【それでも私は】沈黙の哀歌【愛を謳いたい】
「それでも私は愛を謳いたい」は、「39スレ目 安価で大学決めたら異世界の魔法学校に行くことになった。続30」のネタバレを含みます。
39スレ目まで読んでから、読むことをお勧めします。
以下、緩衝材代わりに短編を挟んでおります。
――――――――――――――――――――
い、意味わかんねー。
本当に、意味わかんねー。
いや、ちょっと期待というか、そりゃ一晩抱きしめられて寝たら勘違いするよ。
あいつ、誰とでも距離近いのな。
ちょっといちゃついてるの見た瞬間、ショック受けちゃった。
いや、そこじゃなくて。そこじゃないよ、俺。
落ち着け、アルフレード・メッツォジョルノ。
なんか部屋に帰ってこずに何かしてると思ってたら、悪魔、それも上級悪魔を召喚しちゃったんだってあいつ。
……。
……?
意味わかんないって。
髪の毛緑の、えーと、髭の人。学校の案内してくれた、カルロス・ベントリーって人。なんか色々走り回ってたぞ。俺ら特殊で、あの人特殊の宰領生だから、意味わかんねー悪魔召喚の余波だろきっと。かわいそすぎる。
俺は、今日も静かに寝れると安心してた。けど、急に不安になってくる。
俺もそういうことしなきゃならないのかな?
これくらい騒ぎになる魔法を考案したりしないと特殊にいられないとか、そういうこと、ないかな?
不安はどんどん大きく育っていく。
そうこうしているうちに、また心話がうるさくなる。どうやら、あいつどっかの部屋に籠って出てこないらしい。
意味わかんねー上に迷惑すぎるだろ……。
で、ユーリさんが説得に来るとかなんとか。
俺を押しつぶすようにむくむく育った不安から逃れるべく、野次馬になりにいくことにした。ちょっと、間を見てユーリさんに聞いてみよう。
真顔で、お願いだからこんな騒ぎは起こさないでって言われちゃった。
そうだよな。
うん、そうだよ。
普通、そうだよ。
心配したのが馬鹿みたいだ。みたいじゃない、馬鹿そのもの。
余計な気なんて回さないほうがいい。特に、馬鹿が馬鹿やって大変な時に大事なのは、自分も馬鹿になって迷惑をかけないこと。
だから、考えるのはやめて、俺は一人を満喫すべく、部屋に戻った。そして、その後起きる騒動も知らずに、気持ちよく眠った。
私は淡々と魔法学校入学の準備を進めていました。とはいえ、聖女として旅から旅の身の上。自分のものと言っても大してありませんから、すぐに何をしていいのか分からなくなりました。それとなく、魔法学校の出身の方に何が入りようか聞いてみたかったのですけれど、そういう方は役職も上ですから、忙しくしていらっしゃいます。この段になって聞くのも恥ずかしく、聞けずじまいで入学の日を迎えてしまいそうでした。
入学にはちょっとしたセレモニーがあります。私は特殊に振り分けられましたから、いっとう前の席に座って出席することになります。その席で、初めて同じく特殊の一年として入学する方と顔を合わせることになります。とはいえ、クラウディウス様とアルフレード様とは面識がありますから、挨拶やらなんやらも想像の範囲でしょう。
魔法学校のセレモニーも、多くて各50人くらいの攻撃・防御・身体強化・魔法具の新入生の方々がざっと120人、それに加えて先生方や、二年以降の方が好き好きに出席なさるそうですから、150人くらいの規模でしょう。そのような席には何度か出席したことがあります。王都や帝都の雑踏に比べれば、なんということもないですし、何も思い悩むことはありません。
と、思い悩むほど、私は緊張しておりました。何はともかく、アルフレード様と直々に顔を合わせ言葉を交わすのは初めてです。なんと言葉を交わせばいいのか、思い悩んでおりました。まずは自己紹介、といきたいところですが、私には名乗る名前もないのです。とはいえ、お名前だけ尋ねても、王国へ亡命しにきたような立場の方には、失礼にならぬやと思います。お顔もお名前も存じ上げていないと申し上げるも同然ですから。「これからよろしくお願いいたします」と言うのがよいとは思うのですが、なんの面白みもない女だと思われてしまいそうです。ともかく無難なその一言を胸に留めおきながら、頭では何かもっと気の利いた言葉を探しておりました。
悩ましくも、幸せな時間でした。
それを引き裂くように、あのお方の声が私の体に響きました。
『今すぐ魔法学校に行って』
そう言われても困ります。何せ、入学式まで立ち入る資格はないのですから。
『とても目立ちますが、構いませんか?』
悪目立ちすれば、これまで聖教会で作り上げてきた地位が水の泡になりますよ、と言外に強く込めて言葉を返します。
『魔法学校であいつが召喚された』
あいつ。
あのお方が目の敵にしている悪魔のことに違いありません。
『調べてこい』
そして、あの悪魔が絡むと頭に血が昇って理性が吹き飛ぶのもいつものことです。
こうなっては、どうしようもありませんから、私は「ともかく魔法学校の近くにいきましょう」と答えました。
そして、聖教会の方に、入学の準備のために買い物をしてきますと断って街へ足を向けました。中央と呼ばれる聖教会、街の中央にある魔法学校は対して距離もありませんが、なるべくゆっくりと歩きます。王城が人々の権威を背負って建っています。ちらちら、と私を伺う視線をいつものように感じました。まるで、私を焼く嫌疑の炎のようです。
魔法学校の正門までやってきました。学生たちが楽しそうに帰っていきます。もう夕刻ですから、用事を済まして門限までに余裕を持って帰ろうという方々でしょう。彼らも、私のようにどこかで押し殺したやましさや後悔を抱えているのでしょうか。そう思うと、段々と明るいその表情にも翳りが見えるような気さえしてくるのでした。
『入学まで一週間もありません。内部に入ってからの方が目立たずに動けるのではないでしょうか』
なるべく静かに言いました。
『今、目立つと、後々の活動に支障をきたしかねません』
しばらく、沈黙が続きました。
とはいえ、周りは明るい活気に満ちています。私は、しばらくそこへ佇んでいました。
日が沈んでいきます。
いつの間にか、いたずらに時間は過ぎ。
はっと目を見張るような綺麗な星空をしばらく見上げていました。
そこへ、見知った顔がやってきました。聖教会で、異端の印とする巫女服を着た、マディナさんです。街中で、いえ、どこでもその格好は目立たずには居れません。それでも、彼女はいつも堂々と真っ直ぐに前を向いて歩いてらっしゃって、彼女の目はすぐに私を見つけました。
「あら、聖女さま。どうされたんですか、こんなところで」
忖度のないその明るい声に、私はなんとはなしに安心させられました。微笑みを返します。
「ここで六年も過ごすのだと思うと、つい、見にこれずにはいられなくなってしまいましたの」
「若いうちの六年は長いですものね。不安になって当然です」
そう言って、私とともに魔法学校を見上げてくださいました。
「まぁ、とはいえ、不安ばかりではいけませんよ。きっと楽しいこともありますから」
大輪の花が咲いたような明るい笑顔に、私はつい目を逸らしてしまいました。いつもやましいことを抱えている身には、突き刺さる表情でした。
「これは、差し出がましいことを。お忘れになってください」
彼女は口を押さえました。私はなんとか、気にしないでほしいと言葉を紡ごうとしましたが、できませんでした。
逸らした視界の端に、また見知った姿を見つけたのです。そちらに注意がとられてしまいました。
「あぁ、聖女さま。これはどうも」
味気のない挨拶とともに頭を下げたこの方は、冒険者のユーリさんです。水を操る歴戦の冒険者として二つ名を持つほど活躍されています。
これには私は疑問を浮かべずにはいられませんでした。どうして、こんなところにお二人が揃いも揃っていらっしゃるのでしょう。
「あーあ、私の方が早いと思ったのに」
「そりゃ、ギルドより聖教会の方が近いじゃないのさ」
「いえ、私、今日は東の支部の方に言ってたのよ。まぁ、帰りだったけど」
軽快に軽口を言い合う仲だとも知りませんでした。ユーリさんの方は何度か王都の冒険者の重要な話し合いの場でお会いする機会はあったものの、マディナさんと引き合わされたのは今回、私が魔法学校へ入学すると本格的に話が動いてからです。禁忌とされている立場を務めるマディナさんは、どうやらそれまで巧妙に私には隠されていた存在のようでした。どちらが、禁忌か、誰も知らないで、この方を禁忌と決めつけるのです。
「これは聖女さま、失礼しました。まずは、魔法学校へご入学、おめでとうございます」
「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」
また頭を下げてくださったユーリさんに、私も慌ててお礼の言葉とともに頭を下げます。
「そういえば、ユーリは魔法学校歴があるんじゃなかったかしら?」
魔法学校歴。その言葉に、彼は少し表情を硬くしました。退学はしたものの、入学試験の合格自体が名誉なことですから、そういう言葉ができたのです。とはいえ、どこの組織の上層で活躍されている方は、魔法学校を卒業されている方が多いのでした。ですから、そうあけすけに言ってしまえば、気を悪くする方もいます。
「まぁ、4年になる前に辞めてしまったけれど……」
六年あるカリキュラムのうち、一年二年は魔法の基礎を教わります。三年四年でその内容は本格化し、最後の二年は職能訓練といいましょうか実地訓練といいましょうか。冒険者になる方は魔物討伐に、軍人を志望する方は軍内部でお仕事をするようになります。入学試験が関門の一つですが、本格化する魔法の講義も関門の一つです。ついていけなければ退学となりますから、上級生になれるかどうかという関門があるのですね。ですから、魔法学校で4年いっぱい学んだというのと、それ以前で退学になったというのは違う意味合いを帯びます。
「わざわざ、そういうこと言わなくていいのよ」
マディナさんが大袈裟にため息をつきました。確かに、言わなければ分からないのですから、自分から言いふらすようなことをしない方がいいように思います。
ユーリさんは視線を彼女から逸らしました。
「聖女さまは……」
マディナさんが言葉に迷いました。
「聖女さまは、入学が楽しみでつい魔法学校を見にいらっしゃったんですって。何か経験者としてご助言をどうかしら?」
ユーリさんは口に手を持っていき、鼻をつまみました。
「そうですね……まぁ、良くも悪くもいろんな学生がいますから、悩まずに楽しんだ方が勝ち、でしょうか」
少し考えた後にそう答えてくださいます。
「まぁ、世の常ね……」
マディナさんも深く頷きます。
「まぁ、学業もなかなか厳しい道ですから、悩むことも出てきますが……」
ユーリさんはまたあらぬ方を見ていらっしゃいます。やはり、四年になれずに退学となると学業で躓いたのでしょうから、その憂いも最ものようにも思えます。ふと、私は不安になりました。六年も無事に通うことができるのでしょうか。それ以前に、あのお方が動き出されるか、勇者としてクラウディウス様が活動をお始めになれば、私も魔法学校を退学せざるを得ないでしょう。私が講義についていけるか。それ以前に、不安の種はいくつもありました。
「さて、聖女さま、私たちはこれで失礼します。少々、急ぐものですから。さ、マディナ」
「あらあら、話し込んじゃったわ。慌ただしくて申し訳ありません、聖女さま。世話係もサボっちゃって。でも、お話しできて嬉しかった。」
彼女はぺろっと小さく舌を出したと思うと、歩き出したユーリさんを追いかけていきます。その姿が見えなくなる前に、彼女は振り向いて手を振ってくれました。それに手を振りかえすと、私は一人取り残されてしまいました。
空はすっかり暗くなり、夜の帷が降りています。魔法学校へ駆け込む学生も、もう、いなくなってしまっています。
魔法学校と星空を見上げ、私も数日後にはここで寝るようになるのだと思うと妙な心地になります。
一方、あのお方も私も、お互いを意識して動かない沈黙の中にありました。私は、できるだけ淡白に、調査は入学後にしたく思うので今日は帰りますと報告をしました。返事はありません。それでも、その沈黙に、言葉のないだけで何かを伝えようとしているその沈黙に、痛切な何かを感じます。
来た道を辿って聖教会へ戻ります。
過去は過去です。でもそのせいで、誰だって、誰にも言えない思いを抱えているものです。誰だって、例外はありません。




