市場
フレツェリックは電報を打ちに出かけた。そして、自分の指を火傷したことを思い出した。指の腹をずっと針で刺されているような痛みだった。
用事を済ませた後、薬屋に寄ろうとしたが、金など持っていなかった。金も今夜の食料も必要だったので、まだ空は明るかったが人間を獲ることにした。
フレツェリックは市場に向かった。そこはたいてい人でごった返している。財布をするには最適だ。いや、それだけではない。親がお遣いに出した子供も大勢いる──彼らの肉はやわらかく、量こそ少ないが血なども大人のそれより安全で美味しい。
フレツェリックは市場の真ん中のほうへ行き、少し端に寄って市場の人々を見た──背中に赤ん坊をくくりつけた貧しそうな女、でっぷりとした食べ物以外には興味なしというような中年男、ミイラのような老人、鼻を垂らしたまぬけそうな少年──。ここ数年の凶作のせいか食欲をそそる人間はそういなかった。
とりあえず、金がとれれば良いほうだと諦めかけていたとき、10歳くらいの少女が人ごみをかき分けながら足早に近づいてくるのが見えた。頬は丸く平均より栄養状態が良さそうだ。指をいっぱいに広げじゃがいもを5,6個持っている。
フレツェリックは大きく深呼吸をし、道中へ少し出た。そして少女がまさに通りかかろうとしたとき、彼はおもむろに彼女にぶつかり足をひっかけた。彼女は計画通りに前につんのめり、手に持っていたじゃがいもは地面にごろごろと転がった。周囲の人々はこぼれ落ちたじゃがいもをかすめ取ろうと喧嘩になった。
「おっと、ごめんよ。けがはない?」
フレツェリックはあたかも事故だったかのように少女の顔をのぞきこんだ。少女はひざこぞうを擦りむいていたにもかかわらず、首を横に振った。
「じゃがいも…。じゃがいもが…」
と言って泣き出してしまった。
「じゃがいもか…。君、いくつ持ってたっけ?」
「…6個」
「6個か。じゃがいもなら僕の家に10個ほどはあるよ。もし君が僕の家に寄れるなら、6個いや7個じゃがいもをやるよ。」
「え…、本当?」
「ああ、やるよ」
もちろん、じゃがいもをやるなんて嘘だったが、少女の瞳が輝いた。
「ほら、立ちな。僕の家はすぐ近くだ」
フレツェリックは少女の腕を引っぱって立たせ、路地裏のほうへ連れていった。
その様子を見て焦って人ごみをかき分けながらやってくる大男がいた。
「ルシンダ!ルシンダ!」
それは少女の父親だった。
その大男は娘を追って狭い路地裏へ入った。そこは樽やら瓶やらでごちゃごちゃしていたが、娘のリボンが1本落ちているのに気づいた。
「ルシンダ!家に帰るぞ」
と叫んでかけ出したが、すぐに彼は立ちすくんでしまった。娘が白目をむき、地面でもだえ苦しんでいたのだ。彼が今までに見た中で最も恐ろしい光景だった。
ふと我に返り、娘にかけ寄ったが遅かった。彼女は息を引き取っていた。彼は声にならない叫びをあげ、娘を抱きしめた。そこへいきなり後ろから声がした。
「わざわざお越しいただき、どうもありがとう。それにしても、悪かったな…。君がもう少しゆっくり来てくれたら、娘さんの苦しむ姿を見せずに済んだのに」
「な、何なんだ、お前は!よくも俺の娘を…」
フレツェリックは肩をすくめて見せた。
「何が目的だったんだ!?金か!?金ならいくらでもやったさ!だけどな…だけど…」
男はその先は悲しみのあまり続けることができなかった。
「僕の目的は金だけじゃないよ…。金ならもっと裕福な奴から取るさ。いや、君達が貧しくて価値がないって言ってるんじゃないよ。君達がじゃがいもを欲しているように僕も欲しているんだよ。血と肉をね」
その父親は唇をきつく噛みしめていた。
フレツェリックは男の背後へ回り、喉仏をつかんで言った。
「早く可愛い娘さんのところへ行ってやんな」
そして、喉仏をひねった。
男は呼吸困難に陥り、しばらく地面をのたうち回った後、死に至った。
フレツェリックはこんな父親が自分にいれら良かったのに思った。自分の子供に何かあったときにすぐにかけつけてくれる親がいれば──。