【それでも私は】ばけもの、のけもの②【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」のネタバレを含みます。
39スレ目まで読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
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リアがなんか落ち込んでる。
夕食で俺の隣に座る時は、何かあった時だ。
リアは誰よりも反転の魔法の才に秀でている。だから、いらない恨みをかったこともあった。
そして、顔の赤い蜘蛛の巣の刺青が、滲み出る強さが、誰よりも彼を目立たせている。顔の刺青だけじゃなくて、白紫の髪に明るいオレンジの瞳。それに長身とくれば目立たない方が難しいんだけどな。
入学セレモニーという宰領生の初めての務めを果たしたからだろう、と思うことにする。
俺たちの時の入学セレモニーはどうだったろうかと思い出す。俺だけ、冒険者のような格好をしていたあの頃。サイラスたちは刺青を堂々と出していて、ドットとか背中全部を出して前だけ隠していたから、こっそり「前かけ」とかあだ名がついたんだよな、あの時は笑ったなー。俺たちは見慣れていて何とも思わなかったんだけど、そりゃ王都であの格好はおかしい。
それで、あの日初めて俺はハーヴィって呼ばれたんだよな。「ハーバード? じゃ、ハーヴィ、バート、どう呼んだらいい?」俺の同室の奴、名前なんだったけか、そいつがそう聞いてきたんだった。俺の部屋に早々に逃げてきていたリアが、「バート」って勝手に答えて、リアと一緒に夕食食べに行ったらなぜか、リアは俺を「ハーヴィ」って呼ぶようになってたんだ。
懐かしいな。
あの頃は、まだ7人一緒だった。夕食も何となしに集まってしまって、リアが俺のことを急に「ハーヴィ」なんて呼んでるものだから、どうしたんだって、あいつらはいつものようにリアをからかった。
俺がそれを止める前に、リアが「お前らはハーヴィって呼ぶな」って牽制した。リアは珍しく本気だった。俺たちは彼に太刀打ちできないことを身にしみてよーく知ってるから、そのまま悪くなった空気を晴らすように別の話題に、「明日からの魔力試験、見てろよ、俺が一番成績がいいんだからな」という話をしたんだったよな。
里の慣例として、魔法学校入学が決まったら街へ洋服を含め必要なものを買い出しにいった。それまでは、魔法学校入学組として特別なものだったとはいえ、修行服を着てたものだから、俺は浮かれて自分の服を初めて自分で選んで買った。でも、リアだけ、そのお許しが出てなかったんだ。リアは、彼の兄たちの修業服を持ってきた。それが大きくてダブダブで、遊ばれてむちゃくちゃに刈り入れられた髪を隠してフードみたいにかぶっていたものだから、「反転の里のやつら、召使いを連れてきてるぞ」って噂されたんだった。俺の服を譲ろうとしても派手だから嫌だとか固辞して。ほんと、四年で人は変わるものだ。今じゃぁリアの方が派手なんだから。
で、反転の馬鹿ども、リアの人が良いことをあてにして、いじったり使いっ走りにしたりするんだが、周りからリアがいじられるのは本当にキレて大変だったんだよな。俺たちの中で一番強いの、その時も今も相変わらずリアなんだから。ドットとラミが、火に油を注ぐんだ、これが。「おい、じゃぁ、このだっぶだぶなローブの裾、お前らが踏んだら勝ちってことにしてやるよ」とか勝手にドットが言い出す。それにラミは乗って、「おー、本当に踏めたなら、その度に僕王国銀貨上げちゃう」と煽るものだから、周りは色めいて。リアは全然そんなのやりたくないのに、やらされてな。アンソニーも「負けたら承知しないぞ」って……。
まぁ、一年が私闘してるぞって宰領生とかが来るんだが、ラミが「故郷の踊りを教えてるんでーす」ってな。サイラスが「オーーーウッホ! ほほほほー! ほー!」とか変な雄叫びを上げながら、リアの裾踏めない奴らに加わって、それらしいステップとか踏んだりしたら、まぁ、向こうも「お、おうそうか……」って退いてたな。
結局、誰もその裾を踏めなかった。どれだけ不意打ちしても無理で、その時の身1、つまり今の身5は誰もリアに挑もうなんて馬鹿はしない。
「……なに、考えてるの」
不機嫌そう、というよりも調子の悪そうなリアの声に、俺は今に引き戻された。
「俺たちの入学した日のことを思い出してた」
リアは、しばらく黙ったあと、言った。
「俺がハーヴィって呼びはじめた日、な」
「あぁ……」
どうしてか、訊きたかった。が、怖かった。
言葉に迷った俺よりも先に、リアが笑う。
「俺、ハーヴィともっと仲良くなりたかったんだよ。まだ、幼かったな」
「あぁ」
「こうして、夕食食ってんだから、それでよかったんだよな」
「ま、別に呼び方がどうだろうが、こうして飯を食ってたさ」
何となくリアが落ち込んでいた理由がわかった。リアを殺そうとして投獄されたアンソニー、そしてその犠牲になったシンシエを思い出していたんだろう。俺は、そっと彼の手を握る。
大丈夫だ。何があっても俺はお前の隣にいるから。
俺と聖女の部屋に魔物がいた。
いや、魔物じゃないかもしれない。
聖女の形をした、何か。
どう見ても人でしかない。
でも、たしかに人ではない、何か。
それがなんだったのか俺には分からない。
それは言った。
俺の過去を、言った。
「白山の囚人の件は非常に残念でした」
冒険者としての依頼で、逃げた囚人を追って山に入ったことがある。
まだ幼い俺に、逃亡者は激しく対抗した。それはもう、こいつさえ殺せば、そういう気迫で俺に襲いかかってきた。
どちらが追う者か分からないような死闘になった。俺は、かぁっと頭に血が上って、彼らを殺すことしか考えてなかった。気づいたら、彼らの一人が腕から腹から血を流して俺を睨んでいた。俺は手加減というものを思い出した。
そして、その時、俺を睨んでいた奴は、死んだ。
俺を少しでも知ろうとするなら人なら、確かに誰でも知っていることだった。
でも、聖女はそれを知っているだろうか。俺には判断がつかなかった。
俺はなんと答えたか、覚えていない。その後に起こったことのせいで、頭から吹っ飛んでいってしまった。
その後に握手をかわした。
それが問題だった。
どん、っと手から腹の底、頭の奥まで突き上げるような衝動が来た。
俺は数度、瞬きをした。
それでも、何が起こったか分からなかった。
聖女だと思っていたものを見た。何も、変わったように見えなかった。
それの手と、俺の手が離れる。
これは、人間じゃない。俺が知っている、人の気配じゃない。
さっき、入学セレモニーで袖に触れた時。あの時はどう感じたっけ。俺には分からなかった。
それは笑った。その笑顔だけは本物だった。
人知れず小さく野に咲く花のような、誰も踏破しない暗闇をそうっと照らす陽の光のような、そんな笑みだった。
恐怖以外の理由で震えた心臓を、俺はなんとか抑え込んだ。
「これからよろしくお願いしますね」
と、それは言った。
明るい声だった。
手と手が触れ合わなければ、俺は気づかなかった。これが聖女だと疑わなかった。
それの目を見た。人のそれと変わらない、瞳だった。
魔物らしいところを探して、俺の視線が彷徨う。
聖教会の衣服に包まれた、その身体。魔物なら、どうだろう。多少は、その体のラインが崩れるはずだ。胸も腰も慎ましやかで、それなのに女性の柔らかさがある。肩まで伸ばした髪だけが、唯一の女の贅沢だというかのように、時折揺れる。死体が何かに乗っ取られているなら、目や脳が腐っているはずだ。どこか優しさが滲んでいる口元も目元も、生気に満ち溢れている。わずかに、冒険者が魔物の襲来に疲れてもつような、哀愁が少しのぞいているような気もした。でも、普通の人間だ。
魔物らしいところ。
そんなものは、なかった。
聖女の形をしていて、人間ではないもの。
俺の過去を知っていて、俺に当たりがよくて、真意の笑顔を向けてくる。それでいて、人間ではない何か。
後になって思った。ただの聖女だったら。ただの聖女が俺に好意を持っていたらどうだったろうって。本当にそれだけの彼女だったら。すぐには無理だろうけど、数年後、俺もだんだん打ち解けて、そういうことになったかも知れない。例えば、俺と彼女の子が皇太子になった未来だって、あるかも知れない。
でも、そうならなかった。
それと触れ合った右手を、俺は見つめていた。
あれはなんだったんだろう。
これは、本当に聖女なのか。
偽物が、そう偽ってるだけで、本当の聖女は別にいるんじゃないのか。
いつから、偽物に入れ替わっているんだろう。
なんでこいつは俺のことを知ってるんだろう。
魔法学校に入学して何をしようとしているのだろう。
分からなかった。
ぐるぐるとその疑問だけが俺の中で何回も何回も回った。
確かなのは、俺の目の前にいるのが人間じゃなくて、聖女と呼ばれるべきものじゃないってこと。
それは、俺の言葉を待っていた。
俺は返す言葉なんて微塵も考えてなかった。そもそも、それが何を言ったのかすら忘れていた。
ともかく、俺がすべきことは一つしかなかった。
俺は、その何かわからないものに、小さく悲鳴をあげて、後退った。
それは、不思議そうな目をした。
悲鳴を出そうとして、生唾を飲もうとして、その二つがごちゃごちゃになって、俺の喉は結局、ひゅぅっと乾いた音を出した。
さっきまで、明るく笑っていたはずのそれの瞳が、瞬き一つで暗くなったような気がした。魔物が本性を現したように、俺をどうにかしようと、判断を下すと思った。
俺がするべきこと、できることは一つだった。
彼女を見据えたまま、ゆっくりドアまで後退して、そして、部屋から逃げた。
いつの間にか、エロイーズに慰められてて、俺は泣いてた。
こいつは意味の分からないことはするけど、それでも人間だった。俺が知ってるものだった。
それだけで安心した。
彼女は俺を小さい子どもかのようにあやしていた。話を聞き出そうとはしてたけど、俺の口から出てくるのは意味不明な言葉の羅列で、彼女は何か勘違いしているようだった。
俺は、それを正すこともなく、ただ、震えていた。
クラウディウスが冷めた目で俺らを見ていた。
化け物の待つ部屋に戻らなければならないと、思った。何もかもうまくいくと思った数日前が嘘みたいだった。
これから化け物と一緒に暮らすことになるかもしれない。
いつまでも、彼女に泣いてすがっているわけにはいかなかった。クラウディウスが俺を慮って「そろそろ戻りなさい」と言わず、慈悲をかけてくれている間に、ここを立ち去らなきゃならなかった。
あれがいなくなっていることを望んで部屋に戻った。
それはいて、聖女のもののはずのベッドに寝て、目を閉じたまま、息を潜めていた。
この部屋の窓の外は、月が照らす本当の外じゃないはずなのに、意外と明るかった。机の上へ登って、何が光源か確かめたかったけど、そこまでするとそれが起きそうで、できなかった。
仰向けになって、首のあたりまでのシーツは丁寧に折り返してあって、腹の上に両手をおいている。何もかも行儀良くて、あの手と俺の手が触れ合わなかたら、俺は彼女を聖女だと疑っていなかった。その方が、よかった、と思う。気づかない方が。死ぬまでそこまで迫っている危険に気づかないような馬鹿でいる方が、よっぽどよかった。
俺は、それに背を向けて、壁の方を向いてくるっと小さく丸くなった。
何か分からない正体不明のものがいるんじゃなくて、聖女がいるんだと思い込もうとした。けど、それは決して寝息は立てなかった。あくまで、息を潜めている気配だけがあった。お互い、緊張をギリギリまで高めて、どちらが先に寝るか探り合いが続いた。
ジリジリと時間が過ぎるのを待つ。朝が来るまで、そうしているしかない。
そのはずなのに、いつの間にか眠ってしまった。




