えー……闇魔法の適性試験だったはずなんですけど?
僕、闇魔法の適性ないんですけど、もう一度やらなきゃいけませんかねー……。
まぁ、そこらへんの適性って、やっぱり成長とともに変わるので、あんまり受ける機会のない光と闇は受けておけって言われてるんですよね。
ていうか、アルフレード君、意外と色々素質あるんですね。身体強化系の冒険者で帝国の魔法主義社会で忌み嫌われているって噂はガセなんでしょうか。
なんか、うちの兄も適性検査受けさせられてたし、レイあたりも簡易版とか受けてたし、帝国でも皇族だと受けてると思ってたんですが、一喜一憂の反応を見ているあたりそうじゃないっぽいですね。でも、魔法主義社会なのにそういうものなんですか……?
まぁ、考えても仕方ない疑問は傍に置いて、闇魔法の危険性についての話を聞き流します。この方の声、なんか……眠くなりますね。既に何度も口を酸っぱくされて言い聞かされてきたことなので、右から左へ通り抜けてしまいます。
……。
聞き流してても怒られないっていいですねー……。
アルフレード君は真剣に、そしてカネさんはチラチラと上級悪魔の方を伺いながら話を聞いています。心話でもしてるんでしょうか。先生もそれを分かっていて注意しません。先ほどみたいな勘違いをされるくらいなら、上級悪魔の良識に頼った方がいいってことでしょうねー……。しかし、彼女の理解力よりも信頼のおける上級悪魔の良識ってなんなんですかね?
禁忌に近い形で魔法解除をしようとすると闇魔法に頼るしかなくなるらしいんですよね。そうでなくても、補助系で魔法解除をできるとんでもない人がこの世には存在はするらしいですが、僕はそのとんでもない人に数えてもらえないので、えぇ、苦労しますよ。
そんな運命はないと思うんですけど、なんというか、他に「勇者」になるべき人がいて、その人が事故死とかして僕にお鉢が回ってきたかのような、その程度の能力しかないので僕。ぶっちゃけ、レイのが戦力としては強いですからねー。
まぁ、鬱になりそうな現実もわきにおいて。
闇魔法の適性を見るためには、ランプを使います。これは少し不思議な形をしているもので、ガラスを丸くした、その部分しかないのです。そこに、紫の不思議な炎がちらついているという代物です。この炎自体が闇魔法でできていて、これをコントロールできたら闇属性の素養があるという仕組みです。
僕たちはそれぞれ受け取り、カネさんのは悪魔が受け取りました。もうそれに何の違和感さえ浮かばなくなっているんですけど、まぁ、うん、そういうものだと思っておきましょう。
「それでは、今度はアルフレード様からお願いしましょうか」
さっきは僕からでしたからねー。先生のその言葉に、アルフレード君は硬い表情でランプを見つめていました。
「利き手をかざして」「魔力を感じて」と彼女は優しく指示します。「まるく閉じるように」と続きますが、僕にはこの「まるく閉じる」というのが分からないんですよね。丸くってなんですか丸くって。火を消すのに閉じるですよ。分かりませんよねぇ。
アルフレード君は「これでいいのか」と不安そうにしていましたが、ふとゆっくりと目を閉じていきます。彼の周りが少し暗く翳ったように見えました。ここ最近の疲れかと思って、強く目を瞑って開けた時には、彼の手の中の光は消えていました。
え。
えー……。
闇魔法使える系ですか。
次、僕ですよねー……。やりにくくなったじゃないですか。
……?
ん?
あれ? 今何があったの?
火消えてんじゃん?
ぎゅーって小さくして、もっともっとぎゅーって潰そうとしたのは覚えてるけど、数十秒? くらい記憶がない。
何これ。こわ。これが闇に取り込まれるってやつなの?
ぼーっとしてたら、その間にクラウディウスの番になってたみたい。
あれ。
なんか、苦戦してない?
眉間に皺を寄せて炎を睨んでるけど、違うって。普通の火みたいに魔力供給たつんじゃなくて、ぎゅーって潰すんだよ?
チラチラと揺れる炎はまるで影響を受けてない。
なんとか小さくなっても、すぐに元に戻ってしまう。
あれ、俺って闇に適性あるんだ……。闇魔法って何をするのか全く想像がつかないんだけど……? でも、さっきみたいに何も覚えてないのに魔法使ってる状態って怖いなぁ。適性低くても、授業受けてた方が安心な気がする。なんか、属性系どれ受けるか考えてなかったけど、火B+、木A、水B、土Dでしょ? 攻撃魔法として強い火と水、防御魔法として強い木、それに闇くらいかなぁ。
あれ? 俺、強くない?
今は身体強化ベースで剣振るってるけど、攻撃魔法と防御魔法使えるようになって、闇魔法っていう隠し手があれば……。あれ、どこの二つ名持ちの魔法編成かな?
……。自惚れすぎだよね。
でも……帝国帰っても馬鹿にされないくらいの冒険者には、なれるんじゃない?
なんて、ちょっと将来が明るいのかなって考えてたら、先生が「それくらいにしておきましょうか」とクラウディウスを止めた。
彼が炎を睨むのをやめた途端、元の大きさに戻ってしまった。
へぇ。
勇者様は光で、俺は闇なわけな。
なんだかなぁ。
まぁ、俺は忍んで生きるし……それで、兄さまたちが生きてればそれでいいし……。
なんか、生き方の違い? ってのが属性にも出てるような気がする。
「では、エロイーズさんもやりましょうか」
腹の中でどう思っているのかはわからないけれど、先生はにこやかな笑みを彼女に向けた。
彼女は悪魔の顔色を伺った後、水を汲むように両手を窪ませると彼からランプを受けとった。結構ぎこちないその動作に、緊張を感じる。
こいつも緊張するのな。
左手でランプを固定し、右手をかざして先生を伺い見る彼女。頷きという言葉以外の合図をもらって、彼女は紫の光に向き直った。
ん?
えーと? うん?
悪魔が急に手を伸ばしてエロイーズを止めようとした。けど、間に合わなかった? らしい。声にならない呻きをあげて頭を抱えた。
俺とクラウディウスはエロイーズの手の中の炎を見ていたから、反応が遅れた。炎にはなんの変化も無かったから、悪魔のその反応の意味が掴めなかった。
「……?」
当の彼女が、何かを感じて振り向いて、俺たちもそれを見た。
何、あれ?
……はい?
えーと。どういう状況なのでしょう?
というか、あれは何なんでしょう?
悪魔が面倒な事態になったという顔をしつつも、カネさんの肩を引き寄せてその手からそっとランプを取りあげました。彼女は悪魔の庇護下に置かれて安堵したようですが、僕らは不安しかないんですけど。
それは、一応は人の形をしていました。けれど、よく見て初めて人間に近いかもと言える程度の相似でした。シルエットは、縦に伸ばして穴が空いている菱形です。両腕はなく、脚は捻りあって一本になっています。胸部にぽっかりと穴が開いていて、そこへ黒い瘴気が吸い込まれていくように見えました。
何か、と言われれば、感覚的に「悪魔、かな?」と。知っているものに無理矢理当てはまれば、ですが。
ボスウェル先生も何が起こっているか分かっていない様子で、彼女の長髪の後ろへ逃げ込もうと殺到して落ちそうになった小人たちを手のひらで救いながら、彼女を守ろうと前へ出てきた聖獣にチラリと視線をやります。銀髪とピンクの瞳というその人形らしい外見への感想が美しいから頼りないに変わりかけた時、悪魔が口を開きました。
「闇魔法の厄災……といえば分かるかな?」
「えっ」
彼女が大きく声を上げたので、カネさんも含め僕たちはかなり動揺しました。アルフレード君がそーっと僕の後ろに隠れようとしているんですが、これは勇者である僕としては守らないといけないシチュエーションですかねー。
闇魔法の厄災といえば、闇魔法のリスクとしてよく言われるものではありますが、なんというか魔王のように実際にはあり得ない脅し文句です。まぁ、ここに僕という勇者がいる以上、あり得ることではあるんでしょうが……。
「それ、って、ヴィニーくらいの闇魔法の使い手の上、悪魔召喚の上級者の話では、ありません?」
「あー……」
悪魔はカネさんの頭を撫でながら言葉に詰まります。
……。
何を見せられてるんでしょうかね。
後ろから袖を引かれて、僕は謎の悪魔から体を背けずに頭だけ傾けました。
「逃げた方が良くない?」
背伸びをしても僕の耳に届かないアルフレード君ができるだけ小さい声で囁いてきました。
まぁ、なんか乱射とかし始めたらそれがいいと思いますけど。
「ねぇ……」
アルフレード君は結構強く袖を引っ張ってきます。伸びるんですけど……。
「まぁ、もう少し様子を見ましょう」
と囁き返すと不満そうな彼に上目遣いをされましたが、あんまりさっさと逃げちゃうと僕も立場がありますからねぇ。変な噂を立ったら、ただでさえ弱い勇者なのに強い仲間が集わなくて僕が死ぬじゃないですか。
先生は少し考えていましたが、足元の聖獣をチラリと見てから、悪魔へ尋ねました。
「私は光魔法しかできないのですけど……、闇魔法の方を呼んできてもらいましょうか?」
「あー、強制帰還をしてもらわないといけないから、とりあえず悪魔召喚系、かな?」
「そう……」
「あ、それじゃぁ、僕が呼んできますね」
そう言って僕はその場から踵を返します。
後ろから僕の袖を掴み損ねた手を感じながら思います。
離脱っていうのはこうやるんですよ、アルフレード君。
は?
えっ?
……は?
何、クラウディウス?
え? もしかして、俺、裏切られた?
なんで、さっき一緒に逃げようって言ったじゃん。
言ったのに。
なんか、悪魔召喚系の先生を呼んでくるって早々にどっか行っちゃった。
ど、どういうこと? 様子見るってそういうこと?
クラウディウスという盾がなくなった俺は死にたくないので、そろそろと先生の後ろに退散する。
信じられない。
勇者のくせに。
もう絶対に信じてやらない。
勇者だって魔王倒すまでは生きていなきゃいけないものだろうけどさ。けどさ。俺だって兄さまたちの命背負ってんだよ? 俺の命は三人分だよ?
だから、絶対に死ぬわけにはいかないんだ。
そんなわけのわからないことを考えているうちにクラウディウスがすぐに戻ってきた。連れている先生は、名乗らなかったけれど多分、弟の方のバート先生ぽかった。ズボンのチェック柄模様に見覚えがある。兄の方のバート先生も片足を失っていたけれど、彼も若く見えるのに足が悪いらしく杖をつきながらやってくる。細い目をさらに細めながら、突然出現した……話の流れ的に悪魔なのかな、それを見つめていた。
俺の知ってる冒険者って召喚しても下級だし、それでもリスクが怖いとかでよっぽど切羽詰まらないと喚ばないんだよね。だから、なんというか。エロイーズは意味わからないから、この悪魔も別格ってことでいいとして、他の強い悪魔ってよくわからないんだよね。でもこういう、ヤバい魔物超えてる感じなの? 俺絶対、召喚、それも悪魔には手を出さないでおこう。なんか同級生だけで俺もう手一杯なのに悪魔とか聖獣とかと一から関係作るとか無理すぎない?
そんなことを考えているうちに話がまとまっていた。
なんか、攻撃しまくってどこかに撃退するらしい。
そういえば、悪魔とか聖獣とかってどっからきてどこへ帰るの? それくらいは常識として俺も知らなきゃならない気がする……。どうせ関係ないからって冒険者ギルドの講義もそういうのはあんまり受けてないし……。
生きていくために食べること稼ぐことを考えないでいいと、なんか余裕が出てくるんだな……。これ生き延びたら図書館に行ってみようかな……。これ生き残ったらね。
魔法攻撃の必要があるとか言ってるんだけど、これ、俺がやれとか言われないよな? だって勇者いるもんな? でも、クラウディウスの命の方が重いって思われたら、俺がやらされる可能性がなくはない、よね?
……全力で嫌なんだけど?
どうやって逃げたらいいんだろう? ちらちらとクラウディウスを伺うと何食わぬ顔をしている。俺のことは無視ってか? なんなんだこいつ。マジむかつく。
ヒヤヒヤしていたら、エロイーズが上級悪魔にやらせればいいとか言い出した。なにそれ。この先生呼んできた意味なくね?
なんか召喚と同じくらいの特別な儀式とかしないといけないのかなって思ってた。それなら、普通にこの悪魔がやればよかったじゃん?
結局、戻ってこざるを得なかったのですが、それでもさりげなく安全そうな位置をキープしていると、アルフレード君に睨まれました。なんというか、若いですねー。
攻撃で還るなら、わざわざ悪魔召喚の先生を呼びに行った意味がありませんが、悪魔の保身ですかね? 結果、攻撃魔法で被害が出ても責任を被りたくないんでしょうねー。なんか、とことん人間臭い悪魔ですね。王国軍人は有事の際に暴れるだけ暴れてくれるような悪魔との契約が多いので、常時召喚というのも見慣れませんし、それができる性質というのも初めて見聞きします。
あれ。
悪魔本人が攻撃するんじゃないんですね。どういう類の攻撃魔法を使うのか見ておきたかったきもしますけど……。
さて、この悪魔の眷属召喚というわけですか。まぁ、これも手の内を拝見、ということになるのでしょうか。
僕にまでレイ経由で「あの悪魔なに?」って質問が来ているんですよね。王国軍人お歴々、その優秀な子弟がこぞってクエスチョンマークを浮かべる上級悪魔の正体。不幸にも最も近くで観察できるのが僕なものですから、何かわかればそれとなくレイには教えて差し上げようと思うんですよねぇ。王国軍人の間での彼の評判も大事ですし。
眷属召喚も可能な召喚契約を上級悪魔と結べるような天才は、多分、一世紀に一人くらい、それくらいの才だと思うんですよね。だから、眷属召喚自体を先生も含めてここにいる僕らは初めて見ることになると思うのですけれど。
それは、極めてあっさりとしていました。悪魔が、パチン、パチンと独特なリズムで指を鳴らすと、すぐに人影が現れて実像を結びました。人の形を成しているところから見ると、中級以上でしょうか。
二柱の女性。
一方は、青い髪に黒いドレス。召喚されると同時に俯いていた顔をあげ、探るように周囲を見渡しました。
もう一方は、金髪に年季の入った軍服のようなもの。召喚された時には既に臨戦態勢で、すっと目を細めると奇態の悪魔を見据えました。
しかし、二柱ともまず踵を返してカネさんに向き直ります。そして、青髪の悪魔はドレスの端を持ち上げて、金髪の悪魔は古式な敬礼で、それぞれの流儀で最敬の一礼をしました。
まるで伝説の物語の一場面を見てしまったかのような不思議な感覚に囚われていると、二柱は攻撃を開始しました。
カネさん本人も見惚れているくらいですから、アルフレード君がポカンとしているのも仕方のないのかもしれませんね。攻撃と一言で片付けるには、彼女らの動作は美しすぎました。剣を抜いた金髪の動きはまるで舞踊のようでしたし、残滓を残し次々と結界を発動する青髪の魔法はまるで宮廷で披露される最上級の余興のようでした。
僕が呼んできた先生は、その二柱の正体が分かるのか、嬉しさと畏れが入り混じった苦い表情をしていました。上級悪魔の正体はわからないまでも、この二柱の正体は容易に想像できるようです。レイに恩を売れる、と思う一方、上級悪魔の得体の知れなさは増すのではないかという危惧もあります。
まぁ、僕にはあんまり関係のない話のような気がしますが。
もし、彼女が勇者一行に加わることを希望すれば、それなりの問題にはなるのでしょう。それまでは、僕は関係ない、知らないと押し通した方が良い気がします。
……。
ところで。
……これ、どれくらい待てばいいんですかね?
まだ?
なんか、この金髪の方が剣使うみたいだからすごい動きにすごい見惚れてたんだけど、これどのくらいかかるの?
先生方は目を離す気がないみたいで、つい俺とクラウディウスもじーっと見てることになるんだけど、エロイーズだけはまた斜め下向いてて怖い。あそこになにがあんの? なにもないんだけど? 本当に怖いんだけど?
でも、金髪マジでなんだろ? 体術とか剣を極めてるのかな? すごい。俺、そもそもあんなに身体柔らかくないから、戦闘中にぐわんって身体捻ったりとかできないよ。でも、あれだけ捻るからその分、重さが乗るんだ。しかも、視線は離さないように頭の位置はぐーって感じに動いてないし。すごい。
なんだろう、やっぱり、女性の身体をとっているのには理由があるのかな? 男より身体が柔らかいって言うし。俺もそのうちは筋肉とかもっとつくかもしれないけど、今はまだ力任せとかできないから、ああいう戦い方のがいいのかな。いや、もし身体が大きくなったり、身体強化をもっとできるようなっても、そもそもの身体の使い方知ってる方が強いし。
……身体強化で身体の柔軟性ってあげられないのかな? いや、えーと、そりゃなしでできた方がいいんだろうけど、なんか男である以上限界がありそう……。
この悪魔の他の戦い方も見てみたいな。
つい、彼女の動きを自分の身体でなぞってみたくなるけど、軽く左右に身体を振ってどうにか止める。悪魔である以上、そして物理攻撃に特化しているのだから、機嫌を損ねたらどんな怒りを向けられるか分からないし……。
……でも、ちょっと長いな。
どのくらい待てばいいんだろう……。
クラウディウスも同じことを考えているみたい。目があった。俺は睨み返す。勝手に逃げようとしたくせに、こういう時だけ同意を求めるとかずるい。
……本当にずるいよ。
仕方ないっていうふうに微笑まわれた。なに? 子供扱い? なんでさ。
どうせ。
どうせ、中級悪魔も見たことない田舎者だよ。




