表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血の兄弟ーローマ教会の秘宝  作者: F.Y.ホルムスキー
16/21

前夜

 フレツェリックは暗く人通りのない道を歩いていた。上着を着ればシャツについた血こそ目立たなくなるが、ズボンにべっとりついた血は隠しきれなかった。

 気分が沈んでいるためか、自分の家がある通りに着くまでにいつもの倍の時間がかかった。その頃には辺りは真っ暗だった。家に入ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。

「おい、ここの家の者か?」

 フレツェリックは無視をしようとしたが、肩をつかまれ後ろを向かされてしまった。中肉中背のがっしりとした男だったが、ランタンで照らしたフレツェリックを見て恐怖の色を浮かべ固まった。

「血…血だ…」

 フレツェリックにとってその男を消すことは朝飯前だったが、今回ばかりはそうする気は全く起きなかった。今は本当に何もしたくなかった。そのまま何事もなかったかのように家に入った。ドアの向こうで男が騒ぎ出すのが聞こえた。近所中に広めるに違いないが、フレツェリックは勝手にしろと思った。

 とりあえず、血だらけの服を脱ぎ、別な服を着た。そして、まだ残っていた市場の父娘の肉を焼いて食べた。もうあまり新鮮ではないためか、気分が落ち着かないためか、全く美味しいとは感じなかった。ただ噛み心地を楽しみ、無理やり飲み込んだ。

 しばらくぼんやりとベッドの端に座っていると、ドアを激しく叩く音がした。

「警察だ!ドアを開けろ」

 フレツェリックはそのまま動かずにいた。本当に何のやる気も出なかった。

 警察はしばらくドアを叩いたり、呼びかけたりしていたが、やがてドアを開けて侵入してきた。足音からして3人だろうか。フレツェリックはのろのろと立ち上がり、身の回りのものを詰め始めた。

 ついに警察がフレツェリックのいる部屋にやってきたのを背で感じた。

「手を頭の上に上げろ!」

 フレツェリックはトランクのふたを閉めた。

「聞こえなかったか?手を頭の上に、今すぐに」

 フレツェリックは言われた通りにした。逮捕されても構わないとも思った。おそらく4、5件の殺人で絞首刑になるだろうが、中世のときとは違いずっと人道的に改良されている。執行前にきちんと体重を量り縄の長さを調節すれば、床板がはずれた瞬間意識を失える。

 警官が背後から近づいてきた。窓ガラスにその様子が映っていたが、その距離が縮まるにつれ、何か切ない気持ちになった。この状態で終わってしまったなら、生前最後の記憶がとてつもなくつまらないものになってしまう可能性がある──自分は何をしているんだろう?こんな警官に捕まっている場合か?

 手前の警官が手錠を出すのに銃をしまった。フレツェリックは今だと思った。トランクをつかみその警官を殴り、窓を開け窓枠に足をかけた。その時、後ろの警官が銃を発砲し、一発はフレツェリックの左の肩甲骨に命中し、もう一発はトランクに撃ち込まれた。フレツェリックは半ば落ちるようにして脱出し、すぐに裏へ走り、家と家のすき間を通り抜けて別の通りに出た。そして、小さい通りを選んで歩き続けた。

 背中を生ぬるい血が伝っていた。当然痛みもある。じわじわと焼けるような痛みだった。それでも歩き続けた。


 気づけば、フレツェリックは港まで来ていた。大きい移民船や漁船が並んでいた。海からの冷たい風がフレツェリックの頬を打った。だんだん手先や足先の感覚がなくなっていった。そのせいか、肩の傷の痛みも紛れた。

 フレツェリックは近くの建物の陰でトランクを開け、中から1枚キルトを出し、それを羽織ってトランクの上に座った。自分が生きてきた時間を考えると、朝まで待つことぐらい容易いことだと思っていたが、とてつもなく長く感じた。

 遠くで鐘が鳴っている。不思議と心が落ち着いた。だんだんと体から力が抜けていった。



 ゼニスは眠れなかった。布団をしまい込み、代わりにオーバーコートにくるまっているせいかもしれないが、それだけではない。フレツェリックにせめて一声かけてから別れたかった。ゼニスは少しうなり、寝返りを打った。懐中時計の音がせわしなく動いている。かすかに鐘の音が聞こえた。ゼニスは時計を見た。ベッドに入ってから2時間が経とうとしていた。

 フレツェリックはどこに住んでいるのだろう。それを知っていればまだ明日の朝にでも訪ねられたかもしれない。

 ゼニスは再び寝返りを打った。なぜかそわそわして仕方なかった。昨日、一昨日とフレツェリックと口をきかなかったのを後悔し始めた。あの時、自分に会話を始める勇気さえあれば、フレツェリックは無言で立ち去るなんて仕打ちをしてこなかったのではないか…。

 階下からクレタスのいびきが聞こえてきた。ゼニスは無性に苛ついた。何に対してかはわからない──自分自身になのか、クレタスなのか、はたまたフレツェリックなのか──。

 ゼニスは何度も荒々しく寝返りを打った。再び時計を見たが、30分も経っていなかった。

 イギリスへ行けば、少しは気分が軽くなるだろうか…。もはや早く夜が明けてほしかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ