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体育祭と修学旅行

 三年生の秋に、修学旅行がある。京都、大阪三泊四日。自由行動は最終日にしか許されておらず、それ以外はすべて班行動である。そのためには、班とその班長を決めなければならないのだが……

「班長、やってくれない? 今度はいいでしょ」

 正直、嫌な予感はしていた。

 洋香は、ビクビク怯えながらそそくさと部活へ行こうとする私を呼び止めてそう言った。どうしてそんなことを言うのか、私は聞きたかったが、やめておいた。

 そんなこと、聞かずともわかっているからだ。この間の体育祭の役員決め。その時の仕返しであることくらい。



 四ヶ月ほど前の話である。

 放課後に体育祭の役員決めをすることになった。中でも一番人気がなかったのは紅組白組のそれぞれの陣地に設置する巨大看板を設置する係だった。

 看板係は夏休みの間も学校に通い、蒸し暑い教室で絵を描かなければならない。

 私は絵を描く事が何よりも苦手だった。だから、いつ自分に指名の声が飛んでくるのかと役員決めの間ずっとびくびくしていたが、頭のどこかではどうせ別の誰かがやることになるだろうとたかをくくっていた。

 しかし、結局その時間に看板係は決定せず、話し合いは放課後にまで持ち込まざるを得なくなった。

「看板係は男子二人、女子二人との決まりですが、あと一人女子が足りません。誰かやってくれる人はいませんか?」

 委員長が声をかけるも、候補者は一人も出てこない。そのうち大塚さくらと神田エリカの二人が妙な言い訳を始めた。

「あたし塾があるから、もう帰るね。あと、さくらは部活があるから。よろしくー」

 二人は委員長が何か返事をするよりも早く教室から出て行ってしまった。担任の先生がいれば止めただろうが、あいにくこの時担任は教室にいなかった。やはりこういった場では大人の目が必要だろう。

 時間だけがずるずると過ぎていった。みんな、何を話すわけでもなく、死んだような目をして、ぼうっとその場に突っ立っていた。

 だが、ふいに私の隣にいた洋香がこんなことを言いだした。私は自分の耳を疑った。

「やって」

 それだけだ。たったそれだけの一言。しかしその一言は、その時の私にとってどんな言葉よりも威力があった。まるで心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃だった。

「無理無理!」

 私は顔を真っ青にして否定した。死ぬほど下手くそな絵を提供して周りの足を引っ張るだなんて、死んでも御免だ。

「だって決まらないでしょ? 私早く部活に行きたいの」

「でも、私、絵なんか描けないし」

「いい経験になるんじゃない? 勉強してきなよ。あんたいつもこういう時手を挙げないじゃん」

 私がおどおどしていると、他のクラスメイトも何かを察したのか、一斉にこちらに目を向けた。

「え、もしかしてやるかやらないかで迷ってるの?」

「お願い! 立候補して!」

 こういう時だけはやたらと察しが良い女子たちである。私は夢中で首を振った。嫌なものは嫌と意思表示しなくては、飲み込まれてしまう。

「なんだ、やってくれないの」

「まあ無理にやらせるのもかわいそうだよね」

 私はほっと胸をなで下ろした。隣で洋香がこちらを鬼の形相で睨んでいることは、見なくともなんとなくわかったが、私は心の中で「助かった」とつぶやいた。

 「それじゃあ、夏休みに部活以外で何か予定がある人はどれくらいいる?」

 委員長はそう言って、夏休みに暇そうな人間を探し出した。

「大事な予定がある人は右にはけて、特に予定のない人はその場に残って」

 見事に私と洋香だけがその場に残った。残念なことに、咄嗟にうまい嘘が思いつかなかったのだ。洋香だってこんな状況で咄嗟に嘘を吐くほど汚い人間ではない。

 委員長はその様子を見て少しだけ微笑んで、洋香にこう言った。

「それじゃあ悪いんだけど、洋香ちゃん看板係頼まれてくれない?」

「は!?」

 慌てふためく洋香に委員長は静かに言い放った。

「いい経験になるんじゃない? 勉強してきなよ」


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