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【それでも私は】迷子と誘拐の懸隔②【愛を謳いたい】

 「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。


 39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。


 以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。


―――――――――――――――――


 カネさんが消えたと思ったら、迷子になっていたらしいんですよ。

 今日はこの部屋に帰ってこないんですかね。

 ……。

 で。どういうことなんですかね?

 まぁ、今日は静かに寝れるんですね。

 外に感情は出さないですけど、このままいなくなってくれた方が嬉しい気がします。いえ、えーと、あれですよ? 不幸になってほしい訳ではないですけど、自主退学……とか……なんとかなりませんかねー。

 というか、この空気のまずさが異常ですよね。同じ道を走るだけのはずのランニングから姿を消したエロイーズ・カネさん。その場にいた学生からの聴取も大半がバテていて。そのために、悪魔の行方を気にしている余裕もなく。彼女ごと、行方も事情も、不明。

 聖女さんが何故か異常に心配していて、アルフレードくんもそれにつられて、見つかったと知らせがあるまで何故かこっちの部屋に集まっていました。

 ……僕はちょっと一人でゆっくりしたかったんですけどね。

 なんというか、どこの誰ともわからないようですし、魔法学校への入学が今更ながらに怖くなってどこかへ逃げ出してしまったとか、なんとか、そういう事情じゃぁないんですかね。と思っていたら戻ってきたようで、「迷子になっていた」と言ってるそうです。

 そのまま、聖女さんとアルフレードくんは隣の部屋に戻っていきました。

 魔法学校の周りをぐるぐる回るだけのコースでどうやって迷子になったんでしょうか。

 全くの謎です。まぁ、追及はしませんが。

 はぁ……。

 僕も僕とて、いろいろ問題を抱えてるんですけどねー。馬鹿兄に、馬鹿婚約者に、まぁ、僕自身が馬鹿勇者ですから?

 問題を起こしまくる同級生とかルームメイトとか、これ以上の問題、抱え込めないんですけど?

 隣の部屋も隣の部屋で、何か空気がぎこちないですしねぇ。まぁ、二人とも立場がありますから、ね。

 僕はなんだかんだが問題になってせめて婚約が破棄にならないかなと思っていますが。

 あぁ、まったく。

 これも誰にも見せられない腹ですねぇ。

 何が起こっているのか、分かりません。

 食事もそこそこに私たちはクラウディウス様のお部屋にお邪魔していました。私はエロイーズさんのベッドに座り、クラウディウス様もご自身のベッドに腰掛け、アルフレード様はエロイーズさんの椅子を借りて反対向きに座り、背もたれに腕を組んでもたれていました。

 私に分かっていることは、二つ。

 エロイーズさんの姿が見えなくなったこと。

 そして、あのお方から勝利宣言のような喜びの声を漏れ聞いたこと。

 それ以上のことは何も分かりません。

 分かりませんが、消えた悪魔の行方、そして……。

 そして、沈黙したあのお方。

 あのお方はあの悪魔の怒りをかったのでしょう。あのお方が死んでいないことも確かです。あのお方が死んだら、私の生命維持組織が狂いますから、こうして心配することもできなくなるはず。

 だから。

 あぁ、どうなっているんでしょう。

 あのお方がどこまでやったか分かりません。分からないですが、エロイーズさんの身柄をなんらかの方法で確保して。それをあの悪魔が追いかけていったのは確かでしょう。

 彼女は何をされているのでしょう。

 私の瞼の裏には、赤。

 嫌いな、鮮血の赤。

 瞬きするたびにチラついて。

 悪い想像だけが頭の中を駆け巡ります。

 そうして、消灯まであと二時間くらいになった頃でしょうか。

 ドアのノックが聞こえました。私が最悪を想定して身を固める中、クラウディウス様とアルフレード様が目線を合わせます。アルフレード様が肩をすくめて、クラウディウス様はため息を隠してドアを開きました。

 私たちに見えるように大きく開いたドアの向こうには、ゲラシウス様がいらっしゃいました。彼は、部屋の中にいる私たちを一瞥して確認しつつも、クラウディウス様に王国貴族らしい挨拶口上を述べてから、知らせを話し始めました。

 私は息を呑んで目を瞑ります。

 最悪の言葉が、「死体が見つかった」とかそこまでいかなくとも「見つかったものの喋ることもできない状態だ」とかが脳裏をよぎります。

「本来は、カルロスが来るべきなのですが、彼は諸々の手続きをしていますので、代わりに伺った次第です」

「はぁ、お疲れ様です」

「いえ、勿体ないお言葉を……」

 クラウディウス様が嫌々と世辞の応酬に付き合わされている間、勿体ぶった彼の言葉の先を急きたいような、聞かないでいるうちがいいような、思わず拳を作って眺めていました。

「エロイーズですが、なんと迷子だったようで、悪魔に連れられて帰って参りましたので」

 アルフレード様が、年に似合わない大人びたため息を漏らします。

「ほら、心配することなかったじゃん。フツーに歩いてても問題起こす奴だからさ、そんな心配することないのに」

 彼の言葉にどう返したものか、クラウディウス様が戸惑ったのを感じました。アルフレード様は、距離を間違えたと言うように口を急につぐみます。ゲラシウス様は、それを知ってか知らずか、言葉を続けました。

「彼女も心配をしてくださる同輩方を持って幸せでしょう。今回は処罰などと言ったことにはならぬと存じますが、念の為、宰領生が事情聴取し、諸々の処理をしますので、帰りは消灯間際になりましょうから、ご心配せずお先にご就寝ください」

「わざわざ、クラスも違うのに知らせていただいて……」

「いえ、これも責務のうちですから。それでは、良い夜をお過ごしください」

 軍人らしい一礼をして立ち去るゲラシウス様に、クラウディウス様は苦笑も隠さず見送りました。

 そして、そのままドアを閉めずに、

「さて、そういうことらしいので、僕たちも解散にしましょう」

 という彼の言葉に「実際は違う、そんなはずがないのです」などと言うわけにも行かず、私はアルフレード様に続いてのろのろと部屋に戻りました。

 放心したまま、私は今度は自分のベッドにストンとお尻から落ちるように座りました。アルフレード様は、机に向かってご自身のことをおやりになっています。

 そのまま座っているわけにもいかず、私は早々に横になりました。

 いつもなら、あのお方との定時交信を始めるのですが、今日はそうもいきません。あの悪魔が彼女を連れて戻ってきているのなら、何があったにしろ、あのお方の負けを意味するのですから。

 下手に触れても面倒ですし、ここはそう、あのお方から接触があるまで何も知らないふりをするところです。あのお方が失敗して機嫌が悪い時は、そう最初は話しかけてしまってよく怒鳴られていたものですが、そのうちにあのお方の失敗を色々な噂から悟って、こちらから触れないという選択をするようにしていました。

 いつもなら。

 でも、今回のことは。

 いえ、彼女の安全を魔法学校が確認しているとのことですから、私は大人しくしておくべきなのでしょう。

 悶々と悩みながらも目を瞑っているうちに眠気が押し寄せてきました。

 睡魔と戦いながら、あのお方から何かしら連絡がないかと一抹の希望と、そしてもしそうなったときの罵声に身構えながら、時間が過ぎていきました。

 そのうち、アルフレード様も床につく音が聞こえ、ほぼ同時に消灯となりました。

 あぁ、今日はもう、何事もなく終わってしまうのですね。

 安堵と共に、彼女の安全を自身の目で確認できていない不安が入り混じったまま、隣の部屋へ戻る彼女の足音を聞いていないことも意識の外に、私はしばらく寝ていたのだと思います。

 どんどん、と荒っぽく私たちの部屋のドアを叩く音に目を覚ましました。

 私は飛び起きて、そして、また最悪が頭をよぎりました。あの悪魔に扮してエロイーズさんを騙して連れ帰ってきたあのお方が、彼女の喉を切り裂くような、あのお方の妙な沈黙を納得させる何かを肌で感じながら、アルフレード様が上半身を起こして目を擦っているのに目もくれず、ドアを体当たりするように開けました。

 こんな時間にもかかわらず、ここ数日で見慣れてしまった鎧姿のフランさんがそこにいました。

「あぁ、聖女様、至急ご用意願います」

「彼女ですか、エロイーズさんですか」

 勢いのまま彼女の方へ崩れ落ちそうになりながら、喉から出てきた声は掠れていました。それと同時に、安心もしていました。私が求められると言うことは、彼女はまだ生きているのですから。

「何者かの襲来に合い、彼女は身柄を攫われた上、上級悪魔が交戦中とのことです。オーティス校長が追跡をかけていますので、ご準備が出来次第、我々も追走いたします」

「はい、はい、分かりました」

 返事もそこそこに私は部屋の中へ戻ります。衣服は昼夜問わず最低限のものを使いまわしていますから、心配もいりません。斜めがけの小さなポシェットにまとめている、治癒術の道具を慌てて手に取ろうとして掴み損ねました。机の上から滑って落ちるそれを追いかけて手を伸ばそうとすると、横から伸びてきた手が先にそれを掴みました。ハッとしてみると、眠そうに瞼を瞬かせているアルフレード様がいました。

 欠伸を隠そうとしない彼から、ポシェットを受け取ります。それでも、まだ、私の手は震えていました。私たちの後ろで、異変に気づいて廊下へ出てきたクラウディウス様と、同じ説明を繰り返すフラン様の声が聞こえていました。

「いってらっしゃい」

 寝ぼけたままのアルフレード様は、恐らく私を誰かと間違えたまま、そう微笑みました。

 胸を締め付けられるような痛みを感じます。

 私は、こうして、人を騙しているのです。欺いているのです。本来は後ろ指を指されて然るべきところを、聖女などという詐称を働いているのです。

 それを、突きつけられた気がして。

 彼は、何か眠りと隣り合わせの中で勘違いをしているだけなのに、その事実を痛切に思い出して私は目眩を感じました。

 それでも、フラン様の視線を感じて、気持ちを切り替えます。今は、エロイーズさんです。彼女を助けなければ。

 ただ、巻き込まれただけの彼女を、助けなければ。

 例え、いつか最期の時がこの世界に訪れるとしても。 

 それまでは。

 せめて、私が、死ぬまでは。

 私は。

 もうベッドに戻り、シーツを被って丸くなっているアルフレード様を残して、夜に静まり返った魔法学校を後にしました。

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