んでいることを一通り確認してから、僕たちのもとへとやってきました。

「足止めをして申し訳ない。いくつか確認したいことに答えていただければありがたいのですが」

「ええ、僕たちにわかることでしたら……。とはいえ、彼女が急に消えたということ以外は何も分かりませんが」

 アルフレード君が何に怯えているのか微かに震えているように思えたので、僕がフランさんに応えることします。うん、まぁ、ここ数日、矢面に立たせすぎた気がしますからねぇ。

「アルフレード君も、聖女さんも、そうですよね?」

 何を思ってか僕は、彼女たちへ助け舟を出すようにそう問いを付け加えました。二人とも肯定の言葉を返します。

 しかし、穏便に済ませたいという僕の意に反して、アルフレード君が聖女さんの方に漠然と向いて口を開きました。

「ねぇ、なんか、エロイーズとメモでやり取りしてなかった?」

 それは関係ない、なんて流石に僕も口を挟めません。そういった些細なことが何かの手がかりになる可能性もあるのですから。

 聖女さんは、少し青ざめた表情をしながら、紙の切れ端を伏せたまま机の上に出しました。

「まぁ、個人的なやり取りもあるでしょうから……。わたしだけが拝見して確認させていただいても? 彼女の失踪に関わりがなければ他言しないと約束します」

 聖女さんは逡巡ののち、軽く頷いて彼女にその紙を差し出しました。フランさんは真面目な顔のまま一読し、その紙を折り畳みながら言いました。

「今回の件には関係なさそうですね。エロイーズが何か予告しているというわけでもないようですし。よろしければ、この紙はわたしが処分しましょうか?」

「……えぇ、はい」

 聖女さんはどこかほっとして、握りしめていた拳の力を抜きました。アルフレード君が納得の行かないように、じっと彼女を見つめています。先ほどのリアさんと同じように。彼らは何か、聖女さんの弱みを握っているのでしょうか? そうでなければ、どうしてリアさんが聖女さんを糾弾したのか不思議が残ります。でも、彼女に弱みなんてありそうに思えないのですけれど。

 他にもいくつかの質問に答えましたが、カネさんに変わった様子はなかったですし、もし彼女の意に反して消えたとして、彼女を快く思っていない人物がいるかどうかなどこの短い間の付き合いでは分かりません。ただ、聖女さんは小さな声で、《銀の舞踏シルバーワルツ》が関わっているのではないかと言いました。確かに、襲われたとは言っていましたし、王都を騒がす盗賊団が新しい戦力目当てに彼女を誘拐したという筋書きは、絶対にあり得ないものでもなさそうです。しかし、それでも上級悪魔ごといなくなってしまった説明がつきません。

 結局のところ、憶測しか思い浮かばず、重ねられる質問に僕たちのうち誰かが「何もわからない」「何も知らない」と答え、残りの二人がそれを肯定するだけに終わりました。

 じっと僕の腹を探っていたレイでしたが、さりげなく僕を見張るのをやめ、フランさんに向き直りました。

「ベントリー宰領生の代理として、僕にこの件を預かれと?」

「いや……。説明が足りなくて申し訳ない。こちらは、禁術が行われた可能性があると見ている。それについては、防御の管轄であるから、一切はわたしが責任を持つことになると思う」

 フランさんは、優しい少女の顔を隠してまた矍鑠とした宰領生の態度に戻っていました。

「そう、そうですか……。彼女が禁術を……」

「それか、あの上級悪魔か」

「えぇ、そうですね。一年生が禁術を使えるはずがありませんから。あの悪魔が何かしでかしたんでしょう」

「こちらもその線で調査を進めたいと思っている。ところで、いつまでも特殊の後輩たちを足止めしているわけにもいかない。まだ、今日の講義はスケジュール的にも中止にはできないから。よければ、大教室5Aまで彼らを案内していってもらえないだろうか」

「えぇ、そう……さすがの手配ですね。この場を預かるには力不足ですが、少しはお役に立ちましょう」

 「それでは」とレイが僕たちを促して、ようやく講義へ戻れるかと思ったとき、それぞれ検分の準備を進めていた上級生たちが不自然に静まりました。何があったのかと違和感の正体を探して大講堂を見渡すと、入り口から髭を蓄えた老人が入ってきたところでした。彼はリアさんと幾許か言葉を交わしてから、フランさんへと向かってきました。

 血相を変えて駆け込んできたリアさんと、堂々とやってきたフランさん。そして、彼はまるで自分の庭を散歩するように自然体で歩いてきました。

 それが、この魔法学校の主であるコンスタント・オーティスであると分かると僕とレイは素早く視線を交わしました。僕たちに走った考えは似ていながらも、非なるものです。レイは、勇者である僕が揉め事に巻き込まれることを懸念していました。僕は、ただ単に勇者とか王子とかの体面はともかく、何であれ厄介ごとに巻き込まれるのが面倒で嫌でした。

 いえ、あの彼女と同じクラスになった時点で、そして同室になった時点で、逃れようのないことだったのかもしれませんけれど。

「すべて中止してもらう」

 彼は一方的にフランさんにそう告げました。彼女はその要望を理解できないとでもいうように何度か瞬きしました。

「どういう、ことでしょうか。わたしは、ただ単に防御宰領生として禁術が行われた場合の対処を――」

 彼は、髭に隠れている口元をおそらく緩めて言いました。

「迅速に宰領生の責務を果たしてくれて頼もしい限りだ。リア君も君も」

 そして、その言葉には「しかし」という否定が続きました。

「今回の件は、どうしても君たちの手に余る」

「上級悪魔が絡んでいるからですか? それでも、禁術の調査としてはやることは変わらないはずでは」

 僕たちは、ただ呆然としていました。単にカネさんが空間転移で授業中にどこかへいってしまったと思ったのですが、それがなぜか禁術の疑いがあるという話になり、さらにそれ以上の何かだというのですから。

 彼は少し目を細めて、今度はよりいっそう優しい口調で言いました。

「今回はどうも危険性が高いのでの。それに時期も悪い。長期休みなどであれば君たちに調査を任せようが、儂が預かった方が良かろうて」

「それは……」

 彼女は、内心で宰領生としての責任と何かを天秤にかけたようです。

「それでは……それでは、撤収いたしますが、学生には負担をかけないということでよろしいですね?」

 どうやら、この始業の時期に学生の負担をかかることを避けるべく、手を引く決断をしたようです。……これは、そう……、やっぱり人徳がありますよね。王国貴族という家柄しかない学生たちが大敗を期した理由が、この少しの時間で痛いほどわかってしまう。

「まぁ、何人かにはこちらから声をかけるかもしれぬが、基本的に儂個人でなんとかしようかの」

「……できる限り、それぞれのクラスの宰領生を通してください」

「……緊急でなければ、そうした方が良かろうな」

「それでは、わたしの方は撤収させていただきます。彼らは授業に戻らせてよろしいでしょうか」

 オーティスさんはチラリと僕らの方を見て、フランさんに頷いて見せました。僕らはレイに促されまま、彼の後ろについていくことになりました。アルフレード君がさりげなく僕を挟んで、聖女さんから距離を取りました。それに気づいた彼女が少し悲しそうな顔をします。

 ……カネさんが消えたいま、この微妙な空気を飛ばしてくれる人がいません。飛ばしてくれるというか、焦土に変えて別の何か無茶苦茶な何かを新造し始めるというか……。

 そして、その後、どうなったか僕たちには何の情報も入らなかったのです。

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