【それでも私は】迷子と誘拐の懸隔①【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。
39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
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うん。あれだわ。
エロイーズがいないと平和ってのがよーく分かった。
痛いほどよく分かった。
聖女といまだに警戒し合う三日目。
朝食中にエロイーズがやらかして、防御宰領生のフランさんに事情聴取食らったくらいで俺たちは済んでよかった。本当によかった。
校則違反も問題だけど、空間転移ができるってのがそもそもヤバい。そりゃ騒ぎになるよ。
で、そのまま俺たちは、部屋移動して火属性の適性があるかどうか確認することになった。聖女は適性がないことを知ってるらしいんだけど、時間割の仮提出だけではなく見学するらしい。
なんでだ。
俺、見張られている気がするなぁ。
気のせいだよね。
なんでこんなに自意識過剰になってるんだろう。
なんか落ち込む。
で、時間割の仮提出。
昨日のエイニー先生じゃなくて、冒険者っぽいバート先生っていう人だった。チェック柄のマントに、簡単な支えしかない右足膝下からの義足。反対の足のブーツも同じチェック柄で、これから遠目で見たらすぐ彼だって分かりそうだった。義足にもかかわらず、大剣を背負っている。実戦派だろうし、雰囲気がめちゃくちゃ冒険者ぽかった。
簡潔な自己紹介を聞いていると、弟も同じく魔法学校教員らしい。帽子とズボンが同じチェック柄だから、すぐ分かるって。兄のバート先生は一年に対しては魔物学や剣術をはじめ、治癒術や薬草学を教えているらしい。弟のバート先生の方は、一年の授業は武術と召喚術を受け持つらしい。兄のバート先生にはお世話になることになりそうだけど、弟先生の方はあんまり関わりを持つことがなさそう。
俺、適正とかテストしたことがないから分からないって書いてたんだけど、それをみてバート先生は「属性適性試験は全部受けたほうがいいな。ちゃんとした属性適正試験を受ける機会もあまりないだろうから」とアドバイスをくれた。と言うわけで、俺は全部受けることにした。
不安も大きいんだけど、なるほど、魔法同盟直属の魔法学校でようやく受けれる試験ってことなら、確かに、全部受けたほうが明らかに得だよね。無料だし。
と言うわけで、火属性の適正試験。小鉢を渡されて魔力を込めるだけ。
あっけなかった。
先生が火属性の項目にB +と書いて厚紙をくれた。全く適正なしのEから、使えないこともないD、努力次第で使い物になるC、適正ありB、強力な魔法を使えるようになるA、天性の才があるSまでの評価がつけられるらしい。Dより下がついた属性の授業は受けられないということだった。
B +。
あれ、意外と俺、素養あるの?
次の日。
素養があるって言われてもさ。急だから、えーって感じで、嬉しさよりも動揺が先にきた。
身体強化しかできないと思ってたのに。
今日は、走るだけって聞いてたから気楽だなって思ってたのに生憎の雨。
エロイーズと一緒にがっかりしながら、木属性の適性試験をこなすことになった。
小さな木の植木鉢を渡されて、今日も魔力を込めるだけ。俺の評価はA。マジ?
で、エロイーズはやらかした。
エロイーズはSなのかな? 木がめっちゃデカくなって天井を突き破る騒ぎになった。ちゃんとコントロールをしろって怒られてたけど、初めてでそんなの無理じゃん。先生も結構慌てたんじゃないかな。
で、問題の日。
今日こそ走れる。エロイーズはテンションおかしくて、俺も巻き込まれて柔軟体操をしていた。事前の体操は本当に大事。ぎっくり腰っていうしょうもないアレで命を散らすオッサン冒険者を見てきた俺は、オッサンになった時にめんどくさがらないように、絶対にする習慣にしていた。
扱いに困りに困った上、先生にさえとりあえず放置されている上級悪魔が見守る中、俺たちは走り始めた。
最初から飛ばしても仕方ないので、自分のペースで走る。攻撃とか防御とか身体強化とか、魔法具以外の学生は俺より遥かに体格もいいし、追い抜かれていくけどのんびり行く。先行するクラウディウスを見ながら、その二つ後ろの集団に入った感じ。
エロイーズは最初から爆走していて、絶対に保たないでしょって思うけど、意味わからないポテンシャル持ってるからなーあいつ。どうなるか予想つかない。
聖女が息を切らしながら、早々に脱落したのはみた。魔法具の学生たちでも、スピードはともかく体力はあるらしく、半数くらいは残ってるのかなーって印象。
飛ばしすぎた攻撃や身体強化の馬鹿がどんどん脱落する中、俺はまだまだ平気だった。しばらくして、クラウディウスが急に勢いを弱めてすーっと下がってきたかと思うと、俺に軽く手をあげてから脱落した。
いや。
いやいやいや。
おい。
それ全然まだ余裕あるだろ。
サボりじゃん、あれ。勇者様に文句をつける奴はいないだろうし。絶対そうだ。
余裕というか、人生ナメてねぇ?
ムカつく。
その胸にポツリと沸いた思いを隠すように、ただ無心で走る。
エロイーズは奇声を上げながら爆走し、唖然とするガタイの良い男を追い抜かすとさらにスピードを上げた。
何考えてんだあいつ。
俺は、ただひたすらペースを崩さずに走り続けた。
あんな体力配分で誰が得すんの? 本当に何考えてんだろうなあいつ。
自分でもわかってないってこと、ないだろうな。
本人さえ予測がつかないって感じ。
うん。
まさか迷子になるとは。
すっかり息は整っていますが、それにしても。
まさか、まさか、毎週二回の授業のたびに、こんなに走ったりしませんよね?
憂鬱でしかありません。
その時は、さらに気が沈むような出来事が起こるなんて、思ってもいませんでした。
軽快に、それでいて他の方に比べてゆっくりと進むアルフレード様を眺めていました。
魔法学校の周囲を何周もする様子を見ようと、少なからず町の人たちが足を止めていました。貴族の子弟が派手な服装で必死に走っていたりするのが面白いらしいのです。この時期の、王都の風物詩となっています。なんとか公爵の長男を見に行ったとか私も聖教会でのご奉仕の時にお話を伺ったことがあります。特に、今年は勇者であるクラウディウス様を一目見ようと集まっていました。私は冷やかしと応援、半分ずつの声援をいただきました。エロイーズさんは不思議な叫びをあげて、勝手に集った人たちを分散させる一助になっていました。
背の低いアルフレード様は、人の姿に紛れて見えない時もありました。すぐに彼とわかるクラウディウス殿下よりも、まだ見ぬ噂の皇子を探すひそひそ声がここまで風に乗ってやってきます。彼の足取りは変わらないのですが、一人また一人と足を止め、段々と周りと取り囲む方が消えてそのお姿が見えやすくなっていきました。彼を彼と知っている優越感を密かに抱きながら、なんとか表情に出さないように努めます。
最初からその足は衰えることなく、一定の速さでしかし確実に進んでいきます。
どんどんと速度を緩めて脱落していく中、小さな身体で走り続ける様子は私だけが見ているというわけでもありません。
えぇ。
私だけが見ているわけでは。
しばらくすると、クラウディウス様が涼しい顔をして戻っていらっしゃいました。私の方へいらっしゃろうとしましたが、あれは攻撃に入学されたヘンリーさんでしょうか。めざとくクラウディウス様に挨拶をされています。先駆けされてしまった面々が悔しそうにされているのを見て、私は目を逸らしました。
昨日の例の悪魔と、そしてその後にあのお方と会話。
……。
また気が重くなります。
あの悪魔の方が、話が、その……。
なんというか、通じるというか、別に、あのお方が悪いわけじゃないんですけれど。
えぇ。
いえ、あのお方も一時的に頭に血が上っているだけですから。そう、いつもはあんなに……。
……。
あんなに。
あ、アルフレード様。可愛くて凛々しくて……。あれ、こちらを見てらっしゃいます、よね?
私を見てくださいましたよね?
たぶん、他の方ではなくて、私を。
……。
ちょっと、私、本当にだめですね。
それ以上、アルフレード様を見ないように視線を地面に固定して、ぼーっとしていました。
なんというか、私……。
聖教会では立場を確立するために、あのお方に知られないように色々な方に少しでもお力添えをしようと必死で、そう、いつでも何かとやることがあったのですけれど。
入学したら急にやることがなくなって……。
聖教会ではとりあえず治癒活動がありましたし、忙しい厨房のお手伝いをして、最初は戦力にならなかったのですけど、料理を覚えるのも楽しかったですし、有名になりだしてからはあのお方のために情報収集をしたり実際に動いたり、そう、何かとやることがあったのですよね。
でも……魔法学校で治癒活動をし始めたら、悪目立ちしますよね。
やっぱり、午前か午後は開けるようにして、聖教会にお願いしてこれまで通りの活動ができないか聞いてみるしか……。
と、ぐるぐると考えているうちに、結構な時間が立ったみたいです。
なんとなくもともと軍人や冒険者だった先生方が「魔法使っただろ?」とか「身体強化も魔法だからなー」とこっそりとズルをした方を止めているのは聞こえていました。走っている方はまだまだ何時間でも走れるという具合です。アルフレード様ももちろんその一人でしたが、急にペースを落としました。
「あの、先生その……エロイーズがいない気がするんですけど」
総監督として校門の側に立っていた先生に声をかけています。あの方は、元は王国軍の出身で、私も数年前に治癒させていただいたことがあります。軍人らしい方ですが、奥様にとてもお優しくされていて、本当のところは重傷で床に伏せっている時に彼女の名前をうわごとでおっしゃっているような方なのです。
「えっと、俺も走ってたから確かじゃないんですけど、アホみたいな叫び声が聞こえなくなったし……」
アルフレード様のお言葉を聞くでもなく、彼は唐突に振り向きました。皆の視線が同じ方向へ向かいます。
あの悪魔がいつの間にか消えていました。
はっと息をのむ音がいくつも聞こえてきました。もちろん、私のものも混じっていたのでしょう。
すっと胸に不安が忍び寄ってきました。
彼は別の先生に周辺にいた学生に話を聞くように頼むと、アルフレード様についてくるように言い、未だに走っている学生の流れに逆らって走り始めました。アルフレード様は巻き込まれたとばかりに唇を噛んでから後に従って行きました。
彼らが戻ってくる前には、だいたい分かりうる事情は全て判明していました。漏れ聞こえた話をまとめると、例の悪魔は何か毒ついてから姿を消したのだと言います。それが、いくら前かもわからず。ともかく、それ以上の情報は出てきませんでした。
次に、彼女の姿がいつから見えなくなったかが検められました。確かなのは、最後尾と一周差がつく時には、トップを走る彼女の姿があったということだけで、いつその姿が消えてしまったのか、誰も確かに言うことはできませんでした。
私は、俯いていたことを悔やみ始めました。
あのお方の「召喚者を殺そう」といった、底抜けに明るい声が蘇ります。
あぁ、そんな。
彼女にはなんの罪もないはずです。
ただ、あの悪魔を召喚してしまっただけなのに。
息を整えようと閉じた瞼の裏に、血に染まった彼女の姿が浮かび上がりました。




