【それでも私は】初めての授業と【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」までのネタバレを含みます。
39スレ目を読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
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初日から勇者が遅刻ってやばくないですか?
いや、別に真面目に勇者を務めたいわけじゃないんだから、遅刻してもいい、んじゃないでしょうか。
空になった食器を前にして、僕の心はその二つの間で揺れていました。
まぁ色々ありますけど、死にたくないんですよね、僕。
ていうか、なんというか、うーんレイはともかく、なんか守りたいものってないんですよ、僕に。いやまぁアレですよ。レイを真剣に守ったりしたら事案でしょう。なんか、父上にも秘密の恋人がいるとか男だとか噂はありますけど、そして冗談半分のゴシップ程度で済んでますけど。
でも、僕が地位乱用してクック家優遇したらまずいでしょうよ。それくらいわかってます。わかってますよ。
それに、僕を大切に思ってくれて、僕を勇者として育ててくれた人たちはもう片足棺桶に突っ込んでて、まぁ、僕が守れるくらい強くなる前に死んじゃってると思うんですよね。
いや、本当に。
なんのために戦うんですか僕は。
なんていうか、そこまで強くないんですよ。アルフレードくんの方が芯もしっかりしてるし強いんじゃないかと思います。
総合的なステータスは僕の方が上でしょうけど。根性ないんで、僕。
まぁ、逃げたいなーってのが本音です。
で、だから、出たくないんですよ。授業。魔法学校での生活が始まってしまうのが嫌で嫌で。一年目はともかく、きっと途中から僕だけ別扱いになってなんかあれです。究極魔法とかそういう感じの何かを覚えさせられるんですよきっと。
あー。半分以上、気持ちは遅刻に傾いていました。
傾いてましたよ。それどころか、ここからなんとか逃げ出して、なんとかならないかなとか思ってましたよ。
そしたら、目の前にレイがいました。初めに思ったのは、律儀にお目付役をしますねーってことで、次に思ったのが、実はレイの気を引きたいかったとかキモいですね自分、ってことでした。
「クラウディウス殿下、教室へご案内いたしましょうか」
他人行儀なレイの声に、僕は緩慢に首を横に振りました。
レイはにこりと偽物の笑顔を浮かべて、僕の前にあったトレイを取りあげました。
「せめてこちらはお下げしておきます。それでは」
ちゃんと授業に出でくださいね。その声がせめて心話で来たら、僕は満足していたのだと思います。しばらくレイの後ろ姿をぼーっと見つめていました。
食堂には新入生の姿はもうありませんが、上級生たちが談笑したり、課題を広げたりしています。レイは取り巻きたちの元へ戻って、何か喋ると肩をすくめました。僕も多少は彼を知っていますから、わかります。けして、親しそうでも、心を開いているようにも見えませんでした。
それでも、胸の中に強烈に、沸々と湧き上がる何かがありました。
勇者たるもの、独りでいなければならないのです。時には肩を並べて共に戦う仲間を見捨ててお役目を果たさなければならないのですから。孤独に慣れておくべきなのです。
そう。
最終的に、一人になるんですから。
例の悪魔から接触がありました。
つまり、これは、そういうことです。
私が何であるか、あのお方が何をしているか。
あの悪魔には全部筒抜けということです。
私は真っ青になった顔をアルフレード様に見られないように俯きました。
あぁ、昨日から俯いてばかりいますね、私。
あのお方に言うべきか言うまいか、躊躇いました。でも、遅かれ早かれあのお方の知るところになるのは分かっていました。あのお方は何も信じません。権益のために擦り寄ってくる同胞にも、私をはじめあのお方が創った者にも、全てに反駁して、だからこういうことになっているのです。
孤独を求めていながら、心の奥底では理解を求める。それが、私が見ているあのお方の姿でした。
それがわかったところで、どうもならないのですが。
ただ、ひたすらに哀しいだけで。
さて。
どう言えば穏便に運ぶでしょうか。
えぇ、魔法学校入学後、私とあのお方との間で多少の意見の食い違いは想定していました。そのせいで授業や治癒活動に支障が出るかもしれないとまでは予想していたのです。
しかし、これほどまで頭の痛い事態になるとは思ってもいませんでした。
あの上級悪魔が出てくるなど、最悪の……考えうる限り最悪の事態です。たとい、互いに不干渉と結んでも、その結果、こちらは身動きが取れなくなるのですから。
とはいえ、言わないでおくということもできないのですから、早々に済ませたくはあります。
ぐるぐると同じところを回る思考に頭を悩ませているうちに、クラウディウス様がいらっしゃいまして、私は我に返りました。クラウディウス様は私に笑いかけになられて、隣の椅子をお引きになりました。彼が間に入られたことで、アルフレード様のお顔をこっそり伺うことができなくなります。
余計なことを、とは思いつつも私も笑顔を返します。急変する事態に振り回されていますが、彼に警戒心を抱かれては全て元の木阿弥になってしまうのですから。
彼に気づかれないように小さく息をついて、あのお方に報告をしようとしました。その時、今度こそ、私たちにオリエンテーションを行ってくださる先生がお越しになりました。
どうやら、今日は何にもかもタイミングの悪い日のようです。ため息さえ飲み込まないといけない自分の境遇に飽き飽きしてきてしまいます。
その時は、自己憐憫に酔いながら、まさかあんなことが起こるとは思ってもみなかったのです。
止められたのは、私だけでしたのに。
私は、人々にだけでなく、同胞にも多大なる引け目を感じていなければならなかったのに。
人間に交じった私は、その義務を忘れていたのです。
私は、あのお方に報告をするという義務は果たしました。しかし、魔法学校に溶け込むことも大事な任務ですから、疎かにすることはできません。
ですから、「今から初めての授業がありますから、詳しい報告はできません」と断った上で告げたのです。「例の悪魔から接触がありました。互いに不干渉を望んでいます」と。
えぇ。
私は、自分の望みを忘れていたのです。私にとって、この魔法学校は魔境といっても過言ではありませんから。リア様にアルフレード様。私の醜悪な正体を探り当ててしまう方々が多少なりともいるのです。
自分を守らなければならないなんて、不要な警戒心を抱いてしまったのです。
そう、私が亡くなった方が、人々のためにも、あのお方のためにも、良いのにもかかわらず、です。
さて。
私が言えることではないですが、今年の特殊一年はさしたる、錚々たる顔ぶれであります。勇者の王子、救世の聖女、そして冒険者に身をやつした皇子、などと何年も前から人々の口にのぼって世間を賑わせてきました。
そこに、昨日今日という短時間で上級悪魔を召喚してしまった、得体の知れないエロイーズさん。
私たちに接する先生だって、多少は緊張しても不思議ではないでしょう。ですが、その方は優雅な笑みを浮かべて私たちの前に立ちました。女性としては、大柄な方でしたが、優美な雰囲気も相まって一見して違和感はありません。ただ、彼女の顔を見ようとすると、座っている私たちの顎は少なからず上を向かなければなりませんでした。私はアルフレード様の方を見たいという欲求を押し殺して、彼女の身なりに意識を集中させました。
ブロンドの髪は、晴天を映しているかのような不思議な輝きを持って、肩へ広がっていました。その髪に隠されて、目は見えません。とはいえ、やたらに伸ばしているというわけではなく、ちょうど目の下のあたりで綺麗に切り揃えられています。普通であればその数センチ上できるところをわざとそうしているのだと窺い知ることができました。魔法を極める方ですから、多少なりとも俗人の知れぬ様式を貫いていらっしゃるのでしょう。
白と黒を大胆にあしらったドレスに身を包んでいますが、無駄な装飾はなく、貴族のような贅沢はないドレスです。片手は白、もう片方は黒の手袋と、白と黒のアンシンメトリーになっています。ただ、流れるスカートは全て白で、純潔な清楚さをもつ方でした。
魔法学校の教員である証のマントは、ドレスに組み込まれて、肘の少し上から流れ落ちていました。表は白、裏は黒となっています。裏地の黒は、動くたびにキラキラと星が煌めくような加工が施されていました。マントとしての使用法に少々疑問はありますが、そこにも魔法的な意味があるのでしょう。
そして、彼女は「新入生の皆様、ごきげんよう。昨夜はよく眠れましたか」と笑みを称えて仰いました。
そこはかとない違和感に私たちが眉を顰めているうちに、彼女はアデラ・エイニーと名乗り、急な変更で今日のこの授業を務めることになったと仰います。
私とクラウディウス様が顔を見合わせていると、そっと音を立てずに席を立ったアルフレード様が、ちょうど私の前の席に座りました。椅子を限界までこちらに近づけられて、私の心臓が人知れず跳ねます。
エイニー先生は、アルフレード様の移動が見えなかったかのように今日の予定などを話していらっしゃいます。まずは、魔法学校での生活の規則などについて。そのあとは、適正試験の日程、それから、魔法学校上の卒業要件や、一年度に取らなければならない授業についてということでした。
アルフレード様は、何やらメモ用の紙に何か書き付けて私たちに差し出してきました。
クラウディウス様が受け取って、また何か書き足されます。その後に、その紙は私に回ってきました。
『この先生、目見えてないんじゃない? だから、特殊一年って知らないとか? どう思う?』
というアルフレード様の字がとても小さく上の方へ書かれているのは、紙を無駄にしたくないからでしょう。
『目が見えてないかもしれませんが、そんなことってありますかね? だって、部屋にはこられてるんだから、人数が少ないのは分かるでしょう?』
目がお見えにならないという点については異論ありません。クラウディウス様の懸念はもっともですが、先生のご発言からはアルフレード様の疑念が的を得ている気がします。
私は、こっそりアルフレード様の直筆を三回は拝んでから、返事を書こうとしてはたと困りました。しかし、迷っているうちに先生が本題に入りかねません。
『それとなく教えて差し上げた方がよろしいのでしょうか?』
と、書いたはいいものの、走り書きになってしまった字が汚くないかなどと心配になってきてしまい、そして前を向いているアルフレード様にこの紙をどうやって渡せば良いのかとまた困ってしまいます。
私の困惑を悟って、クラウディウス様がアルフレード様の肩を叩いてくださいました。私もアルフレード様に触りたかったという不敬な思いの後に、昨日の不幸な接触を思い出してしまいます。私のぎこちない笑みに、アルフレード様は無表情に紙を受け取りました。
さっと目を通した彼は、手をあげてから、罰の悪そうにおろしました。
「えーと、先生、あの、誰がいるか確認しなくて、出席とか取らなくていいんですか」
エイニー先生は魔法学校の規則を守る理由について述べていた言葉を止めました。時間差でアルフレード様の挙手にときめいているうちに、彼女は笑みを浮かべて感謝を述べます。
「あら、よく気がついてくださいました。事前に、四年生か五年生の方がいらして確認をしてくださる手筈なのですが。誰もいらしてませんか?」
アルフレード様はちらちらと私たちを振り返ります。
だめですね。心臓が持ちません。魔法学校二日目ですよ。私はどうなるんでしょうか。
クラウディウス様の頷きに促されるようにアルフレード様は答えを口にします。
「あの、来てないです。ていうか、えっと、この部屋……」
「小規模講義室4B」
クラウディウス様が小声で助け舟を出します。
「あの、小規模講義室4Bですけど、あってますか」
「大講5Aではなく? 小講4B? 私、一階間違えたかしら……あらでも、少し遅れたのに、他の先生もいませんものね……」
アルフレード様が私の文字の下に、大きく『かつがれてる』と書いて私たちに見せます。同意の頷きを返しつつも、困惑を隠せません。
魔法同盟は思わず耳を塞いでしまいたくなるような対立のあることは周知の事実ですが、魔法同盟の一部門である魔法学校に関してはそんな噂も聞いたことがありません。貴族の子女を預かる立場であるために隠蔽が図られているのでしょうか。しかし、私はかなり悪い噂も耳にする機会があるのですが。
アルフレード様がどうしたらいいのか指示を仰ぐようにクラウディウス様をご覧になられています。聖教会に所属している身では商会の魔法具を買いにくいのですが、紙に実際のものを写せるというものがあるらしいですよね。それが、欲しいです。一回にどのくらい魔力を消費するのでしょうか。聖教会でご奉仕する分は残しておかないと……いえ、あのえーと。購入するつもりになっていました。でも、あぁいうのって他国で活動されている獣人さん達しか手が届かないものなんですから、入手できないのですが。それに、後生大事にすることもできないのに、物として持っていても仕方ありません。脳裏に焼き付けておけば、そして、最期に思い出せば、それだけで十分幸せなのです。
じっと見ていたらご尊顔の横に手を立てられてしまいました。
違うんです、いや違うわけではないのですが、だめですね。どうも気持ちがうわついてしまいます。
「おー。なんだ、アデラか。まったく、誰に騙されたんだ、ヴィニーかジュリか、馬鹿バートか」
その大きく響く声に、私たちは視線をやりました。エイニー先生と同じくらい長身の女性が立っていました。
エイニー先生はそれでも繊細さがありますが、彼女はなんといいますかおおらかな気質を感じます。片目をなにやら魔法具で隠し、腰には細工の入った多くの棒をさしていらして、どうやら魔法具を専門とされている方なのでしょう。白に寄った紫の髪を短く切り揃えられ、豊かな胸は黒いバンドで押さえ、鍛えられたお腹を出してらっしゃるという明朗な方です。
「あら、へティ。私はウェインに言われたんですが」
「あー? ウェイン? ヴィニーのやつ研究室にこもりやがって、わたしゃ今日の責任者だからな、聞いてまわってるうちに時間になってな! 直接部屋に行けばいいって気づいたわけさ」
へティ先生のパワフルな声を聞きながら、なんとか状況を掴もうとします。ヴィニー先生という方が私たちの担当だったところを色々な方を経由してエイニー先生に落ち着いたのでしょう。その事実を責任者のへティ先生は把握しておらず、方々に聞いてまわった挙句、この部屋へくるという直接的な手段にでた、ということでしょうか。
彼女はチラリと私たちを一瞥すると、不敵な笑みを浮かべながら言いました。
「まぁ、アデラなら大丈夫だろう。そのまま続けてくれ。資料もあるな? よし、問題ない問題ない」
と、言うが早いがエイニー先生の答えも待たずに立ち去ってしまいました。豪快な足音でそれを知ったエイニー先生は、吐息を漏らすと私たちに向き直ります。ぱたと両手を合わせて、何度か口を開いて言い淀んだ後に、困ったように微笑みました。彼女の感情はよそに、その優雅な仕草に思わず見惚れてしまいます。
そして、彼女は言いました。
「まぁ、知らないでいいこともあるでしょう。さぁ、皆さん、続きをしましょうか」
邪気のないその言葉に呆気に取られて、私とクラウディウス様は視線を交わします。私もこの地位を確たるものとしてからは不要ではないかと訝しんでしまうような忖度を多少はされてきましたから、これも一種の好意として受け入れるべきなのではないかと思います。しかし、それにしても、エイニー先生はともかく、へティ先生のことをどう判断するべきなのでしょうか。
魔法同盟の方々はなんと言いますか口さがなく言いますと魑魅魍魎としていらっしゃいます。やはり、その機関の一つである魔法学校もその傾向があるのでしょう。学生の一員としては、慣れた方が良いのでしょうが、なかなか難しそうです。
アルフレード様は、私たちを振り向きもせず、回していた紙をくしゃくしゃに丸めてしまいました。
……どうせお捨てになるのなら、欲しい、と身に余る思いを押し殺して、エイニー先生のお話に集中することにいたしました。




