出発
翌朝、ゼニスは疲れきった様子でベッドから起き上がった。何とか眠りに落ちることはできたが、一時間おきに目が覚めてしまった。
階下へ下りるとクレタスはさっぱりした様子でパンを食べていた。
「やあクレタス、昨日は眠れたようだね」
「ああ、実によく眠れたよ…。しかし、君は一体どうしたんだ?」
「眠れなかったんだ。時間が経てば経つほど目が冴えてくる。一度寝てもすぐ目は覚めるし…」
「言ってくれれば睡眠薬を渡せたのだがな」
「さすがに君を起こすわけにはいかなかったよ。気持ち良さそうに大いびきをかいていたしね」
「それはすまないね…」
ゼニスは食欲がなかったので、また重ねたまま置いてある絵を荷車に積み込もうと玄関へ向かった。
「ゼニス、食べないのかね?」
クレタスは呼び止めたが、ゼニスは振り向きもせずに行ってしまった。
屋敷の裏に荷車を置いていたが、そこには昨日警官が乗ってきた馬二頭もいた。フレツェリックが帰り際に人目につかないところに移動させてくれたのだろう。警察の馬だとすぐわからないよう鞍も外してあった。
この馬はとてもよく訓練されている様子で、ゼニスが近寄っても大人しくしていた。ゼニスは荷車と馬車を繋ぎ、表まで連れてきて荷物を積み込んだ。一瞬、あの棚も運べるのではないかと思ったがやめておいた。
「クレタス、そろそろ出る時間ではないか?」
ゼニスは居間で紅茶をすすっていたクレタスに声をかけた。
「おや、もうこんな時間か…」
クレタスは紅茶を飲み干し、ようやく腰を上げた。
港まで行くのは思いのほか骨が折れた。昨日の警官二人の失踪がもう広まっているのか警察がうろついていていた。ゼニスたちは人通りのない道を選ばなければいけなかった。また、馬が慣れない荷車引きをやらされ、ぐずり始めてしまった。港に着いたころには二人はすっかりくたびれていた。二人は適当な場所に馬と荷車を放置し、トランクや絵を抱えて船へ向かった。