表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/346

同級生が行方不明になったら③

 あの日、座学が始まってから、アルフレード君を挟んだ彼女たちの動きは、はっきりとわからなかったのですが、聖女さんと彼女は何かメモのやりとりをして秘密の会話に興じているようでした。……最前列なんですけど、いいんですかね?

 アルフレード君はしっかりと前を向いて、つい僕も自前の筆記類を分けてあげたくなるような、質素な荒紙に短くなった鉛筆を使っていろいろと書き込んでいました。「庶民は努力不足だから魔法学校へいけないんだ」という論説を高圧的に唱える世間知らずの貴族たちに見せたいですねぇ。決して大きくはない手でも短い鉛筆は扱いずらそうで、そして優しくなぞっているのに引っ掛かっては破れそうになる紙。僕のを少しは分けてあげたくなりますけれど、それでも彼の矜持を慮って思いとどまりました。紙がなくなるとか明らかに困ったら助け舟を出したいと思いつつ、同じく貴人として扱われるべき立場であるはずなのに、とここ数日で何度思ったかわからない疑問がよぎります。

 いくつかの講義を経た後で、魔物学の有益性についてバート先生が話している最中でした。僕はアルフレード君が身を乗り出してメモも忘れて小さく頷きながら聞き入っているのを微笑ましく眺めていました。

 彼は、例え軍人になるのだとしても魔法を極めるため魔法同盟へ進むとしても、そこでの活動は魔物と切って離すことは絶対にできないもので、いかに魔物学の知識を活かせるかを中心に講義は繰り広げられていました。ただそれだけなら退屈だったでしょうが、足を失うまで対魔物戦の最前線にいた猛者としての経験談が盛り込まれます。たかが魔物と侮って何も知らぬままやってきた軍人の、冒険者への援軍のはずが大失態を晒すことになった話。今現在、普及している浸魔力素材の革製法は魔物に詳しいからこそ生み出すことができたという話。魔物に精通しているはずの冒険者ギルドが、情報のひょんな勘違いから大変な犠牲を出してしまったという話。これだけの人がいる大講堂は静まり返り、誰もが彼の話に耳を傾けていました。

 確かに、魔物学を学んでみたい、できれば彼の講義を受けてみたい。そう思わせるだけのものがありました。

 彼の時間は終盤に差し掛かり、魔物学の概要の説明が続きます。義足というよりもただつっかえ棒をしているだけの失った片足をものともせず、かつかつと足音を立てながら、彼は「これを覚えろということはない、自然と覚えるものだから」と講義内容の説明を加えながら、魔物の分類様式を慣れた手つきで板書していきます。そして、その図の横に魔物十二系統を描き、「これらは魔物について考え、対照するためのツールにすぎない。多くの先人が切り拓いてきたが、万全ではない。新たな一ページを今も誰かが作っているものだ」と冒険者系なら自分も続きたいと胸を躍らせるような言葉を付け加えました。

 そして、黒板から振り返った彼は、なぜか言葉を詰まらせ、戸惑いを隠さずに目を瞬かせました。彼が何をみたのか、そして言葉を止めたのかわからぬまま、聴講していた僕たちは顔を見合わせました。アルフレード君の方をみた僕は、その理由も目にしてしまいました。

 カネさんが、いません。

 彼越しに身を乗り出して、確かにいないとわかってしまいました。慌てて、机の下なんかをみてしまいます。いや、何か落としたとかじゃなくて、兄上ばりの斜め上の理由で、そう行動する可能性を否定しきれなかったので。

 もちろん、いませんでした。

 後ろを見やると、彼女を視界に入れて講義を受けていた学生たちを中心に呆然としたざわめきが広がりつつありました。ただ、それはじきに呆れへと変わりました。先日の食堂での騒動を思い出して、授業の最中に空間転移でどこかへいってしまったのだという理解に落ち着いて、なんて自分勝手なんだと怒りの声も少なからず上がります。皆、魔法学校への入学にはいろんなものを背負っていますからね。僕や聖女さんみたく元から将来が決まっている人間にもそれ相応の苦労がありますが……。

 先生は、事態を理解するのと大講堂のざわめきをどう収めるかに逡巡するように何度か義足でコツコツと床を叩きました。

 結局のところ、彼は咳払いをして「後から特殊の宰領生に通告する」という結論を出しました。組織の規律、規則は守るようにと少し説教じみた言葉を口にして、魔法同盟が運営する魔法学校は実力重視、これまで馴染んできた常識から離れることも時には必要だといいます。あー、ついでに、勇者が世界を救わなきゃらない、魔王を倒さなきゃならない、なんて常識もどっかへいってくれませんかねえ。

 そこから、彼の話は常識的に思える視覚情報での魔物分類が生んだ悲劇へと差し変わり、魔物学の講義へと戻っていきました。昔は魔物の体毛の色でその魔物の得意属性や苦手属性を判断する風潮があったけれど、それがいかに俗説であったか、しかし文字通り目に見える分かりやすさに膾炙していた考え方でそのせいでどのくらいの犠牲が出たか……そんな先ほど通りの語り口に大講堂も時期に落ち着きを取り戻し、再び彼の言葉に耳を傾けようと静まりました。ただ、依然、聖女さんを含むカネさんの周辺にいた生徒の顔はいくばくか青ざめてはいましたが……。人が忽然と消える様を目撃するのは確かに心臓にいいものではありません。

 なんとか講義の体を取り戻すことに成功した彼は、魔物について知ることはすなわち世界を知ることとも同義であると話を締めくくり、一年生へ向けた講義の具体的な題目を簡単に読み上げて講義を終わらそうとした時、今度は大講堂の後ろからざわめきが起こりました。つい、僕も身体ごと後ろへ向いてしまったのは、先生の緊張がカネさんの消えた時の比じゃなかったからでしょう。魔物と相対し続けた人の、何が起こるのか分からないと身構える事態……。

 どういう危機ですか?

 どうやら勝手に大講堂へ入ってきた人がいるようです。その彼は高身で、座っている学生たちの合間を縫ってこちらへやってくる様子がはっきりと分かりました。彼が滲ませているのは、驚きとそして焦りでしょうか。遠くからでもはっきりと分かる、白い長髪、それに顔の赤い印からすると、噂の身体強化宰領生のリアさんでしょうね。見開かれた黄色い瞳が光を反射して魔物の瞳のように見えました。

 三つ編みを靡かせて彼は、その長身を最大限に駆使してこちらへ向かってきました。彼の姿を認めて、そして誰かを知って、大講堂の中は憶測と興奮に満ち溢れていきます。しかし、それは彼が先生を無視してきっちりと僕たちの、いえなぜかどこかへいってしまったカネさんがいた真前に立つまででした。

 どうして彼女が消えたことを知っているのか……その得体の知れなさに誰もが黙りこくるしかなくなったのです。

 あれだけ駆けていたのに、その息は上がることもなく、彼は他の何にも目もくれずカネさんがいたはずの場所を目つけました。アルフレード君がその剣幕に、そっと僕の方へ身を寄せてきます。

 彼は、カネさんが確かにいないことを確認すると、ハッとその横の空間にいた聖女さんを睨みつけたのです。

「お前――」

 その声は隠せない動揺と敵愾心でおののいていました。

「お前、何をしたんだ?」

 押し隠しされた戦慄の代わり。

 それは確信でした。

 何が起きたのか事態を問う言葉ではありません。

 彼が口にしたのは、絶対に彼女が何かをしたということは確定していて、あとはその中身が分からないという詰問だったのです。

 瞬間的に、僕はまずいと思いました。

 彼だって宰領生として想定される行動以外を取っていましたが、それに対する聖女さんも十分に意外なものだったのです。彼を前にして身をすくめるのは、急に詰問されたわけですから自然な反応でしょう。ただ、彼女は理不尽な問いに対する当惑を浮かべるわけでなく、明らかに動揺したのです。何か、秘密があってそれを彼に見透かされることを恐れているとでもいうように。

 講義の前に話していた通りに、彼女は抜きん出ている治癒術以外はからきし魔法は使えないのですから、カネさんの突然の失踪に何もやましいことはないはず。

 それなのに、どんな動きでも見逃すまいと猛獣の目をしている彼に、なすすべなく狩られるしかない獲物のように肩を震わせているのですから。

 そして、アルフレード君がなぜか息を呑んで、その様子がまるでリアさんの言葉に非がないとでも思っているようだったのですから。

「お前は――」

「ちょっと、聖女さんは関係ないでしょう。ただ、カネさんがまた空間転移でどこかに消えたというだけで」

 気づいた時には、追撃の詰責の声を遮ってしまっていました。

「空間転移で? 消えた?」

 苛立ちと共に返ってきた言葉に驚きました。僕の王子としての、そして勇者としての地位を無視されたことに。そして、明らかに嘲りを含ませて、そうではないと断じられたことに、です。

 それ以上、彼にどう対峙すればいいか分からずに僕は必死に動揺を押し隠しました。そう、どうせ、そうなんです。

 勇者なんて称号を嫌っていながら、僕はその権威にだけ甘えているのですから。思ってもいないところでそれを突きつけられたことに、なぜか僕は揺れていました。

 ただ、僕以外にも彼を止めようとした人がいました。

 その人は、彼の肩にそっと手を置いて、出来るだけさりげなく声をかけました。けれど、顔に赤の紋章をもつ彼はなんの反応も返さずに、じっと聖女さんを見つめていました。

 まるで、闖入者の自分ではなく彼女の方が危険なのだとでもいうように……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ