【それでも私は】迷子と誘拐の懸隔③【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。
39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
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一年で一番楽な授業は初回だ。復習程度の課題で、無理難題は絶対に言われない。
演習系とかエグいんだよな。次回授業までに、どこそこのダンジョン行って炎系魔法使う魔物倒してこいとか。丸1日潰れる上に、運が悪いと遭遇できなくてもう1日潰れる。で、その後レポート書き上げなきゃいけないわけで、あぁ、もう、思い出すだけで憂鬱。
1日出かけるとなると週末で、週末に他の課題がもつれ込まないように片付ける必要があるわけで。まぁ、一週間全部忙しくなる。
つまり、今週だけは早く寝れる。
予定決めてうっきうきしてる時ほどあぶねーんだよな……。なんだかんだやってたら消灯間際になって、あいつが帰ってこねーなって思いつつベッドに入って寝たわけだわ。
酔人と化したキースが。
何か事件と共に帰ってきましたよっと。
「ジュリアス、起ぎれ、起ぎれ。こんな夜中に宰領生総出さ。早ぐあべ」
完全に寝ていたところを、上からまたがれて揺さぶられたら起きるしかない。その独特の方言に寝ぼけた頭は適応できない。何回か繰り返された言葉をつなぎ合わせるに、そんな予定もないはずなのに宰領生が総出で何かしてるから、野次馬になりにいきたいらしい。
「ゲラシウスさ寝てるけんど、おめは寝るなや、さ、あべ」
「んー……。お前が酔ってないなら偵察もありよ? でも、そんなベロベロじゃぁ無理だって。学年始まって早々、反省文は嫌だぜ?」
ていうか、ゲラシウスが欠けてたら総出と言わないような……。
まぁ、俺は金もないから、寝れるぜってウキウキしてたけど、こいつの場合は気兼ねなく酒が飲めるって外出してたんだろうなぁ。暗くなる頃には酒を買い込んで帰ってきて、どこぞで酔い潰れても良しと呑みまくるというコース。で、騒がしさに釣られて廊下に出れば、宰領生たちがごちゃごちゃしてた、と。
「馬鹿やるなら、競技会の実況の審査通ってからやろうぜー」
タイミングによってはキースの馬鹿に付き合うつもりのある自分に嫌気がさす。
まー。あれよ。
しばらく喋ってたら寝落ちするだろ。
問題は、明日この記憶があるかどうかだな。部屋に戻ってきた記憶が無くなってたらベストなんだけどなー。この会話覚えてたら、俺がなんで野次馬しに行かなかったかうるさいだろうし。
ていうか、絶対に記憶あるんだよなー。本当に厄介な酔っ払いだよ。
お?
ちょっと俺が黙ってる間にキースはモゴモゴ言い始めた。よーし。寝ろ……寝ろ……。
俺は今週は寝るって決めてるんだ。寝たお前をベッドまで引きずっていったら、明日、文句を言われようが寝るからな。
その後、記憶に残っているのは血塗れになった彼女の姿が瞼の裏にちらついていたことだけです。どうやってどこへ行ったのか全く覚えていませんでした。
「あっれ〜? 聖女さんじゃん?」
気づいたら、彼女は少し遠い場所で手を振っていました。とにかく、怪我をしている様子はありませんが、私に注意を取られたせいで足元が疎かになってたたらを踏みました。
意識する前に体が動きました。
「あ、れ?」
と、そのまま崩れ落ちそうになる彼女を気づいたら抱きしめていました。女性らしい柔らかい感触と、そして魔力喚起の後の熱が伝わってきます。ぎこちなく身体をすくめる彼女の動きを私自身も身体で感じながら、「よかった……!」と掠れた声が口から漏れてしまいました。
彼女は身をこわばらせたまま、ゆっくりと私の背中へと腕を回しました。その後、ゆっくり身体から力を抜いて行きながら、口を開きました。
「心配してくれたんだ」
とても柔らかい声でした。
はっと身を離して、彼女の顔を確認してしまいます。それまでに聞いた彼女の声とは違っていて。まさかそこにいるのが別人かと思ったのです。あのお方が別の何かと彼女をすり替えてしまったという悪い予感が漠然と胸へ忍び寄ってきました。
ですが、そこにあったのは自然な笑みでした。私の急な動きに、少し小首を傾げながら、優しい笑顔を浮かべています。これまで見てきた彼女の笑みは、どこか人を小馬鹿にするような、挑発するような色がありました。それとは違う、笑み。
私の見ているうちにその表情はあっけなく崩れ去り、一瞬無表情へ変わった気がしました。けれど、確かめることもできないうちに今度は私が抱きしめられていました。
「嬉しー、ふふ、聖女さんって意外と小さいね、髪の毛もふもふー」
そう言いながら、彼女は私の頭に顎を置きました。私もまた、彼女の背中に腕を回して、しばらくそうしていました。
動きを止めているのは私たちだけで、他の方達は慌ただしく言葉を交わしたり、動いたりしていました。例の悪魔もフランさんに何やら事情を説明しているところのようで、彼らの会話が漏れ聞こえてきています。私としては、何を話しているのか耳を澄ましておくべきなのでしょうが、悪魔が狙ってのことか、ここからでは内容までは聞き取れません。それに、今日はもうそんなことはしなくてもいいような気がしていました。
怪我がないと分かって、私はそっと彼女から身を離しました。名残惜しそうに彼女の体温が離れていきます。
「ふふ、私のこと心配してくれたんだ」
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みから逃げるように私は彼女から目を逸らしてしまいました。私がどう彼女を心配していたかなんて言えるはずないのですから。ただ、もう、瞼の裏には血の色は無くて。
結局、私の口から出たのは肯定ではなく言い訳でした。
「違うんです、えーと、あの、こうすると早く怪我が解りますから……その……」
消えていく語尾に彼女が言葉を重ねました。
「え、ほんと? 今ので確認できた? もっと確認する? ほら? どう?」
そう言って彼女はまたぎゅうぎゅうと私を締め付けます。
おろおろと視線を彷徨わせて助けを求められる人を探しましたが、この騒ぎの終着点を探して全ての人が動いている最中でした。最後には、例の悪魔と視線が合いましたが、私の方が先に目を逸らしてしまいました。
「でも、私では肉体の傷しか癒せませんから」
「ん?」
「精神系の回復はまた別系統の治癒魔法になるんですよ」
私は使えませんから、という言葉は口の中で消えてしまいました。妙にできた沈黙に、あのお方が彼女へそう言った類の攻撃をかけたことがわかってしまったからです。私が被精神系治癒魔法を使えない理由も、あのお方がそう言った攻撃を得手とするからです。勇者を刺すはずの私が、あのお方を裏切ることのないようにという予防線のためなのです。
背中から撃たれるようなことはとことん排除する、誰も信頼しないあのお方のらしい事情です。
いえ、もしかしたら違うのかも知れませんけれど。徹底的に狂った自分にどこか気づいていて、正されるのを恐れているのかも。
とはいえ、私があのお方の手の内を知っていると口を滑らせては、つながりを疑われてしまいますから、何も言うことができません。
「でも、でもね。聖女さんがこうやってぎゅってしてくれたからだいぶ元気になったよ?」
殊勝な子どものような口ぶりに思わず笑みが漏れました。
「それなら、よかったです」
「あのね……えーと」
抱き合ったまま、私たちは言葉を交わしました。
「はい」
「……なんでもないんだけど、えーと、その」
「……」
「……」
彼女が言いにくそうに沈黙してきり、私も言葉に困ってしまいます。
思いの外に広い肩幅に何故かドキドキして、意識を逸らそうとすれば、その下の二つの圧迫が、えぇっと、何を食べればここまで大きく……。
少し、落ち着いて、と自分に言い聞かせて。
誰も助け舟を出してくれるわけではなさそうなので、私は念の為、彼女の身体を精査しておくことにします。
そうして、意識を向けるのは、彼女の外よりも、内側。
魔力がうねる、内部。
エネルギッシュな彼女に反して、その鼓動はどこか弱々しく。
「……出血、しました?」
「あ、えっとね」
彼女は私から大きく離れながら言います。
「あの人呼ぶのに召喚陣描いたから、それだけだよ? 大丈夫、大丈夫」
「ほら、もう塞がっているし」と彼女は右手を差し出しました。その手に、一応、傷を塞ぐように治癒術をかけておきます。
不思議そうに、彼女はその様子を眺めます。
そして、治癒が終われば、またあの優しげな笑顔を浮かべて。
「ありがと。すごい、綺麗に治っちゃった。わたしがやったら血は止まったけど、カッコ悪いかさぶたになっちゃったから、最後までやらなかったんだ」
彼女は、傷の塞がった指の腹を撫でながら感謝をしてくれました。
「ダメですよ? かさぶたも治っている証拠なんですから」
「だってさ……かっこ悪いじゃん?」
「後は、失った血の分、ちゃんと食べてしっかり寝てくださいね?」
「うん、わかった。ほんとにありがとね?」
聖教会での奉仕活動でやっているように言葉を重ねることができて、私たちの間にあったぎこちなさは束の間とはいえ、なりをひそめていました。
「他に、何かありますか?」
この時間を続けるために、言葉を重ねるために、怪我がないか尋ねます。
彼女は、数瞬の後、息を止めると勢いよく私の手をとりました。
汗ばんだ両手に、汗を流すことの知らない私の手が握り込まれます。
彼女の髪がその勢いに広がって、私の髪もそれにつられて広がった気がして。
息を思いっきり吸い込んだ後に、彼女は。
「ある、あのね、友達になってくれない?」
真剣な表情で、そう問いかけてきました。
はい……?
えーと。
その、急に。
「……友達、ですか?」
話が飛んだとか、そういう、えーと。
あの、言葉を交わすことを繰り返して、自然とそうなっていくものではないんでしょうか。
友達になろう、はいなりましょう、で友達になれるものなんでしょうか。
その経験は、私にはなくて。
でも。
「だめ、かな?」
握られた手を見、そして彼女の顔を見ます。その表情が言わなければよかったと言う後悔に変わる前に、なんとか私は。
頷きを、返しました。
「えぇ、あの、私でよければ」
「ほんと!? よかった! アルちゃんもクラちゃんもなんだかんだ男だもんね! 女の子の知り合いいなくて不安だったんだ!」
彼女は満面の笑みを浮かべて、跳び上がらんばかりに喜びました。入学セレモニーの時の敵愾心は全く感じない、屈託のない彼女に私は戸惑いながらも笑みを返します。
彼女の大声に幾人かが私たちを振り返りますが、何の問題もなさそうだとみて各々の仕事へ戻っていきました。
「本当に、よかった……」
そう呟いた彼女の身体がゆらりと揺れました。慌てて支えようと腕を伸ばしますが、私よりも鍛えている彼女に押しつぶされそうになります。
その私の身体を支えたのは例の悪魔でした。私の腕の中から彼女を奪い取って抱き抱えます。
「まったく……無茶をする」
そう言いながらも彼の表情は穏やかでした。肩を支える手を少し伸ばして、彼女の長い髪をかき上げて顔を覗き込んでいます。
その仕草に何か違和を感じました。出会って数日の付き合いではないような、この悪魔が彼女をずっと知っていたかのようなそんな気がしました。年老いた方が孫や、類縁のものを見るような、そんな時間をかけて育てた慈しみを感じました。私には決して縁のないものだから、敏感に感じ取ってしまったのかもしれません。
急に、ひとりきりになった、そんな孤独が来て。
逃げるように振り向きます。
悪魔と、新しい、というか初めての友達に背を向けるようにして。
「えーと?」
そこには、ユーリ様がいらっしゃいました。先ほどまで騒いでいたはずのエロイーズさんが急に気を失っているから、状況を把握しにいらっしゃったのでしょう。
「あの……疲れて寝てしまったみたいです」
「あぁ、なるほど……?」
私の説明に曖昧に頷く彼に、悪魔がいいます。
「私がこうして連れて帰るから、心配なく」
「えぇっと、あぁ、はい、なるほど……」
悪魔に話しかけられた彼はさらに曖昧に応えました。その二人の会話の行く末を聞くもでもなく、私にも声がかかりました。
「聖女さま、ちょっとよろしい?」
ユーリ様の後ろから、姿を表したのはマディナ様でした。月夜の下でも紅白の断罪の衣装がはっきりと見て取れました。
「はい、マディナ様……?」
「ふふ、縁がないと思ったら、また会いましたね」
彼女は軽くユーリさんに会釈すると、私の腕を軽くとって誘導されました。どうして引き離されるのかわかりませんでしたが、聖教会なりの都合があるのでしょう。
そのまま、おとなしく彼女に従うことにします。
「エロイーズの様子はいかがでした?」
そう世間話のように切り出した彼女の声色はいつものように朗らかなものの、探りを入れる前のそんな雰囲気がありました。
どんな会話に流れるか分からないまま、無難な返答を探します。
「大きな怪我はなくてよかったですわ」
「そう、ならご足労でしたわね」
「いえ、私の出番がないのが一番ですから……」
そんな世間話を交えつつ、一団から少し離れた場所へきました。彼女は、外から見ればそのまま他愛のない話を続けているように見える笑みを浮かべつつ、声だけをひそめます。
「私がこのようなこと、あまり言えた義理じゃないのですけれど……。組織では彼女の扱いがまだ決まってないようですわ。その上、私が担当になりましたから、上級悪魔のこともありますし、適度に距離を置いておかれた方が良いと思いますの」
「そう……ですか」
名前を出さずに内輪で話したいときに、聖教会のことをさして組織という言葉を使います。悪魔のみならず聖獣も毛嫌いする向きがある方もいますから、上級悪魔の召喚には反発もあるのでしょう。
「でも、学友として……仲良くしたいと思うのですけれど」
先ほどの、意を決した彼女の顔と声を思い出して、つい、そう言ってしまいました。
いえ、これは。
聖女の、善い人間たる聖女としての、言動を選んでいるだけですから。
そう、自分に、いえ、いまだに沈黙を続けているあのお方に心の中で言い訳をしてしまいます。
「そう、部屋も同じだろうし……聖女さまも魔法学校にいるならあいつらの干渉も少ないでしょうけれど……」
呟く言う彼女の言葉に視線を逸らしました。アルフレード様と同室という情報が聖教会に露見したらどうなってしまうのでしょう。いえ、私はそもそも能力がないから問題にならないのですけど、外からは分かりませんし、アルフレード様の悪い噂になるのは望むところではありませんが……。あぁ、でも、クラウディウス様は婚約者もおられるから情報統制がされているんですね。
マディナ様に言うべきか迷いました。言葉をしっかりと交わしたのも二回目ですが、こうして忠告してくださることもそうですし、曲がったことは嫌いな、それでいてうまく世俗の波にも乗っているような方です。
ですから、迷った末に本当に小声で言いました。
「私、アルフレード様と……なんです」
「……あら、そうなんですか?」
彼女は怪訝な間を打ち消すように明るく言いました。そして、さりげなく一団へ背を向けるように身体の向きを変えるよう促してきました。
「また……どうして?」
「エロイーズさんが、その……」
「……確かに、彼女は見た目よりは良い子だと思いますよ」
繋がらない話に私はマディナ様の表情を伺いました。穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、そこには冷静に状況を見極める計算高さがありました。
「私が迂闊でした。不適切なお話をしてご免なさいね」
「いえ……?」
「ご学友として仲良くされたいのは当然のことですものね。不意な噂こそ角が立つものですし、私がどうこう口を挟む問題ではありませんでした」
「でも……あの、ご心配ありがとうございます」
彼女の意図が読めず、それでも組織の動きの忠告をしてくださったことにだけは感謝の言葉を伝えたくて、そう口にしました。
「さぁ、それでは帰りましょうか」
そう、彼女に促されて私は一団の真ん中へ連れ戻されてしまいました。どうやら王都から多少離れたところへ来ているらしく、今から戻る途に着くようです。私の姿を確認して歩き始めたフラン様の後についていく形になりました。そっと後ろを伺うと、エロイーズさんを抱き上げた例の悪魔が少し離れてついてきます。マディナ様の姿はもう見えませんでした。
遅れてきた冒険者の方々は、夜に慣れていることもあってか小休止を挟んでから帰れるようです。まだ、動き出さずに談笑している声が聞こえます。どうやら、彼女は彼らに紛れているようでした。
マディナ様の言葉の真意を考えながら、私は星空の下、歩を進めました。不思議と、疲れはありませんでした。そして、ふとあのお方と少しも言葉を交わさずに一日が終わろうとしていることを思い出しました。




