【それでも私は】迷子と誘拐の懸隔④【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。
39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
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防御から魔法具に転向したのに、どうして守衛の真似事なんてしなきゃならないんだろうなぁって、ちょっと憂鬱になってた。基本的に朝から夕方まで、防御上級生中心に人の出入りの管理をすることになっている。面倒ごとに思えるけど、彼らは元から職業意識や結束が強いから、文句ひとつ言わずに勤めている。攻撃に負けず劣らず、体躯のいい学生が多いけど、背の高い私にはちょっと窮屈な作りだった。伸ばせば目前のカウンターの壁へ当たってしまう足を持て余して、斜めに座ってみたり中途に曲げてみたり色々と試しているものの、居心地の悪さは変わらない。
でも、連日の騒動で疲労の色の濃いカルロスには寝てもらって、ゲラシウスは当てにならないから仕方ないし、フランが現場に出て、ここに詰めるか学内の見回りかの選択なら、どうしても見回りをリアに任せた方が良いんだよね。まぁ、私らゲラシウスに甘い気がするけど。
「ジーン、お疲れ」
「えー早くない?」
なんて考えていたらリアが戻ってきた。カウンターに腰掛けながらあくびをする彼は私の質問に答える気はないらしい。
んー。タイムアタックしても、ここまで早くはならないと思うんだけどな。
とはいえ、サボっていたとも思えないし、リアも底が知れない。あんまり深く聞くと知らないで良いことに触れちゃいそうだしなー。
「なんかあった?」
話題に困っていたらリアから話を振ってきた。「うーん」と伸びをしてからのんびりと答える。
「何かあるわけもないんだけど?」
「だよなー。キースあたりが来るかと思ったんだけどな」
「起きてたの、あいつ?」
「まぁ、上級生は研修試験あるし、中級生もパテ演振り分けあるからなー」
んーなんか、はぐらかされたな。
キースは私の管轄下だから、変なことしないでほしんだけど。まぁ、そうなったら腑抜けて中身無くなってるっていうか、逆に心配になるけどさー。
露骨な方向転換は気になるけど、めんどくさいしリアに合わせておくことにする。あー、私、優しー。
「自分達のことで忙しい、か。この時期に情報拾いまくってるのあの二人くらいだもんね」
「技団の奴ら、素養試験以外にあれで評価されるのかとか変な誤解? してたしなー」
彼は、小難しい言葉を使うとき必ず自信なさげに曖昧にする。発音間違いをするカルロスにはそれとなく注意するけど、リアは正しい言葉遣いではあるんだよね。そんなに自信なさげにしなくてもいいのに、と思いながらいつものように聞き流した。
「まぁ、情報網すごいからね。競技会の実況、いつも通りあの二人で決定でいいよね?」
「あの資料、ちょっと言ったら貸してくれないのかね? まぁ、予備は決めなきゃいけないんだろうけど」
「んー、どうなんだろ? 志望者いるのかな。あの二人がハマりすぎてねー。あの資料はフランあたりが複製してくれるんじゃない? 彼女かゲラシウスに確認したら出てくると思うけどな」
「あー、そっか。ゲラシウスに言ってみる」
「リア、意外と彼と仲良いよね。ていうか、誰か気になるの? この前の会議ではあんまり言ってなかったけど」
急な仕事をさせられているのに、宰領生の仕事の話をしてるのも嫌なので、ちょっと方向を変えてみる。
「仲良いかな? だってあの会議は一応顔合わせくらいのだろ? 身体強化、今年しれっとヤバいじゃん? 特殊の影に隠れてるけど、技団だぜー? 全員まだ分かってねーのも怖いしさー?」
「防御や攻撃のが暗殺系潜んでるけどねー……。蓋を開けたらルビーって子が魔法具に入ってるんだよね。私も色々確認しなきゃだよねー」
話し始めると、程よい距離感と立場の一致で言葉が途切れることもない。
あー。
なんていうか。
「なんか、私たち結構真面目に宰領生してるよねー。こんな真夜中に起きてたりして」
「……そう、か?」
ふと言っただけなのに、リアは空な表情になって問い返してきた。彼は時々こういう表情するよね。笑顔が剥げて虚が覗く感じ。
まぁ、深入りは、しないけど。
その代わりに。
「えー真面目じゃん? 真面目だよ? 真面目、真面目、ちょー真面目」
そう言ってバンバン背中を叩いておいた。
マディナ様の真意を考え考え歩いているうちに、王都の冒険者ギルドまで戻ってきました。レティシア様が夜間のカウンター業務をしながら、私たちを待っていらしたようです。
すっと私たちの一団からマディナ様が抜きん出て、彼女へ挨拶をしに行くのをぼんやり眺めていました。フラン様が各々へお礼を仰って回り、それにて解散の流れとなりました。どうやら、漏れ聞こえてくる会話から、あのお方は《銀舞踏》の首脳と認識されており、今回の騒動は彼が上級悪魔の力を手に入れるためにエロイーズさんを誘拐したということになっているようです。動機以外はあながち間違いではありません。
最も、今回の騒動で討伐されたと処理されるようですから、あのお方としても《銀舞踏》をたたむよう決断を迫られることと思います。手足として使われている私の同胞はどうなるのでしょうか。私のように生命与奪権をあのお方に握られているわけではありませんが、盗賊の手足として生きてきた彼らがこれからまともな余生を送れるはずがありません。明るいビート、優しいダグに、大人びたロイド、少し見栄っ張りなリック、それから……。一見、人に見えるけれど、明らかにそうではない彼らは私のように一時的でも人に紛れて生きることも難しいでしょう。もしかすると、聖教会の孤児政策が彼らを救ってくれるかもと微力ながら私も協力の姿勢を取り続けてきましたが、聖協会が幼いまま夜盗となった彼らを助けるよりも、その前に捕まって打首になってしまうでしょう。用済みとなってすぐに命を奪わないあのお方の行動は、恩情でもなんでもなくそれをする利がないから以外の理由はないのです。わずかにでも希望が見出せれば良いのですが、彼らの未来には……。
死しか待っていない私の未来よりは明るいことを願って、祈るほかできない自分に歯痒いものを感じます。
「聖女様、こちらにどうぞ」
ふと、フラン様に声をかけられて私は我に返りました。
「申し訳ありません、なんだかぼーっとしていて……」
「いえ、夜分遅くにご足労願ったのですから」
「いえいえ、これこそ私の勤めですから……」
謝りの言葉を交わし合いながら、私は彼女に勧めるままに椅子に座りました。冒険者ギルドは、冒険者たちが即興の打ち合わせができるように、食事処のように机と椅子が備えてあります。
「わたしは冒険者ギルドとの手続きがありますので、魔法学校への帰還は少々お待ちいただくことになるのですが」
「お疲れ様です。私は待っていますのでご心配なく」
彼女は丁寧に私に礼をしてくださって、そのままレティシア様とマディナ様が話していらっしゃる方へ行かれました。夜分の緊急の外出ですから、宰領生の同伴でなければいけないのでしょう。帰りも彼女がいなければ魔法学校で記録上の不備として残ってしまうなど事務的な問題が察せられました。
緊張が解けた後の、意識の弛緩。
頭がぼうっとしているのを自覚しながら、周囲を眺めていました。
私から離れた位置で、上級悪魔も同じように座って膝の上のエロイーズさんの髪を撫でています。
憂鬱な思いから現実に引き戻された私は、マディナ様の忠告の真意へ気持ちが戻っていました。聖教会としては、エロイーズさんの扱いが定まっていないのは当然のことのように思えます。本年度の入学が事実上決まっていたクラウディウス様や私も彼女のことを知らなかったのですから。急に現れた彼女を、特殊へ配属した魔法学校以外はまだ対応が定まっていないと考えた方がいいでしょう。思えば、魔法学校も彼女の魔法の才に門戸を開いただけで、彼女の仔細についてはまだ知らないままのようです。そうなれば、魔法同盟の大部分は関わっていないとして良いでしょう。もちろん、魔法同盟の力関係は難しいものがありますから、誰かの隠し手という可能性もありますけれど……彼女からは魔法同盟絡みの影は今の所感じません。もう一つ問題は、上級悪魔の召喚と契約成功、そして素早く審問が終わってしまったこと。上級悪魔とあのお方との因縁は彼女には関係がないはず。なのに……。どうしてあの上級悪魔を召喚したのか、そしてなぜその時にあのお方を同時召喚しなかったのか、それから異例の速さで承認が下されたわけ。考えてみても、その背景は依然闇の中で何も見えてきそうにありませんでした。
そんな彼女ですから、組織を含め各勢力はまだ品定め中と思って差し支えないでしょう。聖教会での彼女の扱いが決まっていないのなら、私は積極的に関与しない方が良い……そう忠告を受けるのは頷けます。けれど、マディナ様は、部屋割りを知った途端、仲良くしても構わないと意見を翻されたわけです。
部屋割りってそんなに不都合がありましたっけ……いえ、ありますね……。
でも。
私がアルフレード様への想いを忍んでいたり、正体を隠している以外には?
どうやら、自分でも気づかないうちに疲労が溜まっているようです。
頭が回らずに、そこに思いが至りませんでした。
私が不具の身であるから、そして例の悪魔とエロイーズさんが本当に恋仲のように見えていたからでしょう。
世間の目からすれば、男女が同じ部屋で夜を過ごすとなると噂を立てられても文句の言いようがありません。魔法学校はどんな身分であれ基本的に二人一部屋と決まっています。王女や皇女という例外はあったようですが、歴史上でも数えるほどと聞いています。魔法学校へ入学が決定する段に、私も聖教会からそう説明を聞いていました。しかし、今年の特殊は勇者王子殿下と第三皇子閣下も入学し、端数となるから私は一人部屋になるはずと聞いていたのです。そこに、彼女が現れてなし崩しにこんな部屋割りになってしまったわけですが……。
クラウディウス様は婚約が決まった身ですし、女子と同室となれば、要らぬ騒動が起こるとみて間違い無いでしょう。アナベラ様への対応を鑑みれば、王国上層部は信用できませんし……。「品位のない女が未来の国王陛下の周りにいるのは許し難い」という理由で私に彼女を排除するように匂わせてくる人たちですから……。第二王子派の暗殺計画と見せかけ、第一王子派が未来の妃の心配をして、彼女の命を狙うのです。彼女の大怪我を心配し、殿下は彼女を側に置かれますし、逆効果になっているのですけれど。だからこそ、排除という方向に熱が入りまして、そして、自分の心証だけは考えている方々が手遅れにならないうちにあらゆる伝手で私を呼び出し、彼女はまだともかく生きながらえているのです。それが、彼女のためになっているかは別として。
私に何ができるのでしょう。私の可愛い同胞たち、アナベラ様、ソリティオ閣下……。私には、できないのです。彼らを助けることが、できないのです。
心の底で何を望んでいたとしても、私はこの世を書き換えるための道具にすぎないのですから。
また、深い闇へと考えが沈んでいました。
今、考えるべきは私のエロイーズさんへの対応です。あのお方がエロイーズさんの命を奪えなかったのならば、一先ず例の上級悪魔の勝利があったのでしょうし、私の命がこうして未だ燃えている以上はあのお方も無事でしばしのちに再起されるでしょう。けれど、屈あのお方は意固地ですし、それが、辱を味わったとなれば……。おそらく私への連絡もしばらくは途絶えるでしょう。となると、私自身で身の振り方を考えなければなりません。いえ、連絡が途絶えるというのは希望的観測すぎますね。数日後には、私がなんとか諌めなければならないような、そんな状態になるでしょう。あのお方の強硬論を抑えて、私の論を通さなければなりません。いずれ、この世界に仇する私ですが、それでも皆様の未来を明るくするような、そんな道を私はつけなければなりません。
ですから、今、時の人となっているエロイーズさんへの対応を過つわけにはいきません。
部屋割り一つが、王国情勢が崩れる事実になっているのですから、この事実はなるたけ隠蔽するのが良いでしょう。そうなると、彼女と私が仲良くして「さすが同室同士」と思わせておいた方がよい、なるほど、マディナ様のお考えはここにあったのではないでしょうか。私と同室となったアルフレード様が、陰口から逃げる方法にもなります。
あのお方としては、王国の亀裂は歓迎すべきものですし、ただでさえ陰湿な過激さを秘めている第一王子派の誰かしらが暴走して勇者暗殺という道筋が何よりも得難いものでしょう。あえて王国貴族の内情を掻き回したのもこれを狙ったものですし、策謀で得た大金を使って今から工作をしようという段なのですから。クラウディウス殿下が死亡しないまでも、負傷や精神的苦痛で勇者としての責を果たせなくなれば、私も彼を背中から刺すようなことをしなくて済むのかもしれません。あるいは、勇者の称号が別の方に移って、裏切る人が変わるだけなのかもしれません。
この事実を白日の目に晒さないようにあのお方を誘導する必要がありますね。あの悪魔のことだけを見ている今のあのお方なら、私でもなんとか抗えるかもしれません。
私の同胞たちのことも、何か、道を見つけなければ。
ともかく、私の今の気持ちを肯定するだけの理屈だとしても、エロイーズさんと仲良くしていく方が良いと思われます。あのお方への説得という問題はありますけれど、組織への体面もあります。聖教会の苛烈な方々はエロイーズさんを快く思っていないとマディナ様が先ほど耳打ちしてくださったわけですけれど、私も立場上はそこに含まれているのですよね。聖教会の中で目立たずに工作をするとなると、軽い意見の操作で同調して結果を作るような人たちを利用させていただくしかなくて……。今回の魔法学校入学でマディナ様が私の担当となったのも、彼女が王都で調整役をしている以上に、偏った方々から私を引き離そうとするトルストイ様の配慮を感じないでもありません。勇者パーティに潜伏するにあたっては、過激な動きをする仲間というのは足手まといになりかねませんし、ここで切って私個人で動きやすいようにしておきたい……などとあのお方を説得すれば良さそうですね。
自分の打算に、ただの自分に都合のいいだけの絵空事に、私自身がうんざりして気落ちし始めた頃、明るく声がかけられました。
「聖女さーん」
顔を上げると弾んだ様子で私の対面に座るエロイーズさんの姿がありました。
どうして彼女がそうしているのか分からなくて、つい例の悪魔の姿を探してしまいます。先ほどの場所に姿はなく、レティシア様方と一緒になっています。苦笑いを浮かべてこちらを見ていた彼は、私の視線に気付くと謝るように軽く会釈をしてきました。いささかその所作に慣れてきた自分に戸惑いを感じました。
彼女の相手を任されたということなのでしょう、と無理矢理納得をします。
「聖女さん?」
「えぇ、あの、もう宜しいのですか?」
「……? え? うん。まぁ大丈夫?」
曖昧な返事に少し心配になります。
「流血もしているのですから、少しは休んだほうが」
「大丈夫! それこそ、聖女さんこそだよ? わたしのためにわざわざありがとうね? こんな夜中に」
被せられて、つい、馴染んだ言葉が口をつきます。
「いえ、ほら……私もお仕事ですから。も、もちろんそれだけではありませんよ? 本当に心配したんですからね?」
仕事という言葉にエロイーズさんが明らかに悲しげな顔をしたので、思わずフォローの言葉を繋げてしまいました。
「ありがとう」
彼女は笑って、私の手を取りました。アルフレード様に拒絶されたあの日のことを思い出して、身がこわばりそうになります。ですが、思えばもうすでに自ら彼女を抱きしめたのですから、彼女は何も気づかないのでしょう。あるいは、あのお方が私の身体に、偽装の魔法をかけ終わったのかもしれません。
何か話題の糸口を掴もうと私は頭を働かせようとしましたが、なかなか何も思いつきません。彼女もニコッと笑ったきり、口を開きませんでした。
しばらくそうしていると、レティシア様が私たちに近づいてきました。
「聖女様、ごきげんよう」
あら、と思いました。「レティシア様、お戯を」と私が返事をする暇を許さずに彼女は言葉を重ねました。
「エロイーズさん、奥でお休みになられませんか? 質素ながらベッドがありますから」
「えーと、ちょっと寝たから大丈夫です。あの、レティシアさんもわざわざこんな時間までありがとうございます」
「そう……気が変わられたらすぐにおっしゃって下さいね? ちょっとまだまだ時間がかかりそうですから……」
どうやら、エロイーズさんはレティシア様をただの受付役だと勘違いしているようでした。冒険者の方でも、辺境から王都に初めてくるような方だと勘違いされることがあると聞きます。その思い違いを利用して立場を隠し、冒険者ギルドとしての出方を伺うために、直接彼女と話したいという意図を感じました。
そして、彼女のいないところでしたい話があるようです。レティシア様が離れ出た一団は悪魔も含めて額を突き合わせて小声で言葉を交わしていました。
私が口を開かないように牽制しつつも、世間話を二三言交わすとレティシアさんは元の位置に戻っていきました。
エロイーズさんは私に軽く肩をすくめて見せました。
「レティシアさん、すごい美人だよねー」
「そう、ですね」
強い女性だとは思っていましたが、いつも簡素だとしても戦う冒険者としての装備をされていますから、そういった視点で彼女をみたことはありませんでした。言われてみれば、厚い化粧をしている貴族の方々よりも日焼けをした健康的な肌の奥に光るものがあるように感じます。
それに、エロイーズさんが他の女性を褒めたことが意外でした。
「羨ましいなー」
「エロイーズさんはああいう方が理想なんですか?」
「うん、清く強く美しく。わたしは、うーん、ズルばっかだし、強くないしさー」
「清く、強く、美しく、ですか……」
確かにレティシア様はその三つを全て満たしているでしょう。
「聖女さんもそうだよね?」
「わ、私ですか?」
「いいなーわたし、なんか、これしたいとかあれしたいとかなくてフラフラしてるからさー。芯が強いっていうの? すごく憧れるんだー」
「私は治癒術しかできませんから……」
「やらないといけないこととか、したいことがなかなか見つからないより良くない?」
「エロイーズさんは……」
「質問はなーし。今度はわたしから質問する番」
「……答えられることなら、どうぞ」
「んー」
彼女は背もたれにもたれて、椅子の前足を浮かせながら、上を睨んで質問を考えだします。
「好きな色は?」
「好きな色? ですか? 赤でしょうか。あ、その、血の色じゃありませんよ? オオリナみたいな……花の色」
「椿? とか薔薇みたいな感じかな」
ツバキ、ローズと知らない花の名前を並べる彼女に私は首を傾げます。
「聖女さん、意外と派手好きなんだねー」
「あなたこそ、水色がお好きなんでしょう?」
「……どうして? わかったの?」
「だって……その服ですもの」
「えーバレちゃったか」
彼女は水色のローブの胸の辺りを掴んで、不満そうにじーっと見つめます。「なんでバラしたの?」とでも聞くように。
その仕草に思わず、吹き出してしまいました。
「えー? 何? なんで笑われなきゃいけないの?」
「いえ……つい……」
エロイーズさんは不満げに口を尖らせます。なんだか、子供っぽい仕草が続くので私は笑みを引っ込めて真顔に戻ることができませんでした。ですから、ちょっと彼女から視線を逸らそうとすると、じっとこっちを見つめているあの悪魔と目があってしまいました。はっと息を呑むのをなんとか押しとどめましたが、エロイーズさんが私の視線を追って彼に気づいてしまいました。
何か良心に咎めて、彼女が急に抱きついてきた時には心臓が止まるかと思いました。彼女は恋人に向かって小さく手を振っています。悪魔は眉間を軽く揉むと、こちらに背を抜けてしまいました。
「ふふ、拗ねてる、妬いてる」
「……拗ねてます、か?」
その言葉に、悪魔のやたら人間くさい仕草に何か思う暇もありませんでした。
「あれはー拗ねてますねー。あ、ちょっと聖女さん、手、出して?」
畳み掛けるような彼女の言葉に、左手を恐る恐るゆっくり差し出します。
「ひゃわ!?」
手を引っ込めると同時に、変な叫びが口をついてしまいました。ふっと息を吐かれたのです。
彼女を見ると、唇に人差し指を当てて「えへへー」と笑っていました。私の声に振り返った一同の視線にようやく気づきました。エロイーズさんの仕草と、びっくりして手を引っ込めて口に当てている私。
……そう。
これは、その、私と彼女の唇が触れ合った後のように……見えます、よね?
しかも、彼女はこちらに人差し指を立てて、秘密の誓いを視線で求めてきました。先ほどまで子供のようだった彼女が、これも幼稚じみてはいますが悪戯をされるとは思わず、疲れも相まって私の思考は音もなく止まってしまいます。
私は手を膝の上に戻しながら、あの悪魔を伺いました。彼は頭痛がするかのようにこめかみを数回叩くと、一同の方へ向き直り何か口にしました。数語言葉が交わされた後、すぐ踵を返してこちらへとやってきます。
私には目もくれずに、彼女に手を差し伸べました。
「さぁ、帰ろう」
「えー、もう?」
「明日もあるのだから……」
「んー……」
そう曖昧に濁しながら、彼女は甘えるように両手を彼に伸ばしました。
「……」
「……」
手を差し伸ばしたままの姿勢で彼女は、小首をかしげて焦げ茶の瞳で上目遣いに彼を見上げました。先に折れたのは悪魔の方でした。ため息をこぼしながら、彼女の身体を軽々と抱き上げます。エロイーズさんは笑顔で私に親指を立ててみせました。
そのまま、ギルドの扉へと向かう悪魔の後ろ姿を私はなぜか唖然としてみていました。少し前まで彼女と言葉を交わしていたはずが、急に取り残されたような心地に自分でも驚きます。
「聖女様、わたしたちも帰還いたしましょう」
フラン様に声をかけられて慌てて立ち上がって、つまづきかけました。彼女に支えられてようやくひと心地がつきました。「お疲れ様です」と言いあって、彼らを追いかけたように思います。
魔法学校への入校などはフラン様が全てやってくださったのでしょう。
次に気がついた時には、アルフレード様の規則正しい寝息を聞きながら、ここ数夜を共にしたベッドに沈んでいました。




