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【それでも私は】襲来の後始末②【愛を謳いたい】

 「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。


 39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。


 以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。


―――――――――――――――――


 殿下の、あの底抜けな明るさはどうにかならないのだろうか。天真爛漫といえば聞こえがいい。その実、笑顔のまま忠臣を左遷する策略を実行するのだから、暴戻と思われても致し方ない。勇者の名に隠れて、いや隠れようともせずの暴虐に臣節を守っておれぬと諫める者から背信と弾劾する始末。糅てて加えて、兄殿下と違って阿諛追従も嫌うお方だから、宮廷で孤立するのも当然というもの。

 まぁ、死んで欲しいと頼まれたのは自分くらいだろうが。

 今朝もまた物憂げに悩むふりをしてサボタージュを企てていらっしゃったので困ったものだ。

 宮廷と貴族の義務から逃げるように魔法学校に入学した自分への当てつけか、自分の入学後しばらくは毎日心話が来たものだが、最近はなかなかその接触もなく、時節の手紙くらいで済んでいた日々は呆気なく終わりそうだった。

 久々に面と向かってみたあの眼。

 あの、黒い眼。

 非難するような、哀願するような。

 勇者として彼を育てる酸いも甘いも噛み分ける臣下たちが抗命さえできないのは、一人の少年に人の死を是と教えてきたから。勇者の称と共に生まれながら、決してステータスに秀でていなかった子に、何をも犠牲にしても、何千の人命を賭しても使命を果たせと教え込んできた罪。遊び相手の死に耐えられれば、これからも耐えられるからと、笑った彼に何も言い返せなかったのだから。

『ねぇレイ』

 囁くような心話が入った時、自分は屋上から木の枝を這い上ったところへいた。ここにいれば、取り巻きに邪魔をされることもない。

『今日は、アデラ・エイニーとへティ、両方見ましたよ。男学生に人気というだけあって綺麗な人たちでした』

 その声には、いつもの通りに気付かないふりをする。

 呑気な、ついに魔法学校へ入学して勇者としての死出に一歩を踏み出すことをどこか忘れているような、そんな声で殿下が仰る。

 その囁き声は、いつものようになかったことになる。護衛の任を解かれたレイ・クックを殿下が贔屓することなどあってはならないのだから。

 晴れ渡った空の下、行き交う学生の中に見知った姿を探してしまう。今日の食堂でそうしたように。

 魔王が誕生する前に、軍を強化すればいい。勇者が出る幕のないほどに、強い軍を作って仕舞えばいい。そんな空絵事を思い描くほど幼くは無くなってしまった。

 それでも。

 それでも、殉死もできないほどの、敵を鎧袖一触に切り開く顔ぶれを集めてしまえばいい。

 あの黒い眼が涙に濡れないように。

 そのためなら、とその続きをいつも言葉にできないままでいる。

 あの、悪魔が、いました。

 彼は、親指で部屋の中を指します。

 こんなところを誰かに見られては困ります。あのお方は、貴族とのコネクションも作ってきたのですから、誰の口から知れるかわかりません。聖教会で、人の口に戸は立てられないと重々思い知らされてきました。

 私は、さっと退いて場所を譲りました。彼は、少し申し訳ないようなそんな仕草で部屋へ入り、後ろ手でドアを閉めました。

 私は、頭二つは高い彼と対峙します。

 悪魔は、苦笑を浮かべて、私に片手でベッドに座るように促しました。警戒を解かないまま、猜疑心を持ったまま、その指示に従います。

 対する彼は、立ったままでした。それでも威圧を感じないのは、何故でしょう。

 いくらか言葉に迷ってから、悪魔は口を開きました。

「伝えろ、と言ってしまったのが間違いだったな」

 その言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要しました。「不干渉と伝えろ」というメッセージの「伝えろ」という部分が間違いだった。伝えたことによって、今日の襲撃が起こってしまったと認めているのです。

 理解した途端、衝撃が走りました。

「そういうわけだから……」

「間違いを、認めるのですか?」

 私の言葉は相手に届いたのかわからないまま、沈黙が下りました。戯れながら廊下をいく男子学生の声が部屋の中へ入ってきて、その声が私の耳のそばでわんわんと反響します。

 普通の人ならば、緊張で喉が渇くとか、冷や汗が流れるとか、そういうところでしょう。ただ、そういう機能が不十分な私の身体は何も普段と変わることはありません。その代わりに無意識に強く握りしめようとしていた拳から、慌てて力を抜きました。心の内を悟られたくなかったのです。

 沈黙に怒りを含ませているのだと私が思っていた、その悪魔は、ふっと唇をかすかに緩めました。そして、窓へ向いている机に備え付けられている椅子を引いて、こちらを見えるように斜めに据えるとそこへ座りました。

 安心するとともに、その悪魔が怒りに任せていっそこの場で私を消し去ってくれればよかったのにとも思います。

 そうすれば。

 私の目を覗き込む赤い目には全てを焼き尽くすような苛烈さはなく、夜を暖める囲炉裏のような優しい眼差しをしていました。

 そうすれば、これ以上苦しまずに済むのに。

 そんな私の辛苦を全て見透かしているような、そんな気がしました。

 聖教会の長であるトルストイ様の眼差しを思い出します。長寿ゆえの、諦観して幼い私たちを見守るような。

「あれは、かなりの特異だからな」

 判然としない、けれど、私には分かってしまうその意味。その言葉は、あのお方の推測通りのことを指しているのではないでしょうか。

 それでも、思案を深める間を奪われました。その言葉は、確かに私に向けられていたはずなのに、彼が独り言にしたかったとでもいうように。

「私は、まだ事を構えたくない」

 まだ。

 まだ、なのです。

「とはいえ、あれには通用しない。そのことを忘れていたよ」

 滔々と諭すように、彼は言います。

 永い刻を、その声に滲ませて。

「だから、こうしないか。私はあなたに干渉しない。あなたも私に干渉しない。あれに関しては、私は防衛はするが、あれの企みは積極的には阻止しない。それで、どうだろうか」

 その言葉を数度なぞって、私は戸惑いました。

 この悪魔が、なぜ、わざわざ私に話の主導権を渡してくるのか、理解できませんでした。

 なぜ? 脅してしまえばいいのに。

 あのお方の目論みを知っていて、私が何か知っていて。

 この世界に亀裂を入れて、破壊をもたらそうとしているあのお方の手先でしかないのに。

 どうして、そんな私に?

「まぁ、とはいえ、煩いだろうがな」

 彼は、顎に手をもっていくついでに、思案げに親指で下唇をなぞりました。その仕草は老獪そのもので、何度か瞬きしてその若い姿を確認してしまいました。頭の片隅で、「騙されてはいけない、耳を貸してはいけない」とあのお方の声が警鐘を鳴らします。そう、この方は少なくとも、この大地と同じくらい、いいえ、それ以上に永い刻を生きているはずなのですから。

「まぁ、あなたも多少はあれに協力してもらっても構わない。情報を流すくらいはな。しかし、それ以上はやめてもらおうか」

 またもや、呆然とするほかない言葉を聞きました。なぜか、この悪魔は私に譲歩しているのです。私は、小さく手の甲をつねりました。知らずのうちに眠ってしまったのかと思ったのです。いえ、違いますね。いつの間にか、気がふれて、自分に都合のいい幻想の世界に迷い込んでしまったかのような、そうとしか思えない出来事に正気を確かめたのでした。

「それ以上、とは……?」

 ようやく会話が成立したとみて、彼は笑みを浮かべました。人懐こい、何千年も生きていることを忘れさせるような笑みでした。そこで、遅まきながら私の理性も正気を取り戻しました。

 この悪魔が純粋に私に気遣うはずがありません。やはり何かを企んでいて、その為の譲歩なのでしょう。この後、何か私から引き出しがたいための。何もかも見透かしているかのような言動がブラフで、あのお方の情報を得たいのでしょう。

「召喚者の悪評を流すほか、召喚者を害すことはやめてほしいが」

 どうして、彼の言うことはいちいち私の不意をつくのでしょう。召喚者を思いやるその言葉に惑わされそうになってしまいます。この悪魔を信じてもいいと。

「提案には召喚者のことが含まれていませんでしたが」

 言葉を続けるには話を逸らすしかありませんでした。

「昨日今日の仲だからな、なんとも」

「……恋仲とのことですが?」

「その関係がなんだろうが、言葉の交わした時間の短さは変わりない。ともかく、私も彼女がどうでるかは分かりかねる。そちらが、あの彼がどう出るか分からないようにな。まぁ、できるだけ穏便に済むようになんとか誘導はするつもりだが」

 穏便の意味を図りかねてまた思考が止まりかけますが、それでも、なんとか言葉を繋ぎます。

「それ以外のことは……私たち以外は考慮せず、私たちは互いに不干渉と?」

「まぁ、そうなるな。私たちの及ばないところに言及してしまったのが間違いだった」

 悪魔が「私たち」と口にするのを聞いて、私も同じ言葉を口にしたと気づいて動揺しました。

「さて、またイレギュラーが起こったら、こうして話にくるとしよう」

 私を見据える穏やかな目は、なおも同意を求めていました。言葉に詰まりつつも、同意の言葉を返すと、その悪魔は微笑みを浮かべました。

 この協定が何を意味するのか、悪魔の狙いはなんなのか、いまいち掴めないうちに不意の会合は終わろうとしていました。悪魔はあのお方の情報を求めるような素振りは見せず、このまま帰してはと私の方が焦燥を感じ始めました。

 とはいえ、何を聞き出せばいいのか、そしてどうやって聞き出せばいいのか、勘案しているとき、ドアノブを回す音が微かにしました。私が慌てて視線を向けた先で、部屋のドアは開いて、アルフレード様の姿が見えようとしていました。

 はっと悪魔へ視線を戻します。

 そこには誰の姿もなく、椅子は元の通りに収まっていました。

 まだ耳元であの柔らかい声が聞こえているような気がします。「忘れていた」、その優しくて残酷な言葉が。

 あぁ、そうなのです。

 あのお方も、あのお方がなそうとしていることも、あのお方の性格さえ。

 あの悪魔にしてみれば。

 忘れてしまえるくらいの。

 あのお方の憎悪も、焦がれも、嫉妬も、捩れた愛も。

 あの悪魔にしてみれば。

 所詮、忘れていて支障はないくらいの。

 そんなものに、過ぎないのだと。

 それなら、私は?

 それなら。

 あぁ。

 あのお方の身を憐れむでなく。

 真っ先に出てくるのが自嘲とは。

 これだから、私は。

 たかが道具にすぎないちっぽけな存在なのでしょう。

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