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【それでも私は】鬱積の諦念【愛を謳いたい】

 「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。


 39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。


 以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。


―――――――――――――――――


 やっと横道にそれまくった適正試験が終わったと思ったら、なんか、エロイーズに食堂まで競争しようとか言われたんだけど? まぁ、確かにお腹は空いたから、怒られてもエロイーズのせいってことにして、走った。

 こいつ、なんで身体強化使ってなさげなのにこんなに早いの? 実は獣人の血が入ってるとかそういうことないよね? それくらい早い。まぁ、でも、獣人は混血を忌み嫌って少なくとも獣耳生えてないと殺すとかするらしいし、それはあり得ないよな……。

 身体強化を使って走ったら流石に怒られそうなので、なんとか彼女の後ろにピッタリついて走り抜ける。マジ腹減った。エロイーズは怒られてるけど、その影に隠れてる俺はあまり怒られないで済んだ。なんだろうな。彼女に無理やり走らされてる感でも出てたかな。

 で、クラウディウスは流石に廊下を走るとか品性のないことはできなかったのかついてきてない。

 よし。

 なにも考えてなさそうなエロイーズに続いて、俺も昼飯をもらいに行く。今日のメニューは……と。魚嫌いだけど、肉ばっか食べてたらダメなんだよな? 二日に一食くらいなら食べてもいいかな……。どうしても自分で捌くとなると、わざわざ冒険者業終わってから川に行って魚とるとか面倒すぎるし、しかも腹ひらくとか内臓取るのとか苦手でやばい味になるから避けてたんだけど……。ここの飯、旨いし。魚も食えそう。

 魚のメニューを選んでエロイーズの向かいに座ると言われた。

「あ、アルちゃん、魚? 背が伸びるよーいいよー?」

 ……エロイーズの発言ってどのくらい信憑性あんの? 俺、魚のメニューあったらついそれを選ぶようになってしまいそう……。

 黙々と食べてたらクラウディウスがきた。睨んでおく。俺、さっきのマジで許してないから。一生根に持つから。

 ……ていうか、この魚、生臭くないけどなんで? 本当に魚?

 なんて突き突き食べていたら、一足先に食べ終わったエロイーズがこれからどうするのか俺たちに聞いてきた。

 俺は、時間割考えたり、図書館なんかに行って役に立つ本がないのか探すリベンジがしたい。ていうか、ほんと時間割考えなきゃだよ。結局、適性試験の結果は、火B+、木A、水B、土D、光C+、闇A。土以外は授業受けられるんだよな。想定外すぎる。むしろ、授業数に足りなくて困ると思ってた。

 んーまぁ、後で考えるけど、贅沢な悩みだよな……。でもまぁ、その、俺でも二つ名持ちの冒険者になれるかもとか、ちょっと夢が膨らんでしまって、ついニヤニヤしてしまいそうになる。

 クラウディウスは口に物が入っている間は喋れないデバフがかかっているらしくて、モゴモゴ言ってる。

「んー、俺は時間割しなきゃ」

「おっけー」

 俺がさりげなく言うと、エロイーズは頷いた。なんか上から目線だけど、変な発音に気がとられすぎてそこまでムカつかない。クラウディウスの助けを求めるような視線を受けながら、俺は小さく首を傾げて見せた。

 なんか、エロイーズは聖女を探して聖教会に行きたいらしい。

 え? マジで素直に何の用なわけ? ていうか、俺が王都の聖教会の場所知ってるわけないし。知ってても絶対に嫌だわ。

 クラウディウスが知ってるか知らないけど。

 さっさと退散するに限る。

「じゃ、俺、もういくわ」

「はいはーい。またねー」

 ていうか、「はい」って頻出ワードなんだけど、どういう意味なの? 一つの「はい」と二つの「はい」の意味は同じでいいの?

 まぁ、適当に流して立ち上がる。クラウディウスはまだ何か口に入れてモゴモゴしてるけど、俺は見てないし、知らないからね。

 ちょっといい気味、と思うとさっきの劣等感が溶け出してどこかへ行ってしまった気がした。

 あのお方はまだ沈黙を守っていらっしゃいます。

 そして、またアナベラ様が大怪我をして運び込まれました。

 憂鬱。

 悪いことが重なる時は重なります。

 暗然としていても始まりませんので、ともかくアナベラ様の治癒に全力を注ぎました。容体が安定した時にはもう日が昇り始める時分で、そこから私も魔力切れで軽く気を失っていたようです。

 ……魔力切れしてもあのお方からなんの叱咤もないとは、そう、不気味な沈黙ですけれど……。普段なら、「君の身体は君のものじゃないって分かってるよね」とか「そんなことで気絶して寝首をかかれても助けないからね」など言ってくるのが常なのですけれど。

 別室で目覚めた時には、知らない景色に心臓が掴まれたような驚きを感じましたが、なんとか深く呼吸をしているうちに動悸も治りました。身体を起こして、未だ聖教会にいると知ってようやく安堵できました。あのお方に連れ去られたかとつい思ってしまったのです。まだ連絡が取れてないですから……。どんな行動に出るのか、私も慮れません。

 部屋から出ると聖教会に入りたてらしい少女が曇らせていた顔を明るくしました。アナベラ様のお世話をさせていただいていたはずの私ですが、どうやら彼女にお世話されていたようです。ともかく私のレパートリーの中で一番丁寧なお礼を言って、すぐにアナベラ様のもとに戻りました。

 質素倹約を謳っている聖教会ですが、さすがに王都・帝都では貴族の方が来訪しても不快ではないような造りになっています。そして、決して多くはない治癒師の大半が所属しているだけあって、秘密裏に高貴な方が療養に訪れるための隠し部屋が用意されているのです。アナベラ様は貴族ではありませんが、第一王子殿下の愛人という繊細な立場ですから、どう扱うべきか組織にも多少の戸惑いはあります。ですが、最終的には立場云々は脇に置き、彼女の命を守るためという良心でこの部屋に匿われているのです。

 天蓋こそないもののしっかりとした木製のベッドの上、清潔で白いシーツに身を横たえた彼女は顔に赤みが戻りかけていました。その様子に安堵しつつ、ベッドの横に備えられた丸椅子に座り、彼女の手を取ります。脈も安定し、魔力の滞りもありませんでした。安泰の必要こそあるものの、私がすぐ対応できるように控えていなくても良いほどに回復しているようです。

 これで一つ安心できると胸を撫で下ろします。そう、少なくとも今はという条件付きではありますが。あのお方のこと、クラウディウス様の勇者としての運命、取りも直さずそれは私のものでもあって……さらには私にはどうすることもできない同胞やソリティオ閣下、アナベラ様……例の悪魔、そしてエロイーズさん……。心配事を頭のなかで並べるとため息のほかにありません。そして、ぼうっとしたあと、どうしてか頭にアルフレード様の顔が思い浮かんできて悩み事と一緒に振り払いました。

 普段は綺麗に巻いていらっしゃる亜麻色の長髪を束ねてしまって、不思議なまでに澄んだ青い瞳が見えなければ、彼女もただどこにでもいる人に見えます。殿下の隣で困ったように笑っていらっしゃる彼女よりも、こうして苦しんでいる彼女の方が私には馴染み深いものですから、どうしても力になりたいという思いだけが育っていきます。

 今日はもう魔法学校に戻ったところですでに適性試験は終わっているでしょうから、せめて彼女が目を覚ますまで、こうして手を握って待っていようと思いました。もし門限の時間が迫って去らなくてはならなくとも、それまで安心して寝ていらっしゃるならそれ以上のことはありません。

 どのくらいそうしていたでしょうか。

 あのお方もまだ沈黙を守っていますし、しばらくぶりの平穏でした。

 魔法学校で暮らすと割り切っていたはずが、一ヶ月もしないうちに聖教会でこうしているだけで不思議と心が落ち着きます。知らず知らずのうちに、この組織での暮らしに慣れきってしまっていた自分を思い知らされる気がします。私の居場所はどこにもないのに。少なくとも、人々の間にそれを求めてはいけないのですから。

 ふと、アナベラ様のまつ毛が揺れました。清水のように透き通った瞳が空気にふれ、不思議そうに瞬きを繰り返します。握られた手に気づいた彼女は、ゆっくりと首をこちらに向け、瞳の焦点を私に合わせると置かれた状況を合点したようにふっと息を漏らしました。その瞳に浮かんだ深い絶望を私は受け止めることはできません。それでも、彼女の手に両手を重ねます。彼女には彼女の絶望があって、私もきっと私の絶望があるのでしょう。決してお互いにその絶望を分かり合うことができなくても、私の手がせめて少しながらでも彼女の絶望を癒す力になることを願っているのです。

 それでも、私は彼女が無防備な仕草を見せられる数少ない者なのでしょう。彼女は再び目を閉じてゆっくりと深呼吸をしました。そして、そのままうつらうつらと眠ってしまいそうになりながらも、何事か話そうと口を動かしかけては疲労と眠気に抗えずにいるようでした。

「アナベラ様、今回は大事にはなりませんでしたから、ご安心なさってくださいね」

 私はできるだけゆっくりと声をかけます。「今回は」なんて言いたくはないんですけれど。生死の狭間を彷徨うなんて一回でも十分で、そして醜い傷が残るような怪我なんてない方がいいのですから。

「聖女様……いつも……」

 彼女の言葉はいつもそこで途絶えます。私は、その先を考えないように、あえて言葉を重ねるのです。いつも。いつもありがとうございますと言いかけた言葉が途絶えるのは。

 いつも「こうなった時には貴方がいますね」ならいい方で。いつも「死ぬことを許してもくれないのですね」という絶望が滲み出ていることには、気づかないふりをするのです。

「えぇ、ご心配に及びませんわ」

 私は、少なくとも私は、いつかあなたを含めてすべての人を裏切る私は、ともかくあなたに生きていてほしいのです。そして、できるかぎり幸せになってほしいのです。

 私が使命を果たしてしまったら、そんな未来なんてあり得るはずがないのに。

 それでも。

 私が握っていた手の中から彼女はスッと自分の方へ引きました。その仕草は、私の手を振り払えるほどの力はなくても、それでも私にそうしていることを辞めさせてしまうだけの拒絶の意志がありました。そして、目を伏せて瞳を隠したアナベラ様に、身体だけではなく傷ついている方に、なんとお声をかければ良いのかわからなくなって私も黙り込んでしまいます。

 どうすれば、彼女の心を軽くすることができるのか、どうすれば、もしあのお方の策略でこの世が混乱に陥ったときに彼女の身の安全を保証できるのか、全く方法がわからないままに、それでもそれをただ願わずにはいられなくて居た堪れない思いのまま、アナベラ様を見つめていました。気まずい沈黙が続きましたが、私はなんと言えば良いかわからなくて口を開くこともできません。

「そういえば、聖女様は魔法学校に入学なさったんですよね。おめでとうございます」

 顔あげてお話になったアナベラ様にはもう影はありませんでした。押し隠された彼女の思いになおも居た堪れなく思いながら、それでもただ彼女の怪我を治すだけの私に心を開いてほしいなんて願うのも烏滸がましいのですから、丁寧に礼を返してしばらく世間話に終始しました。

 私は、クラウディウス様の話題に触れないように、あえてエロイーズさんのことを話しながら、彼女の状態を探ります。何度、危殆から脱しても、彼女を害する場所へ引き戻されるなら、元の木阿弥だということは重々わかっていました。だから、せめて聖教会にいる間は安息の時間を過ごして欲しかったのです。複雑怪奇な宮廷の力関係は私の知るところにありませんが、彼女がこうして怪我をすることとクラウディウス様の存在はけっして無関係ではないのでしょうから……。

 アナベラ様は私がお話しする彼女の自由な様子に、羨ましいと言わんばかりのため息を漏らしました。少なからず私も共感するところがあります。他人になんと言われようと気にせず、そして、自分の意志だけが自分自身の行動を決めるのだという自信に満ちた振る舞い。私があのお方に、アナベラ様が王太子殿下に囚われて伽藍じめにされている、目には見えない檻が彼女には全くないかのようです。もし、もし、自分もそうだったら? 聖女として人を助くためだけに生きられたら? 例えば、アナベラ様を苦しみから救えたら?

 でも、それはどこまで考えても愚問なのでしょう。だって、あのお方がいなければそもそも私は存在しないのですから。そして、聖女としての力も持っていないのですから。

 そんなことを考えるうちに、私もアナベラ様も自然とまた言葉を失っていました。先ほどとは違う、二人して何かに思いを巡らせる沈黙を破ったのはまた彼女の方でした。

「聖女様、昨夜は魔法学校にお戻りにならずに?」

「えぇ、アナベラ様の方が大切ですから……」

 彼女は相好を崩して、おそらく王太子殿下を虜にしている笑みをほんの少しだけ浮かべました。

「若い方の将来の方が大事ですよ」

 確かに彼女より私の方が若いでしょうが、とはいえ彼女もそう将来を諦めるような老いを滲ませるほどの歳ではないはずでした。ふと垣間見えた彼女の絶望に、私は嫌々をするように首を振りました。そんな言葉は誰からの口からも聞きたくありませんでした。

 あなたの命の方が。そして、あなたの未来の方が。

 私にとっては大切なのですから。

「今日は帰られるのでしょう?」

「えぇ……名残惜しいですけれど」

「あら、そんなことを言っていただけるなんて。でも、聖女様はこれからなんですから、ご自身を大事になさってくださいね」

 私の将来、私自身を大事にする。心中で繰り返せば繰り返すほど空虚にしかならない言葉に私は苦笑しました。

「その、エロイーズさん? でしたかしら。ぜひ、会ってみたいものですね」

 私の心の機微を感じ取ったのか、彼女はふと話題を変えました。

「彼女は破天荒ですから、もしかすると王城に押しかけたりなんてするかもしれませんよ」

「そう……もし彼女と出会えたら、もうそれで運を使い果たしてしまいそう」

「いえ、たぶん……そういうことがあったら、たぶん、彼女の運の方が強いからでしょう」

「それなら、安心かしら……。でも、王城に押しかけるなんて、そんな無謀なことは流石になさらないでしょうね」

 「分かりませんよ」と言いかけた言葉を私は押し殺して話を合わせました。どちらかというとやりかねないと思うのですけれど、宮廷に伽藍じめになって苦しんでいる立場の彼女に言ってしまってよい言葉でない気がしたのです。

「……引き留めてごめんなさいね。また会いましょう……とは言わない方が良いのでしょうけれど、ともかくお元気で新しいお友達とも仲良く過ごしてくださいね」

 彼女は別れの挨拶を言おうとして、ぎこちなく言葉が伸びます。私もいつも通りなんと言えば良いのか迷いながら、それでも伝えます。

「それは、お怪我なさらないことが第一ですけれど、何度だって私は駆けつけますから。アナベラ様も、……大事ないことを祈っておりますわ」

「えぇ……ありがとう」

 そう言うとアナベラ様はゆっくりと目を閉じてしまわれました。そう長く話していたつもりはありませんでしたが、どうやら疲れさせてしまったようです。私は、アナベラ様の「ありがとう」の言葉を反芻しながら、彼女が眠りに落ちるまで見守っていました。

 彼女は、決して「助けてくれてありがとう」とかその類の礼は口にしないのです。

 まるで。

 まるで、そのまま死んでしまった方が良いとでも思っているように。

 もし、もし彼女の心を癒す方法があるのなら、そんな治癒術があるのなら、今の私が使える治癒術なんて失っても構わないから、それを知りたい。そして、彼女を本当の意味で助けたい。

 あのお方に知れたら、大目玉だけでは済まないようなことを考えていました。でも、もしそんな力があるのなら、あのお方の怒りだって、この世界をどうこうしようという原動力だってなんとかなってしまうのでしょうから。

 エロイーズさんにもそんな力はないでしょうけど、もっと奇天烈な方法でこんな悩みなんて切り裂いてくれるのではないかなんて、つい、そんな期待をしてしまいます。アナベラ様を傷つけるものから、場所からエロイーズさんが彼女を連れ出してくれるかもなんて、そんなことを思うのです。

 現実になることはないのかも知れないけれど、私の心の中で秘めて願うくらいなら、あのお方だって口出しできないのですから。

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