二年の話 その1
テニス部を辞めてからからというもの、私はあるグループの中で常に行動していた。小学校にいた時から仲が良かった夏実と由奈、中学に入ってから知り合った波留、そして私と洋香の五人組。
とくに洋香はそのグループの中心的存在だった。彼女は言った。
「毎日休み時間に私のところに来てね」
今までも、休み時間になると私たち(とりわけ私と由奈)は洋香のいる机の場所まで移動しなければならず、彼女がトイレに行く時でさえ、一緒についていかなければならなかった。しかしこれはどういう訳か、私と由奈だけに課せられた役目のようだった。
また、彼女はいつでもハンカチを持っていなかったため、毎日のように私や由奈のものを使っていた。毎度毎度両手をびしょびしょに濡らしたままハンカチを使うので、時期にカビが生えて私のハンカチはボロ雑巾のようになってしまった。毎日学校から帰って来てポケットからハンカチを取り出すと、何とも言えないような悪臭がした。
二年生になった春、体育館の掲示板に新しく作られたクラス表が張り出された。私はそのクラス表を確認して苦い顔をした。
クラス分けを見る限り、私は夏実とだけ同じクラスになっていた。
これはもしや、私は毎日休み時間の度に洋香のいる教室まで移動しなければならないということではないか?
そう考えた瞬間、腹のそこから得体の知れない妙な感情がこみ上げてきた。
不安で不安で仕方がなくなってしまった私は、その日の夜、一番信用のおける人物のもとに電話をかけた。
成田波留。彼女は一年ほど前、私の家の近くに引っ越してきた。いつでも元気で、それでいていつでもどこかちょっと抜けている。他人の悪口は決して口にせず、誰に対しても笑顔を絶やさない、感じのいい子だった。
テニス部の件で苦しんだ時も、ほんの少しだけだが、相談を持ちかけたこともあった。
ただ、彼女は少々学校をサボる癖があったため、直接会う機会は少なく、おまけに学校内の人間関係を詳しく把握できていないようだった。
「さすがに毎日移動するのは難しいよね。でも、大丈夫じゃないかなあ。少し様子を見て、それから毎日は無理だってことを冷静につたえれば、きっとわかってくれるよ」
波留は私にそう言った。
なんでも、「話せばわかる」というのが彼女の考えらしかった。
そうだ。洋香だって人の子だ。話せば理解するだろう。いや、それ以前に、毎日移動してこいだなんて言ってこないのではないか?
波留の言葉を聞いてそんなことを考えた私は、次の日の休み時間、洋香のいる教室に行かないことにした。
一時間目の休み時間のことだった。ちょうど夏実が近くで絵を描き始めたので、私はその様子をじっと眺めていた。
「ねえ、なんでこっちに来ないの?」
私が夏実の画力に見とれていると、突然背後から聞き覚えのある低い声がした。ぎょっとして振り向いてみると、そこにはやはり洋香の姿があった。彼女の後ろには怯えた様子の由奈の姿も見える。
「来て」
洋香は手短にそう言うと、由奈と自分の教室へ戻っていった。
行かないとまずいかもしれないと思った私は、慌てて二人のあとを追った。
「ねえ、なんでこっちに来なかったの?」
洋香はまた同じ質問をした。彼女の死んだような両目が、様子をうかがうようにこちらを睨んでいた。
「夏実の絵を見てて……」
私は恐る恐る答えた。
「なんで?」
質問攻めは止まらない。
「え?」
「なんで絵なんか見てるの?」
「ごめん」
「休み時間になったら毎日私のところに来てって約束したでしょ?」
「で、でも、毎日は無理なんじゃないかな。その、クラスも違うし」
「本当に来られないときは来なくていいから。でも、さっきのは全然違ったでしょ?」
間違いない。洋香は本気で怒っている。私は吃りながら言い返した。
「な、夏実は? なんで、夏実は呼ばないの?」
夏実だけ自由にして良いなんて不公平だ。
「別に、どっちでもいいけど。あのヒトうざいから」
ゾクリ、と背筋が凍りついた。